遺伝子治療製剤の供給基盤整備と遺伝子医療への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200842A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子治療製剤の供給基盤整備と遺伝子医療への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 純(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋利忠(愛知県がんセンター研究所)
  • 妹尾久雄(名古屋大学)
  • 小林 猛(名古屋大学)
  • 田沼靖一(東京理科大学)
  • 斎田俊明(信州大学)
  • 水野正明(名古屋大学)
  • 舛本  寛(名古屋大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、名古屋大学医学部附属病院に設置され、すでに稼働している我が国初の遺伝子治療用製剤調製施設(遺伝子治療製剤調製室)を中心に総合的な遺伝子医療システムを構築し、我が国における遺伝子治療臨床研究を強力に推進しようとするものである。この目的を実現するため、以下の3つの課題を押し進めてきた。【課題1】遺伝子治療製剤の供給基盤整備及び凍結乾燥製剤の開発と実用化、【課題2】遺伝子治療を推進するために必要な基盤研究、【課題3】遺伝子医療への応用である。遺伝子治療臨床研究を実施するための具体的なモデルを提唱することは、今後の先端医療開発にとって大きな意味合いを持つ。また、同時に欧米に比べ、遅れている当該分野を早く社会に定着することになる。これは既存の治療では完治できない疾患に罹患した患者に対しては大きな希望につながるものと考える。
研究方法
【課題1】遺伝子治療製剤の供給基盤整備及び凍結乾燥製剤の開発と実用化:①製剤の供給基盤整備:名古屋大学の遺伝子治療製剤調製室を中心にクリニカルグレードのプラスミドDNAや遺伝子治療用リポソーム製剤を十分に供給できる体制作りを目指した。一方で、前記の遺伝子治療製剤調製室で調製された遺伝子治療製剤(遺伝子包埋リポソーム製剤)を実際に臨床研究で使用し、その安全性及び有効性を評価した。さらに、遺伝子治療製剤を他施設に十分供給できるよう大量調製法の確立と大量調製施設の設置を計画した。②凍結乾燥製剤の開発と実用化:遺伝子治療製剤を「医薬品」として一般診療で用いるためには、製剤の剤形や安定性は極めて重要な課題になる。そこで本研究では、従来液剤として開発されたヒトβ型インターフェロン遺伝子包埋リポソーム製剤の剤形変更を検討し、中長期保存型の凍結剤及び凍結乾燥剤の開発を目指した。【課題2】基盤研究:①インターフェロン(IFN)遺伝子で誘導されるアポトーシスのシグナル伝達機構を明らかにするための検討を行った。IFN mRNAと感受性の相関性の有無を定量型RT-PCR法で、IFNの細胞内シグナル伝達を司るJak-Stat系関連蛋白のリン酸化をウエスタンブロット法で、DNA断片化を引き起こすエンドヌクレアーゼの同定を免疫蛍光染色でそれぞれ行った。 また、グリオーマ細胞株を用い、細胞内カルシウムの上昇によるインターロイキン-8 (IL-8) の発現変化と、その発現に与えるサイクロスポリンA (CsA) の効果を検討した。②ヒト人工染色体形成に関わる因子と導入遺伝子の発現条件について検討した。③変異型EGFR受容体に対する単鎖抗体(3C10)の臨床応用を目指すため、担癌マウス(脳内及び皮下)での集積状況をシンチグラフィーで検討した。④免疫疾患や癌に対する新しい治療法の開発において、抗原ペプチドとMHCの結合様式の解明は非常に重要である。そこで知識情報処理的な解析で結合ペプチドを予測する手法の構築を試みた。⑤悪性黒色腫に対する免疫療法を開発するため、角層を剥離した表皮に悪性黒色腫抗原ペプチドTRP-2、gp100を塗布することによって感作リンパ球を誘導できるか否かを検討した。また、DNAチップ法を用いて新規ヒト悪性黒色腫抗原の同定を試みた。【課題3】遺伝子医療への応用:本研究で開発された遺伝子治療製剤を使用して悪性グリオーマに対するヒトβ型インターフェロン遺伝子治療を実施し、その安全性及び有効性を評価した。また、悪性グリオーマ以外の癌腫(悪性黒色腫、腎細胞癌等)での適応を検討した。
結果と考察
【課題1】遺伝子治療製剤
