腸管免疫の特殊性解明に基づいた新たなアレルギー予防・治療戦略の展開(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200815A
報告書区分
総括
研究課題名
腸管免疫の特殊性解明に基づいた新たなアレルギー予防・治療戦略の展開(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
渡辺 守(東京医科歯科大学大学院消化・代謝内科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 石川博通(慶應義塾大学医学部微生物学、免疫学)
  • 半田宏(東京工業大学大学院生命理工学フロンティア創造共同研究センター、分子生物学)
  • 日比紀文(慶應義塾大学医学部内科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究はこれまでのアレルギー疾患側からみた病因・病態の解明とは全く出発点を変え、食物アレルギーが成人におけるアレルギー疾患発症の誘因になる可能性があるという考え方を基盤とし、腸管粘膜免疫調節を人為的に制御することにより、成人のアレルギー疾患の病態に応じた新規治療法の開発を目指すという萌芽的研究である。本研究においては主任研究者渡辺および分担研究者石川、日比らの研究組織が独自に見いだしてきた腸管粘膜免疫調節・抑制機構の考え方を導入するとともに、分担研究者の半田が開発した「ミラクルビーズ」を応用し、まず腸管における新しいアレルギー担当免疫組織、受容体の発見、免疫統御分子機構の存在等その特殊性を明らかとし、これらを利用した新しいアレルギーに対する抑制戦略を実用化しようとする試みを行う。異分野共同研究者の独自の視点を集合させた本研究はトランスレーショナルリサーチとして、将来的には難病治療、自己免疫疾患抑制に対する創薬にも連なる道が開く独創的研究と考えられる。
研究方法
1)主任研究者渡辺は細菌に対する生体側の反応系であるToll-likeレセプター(TLR)を介したシグナルに着目し、その中心的役割を担うMyD88分子と粘膜免疫制御の関連につき解析した。また、IL-7/IL-7レセプターを介した免疫調節機構とTLRシグナルとの関連性を解析し、これらが腸管免疫異常に及ぼす影響を解析した。2)分担研究者石川はクリプトパッチ(CP)、パイエル板(PP)、腸管上皮内リンパ球(IEL)等の機能と腸管機能の相互作用を明らかにするため、腸内フローラと腸管粘膜内T/B細胞が腸管上皮細胞(IEC)ターンオーバーに及ぼす影響につき解析した。また、パイエル板が移植片対宿主病に関わる可能性につき解析を行った。3)分担研究者半田は極めて高効率に生体受容体を分離精製することが可能である超微小beads担体「ミラクルビーズ」に関する基礎的知見を蓄積した。4)分担研究者日比は経口抗原により誘導したTh2型免疫反応が、Th1型免疫反応を主体とする慢性腸炎に対する抑制効果を有するか否かを追究する目的で、マウス慢性腸炎モデルを用いた基礎検討を行った。
結果と考察
1)主任研究者渡辺はTLRシグナルの中心的役割を担うMyD88分子のKOマウスを解析し、CP、PP、IEL等粘膜リンパ装置の発達不全および機能不全が存在することを見いだした。また、MyD88 KOマウスが腸炎惹起薬剤に対しより高い感受性を示すことから、TLRシグナルが実際に腸炎発症に関わることを示した。MyD88 KOマウスの解析からはさらに、腸内細菌による粘膜免疫応答誘導にTLR非依存性シグナル伝達経路が存在する可能性が示唆された。また、主任研究者が確立したIL-7 Tgマウス腸炎モデルでは腸炎発症前のCPおよび粘膜リンパ球の過形成が示され、さらにマクロファージ・樹状細胞におけるTLR2およびTLR4受容体の発現亢進を認めた。さらに抗TLR4抗体投与がIL-7 Tgマウスの腸炎発症を部分的に抑制することから、IL-7シグナル異常を介する腸炎発症機序にTLRが関わることを示した。以上より、腸内細菌に対する生体応答にTLR-MyD88依存性および非依存性両者の経路が必要であることが示唆され、新しい受容体の単離を目指す研究が必要であると考えられた。また本研究では、腸管粘膜免疫制御の中心的役割をになうIL-7が、TLRを介する生体応答に関わることを明らかにした。本研究で、腸内細菌による免疫応答制御機構およびその異常による慢性腸管炎症発
