乳癌に対する癌化学療法の有効性と安全性を高めるための耐性遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200843A
報告書区分
総括
研究課題名
乳癌に対する癌化学療法の有効性と安全性を高めるための耐性遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 芳一(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋俊二(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
  • 畠清彦(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1)癌患者の正常血液細胞に抗癌剤耐性遺伝子を導入して抗癌剤耐性とし、抗癌剤による骨髄抑制を軽減させる耐性遺伝子治療法の研究開発を行う。患者より採取したCD34陽性細胞にヒト多剤耐性遺伝子MDR1をHaMDRレトロウイルスを用いて導入し、これを患者に戻し移植する。大量化学療法後の患者骨髄機能が不十分で通常量の化学療法を施行することも困難なことが多いが、正常血液細胞を抗癌剤耐性とすることで、大量化学療法後の微小残存病変に対して安全に化学療法を施行して患者をCRに導くことができると考えられる。2)遺伝子治療・再生医療などの臨床研究に必須な遺伝子導入細胞(ex vivo処理細胞)の安全性検査を国内で行う体制の整備を行う。このシステムが機能することを実際の臨床研究の中で検証する。
研究方法
本研究に参加することにインフォームドコンセントの得られた進行再発乳癌症例に対し、最初に末梢血幹細胞採取を3日間連続施行し、その1日分の細胞を遺伝子治療専用のクリーンルーム設備を備えた研究室に運んでIsolex 50を用いてCD34陽性細胞の分離精製を行う。このCD34陽性細胞をstem cell factor、FL-ligand、IL-6、soluble IL-6 receptor、thrombopoietinの存在下に36時間培養後、HaMDRレトロウイルスを用いて30時間のMDR1遺伝子導入を行う。遺伝子導入細胞は液体窒素下で凍結保存する。遺伝子導入細胞の一部を用いて遺伝子導入効率の評価と遺伝子導入細胞の安全性の確認を行う。このMDR1遺伝子導入を患者あたり2コースから3コース施行し、移植に十分な自己末梢血造血幹細胞を得た後、患者に大量化学療法を施行し、次いでMDR1遺伝子導入細胞を未処理の末梢血幹細胞と共に患者に移植する。患者の骨髄機能の再構築を確認した後、docetaxelによる化学療法を施行する。docetaxelの投与は3~4週間間隔で行う。投与量は通常量の50%より開始し、75%、100%へと増量する。この間、経時的に抗癌剤による骨髄抑制の程度を調べ、また患者末梢白血球へのMDR1遺伝子の組み込みとP-糖蛋白の発現をPCR及びFACSを用いて検討する。(倫理面への配慮)本臨床研究の対象患者へのインフォームドコンセントの取得に際しては、国の審査委員会で承認された説明文を用いる。この説明文には、患者の自発的意思による研究への参加および中止・中断、遺伝子治療のメリットとデメリッ、予想される副作用とその対策、代替療法と予測される効果、秘密保持、などについても詳細に記載されている。
結果と考察
これまでに3例の乳癌患者よりインフォームドコンセントが得られ、財団法人癌研究会遺伝子治療臨床研究に関する審査委員会で症例登録が了承されて臨床研究に入った。症例1に対して平成12年10月と平成13年1月に末梢血幹細胞採取+MDR1遺伝子導入を施行した。遺伝子導入後の細胞の13~17%がP-糖蛋白陽性を示した。安全性試験の結果、遺伝子導入後のCD34陽性細胞への乳癌細胞の混入は認められず、株式会社エスアールエルによる無菌試験、マイコプラズマ試験、増殖性レトロウイルス試験などでも問題は認められなかった。平成13年3月末に症例1にcyclophosphamide、thiotepa、carboplatinの3剤併用による大量化学療法を施行し、平成13年4月に遺伝子導入細胞の移植を行った。移植後の患者末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞の割合は3%から5%であったが、その後減少して1%から2%程度に減少した。平成13年6月よりこの患者に10コースのdocetaxel治療を行った。末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞はdocetaxel投与により一過性の上昇を繰り返し、P-糖蛋
