ダイオキシン類の健康影響とくにそのTEFを中心としたリスク評価のための実験的基盤研究

文献情報

文献番号
200200961A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の健康影響とくにそのTEFを中心としたリスク評価のための実験的基盤研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
江馬 眞(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 安田峯生(広島国際大学保健医療学部)
  • 高木篤也(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 矢守隆夫(癌研究会癌化学療法センター)
  • 藤井義明(筑波大学先端学際領域研究センター)
  • 鎌滝哲也(北海道大学薬学部)
  • 鈴木勝士(日本獣医畜産大学獣医学部)
  • 松木容彦(食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 井上達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 広瀬明彦(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
52,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
非意図的に生活空間で産生されるダイオキシン類の生体障害に対する正確なリスクアセスメントはそれらの生体障害の機構が充分に明らかでない中でも設定されなければならない。しかしながら、ダイオキシン類の本体に関する様々な分子種の働きについての解明はこの数年で飛躍的に発展した。この認識に対応したTEFの設定、それを修飾するそれら分子種の変化の可能性をとらえることはリスクアセスメントの信頼性を高めるために必要である。本研究の目的は、ダイオキシン類の生体影響に関する様々な分子種の発現を指標としてTEFを求めると共に、発現の亢進と抑制を介在する分子種を指標とし、これらの結果を短期および長期の暴露実験と関連づけて進めることにある。
研究方法
C57BL/6の妊娠マウス(妊娠12.5日)に2,3,7,8-TCDD、1,2,3,7,8-PCDD、1,2,3,7,8-PCDF、2,3,4,7,8-PCDF、1,2,3,7,8,9-HxCDD、1,2,3,4,7,8-HxCDDあるいは、2,3,7,8-TCDFの7化合物をそれぞれ、単回経口投与し、口蓋裂発生用量とTEF値を比較し、口蓋裂発生用量とTEF値の相関性に関する検討を行った。また、C57BL/6の妊娠マウス(妊娠12.5日)に20ug/kg体重の2,3,7,8-TCDDを単回経口投与し、投与48時間後に胎児を採取し、上顎部位で変化する遺伝子を約12000遺伝子を検索出来るAffymetrix社のgene chipを用いて検索した(江馬、高木)。アカゲザルを交配し、約60匹を3群に分け、妊娠20日に2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン(以下TCDD) 0(溶媒)、30または300 ng/kgを皮下投与し、その後30日毎に初回投与量の5%量を維持量として投与した。妊娠動物は自然分娩させ、児を哺育させた。母体へのTCDD投与は分娩後90日まで続けた。生後12~15ヶ月齢で4段指迷路試験、13~15ヶ月齢で新奇出会わせ試験、23~26ヶ月齢でアイコンタクト試験を行った(安田)。ES細胞をゼラチンコートDish上で LIFが存在するES培地で培養した。2,3,7,8-TCDDはDMSOに溶解して、最終濃度10nMで添加した。対照群にはDMSOを0.1%の最終濃度で添加した。添加、4日後のES細胞よりRNAを抽出後、クロンテック社のマイクロアレイを用いて影響を受ける遺伝子を網羅的に検索した(高木)。がん細胞パネルに対して、TCDD、TCDFをはじめとする11種のダイオキシン類の毒性プロファイル評価を行った。