症機構が一部明らかとなったことは、腸組織に特殊な免疫統御分子機構解明に重要な知見を与えると考えられる。2)分担研究者石川はマウス腸管粘膜内にIELの起源であるCPを同定したのみならず、B細胞の小集積を新たに見出し、これらがマウス小腸の孤立リンパ小節であることを明らかにした。次に、各種遺伝子操作マウスにおいて粘膜リンパ球がIECに及ぼす影響を解析し、種々の免疫担当細胞やこれらの多彩な機能がIECの恒常性を正又は負に統御することを示した。さらに、移植片対宿主病(GVHD)のモデルマウスの解析により、PPがGVHD発症に中心的役割を担うことを明らかにした。これら結果は、食物質由来の外来抗原やアレルギー起因物質/腸内フローラが、腸管粘膜内T/B細胞の機能を介してIECターンオーバーの統御を担うという、食物質/腸内フローラ/免疫システムによる腸管上皮機能制御という新たな視点を創出した。また、GVHDモデル解析の結果は、食物質/腸内フローラの抗原刺激を絶えず受けるPP機能が、実際のヒト疾患発症機構と関わる可能性を強く提示するものであった。3)分担研究者半田は食物アレルギー発症の誘因となる食餌性・腸内細菌性抗原・peptideに対する生体受容体の単離・同定を目標とし、半田らが開発した「ミラクルビーズ」によるアプローチを試みた。まず、本法を用いた生体受容体精製の条件設定のために、低分子化合物FK506を固定化したビーズを用い、実際にヒトT細胞由来のJurkat細胞の粗細胞質抽出液からその受容体であるFKBPを選択的にしかも効率よく精製しうることを示した。次に、NF_B阻害剤として知られる低分子化合物E3330を固定化したビーズをもちいて、Jurkat細胞の粗核抽出液からその受容体Ref-1蛋白を単離した。本結果は、薬剤作用機構を分子レベルで明らかにしたと同時に、本法が夾雑物の混入する細胞粗抽出液から極微量の標的受容体分子を検出しうることを示すものであった。さらにこれら低分子化合物における基礎検討結果にもとづき、大腸菌毒素に対する生体受容体の単離を試み、分子固定化のスペーサー構造、標的分子の固定化量や固定化反応条件、および粗抽出液とビーズとの結合反応条件、洗浄条件などにつき知見を得ると同時に、実際に複数の生体受容体を単離した。これら結果は、本法が食餌性・腸内細菌性抗原受容体の実際の探索にも十分応用可能な、きわめて有効な手法であることを示すものであった。4)分担研究者日比は卵白アルブミン(OVA)TCR TgマウスへOVAを頻回に経口投与することにより、強いTh2型免疫反応の誘導とともにアレルギー性大腸炎の発症が誘導されることを示した。本モデルを、Th1型免疫反応が深く関わるCD4+CD45RBhigh リンパ球移入慢性大腸炎発症モデルに適応したところ、Th1型サイトカイン産生の抑制とともに腸炎発症抑制効果が示された。また、腸炎におけるTh1/Th2バランスの解析の過程で、Th2型免疫反応制御分子として知られるICOS分子が、Th1型免疫反応が主体をなすクローン病の炎症粘膜に疾患活動度と相関し発現することを見いだした。さらに、抗ICOS抗体投与がCD4+CD45RBhighリンパ球移入による慢性大腸炎発症を有意に抑制することから、ICOS分子が実際に腸炎に関わる可能性を提示した。経口抗原によるTh2型免疫反応の誘導が、Th1型免疫反応が主体である慢性腸炎治療にむしろ有効であるとの本研究結果は、きわめて独創的なものである。これら結果は分担研究者半田らが食餌抗原に対する生体側受容体の分離同定に成功した場合、対応抗原の同定・精製から得られる抗原ペプチド配列、糖鎖修飾、立体構造などの情報が、食物アレルギー・全身性アレルギー疾患発症の分子メカニズムの解明に新たな知見を与えるのみならず、これらアレルギー疾患治療に連なる可能性を有すること、さらには、Th1型免疫反応がその主座であると考えられてきた慢性腸炎治療にも広く応用しうると期待され、意義深いと考えられる。
結論
本研究はこれまでアレルギー疾患研究を専門としていなかった研究者により構成され、1990年代後半に多くのブレイクスルーがあった腸管粘膜免疫に注目し、この調節機構を人為的に制御するこ
とで成人のアレルギー疾患に対する新規治療法開発を目指すという研究であった。本研究期間において、腸内細菌・ペプチドによる腸管粘膜免疫応答機構、特殊な腸管粘膜免疫組織の存在とこれらによる粘膜免疫制御機構、粘膜免疫応答における人為的Th1/Th2バランス制御の実用性を示すことが可能であったと同時に、これら解析結果が各々種々の腸疾患の病態形成に直結することを明確にした。また本研究で個々の食物/腸内細菌抗原・ペプチドに対応する生体側受容体単離のための基礎知見が集積されたことは、腸管粘膜免疫組織の特殊性理解に立脚した上での食餌性および腸内細菌性抗原に対する受容体単離と、これらを人為的免疫反応誘導に応用するための技術基盤が確立したことを意味する。本研究結果は、したがって、多面的に展開されるアレルギー疾患制圧戦略のなかにおいても、腸管免疫機構の特殊性を最大限に利用した、きわめて独創的なアプローチを創出するものと考えられる。

公開日・更新日

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