ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200958A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
川尻 要(埼玉県立がんセンター・研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 諸橋憲一郎(岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所)
  • 井上 國世(京都大学大学院農学研究科)
  • 榊 利之(京都大学大学院農学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
11,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンは奇形の誘導、発癌プロモーション、免疫能の低下、薬物代謝酵素の誘導を引き起こし、生殖機能へ影響を及ぼす可能性があるとも考えられている。脂溶性が高く、しかも生物活性の高いダイオキシンは、環境中での濃度は低くても食物連鎖により濃縮され、人体に深刻な影響を与えることが憂慮されている。ダイオキシンの代謝とその毒性発現の作用機序を明らかにすることを研究目的とする。
研究方法
研究目的を達成するために以下のアプローチで研究をすすめる。
(I) ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
本研究の目的は多種類のヒト由来酵素を用いて種々のダイオキシン類の代謝を調べ、ヒト体内における代謝を予測し、それぞれの毒性を正確に評価することである。ヒト肝臓由来のチトクロームP450やUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)を発現している酵母のミクロソーム画分あるいは菌体を用いて代謝を調べる。代謝産物はHPLCおよびGC-MS等により分析、同定し、毒性は変異原性試験およびAhRとの親和性を調べることにより評価する。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析 (川尻・諸橋)
細胞内に取り込まれたダイオキシンが代謝された後に、どのようなメカニズムで標的遺伝子に作用し、生殖機能に影響を与えるかという作用機序の解明の研究である。毒性はAhR/ARNTシステムにより仲介されるが、AhRは細胞質・核間を移行するシャトルタンパク質であることを我々はすでに見い出している。分子内修飾、分子間相互作用によるAhRの核移行、核外移行によるシグナル伝達メカニズムについて調べる。
AhRの生理機能と内因性リガンドについても検討する。また、ヒト生殖腺由来の細胞やAhRノックアウトマウスを用いて、性分化に関与する転写因子群とAhRとのクロストークを解析する。
結果と考察
(I)ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
1. 2,3,7,8-TCDD 代謝能を有するシトクロムP450の作製
昨年度、ダイオキシン類のうち0-3塩基置換体に対して、複数のシトクロムP450(P450)が高い代謝能を示すことを示したが、最も毒性の高い2,3,7,8-TCDDに対しては、いずれのP450分子種も活性を示さなかった。しかし、分光学的解析からヒトCYP1A1とラットCYP1A1が2,3,7,8-TCDDに対して高い結合能を有することを示した。したがって、きわめて低い活性ながら、これらのP450が活性を示す可能性が示唆された。
しかし、活性測定法の改良により2,3,7,8-TCDD代謝活性の検出限界を上げることを試みたものの、活性を検出することはできなかった。これまでにラットやイヌを用いた動物実験で2,3,7,8-TCDDの代謝物として水酸化物、グルクロン酸抱合体、硫酸抱合体が同定されている。グルクロン酸抱合、硫酸抱合は、水酸化体に対して起こるため、いずれの代謝物も初発段階は水酸化反応である。哺乳動物の体内で2,3,7,8-TCDDを水酸化する酵素はP450であることを前提として本研究を進めているが、現段階では証拠は得られていない。今年度は活性を検出する1つの方法として、天然型P450に1アミノ酸置換を施し、活性を上げることを試みた。分子種としてはCYP1A1を選び、ヒトCYP1A1よりも酵母での発現量がはるかに高く、活性を検出しやすいラットCYP1A1を選定した。基質結合あるいは基質の導入に関与すると推測される箇所に部位特異的変異導入を施して24種の1アミノ酸置換体を作製し、活性を測定したところ、4種の変異体(F240A、F228A、F319A、F385A)において2,3,7,8-TCDDの代謝が見られた。代謝物をGC-MSにより分析したところ、2,3,7,8-TCDD の一つの塩素原子が水酸基に置換されたものであることが分かり、動物実験で見られる代謝物と同様であった。この事実は天然型のCYP1A1にもわずかながら同活性があることを示唆しており、動物体内で2,3,7,8-TCDDの水酸化を行う酵素はP450であることを強く示唆している。一方、活性を示した4種の変異体のうち最も高い活性を示したF240Aに相当するヒトCYP1A1の変異体F236Aには活性は検出できず、ヒトCYP1A1の方がラットCYP1A1よりも活性が低いことを反映している可能性がある。
2. ヒト由来UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)によるダイオキシンの代謝
2,3,7,8-TCDD がP450によって代謝されて8-OH-2,3,7-TriCDDが生じた場合、これを基質としてヒト体内でグルクロン酸抱合反応がおこるかどうか予測するために、昆虫細胞-バキュロウイルス発現系あるいは酵母発現系において発現したUGT1A1, 1A3, 1A4, 1A6,1A8, 1A9, 1A10, 2B7および2B15による代謝を調べた。その結果、UGT1A1, 1A9, 2B7において高い活性が見られ、1A3, 1A6, 1A8, 1A10においても活性が認められ、8-OH-2,3,7-TriCDDはこれらUGTの良い基質になることがわかった。現在のところ、ヒトP450によって2,3,7,8-TCDDが代謝されるという直接的な証拠は得られてないが、8-OH-2,3,7-TriCDD