また、ダイオキシンに48時間曝露されたがん細胞における約1万遺伝子の発現変化をDNAチップ(Affymetrix 社)により網羅的に解析した(矢守)。p53ヘテロ欠失あるいはワイルド マウスにDiethyl nitrosamine (DEN) を10mg/kg体重の用量で単回腹腔内投与し、投与7日後より、2,3,7,8-TCDDを0.0003、0.001、0.003、0.01、0.03及び0.1ug/kg体重の用量で週2回経口投与した。投与期間は最長で約3年とした。TCDD、TCDFほか11種のダイオキシン類のがん細胞パネルにおいての結果を受けて、遺伝子発現のプロファイリングをAffymetrics社のGeneChipを用いて行った(菅野)。CYP1A2の遺伝子の上流6 kbをルシフェラーゼ遺伝子に結合したレポーター遺伝子を3MCに依存して発現するHep-G2細胞を用いて、誘導的発現をコントロールするDNAエレメントの同定をおこない、次いで、塩基配列に結合するタンパク質の同定を行った。DNAに結合している因子の同定
は抗体を用いた易動度スーパーシフト法によって行った(藤井)。 7週齢の雄性野生型およびAHR欠損マウスにMCを投与した. 投与量は80 mg/kgとし, 2日間腹腔内単回投与した. 最終投与より24時間後に肝臓を摘出し, mRNAを調製した. DNAマイクロアレイは8334クローンが載ったインサイト社のMouse GEM1を用いた. 発現が2倍以上変化した遺伝子を抽出した. DNA マイクロアレイの結果はノーザンブロット分析により確認した. レポーターアッセイは, ヒト肝がん由来HepG2細胞にPPAR?に応答するレポータープラスミドおよびPPAR?発現プラスミドを導入し, MCで処置することにより行った(鎌滝)。25日齢の雌ラットにウマ絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)5IUを1回皮下投与し、3日後に剖検して排卵検査を行うとともに、卵巣重量および子宮重量を測定した。同様に、24日齢の雌ラットにTCDDを経口投与した。TCDDの用量は16 ?g/kgを高用量に設定し、以下公比4で除して、4あるいは1?g/kgの3用量を設定した。 TCDD投与後経時的に剖検し、肝臓、胸腺、卵巣および子宮重量を測定した。生体試料中のTCDD濃度をELISA法により、測定した。同様にAhRアゴニストindigoの影響を評価した。また、Real-Time RT-PCR装置を用いたmRNA定量システムの確立を計った(松木)。卵巣摘出ラットにE2および2,3,7,8-TCDDまたは1,2,3,4,7,8-HxCDDを併用投与した際の各TCDDの抗エストロジェン作用の影響を子宮肥大の程度によって検討した(鈴木)。最近の国際機関や各国政府機関で行われていたダイオキシン類の健康リスク評価の状況をうけて、国際食品規格委員会の食品添加物汚染物質部会(CCFAC)で討議されてきているダイオキシンのPosition paperの現状について調査した(井上)。スペインのバルセロナで開かれた22th International Symposium on Halogenated Environmental Organic Pollutants and Persistent Organic Pollutants (POPs):Dioxin'2002における最新のダイオキシン類の汚染・暴露状況や健康影響に関する研究の進展状況に関する情報を収集した(広瀬)。
結果と考察
7種のダイオキシン類をそれぞれ、単回経口投与し、口蓋裂発生用量とTEF値を比較した結果、WHO値と比較的良い相関性が得られた。また、TCDDの分子レベルでの影響を明らかにするため、口蓋裂発生部位の上顎部においてTCDDにより変動する遺伝子をマイクロアレイ解析により調べた結果、約20遺伝子が2倍以上増加した。最も変動したのは薬物代謝酵素でダイオキシンにより誘導されることが知られているCyp1a1であり、顕著な増加が認められた。その他の変化では扁平上皮に関連する遺伝子の増加が認められ、表皮における扁平上皮化の亢進が上顎部で起こっていることが示唆された(江馬、高木)。