難治固形癌に対する局所的ベクター投与による遺伝子治療の基礎的・臨床的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200841A
報告書区分
総括
研究課題名
難治固形癌に対する局所的ベクター投与による遺伝子治療の基礎的・臨床的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
田中 紀章(岡山大学大学院医歯学総合研究科・腫瘍制御学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 衛藤義勝(慈恵会医科大学・DNA医学研究所・遺伝子治療部門)
  • 加藤治文(東京医科大学・外科学第一講座)
  • 貫和敏博(東北大学・加齢医学研究所)
  • 公文裕己(岡山大学大学院医歯学総合研究科・泌尿器病態学講座)
  • 吉村邦彦(慈恵会医科大学・DNA医学研究所・遺伝子治療部門)
  • 中村治彦(東京医科大学・外科学第一講座)
  • 西條康夫(東北大学医学部・附属病院)
  • 那須保友(岡山大学医学部・附属病院)
  • 藤原俊義(岡山大学医学部・附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、まず切除不能な非小細胞肺癌症例において、正常なp53遺伝子発現アデノウイルスベクターの腫瘍内局所投与とDNA障害性抗癌剤シスプラチンの全身投与による安全性および治療効果を検討することである。また、切除不能な局所進行前立腺癌症例において、HSV-tK遺伝子発現アデノウイルスベクターの腫瘍内局所投与とガンシクロビルの全身投与による安全性および治療効果を検討する。臨床的には腫瘍縮小などの局所効果が期待され、閉塞性肺炎の改善や排尿困難の軽減、疼痛の緩解などのQOL (quality of life)の向上も認められる可能性がある。さらに、肺癌と前立腺癌という異なった標的臓器への投与の差を、ベクターの全身分布などを検討して比較する。これらの研究は難治固形癌の代表である非小細胞肺癌、前立腺癌の新しい治療戦略を開発する上でのbreakthroughとなる可能性がある。
研究方法
1)p53により誘導されるアポトーシスの分子レベルでのメカニズムを解析し、より効果的なアポトーシス誘導の可能性を検討する。具体的には、p53の標的遺伝子発現をリアルタイムRT-PCRを用いて定量的に測定する。p53の標的遺伝子であるp21遺伝子プロモーターにより駆動するGFP発現プラスミドを導入した肺癌細胞を樹立した。樹立細胞によるマウス皮下腫瘍にin vivoでp53遺伝子導入後、高感度蛍光感知カメラにて蛍光光度の変化を経時的に観察し、簡便かつ非侵襲的な方法で腫瘍内でのp53転写活性をリアルタイムに可視化する。また、p53遺伝子治療における耐性機構の解析のため、p53遺伝子導入に耐性を獲得した肺癌細胞のコクサッキー・アデノウイルス受容体(CAR)の発現を定量した。2)岡山大学医学部附属病院を中心に、慈恵会医科大学、東京医科大学、東北大学加齢医学研究所の4施設の共同研究として「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチンを用いた遺伝子治療臨床研究」を進める。被験者は切除不能の非小細胞肺癌患者で、気管支鏡下に、あるいはコンピューティッド・トモグラフィー(CT)ガイド下穿刺により腫瘍にベクター液を注入する。ベクター単独投与を行う第1群とベクターとシスプラチンを併用する第2群を設定し、合計で15症例に試みる。岡山大学医学部附属病院 泌尿器病態学講座を中心に「前立腺癌に対するHerpes Simplex Virus-thymidine kinase遺伝子発現アデノウイルスベクター及びガンシクロビルを用いた遺伝子治療臨床研究」を進める。HSV-tK遺伝子発現アデノウイルスベクター(初期量109 PFU)を経直腸的エコーガイド下に進行前立腺癌組織内に注入し、その24時間後から抗ウイルス薬であるガンシクロビル5 mg/kgを2回/日、14日間全身投与する。安全性、臨床的効果を観察するとともに、治療後の生検組織を用いてHSV-tK遺伝子発現を検討する。ベクター量は10倍ずつ増量して1011 PFUまで検討し、目標症例数は15例とする。
(倫理面への配慮)
被験者へのインフォームドコンセントのために作成した文書は新GCPに乗っ取って作成されており、治療遺伝子やベクターに関しても図を多用してできるだけ平易な言葉で説明している。本研究の「実施計画書」および「説明と同意書」は、各施設の遺伝子治療臨床研究審査委員会で承認されており、また厚生省先端医療技術評価部会および文部省遺伝子治療臨床研究専門委員会で倫理的妥当性について了承されている。
結果と考察
