文献情報
文献番号
200200833A
報告書区分
総括
研究課題名
パーキンソン病や癌などに対するAAVベクターを用いた遺伝子治療法の開発とその臨床応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
- 中野今治(自治医科大学)
- 一瀬宏(東京工業大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 基礎研究成果の臨床応用推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
79,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
非病原性のAAVに由来するベクターを用いた遺伝子治療法に焦点を当て、その臨床展開を図ることを目的とする。非分裂細胞への高効率遺伝子導入、長期遺伝子発現といったAAVベクターの特徴を活かし、臨床応用に向けた研究としては、パーキンソン病に対する遺伝子治療法の開発を第一に推進する。残存ドパミンニューロンを活性化し、病態の進行を阻止するための新規治療用遺伝子の探索から、霊長類のサルを用いた前臨床研究、さらに第 I/II 相臨床研究まで、幅広く研究を行う。臨床研究の第一段階としては、病状が進行し、線条体におけるAADC活性の低下のためにL-DOPAの効果が減弱してきた患者を対象とし、AAV-AADCの被殻への注入とL-DOPA経口投与の併用を計画している。この方法であれば、L-DOPAの投与量を調節することによりドパミン産生量がコントロールできるため、安全性が高いものと思われる。平成14年度は、遺伝子治療臨床研究実施計画申請書を作成し、自治医科大学の施設内審査委員会に提出すると共に、この方法に沿った形の前臨床研究をモデルサルで実施するなど、臨床研究に向けた準備を進めた。基礎研究では、AAVの血清型と組織特異性の問題について、1~5型のAAVベクターを作製し、筋肉・神経系・肝臓などへの遺伝子導入に適した血清型の検討を行った。その他の疾患については以下の研究を行った。i)腫瘍血管抑制や播種・転移の抑制を狙った動物個体レベルでの治療実験を行った。ii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発を推進した。iii)脳虚血に対する遺伝子治療実験として、スナネズミ海馬CA1領域に効率よく遺伝子導入する系を確立した。iv)尿崩症ラットにおいて、アルギニン-バソプレシン遺伝子をAAVベクターで視床下部に導入する治療実験を行った。
研究方法
1)パーキンソン病に対する遺伝子治療臨床プロトコールの作成:L-DOPAの効果が減弱してきたパーキンソン病の重症例において、線条体(被殻部分)にAAV-AADCを注入し、その安全性を検証すると共に、L-DOPA経口投与との併用によりドパミンを局所で産生させ、パーキンソン病の症状を改善させることを目的とした臨床研究を計画した。本年度は、遺伝子治療臨床研究実施計画申請書を作成し、自治医大の施設内審査委員会に提出・審査を受けた。2)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究:MPTP慢性投与によりパーキンソン病モデルサルを作製し、このモデル系で臨床プロトコールに沿った方法の有効性を検証した。AAVベクターの安全性評価のため、遺伝子導入を行ったサルの全身臓器・組織におけるベクターゲノムの検出を試みた。3)パーキンソン病のための治療用遺伝子の探索:パーキンソン病患者および対照者剖検脳において、種々の酵素の遺伝子発現がどのように変化しているかを調べた。4)AAVベクターを用いた癌その他の疾患に対する遺伝子治療モデル実験:i)AAVの血清型と組織特異性の関係について検討した。LacZあるいはマウス型エリスロポエチン(以下Epo)の発現ユニットを搭載した各血清型のAAV ベクターを作製し、マウスに対して骨格筋、及び門脈内への投与を行った。脳内の投与では海馬及び線条体へのAAV-LacZの注入を行った。ii)腫瘍血管抑制や播種・転移の抑制に基づく抗腫瘍効果について、動物個体レベルでの治療実験を行った。具体的には、VEGF産生卵巣癌細胞株 (SHIN-3細胞) に可溶型Flt-1又はIL-10遺伝子を導入してマウス腹腔内に接種し、経過を観察した。また、より実際的なモデルとしてSHIN-3細胞をマウスに皮下接種し、可溶型Flt-1又はIL-10遺伝子を搭載したAAVベクターを骨格筋に注入
した。iii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発では、治療用AAVベクターと共に、AAVの溶解感染に必要なアデノウイルス初期遺伝子群やAAV蛋白質を、アデノウイルスベクターやAAVベクターを用いて腫瘍細胞に発現させ、治療AAVベクターの複製促進効果について検討した。iv)脳虚血に対する遺伝子治療のモデル実験では、CMVまたはRSVプロモーターを用い、β-galactosidaseを発現する2型および5型AAVベクターを構築し、スナネズミ海馬での遺伝子発現の分布を比較した。v)中枢性尿崩症ラット(Brattleboroラット)において、アルギニン-バソプレシン(AVP)遺伝子を搭載したAAVベクターを両側視床下部視索上核に定位脳手術により注入し、遺伝子導入の効果を検討した。(倫理面への配慮)小動物を用いた実験計画は、動物倫理面を含めて審議され、承認を受けた。筑波霊長類センターでのサルの実験は、厚生省霊長類共同利用施設の利用許可を受け、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」および筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。
