新規遺伝子導入技術を用いた難治性循環器疾患遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200839A
報告書区分
総括
研究課題名
新規遺伝子導入技術を用いた難治性循環器疾患遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
金田 安史(大阪大学医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 荻原俊男(大阪大学医学系研究科)
  • 森下竜一(大阪大学医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治性循環器疾患に対する我が国独自のかつ有効な遺伝子治療法の開発に向けて治療用遺伝子の探索、遺伝子導入法の開発とその実用化のための材料化、それらを組み合わせた遺伝子治療臨床研究を行う。
研究方法
臨床研究においては閉塞性動脈硬化症やバージャー病の患者22例に対し、ヒトHGF遺伝子含むNaked plasmid DNAを血管閉塞部位の周囲の骨格筋の4カ所に500 ugずつ注入し、これを4週後に再度行って経過観察した。
デコイオリゴの導入についてはミニブタの大腿動脈よりカテーテルを挿入し冠状動脈前下行枝に血管内超音波ガイド下でPTCA用バルーンカテーテルで擦過を行い血管再狭窄モデルを作成した。このモデルの左冠状動脈前下行枝にハイドロゲルバルーンカテーテルでNFkB decoyオリゴを導入した。
遺伝子導入法については、HVJ envelope (HVJ-E) vectorの安全性と有効性について各種動物で検討した。
(倫理面への配慮)
臨床研究については厚生労働大臣の許可を得た臨床プロトコールに則って施行した。動物実験については大阪大学医学系研究科で定める動物実験のガイドラインを遵守した。
結果と考察
閉塞性動脈硬化症やバージャー病の患者22例に対して行った遺伝子治療臨床研究においては、最初に施行された6例の患者で導入8週後6例中5例において血管造影で血流増加を示唆する所見が得られ、同時に下腿の潰瘍や虚血性壊死の改善、疼痛の軽減も認められた。ABIは全例において上昇した。VEGF遺伝子治療で報告のある浮腫は誘発されなかった。一方、末梢血中のヒトHGF濃度は有意な上昇がなく、局所での発現と限局した効果にとどまっていることが推測された。平成13年12月末に約3カ月後の時点での安全性、有効性が認められたので、第2期の軽症の16例に同様の治療を施行した。閉塞性動脈硬化症もしくはバージャー病で間歇性跛行を示す16例の患者に対してHGF遺伝子導入を行い、平成14年11月までに全例を終了した。最終的な評価は今後詳細に審議される予定であるが、導入8週後の血管造影により血流改善、下肢の血圧の上昇、疼痛の改善を認めた患者もいる。HGFのplasmidは導入1日目にはPCRによって患者血中に検出されたが、1週間以内に消失した。またHGFの血中濃度は変化がなかった。VEGF遺伝子治療でみられるような浮腫などの副作用はなかった。最終的な評価を待っている状況であるが、HGFの血管新生効果はまだ断言できない。末梢血管病の治療薬となりうるかどうかは今後の検討が必要である。たとえば二重盲検試験が必須であり、導入局所での発現の証拠も提示する必要がある。なお最初の6例のうち1例は治療終了後10ヶ月の時点で肺炎により死亡された。評価委員会では遺伝子治療との関連は極めて低いと判断された。
HGF遺伝子導入による心筋梗塞の遺伝子治療はブタ、イヌモデルでの有効性と安全性を認めたので、臨床応用すべくプロトコールを作成し学内の倫理委員会で審議中である。
また我々が独自に開発したE2Fdecoyオリゴを大腿動脈の再狭窄予防のために5例の患者に初めて投与し安全性を確認していることを受けて、今回はNFkB decoyオリゴの血管再狭窄での有用性がブタを使ったモデルで証明された。すなわちほぼ全周の血管平滑筋にデコイの導入を認め、スクランブルデコイ群と比較して有意な%plaque areaの抑制とneointima/media ratioの抑制を認めた。免疫染色の結果よりNFkB decoyにより有意にICAM-1, PCNA陽性の細胞やマクロファージの遊走が抑制されていた。副作用は特に認めなかった。これを受けて学内の倫理委員会に臨床応用の申請を行い承認を受けた。
