前向きコホート研究による先天異常モニタリング、特に尿道下裂、停留精巣のリスク要因と内分泌かく乱物質に対する感受性の解明

文献情報

文献番号
200200936A
報告書区分
総括
研究課題名
前向きコホート研究による先天異常モニタリング、特に尿道下裂、停留精巣のリスク要因と内分泌かく乱物質に対する感受性の解明
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐田 文宏(北海道大学)
  • 小柳 知彦(北海道大学)
  • 水上 尚典(北海道大学)
  • 工藤 隆一(札幌医科大学)
  • 石川 睦男(旭川医科大学)
  • 藤田 正一(北海道大学)
  • 中澤 裕之(星薬科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
77,088,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質の多くは、次世代影響が大きいのが特徴である。今回の研究では、尿道下裂、停留精巣等の先天異常の疫学研究をpopulation-basedで行い、リスク要因を検討する。まず発生率そのものが近年、真に増加しているかどうかを検討する。同時に、前向きコホート研究で、同意を得られた妊婦を対象に、妊娠時の母体血、出産時の母体血、臍帯血を保存し、内分泌かく乱物質(ビスフェノールA、フタル酸エステル、PCB、ダイオキシン類、植物エストロゲン、有機塩素系殺虫剤等)の濃度の直接的な曝露量の測定を行い、内分泌かく乱物質と疾患との直接的な関連を追求する。これらの環境要因の検討と同時に、内分泌かく乱物質の代謝に関係の深い薬物代謝酵素等の遺伝子多型についても検討する。このような遺伝子多型による個体の感受性の検討は予防上も重要である。
尿道下裂の発生動向は、1990年代以降、米国、デンマーク、ノルウェー等で増加傾向が報告されおり、日本でも、最近、日本産婦人科医会でのモニタリングでは、1万出生あたり、1.4(1975)、2.8(1985)、3.5(1998)という結果であり、増加傾向にあると報告されている。しかし、現在行われているモニタリングは、全出生数の1割を把握するに過ぎない上、疾病のリスク要因については研究がなされていないので、今後は一定地域での対象を絞った詳しい疫学研究が不可欠である。平成12年度、申請者らの班研究では、1985~98年の北海道内における尿道下裂の手術例について詳細に調べたが、手術例では、男児出生1万人あたり平均7.6人で、現在のモニタリングよりも高い傾向がみられた。したがって軽症の尿道下裂の一部は、出生時に見逃され、幼児健診で発見されるケースも少なくないことが予想される。一方、停留精巣は、満1歳までは自然下降も期待されるので、出生時でのモニタリングから除外されている。尿道下裂、停留精巣など生殖器異常に関しては、産婦人科と泌尿器科との協力により、専門医による一定の基準を設けたモニタリングが、真の発生率を把握し、内分泌かく乱物質との関連を明らかにするために不可欠である。当該年度には、このようなモニタリング体制を確立する。さらに、尿道下裂、その他の先天奇形の発生率については、神奈川県と比較する。不妊症、不育症など女性の生殖障害についても、これまでの研究では疫学的にその原因は解明されていない。特に環境要因と個人の素因の複合作用については生体試料の曝露評価に基づく病因の解明が重要である。
以上の研究は、WHO等で研究の必要性が指摘されながら、科学的な根拠がこれまで乏しかった生殖機能や次世代影響について、日本の疫学データの蓄積をもって応えるもので確実な成果が期待される。
研究方法
地域ベースの先天異常モニタリングとして、現在、日本産婦人科医会の先天異常モニタリングに参加している主要病院13病院に加えて、北海道全域の産科施設に参加を呼びかける。①北海道内の全産婦人科を対象に呼びかけ、同意を得られた病院に協力依頼。②出産後7日以内に、奇形のあった児の個票に記入依頼。③奇形のあった児に続く2例を、コントロールとして個票に記入依頼。④月に一度、総括表として、全分娩数などをまとめる。⑤個票と、総括表は、月に一度、まとめて回収。集計後、発生率の地域差、季節変動などを疫学的に検討。⑦神奈川県の先天異常発生率と比較する。
