ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響-特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価

文献情報

文献番号
200200962A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響-特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐田 文宏(北海道大学)
  • 水上 尚典(北海道大学)
  • 田島 敏広(北海道大学)
  • 西村 孝司(北海道大学)
  • 藤田 正一(北海道大学)
  • 中澤 裕之(星薬科大学)
  • 仙石 泰仁(札幌医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンやPCB等の生体内での蓄積性は高いことが知られているのに、我が国では、「一般人が曝露される低濃度の汚染で、最も鋭敏な次世代の影響を視野にいれた疫学研究」が大きく立ち遅れている。母乳との関連はこれまでも調べられているが、臍帯血や胎盤などを用いた胎児期の曝露影響評価は行われていない。最も感受性が高い胎内曝露による次世代影響のリスク評価と近年増加が懸念されている小児疾患の発症機序の解明が緊急の重要課題である。
本研究は化学物質による胎児曝露も視野に入れた次世代影響の総合的なリスク評価で、特に、近年、増加が指摘されている小児疾患の発症機序の解明に基づいた予防医学的な健康障害のリスク評価を行う。研究対象は、①注意欠陥・多動性障害(ADHD)など小児の神経発達障害/行動異常、②甲状腺機能低下症など内泌分代謝疾患、③アトピー、喘息などのアレルギー・免疫系の異常とする。
特に環境化学物質の毒性や代謝に関連のある遺伝子の多型を解析し、異物・ステロイド代謝酵素やAhレセプターなどの、個体の感受性を念頭において、環境因子の寄与を明らかにし、予防対策を樹立する。
期待される成果としては(1) PCBやダイオキシンなど環境化学物質の一般人の低濃度(background)レベルの汚染による次世代の精神神経発達や行動・認知機能への影響、内分泌・免疫学的影響を研究するので、環境化学物質によるもっともsensitiveで重要なエンドポイント、「次世代影響」をリスク評価できる。(2) これまで(有病率の増加が指摘されながら)疫学研究が極めて不充分で発症機序が解明されていない、①「ADHDや学習障害など小児行動障害」、②「アトピー・喘息や化学物質過敏症など小児アレルギー疾患」の環境ならびに遺伝素因の役割が解明できる。(3) バイオマーカーとして臍帯血と胎盤を用い、広範なP450分子種のmRNA発現量、蛋白量、酵素活性を測定することにより、PCB、DDTなどよく知られている物質以外の「未知の化学物質のヒトへの影響」も総合的に研究できる。(4) 妊婦や児のホルモン微量測定は、「化学物質曝露影響のバイオマーカー」としての有効性が証明されれば、現時点では、札幌、神奈川県でのみ行われているフリーの(サイロキシン)T3,T4の測定を全国的にも発展活用できる。
研究方法
(1)妊婦および小児を対象にした前向きコホート研究 1)札幌市において妊婦と小児を対象に長期的な前向きコホート研究を実施している。2)妊娠26~35週の妊婦を対象とし同意をえられた者に、児の神経行動発達、免疫、内分泌機能を出生時、生後1,6ヶ月、その後各年毎に追跡する。3)ベースライン調査として、母の食事、生活習慣、居住環境等を調べる。4)児の神経発達に関しては、新生児期にMMN、ファーガン、Bayley Scaleなどの国際的に標準化された認知感覚系の行動テストを用い、神経機能の発達を検討する。5)甲状腺機能検査としては、フリーT4、FSHを検査する。6)免疫機能への追跡、影響を調べるために、IgEやサイトカインを測定する。7)妊娠26~35週の母の血液、毛髪および分娩時に臍帯血と胎盤を採取保存し、ダイオキシン、PCBなど内分泌かく乱物質と水銀の測定を行う。(2)学習障害児及びADHD児を対象とした後ろ向き疫学調査 小児精神神経科等の医療機関と連携し、保護者の検査協力同意書を得て開始した発達障害児のデータベースを継続して作成する。札幌市衛生研究所おいて1990年以降ELISA法で測定した患児の新生児甲状腺マススクリーニング検査結果(TSH及びフリーT4値)および患児の母親の妊婦甲状腺機能スクリーニング検査結果(TSH,FT4,抗マイクロソーム抗体、抗サイログロブリン抗体)を閲覧し、胎児期および新生児早期の潜在的甲状腺機能のアンバランスの有無について検討する。学習障害児及びADHD児の両親の生活環境およびその児の周産期の状況を親に対する自記式調査票にて調査し、児の運動・認知・精神諸機能の発達状況を妊娠および乳児期からに後ろ向きに調査する。