生活環境中微量化学物質に対する感受性決定に関する遺伝子群の解明(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200948A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中微量化学物質に対する感受性決定に関する遺伝子群の解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
永沼 章(東北大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 久下周佐(東北大学大学院薬学研究科)
  • 大橋一晶(東北大学大学院薬学研究科)
  • 黄 基旭(東北大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
化学物質に対する感受性の種差や個体差は主に遺伝子レベルで決定されており、遺伝的高感受性要因を有する人々は、正常人には影響のない少量の化学物質の摂取によって健康障害が生じる。動物実験ではダイオキシンに対するモルモットの感受性がハムスターに比べて約1万倍高いことが判明しており、モルモットタイプの遺伝子を保持する人間個体が存在する可能性も否定できない。したがって、健康障害を引き起こす可能性のある化学物質に対して高感受性を示すような遺伝的要因を持った人々の特定は、健康被害を最小限に抑えるという厚生労働行政において極めて重要な課題であり、可及的速やかに対応すべき事項の一つと考えられる。我々は最近、より確実に感受性決定因子を見つけだす方法を模索し、対象となる化学物質対する耐性を酵母に与える遺伝子をライブラリー中から無作為検索する方法が有効なことを見出した。酵母の遺伝子の多くはヒトにも相同遺伝子が存在するので、酵母遺伝子の検索によって感受性決定に関わるヒト遺伝子が判明する可能性は高い。そこで本研究では、上記の方法などを用いて、健康影響が懸念されている代表的な化学物質や重金属類に対する感受性決定遺伝子を網羅的かつ徹底的に検索・同定すると共に、それら遺伝子から作られる蛋白質の機能解析などによって化学物質感受性決定因子を明らかにすることを目的とする。
研究方法
遺伝子ライブラリープラスミドを酵母に導入した後に,この酵母を個々の化学物質の存在下(通常の細胞が生育できない濃度)で培養し、生育してきた酵母に導入されている遺伝子を単離し、塩基配列を決定した。また、ほぼ全ての遺伝子を各々欠損させた酵母ライブラリーを用いて、欠損によって酵母を化学物質に対して耐性または感受性にする遺伝子を単離・同定した。
結果と考察
(1)メチル水銀毒性の発現に影響を与える遺伝子群の検索 酵母を用いてメチル水銀毒性の発現に影響を与える遺伝子群を検索した結果、我々が既に見出していたGFA1およびCDC34に加えて、新たに23種類の遺伝子を同定することに成功した。そのうち高発現によって酵母のメチル水銀感受性に影響を与える遺伝子はUBA1、UBC4、UBC5、UBC7、YBR203W、YLR097C、YLR224W、UFO1、YMR258C、RPN10、PNG1、RAD23、BOP3、BOP2、BMH1、BMH2の16種類であり、欠損によって感受性に影響を与える遺伝子はUBI4、DOA4、YDR131C、YNL311C、MET25、FKH1、MSN2の7種類であった。これら23種類の遺伝子の中で少なくとも14種類はコードする蛋白質のホモログが哺乳類にも存在することが確認されている。厚生労働科学研究費に採択される以前は、ひとつの遺伝子が同定される毎にその作用機構を検討するという方針で研究を行ってきたため、我々が過去3年間で同定したメチル水銀毒性関連遺伝子は上述したGFA1およびCDC34の2種のみであった。この2つの遺伝子の発見は共に高い評価を受け、世界的な注目を浴びたが、今年度の本研究において比較的短期間のうちに23種類もの遺伝子を新たに同定できたことは、画期的なことであり、体系的かつ組織的な研究を可能にした本研究費の大きな成果といえる。今回同定された遺伝子はその全てが初めてメチル水銀毒性に関わることが判明したものであり、メチル水銀毒性に対する感受性決定機構のみならず、毒性発現機構や防御機構を解明するうえでも、非常に有用な情報を提供することになろう。