前向きコホート研究として、同意を得られた妊婦を対象に、器官形成期から、分娩時にいたる小児泌尿器系をはじめとする先天異常の成因に関する疫学研究を実施する。詳細な調査票を用いて、内分泌かく乱物質との関連を調査し、母体血、臍帯血を保存し、子宮内発育遅延、尿道下裂、停留精巣、その他の先天異常(マーカー奇形・異常:全58疾患)を有する児と、健常児との内分泌かく乱物質の直接的な曝露量を比較し、リスク評価を行う。また、出生以後の健康状態(身体発達・アレルギーなど)の評価も行い、胎児期の内分泌かく乱物質曝露状況と乳児発達の関連も明らかにする。特に、内分泌かく乱物質の代謝酵素に関する遺伝子多型の解析については、内分泌かく乱物質の曝露濃度の測定や、内分泌かく乱物質の代謝に関する遺伝子(CYP1A1,GSTM1など)を調べ、化学物質に対する感受性を評価し、予防対策に役立てる。①妊娠を継続する妊婦を対象に、妊娠12週までに、10ml採血(定期採血時に追加)。ⅰ)担当医師から妊婦へ説明。ⅱ)今回の調査(採血の同意と、出産時の採血・臍帯血の採取と、カルテの閲覧・先天異常モニタリング)むねの同意書をとり、連絡先の記載。②妊娠8ヶ月時に、母親から10ml採血。③出産時に臍帯血採取・採血ⅰ)臍帯血32ml(PCB・ダイオキシン用・児の代謝酵素の遺伝子多型解析用・児の特異的IgE測定用)。ⅱ)母体血12ml採血。(PCB・ダイオキシン用、母の代謝酵素の遺伝子多型解析用)④生後1年で、調査票を郵送し、児の健康状態の調査。
尿道下裂、停留精巣の症例対照研究として、両親の病歴、職業性曝露、飲酒・喫煙、食事内容、農薬曝露等に関する質問紙調査と異物、ステロイド代謝酵素の遺伝子多型解析を継続している。また、妊娠17週から22週の時期の超音波スクリーニングによる胎児形態異常の検出率を検討した。
関連研究として、子宮内膜症性嚢胞を含む卵巣腫瘍患者の皮下脂肪のダイオキシン類濃度の測定および不育症(習慣流産)の症例対照研究を行った。
本研究は、北海道大学大学院医学研究科倫理委員会と共同研究施設の倫理規定に従って実施し、インフォームドコンセントは「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」に基づいた。
結果と考察
本研究を進めるのに際し、(1)マーカー奇形の選定と手引き書・新生児個票の作成、(2)妊婦への説明・同意書、医療機関に対する趣意書の作成、(3)調査票の作成、(4)採血スピッツの選定と汚染状況の確認、(5)妊婦からの採血・調査票回収、(6)化学物質の新規高感度分析手法の構築、及び(7)遺伝的感受性解析用DNAマイクロアレイの開発等を行っている。現在まで、11病院の協力を得て、初期採血の回収が始まっている。
来年度末までは、少なくとも50病院以上の協力を得る予定で、北海道全体で大学病院など大病院のみならず偏りのない5,000人~20,000人の妊婦の参加が得られるよう努力している。本研究では、今後、コホート内症例対照研究の形で、マーカー奇形となる先天異常と妊娠12週の器官形成期の内分泌かく乱化学物質曝露などの関連を検討する。曝露評価における分析は、信頼性の高いLC/MS法を採用して微量分析法で、ビスフェノールAは、生体内代謝の第Ⅱ相反応(抱合反応)において、UDP-グルクロン酸転移酵素により、グルクロン酸抱合分解酵素であるβ-グルクロニダーゼを利用して、フリー体の総量を算出する。ダイオキシン、PCBについては半減期が長いので、出産時の母体血および臍帯血を用いて検討する予定でサンプルの収集を開始している。
継続して実施してきた症例対照研究より、尿道下裂で、出生時低体重でのオッズ比(OR)は4.92、95%信頼区間(CI)は2.38-10.19、帝王切開による出生ではOR 3.28、95%CI 1.70-6.32であった。患児のCYP17遺伝子多型、母親のCYP1A1、GSTM1、GSTT1遺伝子多型と疾患との関連はみられなかった。停留精巣の症例対照研究においても、患児のCYP1A1、GSTM1、GSTT1遺伝子多型と疾患との関連はみられなかった。また、通常の妊婦の超音波スクリーニングにおいて、胎児の形態異常は認められなかった。
なお、関連研究で子宮内膜症性嚢胞を含む卵巣腫瘍患者の皮下脂肪のダイオキシン類濃度の平均値は24.92 (pgTEQ/gfat)、現段階で子宮内膜症患者とその他の良性卵巣腫瘍患者の間で、ダイオキシン類濃度に有意な差は認められなかった。染色体正常流産に至った群では、正常分娩群や染色体異常流産群に比較して、MIF濃度が有意に低値であった。不育症とIL6、CYP17、IL1β、CYP1A2遺伝子の多型との関連がみられた。
結論
本研究は、妊婦を対象にした前向きコホート研究を行い、妊娠中の妊婦への内分泌撹乱物質が、胎児へどのような影響を及ぼすかを解明し、予防に役立てることを目的としている。本研究を進めるのに際し、1.マーカー奇形の選定と手引き書・新生児個票の作成、2.妊婦への説明・同意書、医療機関に対する趣意書の作成、3.調査票の作成、4.採血スピッツの選定と汚染状況の確認、5.妊婦からの採血・調査票回収、6.化学物質の新規高感度分析法の構築の検討、7.遺伝的感受性解析用DNAマイクロアレイの開発等、を準備し、来年度末までは、北海道全体で5,000人~20,000人の妊婦の参加が得られるよう目指している。

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