経頭蓋超音波脳血栓溶解装置の開発とその探索的臨床研究

文献情報

文献番号
200200838A
報告書区分
総括
研究課題名
経頭蓋超音波脳血栓溶解装置の開発とその探索的臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
古幡 博(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センターME研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部 俊昭(東京慈恵会医科大学脳神経外科)
  • 梅村 晋一郎((株)日立製作所 中央研究所 メディカルシステム研究部)
  • 窪田 純((株)日立メディコ技術研究所)
  • 佐々木 明((株)日立メディコUSシステム部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
66,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究開発の目的は、本邦死因の第3位、要介護老人の4割を占め、突然死や重篤な後遺症が社会問題をも惹起する脳血管障害の6~7割を占める脳梗塞の治療法として、急性期における新治療用「経頭蓋超音波血栓溶解装置」を開発し、以って探索的臨床研究を展開することを行い新脳梗塞治療法を確立することである。目的としている。本開発の基礎技術は平成11年~13年度に亘り、厚生科学研究費高度先端医療研究事業での基礎研究の成果である。特許ともなった原理は脳血栓塞栓患者に血栓溶解剤を静注または動注すると同時に、経頭蓋的に超音波照射し、脳塞栓の早期溶解、急速血流再開通を達成し、虚血耐性に脆弱な脳神経系を救出するものである。開発装置はこの血栓溶解超音波治療法に加え、経頭蓋超音波診断画像法を付与し、塞栓部血流動態を監視しながら、同部位へ治療用ビームを電子走査で標的照射させることを特徴とする。
本年度は以下の具体的目標を遂行した。
(A)「経頭蓋超音波脳血栓溶解装置」の要素技術開発
(1)治療用超音波ビームの二次元走査の実現
(2)治療用および診断用の超音波ビームの一体化
(3)診断装置と治療装置の一体化制御
(4)超音波プローブの頭部固定具の設計・検討
(B)動物実験による探索的臨床研究のための安全性評価
(C)ヒト遺体による頭蓋内音響作用の検討
研究方法
本研究の前段は「経頭蓋超音波脳血栓溶解装置」の開発が中心となる。この部分は臨床適用装置とするものであるので日立メディコが中心となり、日立中央研究所および東京慈恵会医科大学ME研究室が参画して実施した。また、動物実験やヒト遺体を用いる研究は慈恵医大グループが中心となって行った。
本年度の各具体的目標毎の方法を示す。
(A)「経頭蓋超音波脳血栓溶解装置」の要素技術開発
(1)治療用超音波ビームの二次元走査の実現
治療用500kHz連続波超音波を二次元走査させるため、PZT振動子の一次元配列を作り、試作した。これを電子走査し、そのビームが配列方向に自由に向けられることをシュリーレン法で写真撮影し確認した。
(2)治療用および診断用の超音波ビームの一体化
同一のプローブから治療用500kHz連続波超音波と診断用2.5MHzパルス波を一定時間毎に切換えて発射するインターミッテント照射を実現するため、コンピュータ・シミュレーションによって形成される音場分布、その検出感度および製造工程の難易度を検討した。
診断用のDビーム、治療用のTビームを発射する振動子配列を積層型 (重量型) と並列型とで比較した。
(3)超音波診断装置を治療装置の一体化制御
経頭蓋カラードプラ装置と治療用の装置を一体化し、診断画像上に標的塞栓部を描出し、塞栓部位の血流動態を監視しながら、同標的部へ治療ビームをインターミッテント照射するための電子回路的な一体型制御法を試作した。
同時に治療用の駆動系を診断装置内に格納可能とする小型化を実施した。
(4)超音波プローブ頭部固定具の検討
治療用超音波ビームは長時間に亘って経頭蓋照射することになるので、プローブを頭部に固定し続ける必要があり、そのためのプローブ保持具を設計した。この保持具は超音波プローブにおける発熱をペルチェ効果で冷却したときの放熱部も備えることとした。これをヒト適用型の三次元コンピュータグラフィックス (CG) で描出し、多面的に検討することとした。
(B)動物実験による探索的臨床研究のための安全性評価
ラットの脳梗塞モデルは、ナイロン糸の先端をシリコンでコーティングして、塞栓する小泉のモデルを作成して実験に供した。塞栓は同ナイロン糸を外頚動脈から逆行性に中大脳動脈根幹部に挿入した。塞栓作業は麻酔下で行ったが、塞栓の程度はレーザー血流計で監視した。また、同塞栓糸を引き抜くことで血流は再開通するが、この時間も含め連続血流監視をレーザー血流計で行った。
実験モデルとしては、塞栓時間を調整し、塞栓中および血流再開通時にも治療用超音波照射を行った。その後覚醒させ、24時間後に脳を摘出し、病理学的評価を行った。