導入遺伝子の長期遺伝子発現系として最近魚類のトランスポゾンとトランスポゼース
(Sleeping beauty; Dr. Hackettより提供)の組み合わせの生体組織での効果を検討した。HVJエンベロープベクターでは2つのプラスミド(トランスポゾンをもつプラスミドとトランスポゼース発現プラスミド)を同時封入して1つの細胞に導入できるので、骨格筋で6ヶ月以上の長期遺伝子発現維持に成功した。サザンブロットを施行したが、3日目の時点ではゲノムへの挿入は認めなかった。1週間以降のサンプルからは導入遺伝子を検出することはできず、染色体ゲノムへの挿入が起こっているかどうかは不明であった。PCRによっては6ヶ月時点においても導入遺伝子の検出は可能であった。
我々はリポソームを用いずに不活性化したHVJに直接遺伝子を封入した HVJエンベロープベクターの開発に成功し、このベクターの様々な有効性を動物実験で確認した結果、HVJ-liposomeをしのぐ遺伝子導入・発現効果が得られることが明らかになった。HVJエンベロープベクターはHVJのゲノムを完全に破壊しているためにウイルス蛋白の新生がなく、免疫原性が極めて低く連続投与が可能である。マウス気道への注入やサルの筋肉内投与による傷害、感染も誘発されなかった。HVJ-Eはin vivoの遺伝子導入にもすぐれ、マウス肝臓、子宮、ラット肺、脳、イヌ静脈、サル関節腔などへの遺伝子導入においてHVJ-liposome以上の導入効率を示すことがわかった。またこれらの臓器はNaked DNAでは遺伝子導入がほとんど不可能である。脳血管障害治療に向けてこのベクターをラット脳脊髄液内に注入すると脈絡叢や小脳、延髄の神経細胞やグリアに遺伝子発現が認められた。この方法が脳内への遺伝子導入では最も脳の実質傷害が少ないと考えられる。HGF遺伝子封入のHVJエンベロープベクターをラット脳脊髄液内に注入すると、ヒトHGFは約2週間発現し、同時にラットHGFの発現も誘導した。そこで中大脳動脈閉塞法により脳梗塞ラットを作成し、この方法で脳梗塞の予防や治療効果をみたところ、HGF発現により明らかに有意な虚血部位の縮小、脳浮腫の抑制が認められた。虚血性脳疾患の遺伝子治療が可能になってきている。HVJエンベロープベクターはマウスの尾静脈より注入すると脾臓に遺伝子導入できることがわかった。このベクターを硫酸プロタミンで修飾することにより尾静脈注入すると肺特異的に遺伝子導入が可能となった。またヘパリンと共導入すると導入効率を約5倍増強できた。HVJを高効率で生産できるヒト培養細胞株をクローン化した。これを浮遊培養系で高密度に培養できる条件を決定した。これらによって、ほぼ鶏卵と同等の効率でHVJの生産が可能になり、無血清培地で10Lスケールの大量培養が可能になった。これは従来の技術ではなしえなかった成果であり、これによって臨床用ベクターの生産が期待できるようになった。今後はこの我が国独自のベクターを用いた難治性循環器疾患の臨床研究が可能となり、それによってさらに遺伝子治療の対象疾患が拡大されるであろう。
さらにHVJエンベロープベクターは遺伝子ライブラリーの大量迅速スクリーニングに極めて効率的であることが明らかになった。これを用いてヒト心臓cDNAライブラリーをスクリーニング
結論
世界ではじめてHGFの遺伝子治療臨床研究を開始でき、末梢血管病に対する安全性と有効性が経過観察されているところである。NFkB decoyオリゴによる血管再狭窄の治療は、この病態に炎症反応が関与していることを示すとともに、安全性も考量すれば極めて実用的な治療法になりうるであろう。ベクター開発についても我が国独自のベクターが開発でき、臨床応用に向けた取り組みが進行中である。Naked DNAで有効なターゲットとベクターが必要なターゲットが分けられてきた感があり、後者のためにはHVJ エンベロープベクターの有用性がますます高まると思われる。遺伝子治療ばかりでなくドラッグデリバリーとしての利用も注目されるであろう。

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