(2)Cdc34高発現によるメチル水銀毒性軽減機構 我々は既に、高発現によってメチル水銀毒性に対して防御的に作用する細胞内因子としてCdc34を同定している。そこで、その防御機構を検討した。Cdc34はユビキチン-プロテアソ-ムシステムを構成するユビキチン転移酵素(E2)ファミリーの一員である。ユビキチン-プロテアソ-ムシステムは細胞内蛋白質の選択的分解を担う重要な細胞内機能の一つであり、短寿命蛋白質や異常蛋白質をユビキチン化したのちに、26S プロテアソ-ムによりATP依存的に分解する。そこで、Cdc34が有するユビキチン転移活性の役割を検討した結果、本活性がメチル水銀毒性の軽減に必須であることが判明し、Cdc34の高発現が特定の蛋白質のユビキチン化を促進してプロテアソームでの分解を促すことによってメチル水銀の毒性発現が抑制されることが明らかとなった。これらの結果から、メチル水銀はある種の特定蛋白質を修飾することによって細胞毒性を発揮し、その一方でユビキチン化システムはこの修飾をユビキチン化シグナルと認識してプロテアソームでの分解を促進させているものと考えられる。したがって、ユビキチン-プロテアソ-ムシステムはメチル水銀毒性に対する防御機構として重要な役割を果たしているものと思われる。
(3)ヒ素毒性の発現に影響を与える遺伝子群の検索 ヒ素についても同様に検討し、高発現によって亜ヒ酸耐性を与える遺伝子2種(PBS2, SLG1)を同定することに成功した。PBS2は浸透圧ストレス防御に関与するキナーゼPbs2をコードする遺伝子であり、SLG1は細胞壁にかかるストレスに対する防御因子Slg1をコードしている。そこで、両蛋白質がそれぞれ関わるシグナル伝達経路上に存在する因子群と亜ヒ酸耐性との関係を調べるために、それら因子の遺伝子を欠損させた変異酵母の亜ヒ酸に対する感受性を検討した。Pbs2はMAP kinase pathwayに属しMAPKKとして働くが、その活性は二つのMAPKKKであるSte11およびSsk2/22により制御され、それ自身はMAPKであるHog1を活性化することが知られている。検討の結果、Pbs2の上流ではSsk2/22を介する経路上の各遺伝子欠損株が亜ヒ酸に対して高い感受性を示し、Ste11を介する経路に関わる因子の欠損株も弱いながら正常酵母に比べて高感受性を示した。下流の因子ではHOG1欠損株が高い亜ヒ酸感受性を示し、そのさらに下流では、転写因子Sko1を介する経路に関わる各遺伝子の欠損株が高い亜ヒ酸感受性を示した。これらの結果から、亜ヒ酸に対する防御機構としてSsk2/22からPbs2を介してSko1へ至るシグナル伝達経路が重要な役割を担っていることが示唆された。一方、Slg1が関与するシグナル伝達経路中の因子では、その下流のPKCを介して活性化されることが知られているPKC-MAPK cascadeに属するBck1, Mkk1/2, Mpk1の各遺伝子欠損株において高い亜ヒ酸感受性が認められた。以上の結果から、Pbs2 やSlg1の高発現によって特定のシグナル伝達経路が細胞内において活性化され、亜ヒ酸に対する防御機構を担う何らかの下流因子の発現が促進されるものと考えられる。これらの結果は、生体がヒ素を感知し、その毒性を防御するためのシグナルを伝える特有の経路を持つ可能性を示すものであり、ヒ素に対する細胞応答機構を考えるうえでも興味深い知見である。
(4)パラコート毒性の発現に影響を与える遺伝子群の検索 農薬であるパラコートの毒性発現に影響を与える遺伝子群を検索した結果、高発現によって酵母にパラコート耐性を与える遺伝子3種(YDR259C, CIN5, CDC34)、欠損によって耐性を与える遺伝子3種(SPT7, MAC1, FRE1)および欠損によって高感受性にする遺伝子2種(ATX1, LYS7)を見出すことに成功した。これらの遺伝子がコードする蛋白質の作用機構について今後検討する予定である。
(5)カドミウムに対する感受性決定因子メタロチオネインの遺伝子多型 メチル水銀やヒ素については感受性決定に関与する細胞内因子がこれまでほとんど判明していなかったが、カドミウムの場合は以前からメタロチオネインが防御因子として良く知られている。しかし、日本人に腎臓中MT濃度が非常に低い値を示す中高年者が存在することは判明しているものの、メタロチオネインがヒトの個体差を決定する遺伝的要因であるか否かの検討はされていない。そこで、一般的な日本人を対象にしてメタロチオネイン遺伝子の多型をsingle-stranded conformation polymorphism (SSCP)法により検索した。その結果、プロモーター領域および翻訳領域中にそれぞれ一塩基置換が存在することを見出した。翻訳領域中の一塩基置換はアミノ酸変異を伴うものであり、カドミウム感受性の個体差との関連が考えられる興味深い知見といえる。今後は、これらの遺伝子置換がメタロチオネインの細胞内誘導合成能または蛋白としての機能に及ぼす影響を検討し、ヒトのカドミウム感受性との関係を明らかにしていく予定である。
結論
メチル水銀、ヒ素およびパラコートに対する感受性決定に関わる遺伝子を多数同定することに成功した。今後はこれら遺伝子の作用機構について検討する予定である。

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