文献情報
文献番号
200200836A
報告書区分
総括
研究課題名
GM-CSF吸入による重症特発性肺胞蛋白症の治療研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中田 光(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
- 工藤宏一郎(国立国際医療センター)
- 貫和敏博(東北大学加齢医学研究所)
- 慶長直人(国立国際医療センター研究所)
- 井上義一(国立療養所近畿中央病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
特発性肺胞蛋白症は、肺胞及び終末気管支に過剰なサーファクタントの貯留がおこり、進行性の呼吸困難を来す疾患である。好発年齢は30-40代で男女比は約3:1である。我が国の罹患率は不明であるが、欧米の報告によれば、人口10万対0.3とされている。国内外ともに地域差は認められていない。申請者は1999年に、病因物質として患者の肺及び血液中に抗顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)中和自己抗体が大量に存在することを発見し(J Exp Med190(6), 875-880,1999)、その検出法の特許を出願した(優先権主張番号特願平10-303858)。GM-CSFの受容体を欠く先天性の肺胞蛋白症が存在することや、GM-CSFやその受容体のノックアウトマウスが肺胞蛋白症を起こすことから、本症の発症にGM-CSFの関与が考えられてきたが、本疾患の病因は、肺胞マクロファージの分化・機能維持に重要な肺のGM-CSFが自己抗体により中和され、肺胞マクロファージのサーファクタント分解能が低下するためであると考えられる。一方、患者の約3分の1は、呼吸不全に陥るが、治療は、全身麻酔下の全肺洗浄法や反復区域洗浄が一般的で、患者の負担や苦痛が大きく、新治療法が望まれていた。近年、オーストラリアのSeymourらが始めたGM-CSF連日皮下注療法は、肺洗浄によることなく、重症患者の44%に呼吸機能の改善をもたらすことが報告されている。2001年以降、我々は重症患者3例にGM-CSF吸入療法を試み(250μg/日、7日間吸入後7日間休薬を12クール)、呼吸機能が劇的に改善すること、また、肺胞洗浄液中の自己抗体が消失することを確認した。国内で、本治療を試みたいという医師、患者の要望が高まりつつあるが、GM-CSFは未承認の薬剤であり、一症例の治療に100万-200万円要することから、これまで普及するに至らなかった。しかし、本研究は基礎研究成果が実際に患者の治療に繋がったトランスレーショナルリサーチの典型であり、厚生労働科学研究費により、本治療の有効性が明らかになれば、本疾患の治療に革新をもたらすものであると考える。本研究では、重症特発性肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法を30~40例の患者で試み、安全性と有効性を確認する。
研究方法
GM-CSF製剤の入手:上述のとおり、わが国では未承認のGM-CSF製剤を本来の適応症の範囲を越えて使うため、実施計画書を東北大学医学部倫理委員会に提出し、その承認(第1例:受付番号2000-57平成12年7月24日承認、第2例:受付番号2001-273平成14年2月18日承認)を受けた後、Novartis 社のmolgramostim を厚生労働省関東甲信越厚生局より薬監証明の発給(平成12年第9737号、第9830号、平成13年第1532号、第8796号)を受けて輸入した。
吸入:molgramostim 1回125μgを生理食塩水2mlに溶解し1日2回ジェットネブライザーで吸入(1日量250μg)とした。1回の吸入は10-15分で終了した。7日間吸入・7日間休薬を1サイクルとし全12サイクル投与した。
評価:定期的に臨床症状を観察し、血液検査所見、動脈血ガス分析、胸部X線写真、胸部CT、気管支肺胞洗浄液(BALF)解析を行った。血清とBALFの抗GM-CSF抗体も調べた。
倫理的側面の配慮:ヘルシンキ宣言に沿い治療を行った。東北大学医学部倫理委員会で承認を受けた説明用文書を用いて、被験者に文書と口頭で説明し、書面で同意を得て治療を行った。
症例提示
症例1
50歳女性。1999年8月労作時息切れ・咳嗽が出現し、胸部CT上両肺びまん性に輪状網目状陰影、気管支鏡下肺生検にて肺胞に好酸性液状物質の貯留、BALFの白濁、抗GM-CSF抗体 94.5μg/ml(健常者3以下)高値より、PAPと診断。2000年3月左全肺洗浄を受けるが、低酸素血症(PO2 2000年2月45.5 mmHg→4月37.8mmHg)の改善なく、7ヶ月の経過観察後、GM-CSF吸入療法のため入院となる。
