ダイオキシン胎生期暴露のアカゲザルの発育、生殖への影響に関する研究

文献情報

文献番号
200200959A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン胎生期暴露のアカゲザルの発育、生殖への影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
安田 峯生(広島国際大学保健医療学部)
研究分担者(所属機関)
  • 隅田寛(広島国際大学保健医療学部)
  • 山下敬介(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
  • 浅岡一雄(京都大学霊長類研究所)
  • 杉原数美(広島大学医学部総合薬学科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシン類の環境ホルモン様作用が疑われ、精子数の減少や子宮内膜症との関連が懸念されている。平成11年にわが国でダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)を定めた際には、胎生期に2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン(TCDD)暴露を受けたラットの生殖器系の異常を述べたデータがよりどころとなった。現在の4 pg/kgのTDIは再検討中であるが、ラットなど小動物のデータをヒトに外挿することには疑問がある。本研究の目的は、よりヒトに近いと考えられるアカゲザルを用い、妊娠サルに30または300 ng/kgという微量のTCDDを投与し、その後も体内負荷量を一定に保つように維持量の投与を続け、児の生後発育と生殖への影響を調べることにより、妥当なTDI決定のための基礎的なデータを得ることである。
研究方法
本研究のためのサル飼育は株式会社新日本科学(鹿児島)に委託して行った。実験は平成11年度に開始した。妊娠サルを1群20匹ずつ3群に分け、妊娠20日の各群母体にTCDDの0(溶媒)、30または300 ng/kgを皮下投与した。初回投与後30日毎に初回投与量の5%を追加投与し、体内負荷量を維持した。投与は分娩後90日まで継続した。第一児(F1a)の離乳後、期間をおいて母体を再度交配、妊娠させ、同様にTCDDを投与して第二児(F1b)を得た。平成14年度末の時点で生存している児の数はF1a対照(0 ng/kg)群13匹、30 ng/kg群12匹、300 ng/kg群10匹(中2匹は新規追加分)、F1b対照群11匹、30 ng/kg群10匹、300 ng/kg群9匹である。F1a児は生後およそ1000日、F1b児は生後およそ200~300日に達している。これらの生存児と死産児を含む途中死亡児について以下の観察を行った。
1) 肛門-生殖器間距離の測定:生後1日、90日、270日に雄児では肛門―陰茎基部間距離、雌児では肛門―腟口間距離を測定した。
2) 神経行動学的発達検査:生後12~15ヶ月齢で4段指迷路試験、13~15ヶ月齢で新奇出会わせ試験、23~26ヶ月齢でアイコンタクト試験を行った。
3) 死亡児臓器の病理組織学的観察:生後死亡児について、主要臓器のパラフィン包埋ヘマトキシリン・エオシン染色標本を作製し、光学顕微鏡で観察した。
4) 死亡児歯及び口蓋ヒダの観察:死産児及び生後死亡児の上下顎を切り出し、歯を実体顕微鏡及びX線で観察した。口蓋の口腔面にあるヒダの形態を実体顕微鏡で観察した。
結果と考察
1)肛門-生殖器間距離の測定:F1aオスの生後1日の肛門―陰茎基部間距離(mm)平均値が対照群で37.6±1.8、30 ng/kg群で37.3±8.1、300 ng/kg群で31.3±8.4と、300 ng/kg群で短縮の傾向を示した。しかし、生後90日、生後270日と成長につれて対照群の値に近づいた。F1bでは生後1日の平均値が対照群で56.6±5.2、30 ng/kg群で54.2±4.8、300 ng/kg群で56.9±7.2とF1aのような差は認められなかった。メス児の肛門-腟口間距離については、各群間に差は認められなかった。肛門-生殖器間距離は多くのほ乳動物でオスでは長く、メスでは短い。オスでこれが短縮することはメス化を示すとされる。F1aオスの生後1日の肛門-生殖器間距離が300 ng/kg群で短縮の傾向を示したことから、TCDDの内分泌かく乱作用の影響が疑われた。