内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションに関する研究

文献情報

文献番号
200200939A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 肇子(慶應義塾大学商学部)
研究分担者(所属機関)
  • 内山巌雄(京都大学大学院工学研究科)
  • 大前和幸(慶應義塾大学医学部)
  • 楠見孝(京都大学大学院教育学研究科)
  • 岡本真一郎(愛知学院大学文学部)
  • 杉本徹雄(上智大学経済学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションについて、実証的な検討を行い、主に厚生労働省が行うべきリスクコミュニケーションのあるべき姿について提案を行うことにある。
本年度は主として、内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションの現状を把握・分析し、問題を抽出することを主たる目的として研究を実施した。
研究方法
研究班全体として内分泌攪乱物質について、国民一般が現状でどのような知識を持ち、どのような情報どこからを得ているのか、政府や企業への信頼感や要望などを問う項目を含む社会調査を行った。首都圏および近畿圏s在住の20歳~69歳の一般男女を対象とした。住民基本台帳から埼玉県と大阪府の一部地域を除く250地点を抽出し、各地点10名、計2500名を対象とした。
分担研究として、以下に述べるような方法によって、研究を実施した。
1.リスクコミュニケーションの実施事例について分析を行った。東京都内で実際に起こった事故後に行われた、分担研究者が係わったリスクコミュニケーションの経過をまとめ、良い点、悪い点を指摘し改善点を検討した。さらに、有害化学物質に関するリスクコミュニケーションについて提言をまとめることを試みた。
2.内分泌攪乱物質のリスクアセスメントの現況について検討し、国民一般に提供する科学的情報の基礎的な検討を行った。
3.内分泌攪乱物質問題に対するリスク認知と批判的思考の関係について調査を行い、尺度の妥当性について検討した。
4.リスクコミュニケーションの言語的表現については、基礎的な実験を実施した。
5.社会調査による国民の意識の量的な評価だけでなく、一般消費者としての意識をグループインタビューを実施した。
結果と考察
社会調査については、本報告時に回収が終了した調査票についての単純集計結果を報告する。単純集計をもとに注目すべき主要な結果として、以下の4点をあげる。
(1)内分泌攪乱物質(調査票では「内分泌かく乱物質」と表記)という用語そのものを聞いたことがない回答者が約2/3ある一方で、俗称である「環境ホルモン」とい用語は約9割が「知っている」と回答していた。(2)内分泌攪乱物質についての情報に対するニーズは潜在的に高いが、一方でこの問題に対して科学的に正確ではない知識(「しろうと知識」)がかなり知られていた。(3)科学的に正確な情報については、ほとんど知識がないと自覚されていた。(4)内分泌攪乱物質とヒトの健康障害との関係について、科学的には未証明であるという事実を知らなかった回答者が7割強あった。
分担研究についての結果は以下の通りであった。
1.東京都内2事例については、どちらも教育関連施設であり、また、問題の発生した時期も近接していたが、その経過も結果も全く異なるものであった。一方は成功例と見なすことができるが、他方は失敗事例と見なすことができよう。この差異を生み出した原因の一つには、行政当局の対応の違いがあった。
2.現状で入手可能な資料を検討した結果、現在判明している外因性内分泌攪乱作用がある物質の中で、我が国で無視できない内分泌攪乱影響リスクがあるのは、Co-PCBを含むダイオキシン類のみと考えられる。
3.批判的思考態度は、内分泌攪乱物質のリスクを楽観視せずに、そのリスクを認知する傾向と結びついていた。
4.リスクコミュニケーションで推意を生じさせる形式が使用されていることが明らかになった。
5.一般消費者および学生に対するグループインタビューのうち、本報告では学生に対するグループインタビューの結果をまとめた。
社会調査による結果は、今後引き続き詳細な分析を行う必要がある。具体的には、クロス表に基づく回答者属性との関係の分析、たとえば性差、年齢差などが回答傾向にどのような差異をもたらしているかを検討する。また、人々の態度がどのような知識によって形成され、行動に結びついているかを検討するための多変量解析を実施し、これら認知や行動間の関係を明らかにすることも必要である。
ただ、少なくとも単純集計の結果だけからも、現状で内分泌攪乱物質についての国民一般の知識は乏しいものであることがすでに示唆されている。その一方で、科学的には必ずしも正確とはいえない情報が広く伝えられている。これらの結果は、今後リスクコミュニケーンを設計する上で情報内容の検討の基礎となりうる。
分担研究の結果から考えられることは以下の通りである。
1.東京都内2事例の検討から、リスクコミュニケーションに対する提案として、以下の4点をあげる。①未然防止を目標にする。②危機管理については、専門家による正しい説明で混乱を防ぐ。③曖昧な回答をしない・分からないことは分からないと答える。④リスクコミュニケータ導入⑤リスクファシリテータの養成⑥特別予算枠
2.環境衛生学的立場からは、既知の外因性内分泌攪乱物質による諸問題は解決済み、あるいは対策済みである。残っている重要な研究テーマは、未知の外因性内分泌攪乱物質の発見と、複数の外因性内分泌攪乱物質同時曝露の際の相互作用の検討である。
3.批判的思考態度がリスクを小さいものと判断しようとする楽観主義バイアスを抑制することは、実践においても重要な示唆であると考えられる。
4.現状で入手しうる言語的な資料を分析し、また実験的に検討した結果、情報の伝達者が意図しない推論が生じる可能性が示唆された。このことは、将来内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションの伝え方を検討する上での基礎資料となりうる。
5.環境ホルモンという言葉を聞いたことはあるひとは多かったが、具体的なことを知っている人はほとんどいなかった。ダイオキシンに関する認識は高く、有毒性や発生の原因などについて知っていたが、環境ホルモンとは関連性がないと思っていた人がほとんどであった。また、内分泌攪乱物質の問題については、個人が選択できるように選択の幅を持たせておくべきであるという提案があった。
結論
本年度は、内分泌攪乱物質についての現状把握を行った。特に、大規模な社会調査を通して、国民一般に内分泌攪乱物質問題がどのように受け取られているかが明らかになった。また、事例研究やインタビューを通して、リスクコミュニケーションを行う際に注意すべき点が明らかになった。次年度は、これらの基礎資料に基づいて、内分泌攪乱物質のリスクコミュニケーションのガイドライン案を提案することとしたい。ことに、伝達手法については、次年度さまざまな手法間での効果比較が心理学的実験で行われるので、これらの成果に基づき、具体的なマニュアル作りを行う予定である。さらに、これらのマニュアルについて試行を実施し、その有効性を検討したいと考える。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-