が生じた場合、複数のUGTによって効率良くグルクロン酸抱合が起こることが示唆された。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析 (川尻・諸橋)
1. AhRはHaCaTの細胞密度により細胞内局在が変化する
HaCaT細胞でAhR/ARNTが発現していることは知られている。細胞密度とAhRの局在との関連性を免疫組織化学的に検討したところ、密度がsparseでは核、subconfluentでは核と細胞質に、confluentな状態では主に細胞質にAhRの分布が確認され、細胞分画とwestern blottingによっても同様な結果が得られた。
密度依存的なAhRの分布は、Ca2+濃度を減少させて細胞間接着を低下させると変化することからも裏付けられ、また、この現象はcell cycleには依存しないことを明らかにした。さらに核外輸送の選択的阻害剤であるleptomycin B(LMB) を存在させることによりAhRの分布は細胞密度に関係なく核に蓄積することが見い出されたので、密度によるAhR分布の変化は高密度によりAhRの核外輸送が促進された結果であると考えられる。
2. 細胞密度によりAhRの転写活性は変化する
細胞密度によるAhR局在の変化と転写活性との関連について検討するために、AhRのシスエレメントであるxenobiotic responsive element (XRE) とluciferase を融合させたreporter plasmidを組み込ませたtransfectant をHaCaT から単離した。培養時間を変えることにより、細胞密度とluciferase活性との関係を調べたところ、細胞密度が比較的低いところで転写活性が高く、密度が高いところではluciferase活性は非常に低いことが示された。この密度による活性の変化はAhRの分布様式の変化に見合うものであることが示唆された。また、密度によるAhR/ARNTの発現レベルは変化しないことにより転写活性の変化はAhRの密度による局在の変化に起因すると考えられる。さらに密度による転写活性の変化を視覚化することにより観察するために、XREとGFP (green fluorescent protein) を融合させたreporter plasmidを含むtransfectant をHaCaT細胞から単離した。この細胞は密度が低い時にのみGFPを発現させる。細胞をsuperconfluentなmonolayerの状態に保ち(GFP発現なし)、その一部を剥がしたin vitro wound healing modelを利用して、GFPのreactivation を経時的に観察した。その結果、傷口にそって細胞間接着がゆるい領域でのみGFPの発現が観察された。以上の結果は細胞密度が低い状態でXREに依存する転写活性が活発であることを示しており、AhRの密度による局在のrelocalizationに見合うものであった。
3. AhRの核移行へのリン酸化の影響
細胞質・核間をシャトルする蛋白の細胞内分布はリン酸化などの分子内修飾により調節されることが知られている。AhRの核移行シグナル (NLS) はAhR(13-39)で構成されているが、この領域にはS12, T22, S36の3箇所にPKCのリン酸化部位が存在する。In vitro phosphorylation assayの結果、S36が主にリン酸化されることが明らかになった。また、His-Tag を融合させた野生型AhR及び変異型AhRをCOS細胞に発現させ、リガンド依存的核移行を検討したところ、S12, S36をnegative chargeをもつアスパラギン酸 (D) に
置換し、リン酸化状態に類似させた変異体はリガンドであるMC が存在しても核移行は見られなかった。
一方、アラニン (A) 置換体はリガンド依存的な移行が観察された。GFP との融合蛋白の精製標品を細胞質に直接microinjection して核移行活性をしらべたところS12D, S36D では核移行活性が消失していた。核移行活性の消失はNLS受容体との結合低下による核膜孔へのtargetingが失われることに依拠するものであることをin vitro nuclear transport assayで確認した。従って、ダイオキシンやMCなどのリガンドが存在してもAhRのNLS領域がリン酸化されていると核への輸送が阻害されることが明らかになった。
4. AhRの核外輸送へのリン酸化の影響
AhR(55-75)には核外輸送活性があり、特有な疎水性アミノ酸で構成される核外移行シグナル (NES) が存在する。S68, S73はリン酸化が可能であるので野生型、及び変異型のGFP融合蛋白精製品を細胞の核にmicroinjectionして核外輸送活性を検討した。その結果、S73Dは活性が保持されているがS68Dは消失していること明らかになった。S68は、p38MAPKシステムでリン酸化されることが知られているERαやp53のNES内のリン酸化部位と見合うことが確認された。細胞は細胞内外の環境ストレスに応答して増殖、分化、アポトーシスなどの表現型を示すが、それは主にストレス応答シグナル系と呼ばれるp38MAPKを介してなされている。現在、MCでp38 が活性化 (リン酸化) され、AhRのS68をリン酸化するかどうかを検討中である。また、細胞密度の変化によるAhRの分布の変化がp38MAPKによるリン酸化、およびその脱リン酸化により調節されているかに研究の焦点をあてている。これらの研究の発展により、AhRの生理的機能の解明やダイオキシンの毒性発現の分子機構が明らかになることが期待される。
結論
昨年度に引き続きダイオキシンの代謝研究とその受容体であるAhRについての基礎的な研究を進展させた。天然型のP450を改変して2,3,7,8-TCDDを代謝できるP450を作製したという成果はきわめて新規性が高い。これを放線菌などの微生物で発現させ、ダイオキシン汚染土壌の浄化に用いたり、乳酸菌などで発現させて食品中のダイオキシンの分解に用いる、あるいはダイオキシンで汚染された患者の遺伝子治療に用いるなどの応用へも検討することは今後の課題である。同時に、ダイオキシンが存在してもAhRのNLSがリン酸化されるとAhRは活性化されず、細胞質に留まることを明らかにした。この結果は、臨床応用につながる可能性があることを示唆するものである。

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