(C)ヒト遺体による頭蓋内音響作用の検討
ヒト頭部ファントムを用いても、臨床試験を開始する場合には最終的にヒトと同様の構造体での評価が求められる。それ故ヒト遺体を用いて実験することを倫理委員会で承認を得て実行した。倫理委員会へは計画書および生前同意などの必要書類を提出した。
ヒト遺体頭部一側に微小孔をあけ、対側から治療用ビームを発射したときの同ビーム中心軸の温度上昇と音圧を特注製造した20チャンネル温度計とハイドロホンとで測定することとした。またこの値と、低出力治療用ビームを用い、健常成人の超音波伝達特性を得て、これを校正値として頭蓋内音響分布を推定することとした。
結果と考察
C.研究結果
(A)「経頭蓋超音波脳血栓溶解装置」の要素技術の実現
(1)治療用ビームの二次元走査
電子アレイ走査によって治療用ビームが約90°の幅で走査できることをシュリーレン法で確認した。これにより、例えば側頭部にプローブを固定した場合、治療用ビームを顔面側から後頭部側のかなりの範囲をプローブを機械的に動かすことなく走査し、標的照射が可能になることを確認した。
(2)診断用・治療用のビーム一体化
コンピュータ・シミュレーションの結果、振動子配列の2方式において音響感度がほぼ同じになることを確認した。それ故、実際に製作し、その結果をもって実用化に適した方法を選択することとなった。TビームとDビームをインターミッテント照射可能となることが明らかになった。超音波プローブが一体化されるという見通しを得たことで、小さなエコーウィンドウに対しても方法の適用範囲が広がった。
(3)診断装置と治療装置の一体制御
治療用Tビームのインターミッテント照射における照射休止期間に診断用Dビームを発射し、経頭蓋カラードプラ像の得られるように、診断装置側の信号制御系に、治療系の制御を同期化し、動作確認をした。また、診断装置 (市販) の一部に制御系回路が組み込まれることを確認した。これによって、全く一体型で全体のサイズが現行診断装置と余り変わらないシステムとなり得ることが確認された。
(4)超音波プローブの頭部固定具の検討
長時間側頭部にカラードプラ断層用セクタスキャンプローブを保持し続ける強度があり、人体に合致する2つをCGで確認した。
(B)動物実験による探索的臨床研究のための安全性評価
現在動物実験データを蓄積中で、統計学的評価は充分に行えないが、次の点がある程度明らかとなった。
(1)虚血時に超音波照射を行っても、梗塞領域を変えることは少ないと考えられること
(2)急速血流再開通のためか、再灌流障害と考えられる出血例が認められること
(3)通常使用予定の3~4倍の強力超音波に対しても大きな変化はなく、病理学的にほぼ同等なこと
現在蓄積中の虚血時並びに再灌流時における超音波照射のデータをさらに充実させ、臨床試験の事前検討データとして確実なものとする必要がある。
(C) ヒト遺体による頭蓋内音響作用の検討
20チャンネルのニードル型温度計および直径1φのハイドロホンを作成し、米国試験機関で絶対値校正を行った。 現在ヒト遺体データを積み上げるべく努力している最中である。
D.考察
全く無侵襲的な「経頭蓋脳血栓溶解装置」の基本的要素技術の開発を概ね終了し、実用化に向けての道筋が明らかとなった。この装置は、実時間的に脳血流動態を監視しながら、脳血栓を同一プローブから出される治療用低周波超音波で急速溶解するものである。そのため、二次元走査の可能な治療ビームに関する技術、診断と治療の機能を一体化した複合超音波装置の基本は完成した。
しかし実用化し臨床応用するには、診断・治療一体化プローブの製作試験という大きな問題があり、最適化のために次年度の課題となった。また、プローブ保持用の機具も次年度試作・評価を行わねばならない課題である。
技術面でのこのような課題は残されているが、本質的課題は解決前であり、患者QOLへの配慮などの頁に臨床現場的課題へも迫りつつあると考える。
一方、超音波の及ぼす脳神経系への影響は既に正常例 (ラット) では問題ないことを証明済みである。また、虚血3時間についても評価済みで、病理学的悪化は認められていない。しかし、現在虚血時間・再開通タイミングを変えたときの影響を検討中で、その成果は次年度になる。本装置の根本的適用障害にはならないものと考えられる。
さらに、ヒト遺体を用いたデータ蓄積は次年度へ続く課題である。
結論
経頭蓋超音波脳血栓溶解装置の要素技術を概ね完成し、臨床応用への技術的障害はなくなりつつある。残された課題は
①製造法上の評価を踏まえた診断・治療一体化プローブ特別評価
②頭部固定具の試作・検討
だけである。一方、前臨床試験としての虚血・再灌流時の超音波作用の影響およびヒト遺体を用いた頭蓋内音響評価は次年度に亘って積み上げる必要のあるものである。
以上、本年度はその当面の目的を達成し、飛躍的な成果を得ることができた。

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