の供給基盤整備及び凍結乾燥製剤の開発と実用化:当初開発したヒトβ型インターフェロン遺伝子包埋リポソーム製剤の剤形は液剤であり、その有効期間は1ヶ月と短く、多施設共同研究を展開するには実用性に難点があった。そのため、本研究では剤形変更を検討し、中長期保存型の凍結剤及び凍結乾燥剤の開発に成功した。また、これを他施設に十分供給できるよう大量調製法の確立と大量調製施設の設置を行った。具体的には、大量調製法の作業手順書を作成した。また、名古屋大学医学部附属病院遺伝子治療製剤調製室に凍結乾燥機を設置し、凍結乾燥工程のプログラミングを行った。その結果、1回の作業で最高600バイアル程度の調製が可能となった。これにより多施設共同研究を遂行するための製剤供給準備がほぼ完了した。【課題2】基盤研究:①インターフェロン(IFN)遺伝子で誘導されるアポトーシスのシグナル伝達機構を明らかにするための検討を行った。その結果、IFN遺伝子が誘導する細胞死のメカニズムには、(1) 脳腫瘍細胞のIFNに対する感受性は、細胞内で産生されるIFNのmRNAの量に比例する。(2) IFNが受容体を介して細胞内にシグナルを伝達する経路のひとつであるJak-Stat経路でのリン酸化が延長・増強される。(3)(1)と(2)の状況が細胞に備わった上で、リポソームが細胞膜と相互作用することで最終的にはDNaseγが活性化される。以上、3つのメカニズムのあることがわかった。次にフォルボールエステルとカルシウムイオノフォアの添加により細胞内カルシウムを上昇させるとIL-8の発現は著明に増加し、その増加はCsAにより有意に抑制された。細胞内カルシウムの上昇によるIL-8発現促進には、転写因子NF-κB (nuclear factor-kappa B) の活性化が最も重要な役割を果たしていることがゲルシフトアッセイやリポータージーンアッセイにより示された。CsAはIκBα(inhibitor of NF-κBα) の分解を抑制することによりNF-κBの活性化を抑制することも明らかとなった。グリオーマ細胞においてIL-8は血管新生・細胞増殖の促進に関与することが知られている。従って、CsAは細胞内カルシウムの上昇によるIL-8発現促進を抑制することにより、グリオーマ治療に対する補助療法としての可能性が示唆された。②CENP-Bタンパク結合配列に2塩基だけ置換を導入した変異型配列では人工染色体を形成せず、CENP-Bの結合がアルフォイドDNA上へのセントロメア構造形成に必要であることがわかった。また、人工染色体前駆体へ挿入した遺伝子からの強い転写活性は、人工染色体形成に阻害的な影響を与えた。③99mTc 標識した3C10 mAbは、皮下移植モデルだけでなく、脳内移植モデルにおいても高い集積率を示した。④MHC分子のエピトープ解析はペプチド医薬の開発につながるため重要であるが、特にMHCクラスⅡ分子では実験的なエピトープ同定がむずかしい。これを打開する方法として、隠れマルコフモデル(HMM)を適応し、入力として対象ペプチドの長さを固定しなくても解析できる、簡易かつ高精度な結合推定モデル(S-HMM)を構築した。⑤角層を剥離した表皮に悪性黒色腫抗原ペプチドTRP-2、gp100を塗布することで感作リンパ球を誘導できることがわかった。またDNAチップ法によって新規ヒト悪性黒色腫抗原FABP7を同定した。【課題3】遺伝子医療への応用:本研究で開発された遺伝子治療製剤を使用して悪性グリオーマに対するヒトβ型インターフェロン遺伝子治療を5例の患者で実施し、その安全性及び有効性を評価した。その結果、製剤が直接的に関連する有害事象は認められなかった。また、治療後3ヶ月目での時点では、2例がPR(Partial Response)、2例がSD (Stable Disease)、1例は判定不能と判定された。うち、2例は1年半にわたり、再燃あるいは再発を見なかった。一方、悪性グリオーマ以外の癌腫(悪性黒色腫、腎細胞癌等)への適応拡大を進めた結果、悪性黒色腫については国に対し実施計画申請を行った。
結論
①の開発に成功し、その製剤を大量調製するシステムを確立した。②純国産技術で開発した我が国最初の遺伝子治療製剤を用いて臨床研究を実施した。悪性グリオーマ患者5名で実施した結
果、2例でPRが得られた。安全性には問題はなかった。③新しい遺伝子治療開発のための基盤研究が進んだ。④ヒトβ型インターフェロン遺伝子治療を悪性黒色腫に適応拡大できる目処が立った。

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