症例2
54歳男性。1999年1月発症のWegener肉芽腫症でステロイド剤及びシクロフォスファミドで加療中、2001年7月胸部X線で両側びまん性網状影、10月呼吸困難が出現(PO2 37.8mmHg)。BALFの白濁、抗GM-CSF抗体高値53.0μg/mlよりPAPと診断。感染の危険性より肺洗浄を行えず、6ヶ月の経過観察後、GM-CSF吸入療法のため入院となる。
吸入:molgramostim 1回125μgを生理食塩水2mlに溶解し1日2回ジェットネブライザーで吸入(1日量250μg)とした。1回の吸入は10-15分で終了した。7日間吸入・7日間休薬を1サイクルとし全12サイクル投与した。
評価:定期的に臨床症状を観察し、血液検査所見、動脈血ガス分析、胸部X線写真、胸部CT、気管支肺胞洗浄液(BALF)解析を行った。血清とBALFの抗GM-CSF抗体も調べた。
倫理的側面の配慮:ヘルシンキ宣言に沿い治療を行った。東北大学医学部倫理委員会で承認を受けた説明用文書を用いて、被験者に文書と口頭で説明し、書面で同意を得て治療を行った。
症例提示
症例1
50歳女性。1999年8月労作時息切れ・咳嗽が出現し、胸部CT上両肺びまん性に輪状網目状陰影、気管支鏡下肺生検にて肺胞に好酸性液状物質の貯留、BALFの白濁、抗GM-CSF抗体 94.5μg/ml(健常者3以下)高値より、PAPと診断。2000年3月左全肺洗浄を受けるが、低酸素血症(PO2 2000年2月45.5 mmHg→4月37.8mmHg)の改善なく、7ヶ月の経過観察後、GM-CSF吸入療法のため入院となる。
症例2
54歳男性。1999年1月発症のWegener肉芽腫症でステロイド剤及びシクロフォスファミドで加療中、2001年7月胸部X線で両側びまん性網状影、10月呼吸困難が出現(PO2 37.8mmHg)。BALFの白濁、抗GM-CSF抗体高値53.0μg/mlよりPAPと診断。感染の危険性より肺洗浄を行えず、6ヶ月の経過観察後、GM-CSF吸入療法のため入院となる。
結果と考察
吸入治療に先立つ6ヶ月の観察期間中、肺機能や動脈血ガス分析では改善はみられなかった。どちらの患者においても、GM-CSF吸入治療中、身体所見、検査所見、呼吸機能上、薬剤に関連した副作用は見られず、治療終了後も造血系の障害や、肺機能や画像で確認できる晩発性の呼吸障害は見られていない。
両患者で、低酸素血症の改善をみた(症例1; PaO2 34.5 → 56.9 mmHg, 症例2; PaO2 66.4 → 94.4 mmHg)が、肺機能は若干の改善をみたのみであった。6分間歩行試験では、歩行終了時の酸素飽和度(症例1; 77 → 95% (nasal O2 4 liters/min)、症例2; 87 → 90%)と、歩行距離で(症例1; 220 → 322 m, 症例2; 440 → 545 m)改善がみられた。また血清LDH(症例1;LDH, 802 → 522 IU/L, 症例2; 901 → 661 IU/L), CEA (症例1; 11.9 → 3.1 ng/ml, 症例2; 13.4 → 3.7 ng/ml), KL-6 (症例1; 10,950 → 2303 U/ml, 症例2; 11010 → 1639 U/ml), SP-D (症例1; 312 → 152 ng/ml, 症例2; 208 → 114 ng/ml)の改善がみられた。BALF中の抗GM-CSF抗体価も低下した(正常;検出不可、症例1; 1.38 → 0.10 mg/ml, 症例 2; 0.58 → 0.03 mg/ml), が、血清中の抗GM-CSF抗体価は有意の変化を示さなかった(正常 <3 mg/ml, 症例 1; 30.5 → 21.9 mg/ml, 症例 2; 57.4 → 33.7 mg/ml)。HRCT 所見は著明に改善した。BALF,中のサーファクタント物質は減少し、肺胞マクロファージ数は増加した(症例1; 1.8 → 11.2 X104/ml, 症例 2; 2.6 → 15.4 X104/ml)。電子顕微鏡写真の解析では、治療前、胞体内にリン脂質の封入体を多数含み、ひだの無い泡沫状マクロファージであったのが、治療後は偽足形成と明確な細胞内小器官構造を示す小型のマクロファージに置き換えられた。また抗SP-A抗体による免疫組織染色では、マクロファージのSP-A含有量が治療後著明に減少していることが、明らかになった。