1)i) p53標的遺伝子であるp21、MDM2、Noxaの発現はp53遺伝子導入後1日目に最大となり、また遺伝子発現量はp21が最大であった。投与後2-3日目にアポトーシスが最も多く誘導されていた。さらに、導入されたp53に反応してp21プロモーターにより誘導されたGFP発現は3日目に最大となり7日目には著明に減弱していた。ii) p53遺伝子導入を5回繰り返すことにより、p53に耐性の非小細胞肺癌細胞株H1299R1~R5を樹立した。LacZ遺伝子発現アデノウイルスベクターを用いた感染効率のチェックでは、耐性獲得に従って感染効率の著明な低下を認めた。また、同時にp53依存性のアポトーシスへの耐性も獲得された。これらの細胞株では、アデノウイルス受容体であるCARの発現は明らかに低下していた。したがって、p53遺伝子導入に対する耐性機構の一つに、CAR発現減弱による感染効率の低下が考えられる。2)「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチン(CDDP)を用いた遺伝子治療臨床研究」:平成11年3月に開始した本研究は、平成12年4月に多施設共同の臨床試験に移行しており、平成15年3月現在14例の症例に対してp53遺伝子導入単独あるいはシスプラチン併用で治療が行われた(岡山大学9例、東京医大2例、東北大学2例、慈恵会医大、1例)。i) 安全性:ベクター投与の当日あるいは翌日にに一過性の38℃台の発熱はみられているが、いずれも自然と軽快している。本治療は安全に施行可能であると考えられる。ii) 生体内分布:腫瘍内局所投与にもかかわらず、投与後30分をピークに血漿中にベクターが検出された。一方、尿中にはほとんどベクターは検出されておらず、2症例で一時的に認められたのみであった。Ad5CMV-p53投与前後の生検サンプルの解析では、48時間後に採取した組織のDNA-PCRにより42回の投与のうち37回でベクターが確認されており、ほとんどのケースで確実にベクターが標的部位にdeliverされていることが証明された。症例3と症例7では、それぞれ最終投与後25日目、151日目に剖検が可能であった。いずれも腫瘍組織からはDNA-PCRにてベクター断片が検出され、近位リンパ節でも確認された。また、同サンプルのRT-PCRにより42回中34回でp53 mRNA発現が認められ、高率にp53遺伝子発現が誘導されていることが明らかになった。さらに、血中抗アデノウイルス中和抗体価は、ほぼ全例で初回投与後に上昇していた。すなわち、抗体価の上昇にもかかわらずp53遺伝子発現は持続的に保たれており、局所投与の場合には全身循環する血中中和抗体は導入遺伝子発現に顕著な影響をおよぼさないと推測された。また、血中抗p53抗体価は3例で比較的継続的に上昇がみられたが、2例は治療前から上昇しており、その他の症例では有意な変化は認められなかった。iii) 臨床効果:初期6例の臨床効果は、PR (partial response) 1例、SD (stable disease) 4例、PD (progressive disease) 1例であり、1例のPR症例と2例のSD症例、計3例では、呼吸機能の改善、血痰の消失、肺活量の増加と咳症状の軽快などのQOL (quality of life)の改善や腫瘍マーカーの低下などの臨床的有用性が確認された。第1例目の症例では、気管分岐部の扁平上皮癌の退縮(PR)が見られ、1年間、計14回の投与を行うことが可能であった。左肺上葉の腺癌を持つ第4例目の症例でも、前医で大量の抗癌剤を使用したにもかかわらず増大していた腫瘍が、遺伝子治療とシスプラチンの併用を開始するとその増殖が止まり、治療を中止した約8ヶ月後までほぼサイズが変化しなかった。右肺上葉の腺癌を持つ第10例目では、シスプラチンを併用する遺伝子治療を2回施行した後、放射線療法を行った。その後
、2年を経過した現在も生存中であり、腫瘍サイズはほとんど変化していない。p53遺伝子導入により放射線感受性が誘導された可能性が示唆された。5)「前立腺癌に対するHerpes Simplex Virus-thymidine kinase遺伝子発現アデノウイルスベクター及びガンシクロビルを用いた遺伝子治療臨床研究」:平成13年3月27日に第1例目の症例への投与が施行され、現在までに内分泌療法抵抗性局所再燃症例3例の治療が終了している。ベクターは経直腸的エコーガイド下に前立腺内に直接投与され、その後抗ウイルス薬であるガンシクロビルの全身投与が行われた。全例において副作用は認められず、投与48時間後に採取した腫瘍組織内においてHSV-tk遺伝子の導入がRT-PCR法にて確認された。PSAを指標とした臨床効果では1例にてPSA上昇の抑制を、また1例にてPSAの正常化を認めた。
結論
アデノウイルスベクターを用いた局所的な遺伝子治療は安全に施行可能であり、遺伝子導入およびその発現が確認された。また、症例によっては明らかな抗腫瘍効果が観察された。

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