胎生期暴露がヒトの中枢神経系の発達に悪影響を及ぼしているのではないかという問題を検討するため、妊娠20日から生後90日まで、母体にダイオキシン30 ng/kgまたは300 ng/kgの体内負荷をかけたアカゲザル母体の児について、知能試験(4段指迷路試験)、社会性行動試験(新奇出会わせ試験)、警戒行動試験(アイコンタクト試験)を行った。知能試験、アイコンタクト試験では各群間に差は認められなかったが、出合わせ試験では高用量群で環境への興味を示している傾向が見られた(安田)。胎生期暴露影響の基礎研究として胚性幹細胞(ES細胞)に対するダイオキシン影響の数量的解析を進めるため、LIFが存在するES培地にTCDDを最終濃度10nMで添加し、4日後にマイクロアレイ解析を行ったところ、TCDDの標的遺伝子として良く知られているCYP1A1、CYP1B1の顕著な増加が認められた。この内、PCRによりCYP1A1の増加が確認され、未分化ES細胞がTCDDに対してよく反応することが示唆された(高木)。ダイオキシン発がんの分子メカニズムのうち、そのエピジェネティク発がんにリンクした遺伝子の解明を細胞反応アレイ研究との結合を含め検討した。TCDD、TCDFをはじめとする11種のダイオキシン類をがん細胞パネルで評価した結果、これらはおしなべて増殖阻害効果が弱いかあるいはほとんどなかったが、唯一TCDFのみが有意な細胞増殖阻害を示し、その阻害パターンは種々の抗がん剤、
阻害剤とは異なる特有の様相を呈した。わずかな構造上の違いが大きな増殖阻害能の違いを生じること、ならびにTCDFに対し高感受性と抵抗性のがん細胞のあることが明らかとなった。DNAチップによる解析では、TCDF感受性のOVCAR-4細胞では、TCDDでは発現されずTCDFにより発現が誘導される遺伝子群が見られた(矢守)。さらに、TCDDの肝発がんプロモ-タ-作用を検討するため、p53ヘテロ欠失マウスを用いた二段階発がん性試験を行い、途中死亡動物において、発がん標的臓器の肝臓のサンプリングを実施した。また、Tg.ACマウスとAhR欠失マウスの交雑種の作製を継続して実施した。マイクロアレイ解析の定量的測定手法を開発するとともに、これを用いた、培養細胞に対するTCDFとTCDFの影響解析を開始した(菅野)。AhRの作用メカニズムや標的遺伝子等を明らかにして、ダイオキシンやその他の多環性芳香族化合物の生体に対する作用を明らかにすると共に、AhRの本来の発生、生殖における役割を明らかにすることを目的に解析を行った。その結果、XRE配列の他にAhR/Arntの結合配列XREIIを発見し、これに直接結合するLBP-1の存在を示し、AhR/ArntはLBP-1に結合して共役転写因子として働くことを明らかにした。エストロジェン受容体(ER)にも結合してEREを介してER標的遺伝子の転写活性化することを明らかにした。AhR/Arntの標的遺伝子の一つAhR抑制因子(AhRR)の遺伝子発現機構を明らかにした(藤井)。また、AhRシグナル伝達系の活性化により、成長ホルモン(GH)-STAT5およびPPAR?シグナル伝達系により活性化される遺伝子群の発現が低下することを明らかにした。これらの機構は、ダイオキシン類による成長遅延や脂肪肝などの原因となることが示唆された(鎌滝)。TEFの陽性対照物質であるTCDDについて、既報の誘起排卵数ならびに卵巣重量の減少というダイオキシン類の雌性生殖に及ぼす影響を、TCDDの動態および既知の標的器官である胸腺および肝臓の重量変化を調べた結果、肝臓および胸腺重量はそれらの組織中TCDDの動態に伴って変化し、投与後96時間には有意な相関(胸腺、p=0.001;肝臓、p=0.02)が認められたが、排卵数および卵巣重量は、排卵検査時まで血漿中にTCDDが検出された用量においても影響が認められなかった(松木)。TCDDおよびHxCDDの相対力価を求めるために、卵巣摘出したラットに、エストラジオール(E2)の0, 0.5, 1.0μg/kgとダイオキシンの存在、不在下で子宮重量増加反応を調べ、生物学的作用の大きさを比較した。TCDDについては0.5μg/kg、HxCDDについては既存のTEFに鑑み50μg/kgを1回経口投与した。