白陽性細胞が患者体内で抗癌剤耐性細胞として機能していることが推察された。大量化学療法後の症例1の末梢血の白血球数、好中球数は健常人の約50%程度であり、骨髄機能の再構成は不十分であったが、その後のdocetaxel治療によって骨髄抑制が漸時増悪するという所見は認められず、MDR1遺伝子導入細胞の移植の効果が示唆された。このdocetaxel治療により大量化学療法後にはまだ認められた患者の癌病巣がほぼ消失するという成果が得られ、大量化学療法後の継続した化学療法の有効性が示された。docetaxel投与終了後はほぼ1ヶ月に1度の割合で外来での経過観察を行っている。末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞の割合はdocetaxel治療の後期に比べて若干減少したが、docetaxel治療を終了して約1年後でも1~3%程度の陽性率を維持している。また、患者の癌の再発はみられず、CRが約1年半継続している。患者の全身状態も良好で、患者は通常の生活を送っている。症例2に対して、末梢血幹細胞採取+MDR1遺伝子導入を平成12年8月、平成13年1月、平成13年4月の3回施行した。遺伝子導入後の細胞の13~17%がP-糖蛋白陽性を示した。遺伝子導入細胞の安全性試験の結果では問題は認められなかった。症例2に対しては平成13年10月にMDR1遺伝子導入細胞の移植が行われた。移植後5日目に末梢白血球の3%がP-糖蛋白陽性であった。この症例2ではdocetaxel治療の開始が遅れたため、平成14年4月頃にはPCRを行っても患者末梢血中のMDR1遺伝子陽性細胞が全く検出されない状態になった。症例2に対し、平成14年5月より平成14年8月までに5コースのdocetaxel治療を行った。このdocetaxel投与によりそれまで検出限界以下であった患者末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞、MDR1遺伝子陽性細胞が頻度は低いながら検出されるようになり、症例2においてもP-糖蛋白陽性細胞が患者体内で抗癌剤耐性細胞として機能していることが示唆された。同時に、P-糖蛋白陽性細胞の増幅はdocetaxel投与によってのみ起こり、docetaxelを投与されない場合はP-糖蛋白陽性細胞の割合は次第に減少してなくなっていくということも示された。
症例1、症例2とも1コース目のdocetaxel治療は30 mg/m2と通常投与量の半量であり、末梢血の好中球減少は軽度であった。2コース目以降は45 mg/m2のdocetaxelの投与により末梢血の好中球減少がみられたため、投与4~7日後、好中球数が500 /_l以下に低下した時点でG-CSFの投与を行った。症例1ではG-CSF投与後2日以内に好中球の速やかな回復がみられた。この傾向はdocetaxel治療の進んだ6~10コース目の投与でも同様であった。これに対して症例2では、G-CSFを投与しても好中球の回復に6~7日を要した。症例2ではすでにCRに達していたため、患者の安全を考えてdocetaxel治療は5コースで中断した。患者末梢血中の好中球数は症例1のdocetaxel投与8日後が9回の平均で1884 _ 843個、症例2がdocetaxel投与10日後の4回の平均で631 _ 555個であった。この症例1と症例2の好中球の回復の差は危険率0.02で有意であった。よって、P-糖蛋白陽性細胞の割合の低い症例2の方がdocetaxel投与後の好中球の回復が遅いという結果になった。この結果は、MDR1導入細胞の移植がdocetaxel投与後の患者の好中球の回復に有利に働いた可能性を示す。
症例3は平成13年10月にインフォームドコンセントを得て本研究に登録された。平成13年11月と平成14年1月に末梢血幹細胞採取+MDR1遺伝子導入を施行した。1回目のMDR1遺伝子導入では1億2400万個のCD34陽性細胞に対して導入を行い、導入後の細胞の8%がP-糖蛋白陽性となった。2回目のMDR1遺伝子導入では100万個のCD34陽性細胞に対して導入を行い、導入後の細胞の10%がP-糖蛋白陽性となった。遺伝子導入細胞の安全性試験の結果では問題は認められなかった。症例3への遺伝子導入細胞の移植は、フランスのX-SCID遺伝子治療における有害事象の発生のため、現在一時凍結されている。
本遺伝子治療研究では10名の患者に対して遺伝子導入細胞の移植を行う計画である。しかしながらMDR1遺伝子導入細胞の移植による白血病化などの重大な副作用の発生の危惧より、最初に3名の患者に対して遺伝子導入細胞の移植を行い、その後半年間の経過観察を行って有害事象のないことを確認する。したがって本研究は未だ早期第1相研究の途上であるが、これまでに遺伝子導入細胞の異常増殖などの有害反応は見られず、患者の癌は消失してCRが1年半継続している。以上の結果は少なくとも本臨床研究の遂行を支持していると考えられる。
結論
「乳癌に対する癌化学療法の有効性と安全性を高めるための耐性遺伝子治療の臨床研究」を進めた。平成12年度に登録された2症例に対して、大量化学療法を施行後にMDR1遺伝子導入細胞の移植を行い、さらに遺伝子治療に基づいたdocetaxel治療を行った。患者に移植されたMDR1遺伝子導入細胞は患者骨髄に生着し、症例1では全観察期間の2年間にわたって、症例2では観察期間1年半のほとんどで、MDR1遺伝子導入細胞が検出された。患者にdocetaxel治療を行うことにより、P-糖蛋白陽性細胞の割合は有意に増加した。このdocetaxel治療は安全に進められ、その結果、症例1において、大量化学療法後にはまだ認められた患者の癌病巣がほぼ消失するという成果が得られた。両症例とも、ほぼ1年半にわたってCRを継続中である。遺伝子導入細胞の移植に起因すると推定される副作用はみられなかった。以上より、本研究は安全かつ着実に遂行されている。

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