した。iii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発では、治療用AAVベクターと共に、AAVの溶解感染に必要なアデノウイルス初期遺伝子群やAAV蛋白質を、アデノウイルスベクターやAAVベクターを用いて腫瘍細胞に発現させ、治療AAVベクターの複製促進効果について検討した。iv)脳虚血に対する遺伝子治療のモデル実験では、CMVまたはRSVプロモーターを用い、β-galactosidaseを発現する2型および5型AAVベクターを構築し、スナネズミ海馬での遺伝子発現の分布を比較した。v)中枢性尿崩症ラット(Brattleboroラット)において、アルギニン-バソプレシン(AVP)遺伝子を搭載したAAVベクターを両側視床下部視索上核に定位脳手術により注入し、遺伝子導入の効果を検討した。(倫理面への配慮)小動物を用いた実験計画は、動物倫理面を含めて審議され、承認を受けた。筑波霊長類センターでのサルの実験は、厚生省霊長類共同利用施設の利用許可を受け、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」および筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。
結果と考察
1)パーキンソン病に対する遺伝子治療臨床プロトコールの作成:重症パーキンソン病患者9例を対象とした臨床研究の実施計画を作成し、自治医大の施設内審査委員会で審査中である。今回の方法では、一種類のAAV ベクターを使って安全性を検討できること、L-DOPA の内服量を調節することによりドパミン産生をコントロールし、ドパミン過剰による副作用を回避できるといった利点がある。作成した実施計画では、これまでのサルでの結果を踏まえて、被殻の容積がヒトではサルの約10倍あることなどからAAV投与量を設定した。今後、条件が整い次第、厚生労働省(厚生科学課)に実施計画申請書を提出して審査を受ける予定である。2)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究:MPTP慢性投与によりパーキンソン病モデルサルを作製した。次に、このモデルサルの片側の被殻に、AAV-AADCを注入する実験を行った。遺伝子導入前には、L-DOPAを大量投与しても運動障害は改善しなかったが、遺伝子導入後は、L-DOPA常用量の投与により対側の上肢の動きが改善した。不随意運動などの副作用は観察されなかった。サルの組織標本を使用してPCR法によるAAVゲノムの検出を試みた結果、脳以外の臓器へのAAVの拡散は認められなかった。3)パーキンソン病のための治療用遺伝子の探索:パーキンソン病患者脳内においては、ドパミン生合成酵素であるチロシン水酸化酵素および芳香族アミノ酸脱炭酸酵素mRNAが、対照者に比べて著明な減少を示したが、ビオプテリン生合成酵素であるGTPシクロヒドロラーゼI mRNAは、軽度の低下にとどまった。今後の治療用遺伝子の候補を考えていく上で参考となる知見である。4)AAVベクターを用いた癌その他の疾患に対する遺伝子治療モデル実験:i)骨格筋における血清型の比較では、1型で著明な高発現が認められ、5型と2型がそれに続いた。経門脈投与の検討では、プロモーター比較の結果、CAG群で最も高いEpoの発現がみられた。血清型の比較では、5型AAVベクターが最も発現効率が高く、次いで2型、1型の順であった。脳内への投与では、2型が神経細胞に特異的に導入されるのに比べ、5型を用いた場合にはグリア細胞にも遺伝子導入が可能であることが確認された。目的に応じたベクター構築の必要性が示された。ii)腫瘍細胞内に遺伝子導入し、腹腔内に接種したモデルでは、可溶型Flt-1及びIL-10のいずれの遺伝子を用いた場合でも、腹膜播種・腹水貯留・生存期間に有意な改善が見られた。また、腫瘍細胞を皮下接種し、AAVベクターを用いて骨格筋に遺伝子導入したモデルでは、可溶型Flt-1とIL-10のいずれの遺伝子を用いた場合においても腫瘍増殖が有意に抑制された。このような腫瘍血管新生などを標的とするアプローチでは、AAVベクターの特性を活かすことができ、新しい抗腫瘍療法として有望と思われる。iii)腫瘍内自己複製型AAVベクターの開発では、治療用AAVベクターのコピー数がCap発現ベクターの量に依存して増加することが認められた。iv)脳虚血の遺伝子治療法開発に向けた基礎検討で、スナネズミ
海馬では、血清型およびプロモーターにより発現パターンが著しく異なることが判明した。v)中枢性尿崩症ラットの治療実験では、AAV-AVPの注入後、自由飲水下における尿量が有意に減少し、尿浸透圧が有意に上昇した。高張食塩水負荷に対しては、血漿浸透圧の上昇が見られ、血中AVP濃度は著明に上昇した。免疫組織学的にも視索上核におけるAVPの発現が確認できた。
海馬では、血清型およびプロモーターにより発現パターンが著しく異なることが判明した。v)中枢性尿崩症ラットの治療実験では、AAV-AVPの注入後、自由飲水下における尿量が有意に減少し、尿浸透圧が有意に上昇した。高張食塩水負荷に対しては、血漿浸透圧の上昇が見られ、血中AVP濃度は著明に上昇した。免疫組織学的にも視索上核におけるAVPの発現が確認できた。
結論
パーキンソン病に対する遺伝子治療法として、AAV-AADCの線条体への導入とL-DOPA経口投与の併用療法の臨床研究実施計画を作成し、学内の審査委員会に提出した。その治療プロトコールに沿った遺伝子治療前臨床研究をパーキンソン病モデルサルで実施し、治療効果と安全性を確認した。その他、AAVベクターの血清型と組織特異性の関係など、遺伝子治療のための基盤研究を進めると共に、癌や中枢性尿崩症、脳虚血などに対する遺伝子治療の基礎実験を行った。
公開日・更新日
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