TCDDについてはE2による子宮重量増加に対しその効果を抑制する作用が認められたが、HxCDDについては、E2の子宮重量増加作用に何らの修飾もしなかった。肝臓重量に対する影響も2種のダイオキシンで微妙に異なっていた。これらのことは、この2種のダイオキシンが子宮重量増加に関して必ずしも同一の機序で作用しているわけではないことを示唆しており、従来定説となっていた致死作用をもとにしたTEFの決定法には問題があることを示している(鈴木)。ダイオキシンの人影響に対するTEFを含めた当班における総合的な成果を、その意義が正しく伝達されるべくwebsiteなどの適切な媒体を用いて広報するため、最近の国際機関や各国政府機関で行われていたダイオキシン類の健康リスク評価の状況を調査し、規制当局としてダイオキシン類の健康リスクをどのように扱っているかについての現状把握を行った(井上)。海外における最新のダイオキシン類の汚染・暴露状況や健康影響に関する研究の進展状況に関する情報を収集するため、平成14年度にスペインで開かれたダイオキシン国際シンポジウムに参加し、ダイオキシン類による内分泌かく乱作用のメカニズムに関する新知見やEPAで行われたリスクアセスメント手法及びTEFアプローチによるPCB類との複合作用に関する検討に関して、情報収集を行った(広瀬)。
結論
口蓋裂発生量はWHO TEFと比較的よく相関することが示された。さらに、TCDDは顔面前部の特定遺伝子の発現に影響することが明らかになった。TCDD 30または300 ng/kgの母
体体内負荷に妊娠20日から生後90日まで暴露されたアカゲザル児の認知・行動評価では、発育個体の社会性に影響がある可能性が示唆されたが、児の知能や警戒心に悪影響を与えないことが示された。TCDDは未分化ES細胞培養系において、薬物代謝酵素のCYP1A1の発現を強く誘導した。このことから未分化ES細胞が、ダイオキシンの影響を調べる良い系であることが期待された。TCDD、TCDFをはじめとする11種のダイオキシン類をガン細胞パネルで評価した結果、TCDFのみが顕著な細胞増殖阻害効果を示すという際だった特徴を示すことがわかった。TCDFにより増殖阻害を受ける細胞では、TCDFによって誘導される遺伝子群がみられた。In vivoのプロモーター試験については大部分の実験が終了した。In vitro系ではヒトガン細胞パネルにおける遺伝子発現プロファイルおよび細胞増殖促進・抑制効果との対比を開始し、データの蓄積を行った。ダイオキシンや3MCのエストロジェン様作用発現のメカニズムが明らかになった。また、AhR/Arntによる遺伝子発現のメカニズムにXREを介さない新しいメカニズムもあることが示された。これらはいずれもAhR/Arntが直接DNAに結合しないCoactivator的に働くものであった。 AhRの新規な標的遺伝子として, PPAR?の標的遺伝子群を同定した. AhRは, PPAR?とヘテロダイマーを形成するRXR?の発現低下を介してPPAR?シグナル伝達系を抑制した. この抑制は, AhRによる脂肪肝などの毒性発現に関与することが示唆された。肝臓および胸腺重量には、TCDDの用量あるいは組織中濃度に依存した変化が認められたにもかかわらず、誘起排卵および卵巣重量に対する影響は確認できなかった。また、AhRに対してTCDDと同等の結合親和性を有するindigoには、TCDD投与によって認められた肝臓あるいは胸腺重量に対する影響は認められなかった。これらのことから、ダイオキシン類のTEF検証において肝臓および胸腺重量は有効な指標であると結論された。HxCDDはWHO TEFに基づいて10倍高い用量が選ばれたが、TCDDと同等の影響は観察されず、致死作用に基づくTEFが必ずしも、その他の生理作用(毒性を含む)に当てはまらないと考えられた。
以上、本研究班における研究の進展の結果、これまで全く説明することの困難であったダイオキシンの生体影響本体の解明に近づきつつある。他方、解明される分子種をTEF設定することにより、より現実的なリスクアセスメントに寄与することが期待された。

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