(3)Th1/Th2バランスを客観的に評価する方法の確立 まずTh1、Th2細胞に特異的な遺伝子の発現をDNAアレイを用いて網羅的に解析することにより、生体内のTh1/Th2バランスを判定することが可能かどうかを確認するために、マウスの系を用いてTh1/Th2バランス判定用のDNAアレイフィルターの開発を試みる。(4)胎便中ダイオキシン類測定による胎内曝露評価および新生児異常との関連解析 分娩時臍帯血(n=4)および哺乳前の新生児期胎便(n=6)を採取保存し、ガスクロマトグラフィー法により検体中のPCDDs+PCDFs,co-PCBsの濃度測定を実施する。妊娠初期母体血と新生児血液のTSH,FT4は濾紙血を用いて測定する。(5)P450をバイオマーカーとした曝露影響評価 広範なP450分子種のmRNA発現量、蛋白量、酵素活性を測定することにより、鋭敏に外来化学物質が引き起こす初期の生体反応を検出することができる。また、多くの環境汚染物質がリガンドとして結合する転写調節因子が、P450発現に関してどの様に相互作用するのかを明らかにする。さらに、薬物代謝酵素に存在する遺伝的多形を簡便に調べる為に、マイクロアレイを用いた方法の開発を試みる。(6)高分子樹脂由来環境化学物質の微量分析法の構築 採血セットにおけるビスフェノールA,ノニルフェノール等を、液体クロマトグラフ/質量分析計装置(LC/MS)を
用いて測定し、汚染実態を明らかにする。
本研究は、北海道大学大学院医学研究科倫理委員会と共同研究施設の倫理規定に従って実施し、インフォームドコンセントは「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」に基づいた。
結果と考察
(1)札幌市内の一般病院の協力を得て、対象を妊娠23-32週の妊婦とし前向きコホートの設定し、15年2月末現在160名の妊婦の研究協力が得られ、妊婦94名、新生児68名で、甲状腺機能マススクリーニング結果の閲覧が可能であった。このうち妊婦1名が甲状腺機能障害で加療中であり、抗甲状腺抗体陽性妊婦が7名いた。質問紙調査から、妊婦115名中妊娠判明時に喫煙していた者は44名(38.3%)であり、うち23名(20.0%)は妊娠初期で喫煙を止めたが、残り21名(18.3%)は妊娠後期にも喫煙を継続しており非喫煙群に比べて新生児平均体重が低くなる傾向がみられた。本研究対象者の妊娠判明時の喫煙率から北海道の喫煙率は依然高率であり、さらに、妊娠が判明しても喫煙を止める者は約半数に留まっていることがわかった。(2)注意欠陥・多動(ADHD)及び学習障害(LD)の患者の母の妊婦、及び児の新生児甲状腺マススクリーニング結果を過去にさかのぼって、35名の児と7名の母親で調査した。このうち新生児甲状腺機能異常を示した。また、46名のADHD患者のうち3名にTSHの軽度上昇を認めが、第2次スクリーニング、 TRHテストでは正常であった。よって ADHDの症例中の甲状腺機能低下症、GRTHはまれと思われた。軽度発達障害、特に学習障害(LD)および注意欠陥多動性障害(ADHD)をもつ保護者へのアンケート調査から、幼児期に、ADHD群は触覚機能、排泄や睡眠に関連する問題、LD群は視覚機能、前庭機能に関連する問題が顕在化してくる傾向が伺われた。(3)DNAアレイを用いた血液中のT細胞におけるTh1/Th2バランスを客観的に評価する方法の確立した。今後、コホート内症例対照研究の形で、アトピー、喘息および化学物質過敏症の患者のTh1/Th2バランスの評価を行う。(4)新生児6人の胎便中のPCDDs+PCDFs,co-PCBsおよび総ダイオキシン類濃度は、それぞれ1.4-9.1(3.7),0.7-5.7(3.0),2.1-14.8 (6.8)pg-TEQ/g-fatであった。また、胎便中総ダイオキシン類濃度と新生児FT4値との間に相関を認めた(p<0.05)。(5)AhRおよびPPAR両受容体リガンド存在下では、各々の調節因子がコードするP450分子種の発現が抑制されることが明かとなった。また、マイクロアレイに載せる遺伝子として、CYP1A1、CYP1A2、GSTM1等の11遺伝子の32アレルをリストアップした。(6)最も汎用的なエレクトロスプレーイオン化法を採用し、採血器具からの微量汚染を検討した。検出限界を0.2 ng/mlとしたところ、測定物質が検出され、採取器具からの汚染と考えられた。
結論
妊婦を対象として前向きコホート研究を設定し、環境化学物質による次世代影響の総合的評価研究の第一歩を開始することができた。本研究の継続は、近年増加する小児疾患の発症機序の解明、ひいては予防対策の樹立に寄与すると考えられる。

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