しかし、成長とともにこの差は消失し、また、F1bでは各群間に差がみとめられなかったことから、300 ng/kgの母体負荷は児の外生殖器発育には顕著な影響は及ぼさないものと考えられる 2)神経行動学的発達評価:各群4匹をランダムに抽出して行った4段式指迷路試験では、馴化と練習課題を経た後には、いずれの群も90%以上の正反応率を示し、群間には有意差は認められなかった。各群オス・メス2匹ずつ選んだ児を出会わせ15分間の行動を解析したところ、対照群ではステレオ環境探索行動が、低用量群では他個体に接近・接触する友好的行動が、高用量群では移動する環境探索行動が、比較的多く観察された。各群オス・メス5匹(高用量群のみオス3匹)について行ったアイコンタクト試験では、いずれの群でもメスのアイコンタクト数が多い傾向が見られたが、TCDD投与の影響は認められなかった。これらの結果から、アカゲザルでは生後1年で既に指迷路試験での知能評価が可能であること、300 ng/kgの母体体内負荷量でも、児の知能発達に悪影響を及ぼさないことが明らかになった。出合わせ試験では、群間の行動パターンに若干の差が認められ、対照群に比べてダイオキシン暴露群では環境への興味を示している傾向が見られたが、これは暴露群でむしろ行動の成熟が進んだのではないかと考えられる。アイコンタクト試験では、明らかな性差が認められたが、TCDD投与による影響は見られず、この指標で評価する限り、オス個体のメス化が起こっているとは考えられない。 3)死亡児腎臓及び肝臓の病理組織学的変化:300 ng/kg群の2例(死亡時日齢406日、422日)で、両側性の腎臓形成異常が認められた。多くの腎小体が対照に比べて小さく、一部の腎小体が代償的に肥大していた。尿細管上皮には空胞化が認められ、間質が増生していた。コンピュータを用いた形態計測でも、300 ng/kg群では腎小体面積の平均値は対照群に比べて有意に小さく、分布にばらつきの大きいことが確認された。生後1年での血液生化学検査で、これらの個体の血液尿素窒素(BUN)値(mg/dl)は45.3及び98.2と対照群の平均値26.9±6.5よりはるかに高く、生前から腎機能が低下していたことが分かった。2例で両側性の変化が見られたことは、この変化がTCDDの影響によるものである可能性を示唆しており、今後、他の個体についても精査する必要がある。300 ng/kg群の1例(死亡時日齢425日)で肝臓の好酸性変異病巣が認められた。また、3例の対照群児(死亡時日齢465日、435日、395日)と5例の300 ng/kg群児(死亡時日齢468日、425日、422日、406日、301日)肝臓の病理組織学的検査とコンピュータ解析で、300 ng/kgで肝細胞の空胞化と肥大が認められ、肥大の程度は死亡時日齢の増加に伴う傾向を示した。肝臓もダイオキシンの毒性に鋭敏に反応する器官であり、300 ng/kg死亡児に見られた組織変化はTCDDの影響によるものである可能性が高い。 4)死亡児歯及び口蓋ヒダの変化:対照群4例、30 ng/kg群8例、300 ng/kg群8例の死産児と生後100日以内に死亡した乳児について、口腔内を観察したところ、対照群及び300 ng/kg群では特に異常は認められなかったが、30
0 ng/kgで3例に上顎切歯の早期萌出、動揺、歯根形成不全、欠如などの異常が認められた。これらの個体では口蓋ヒダの肥厚、分断、走行の乱れなどの異常も見られた。歯はダイオキシンの発生毒性に感受性の高い組織であることがげっ歯類の実験で明らかにされている。ヒトの疫学調査でダイオキシン類に暴露された集団で歯の異常の頻度が高まるとの報告があり、300 ng/kg群死亡児の3例で歯の異常が見られたことは、注目に値する。今後、生存児での観察を進める予定である。また口蓋ヒダの形態変異はげっ歯類で発生毒性検出指標として有用であることが知られており、生存児での観察を合わせて評価する必要がある。
結論
現在のわが国でのTDIの設定根拠となったラットでの最小毒性体内負荷量86 ng/kgは、対数目盛で30 ng/kgと300 ng/kgのほぼ中間に相当する。以上の結果から、胎生期、授乳期を通じてのTCDDの暴露は、30 ng/kgの体内負荷量では次世代に明らかな障害を起こさないが、300 ng/kgの負荷では児の発生、発達に有害な作用を及ぼすものと判断される。今後の児の成長を待って精査すべき評価項目も多いが、現時点で得られている本研究の成果からは、現在の4 pg/kg/日のTDIは妥当なものといえる。

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