GM-CSFのネブライザーによる吸入は、BALF中の抗GM-CSF抗体価を減らし、肺胞マクロファージの形態を変え、BALF中のサーファクタント物質を減らし、血清中のSP-D, KL-6, CEAを減少させた。吸入されたGM-CSFは、肺内の抗GM-CSF抗体を減少させ、マクロファージを刺激し、肺の界面活性物質除去能を回復させたといえる。
GM-CSFの皮下注射が、PAP患者のBALF中の抗GM-CSF抗体価を減らしたが、血清中の抗体価は変化が無かった、との症例報告があるが、GM-CSF吸入でも同様の効果を出しえた。健康人からえられた免疫グロブリンの解析で、GM-CSFを含むさまざまなサイトカインに対する特異抗体が含まれていることが報告されている。PAP患者における、抗GM-CSF抗体産生の機序について、さらに研究を進める必要がある。
PAP患者へのGM-CSFの皮下注射の効果はまちまちである一方、局所の発赤や発熱などの副反応も見られる。GM-CSFの吸入は、標的臓器への直接の投与であるため、こうした全身性の副反応を避けうる点で、よりよい方法である可能性がある。
両患者で、低酸素血症の改善をみた(症例1; PaO2 34.5 → 56.9 mmHg, 症例2; PaO2 66.4 → 94.4 mmHg)が、肺機能は若干の改善をみたのみであった。6分間歩行試験では、歩行終了時の酸素飽和度(症例1; 77 → 95% (nasal O2 4 liters/min)、症例2; 87 → 90%)と、歩行距離で(症例1; 220 → 322 m, 症例2; 440 → 545 m)改善がみられた。また血清LDH(症例1;LDH, 802 → 522 IU/L, 症例2; 901 → 661 IU/L), CEA (症例1; 11.9 → 3.1 ng/ml, 症例2; 13.4 → 3.7 ng/ml), KL-6 (症例1; 10,950 → 2303 U/ml, 症例2; 11010 → 1639 U/ml), SP-D (症例1; 312 → 152 ng/ml, 症例2; 208 → 114 ng/ml)の改善がみられた。BALF中の抗GM-CSF抗体価も低下した(正常;検出不可、症例1; 1.38 → 0.10 mg/ml, 症例 2; 0.58 → 0.03 mg/ml), が、血清中の抗GM-CSF抗体価は有意の変化を示さなかった(正常 <3 mg/ml, 症例 1; 30.5 → 21.9 mg/ml, 症例 2; 57.4 → 33.7 mg/ml)。HRCT 所見は著明に改善した。BALF,中のサーファクタント物質は減少し、肺胞マクロファージ数は増加した(症例1; 1.8 → 11.2 X104/ml, 症例 2; 2.6 → 15.4 X104/ml)。電子顕微鏡写真の解析では、治療前、胞体内にリン脂質の封入体を多数含み、ひだの無い泡沫状マクロファージであったのが、治療後は偽足形成と明確な細胞内小器官構造を示す小型のマクロファージに置き換えられた。また抗SP-A抗体による免疫組織染色では、マクロファージのSP-A含有量が治療後著明に減少していることが、明らかになった。
GM-CSFのネブライザーによる吸入は、BALF中の抗GM-CSF抗体価を減らし、肺胞マクロファージの形態を変え、BALF中のサーファクタント物質を減らし、血清中のSP-D, KL-6, CEAを減少させた。吸入されたGM-CSFは、肺内の抗GM-CSF抗体を減少させ、マクロファージを刺激し、肺の界面活性物質除去能を回復させたといえる。
GM-CSFの皮下注射が、PAP患者のBALF中の抗GM-CSF抗体価を減らしたが、血清中の抗体価は変化が無かった、との症例報告があるが、GM-CSF吸入でも同様の効果を出しえた。健康人からえられた免疫グロブリンの解析で、GM-CSFを含むさまざまなサイトカインに対する特異抗体が含まれていることが報告されている。PAP患者における、抗GM-CSF抗体産生の機序について、さらに研究を進める必要がある。
PAP患者へのGM-CSFの皮下注射の効果はまちまちである一方、局所の発赤や発熱などの副反応も見られる。GM-CSFの吸入は、標的臓器への直接の投与であるため、こうした全身性の副反応を避けうる点で、よりよい方法である可能性がある。
結論
本研究はGM-CSF吸入療法がPAPの治療として、効果的で安全で、外来でも行える簡単な方法であることを示唆する。サイトカインの吸入が他の肺疾患の治療にも応用できる可能性がある。
公開日・更新日
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更新日
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