重症喘息の決定因子の同定とそれに基づく新規治療法の開発(総括研究 報告書)

文献情報

文献番号
200200812A
報告書区分
総括
研究課題名
重症喘息の決定因子の同定とそれに基づく新規治療法の開発(総括研究 報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 逸夫(千葉大学大学院医学研究)
研究分担者(所属機関)
  • 福田健(獨協医科大学)
  • 秋山一男(国立相模原病院臨床研究センター)
  • 田村弦(東北大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
気管支喘息の病態であるアレルギー性気道炎症は、Th2細胞の選択的活性化、Th2細胞と好酸球を主体とする炎症細胞浸潤、気道過敏性、粘液細胞の増加により特徴づけられる。さらに持続性気道炎症による気道構成細胞の活性化とその結果生じる気道リモデリングが重症化を促す。したがって、重症喘息の病因・病態の解明と新規治療法の開発には、1)アレルギー性気道炎症の成立機序及びその制御機構の解明が必須であるとともに、2)気道リモデリングの発症機序の解明と制御法の開発が必要となる。さらに、3)重症喘息のT細胞、好酸球の異常活性化とステロイド抵抗性機序の解明が重要である。本研究班は、これら研究テーマを明らかにし、その成果に基づく重症喘息の新治療法を開発することを目的とする。
研究方法
1) アレルギー性気道炎症の制御機構の解析
Tyk2欠損マウス(または正常マウス)を抗原感作後、抗原吸入により喘息モデルを作成した。それらマウスのアレルギー性気道炎症、粘液産生、気道過敏性、サイトカイン産生を比較した。アレルギー性気道炎症の発症維持におけるIgE依存性肥満細胞活性化の役割を明らかにするため、IgEトランスジェニック(TNP-IgE)マウスに抗原を単回経鼻投与し、気道炎症と気道過敏性を解析した。次に肥満細胞から産生されるPGD2の気道炎症に与える影響について、抗原 (OVA) 感作マウスにPGD2 を吸入させ、24時間後に低用量或いは至適用量OVA 吸入によるTh2型気道炎症を比較検討し、その機序を解析した。
2) CpGDNA-アレルゲン結合体によるアレルギー性気道炎症の制御法の開発アレルギー性気道炎症に対するCpGDNAによるワクチン療法の可能性を検討するため、マウスを抗原 (OVA) で感作後、OVA、CpGDNA、OVA + CpGDNA、もしくはCpGDNA-OVA結合体を気道内に前投与し、6日後にOVAを気道内暴露し好酸球性気道炎症を解析した。
3) ステロイド抵抗性T細胞活性化の分子機構の解析
重症喘息におけるステロイド抵抗性T細胞活性化の機序を明らかにするため、1)ステロイド受容体α鎖 (GRα) とGRβをT細胞に発現させステロイド誘導アポトーシスを検討した。2)ステロイド誘導アポトーシス抵抗性に関与する抗アポトーシス分子を同定するため、ステロイド誘導アポトーシスに抵抗性である肥満細胞のcDNAライブラリーをT細胞に遺伝子発現させ、抗アポトーシス分子の同定を試みた。
4) 気道リモデリングの発症機序の解析
喘息の上皮下線維増生におけるTGF-βの伝達分子Smadの役割を検討するため、軽症~重症喘息患者40名、正常者6名から生検にて採取した気管支粘膜組織におけるリン酸化 Smad2、Smad7 の発現を免疫染色法にて評価し、その強さと上皮下線維増生層の厚さの関連を調べた。
5) Churg-Strauss syndrome (CSS)の発症前臨床像と早期診断の検討
重症喘息であるCSSの病態と早期診断及び治療法を明らかにするため、発症前の検査成績が得られたCSSにおける末梢血好酸球数と気道過敏性についてretrospectiveに解析し、さらに喘息経過中の末梢血好酸球 (CD9+)、T細胞 (CD4+, CD8+) の活性化マーカー (CD69とCD25) の発現について解析した。
倫理面への配慮
本研究を遂行するにあたり、対象とする喘息患者から提供される検体の取得に際しては、担当医師から研究の方法、必要性、危険性及び有用性、個人情報の保護、さらに拒否しても不利益にならないことを十分に説明した後、同意が得られた場合のみ行った。また実験動物を用いた研究は、動物愛護に配慮し、実験は実験動物委員会の規定に従い遂行した。
結果と考察
1) アレルギー性気道炎症の制御機構の解明
1. Tyk2キナーゼによるアレルギー性気道炎症の制御機構
2. IL-12とIL-13シグナルに関与するJakキナーゼであるTyk2のTh2細胞分化とアレルギー性気道炎症への関与について、Tyk2欠損マウスを用いて解析した。その結果、Tyk2欠損マウスの喘息モデルでは、抗原吸入による気道でのTh2サイトカイン産生が増強し、さらに気道への好酸球及びCD4陽性T細胞浸潤が増強した。一方、興味深いことにTyk2欠損マウスでは、抗原吸入後のIL-13産生が増強しているにもかかわらず、杯細胞分化およびムチン遺伝子Muc5ACの発現が減弱していた。これらの結果は、Tyk2はIL-12シグナルの構成因子としてアレルギー性気道炎症におけるTh2細胞活性化を抑制し、一方で、IL-13シグナルの構成因子として杯細胞分化及びムチン産生に関与していることを示している。
2. 肥満細胞によるアレルギー性気道炎症の重症化の分子機構
TNP-IgEマウスに抗原であるTNP-BSAを単回経鼻投与すると48時間後をピークとする気道CD4陽性T細胞浸潤を認めた。しかし好酸球浸潤は認められなかった。さらに抗原特異的Th2細胞をTNP-IgEマウスに移入しておくと、抗原吸入により気道好酸球浸潤が惹起され、それはTNP-BSA投与により著明に増強された。これらの結果は、IgE依存性肥満細胞活性化は、気道へのCD4陽性T細胞浸潤を惹起し、Th2細胞依存性好酸球浸潤を増強することを示している。
次に抗原 (OVA) 感作マウスにPGD2 を吸入させ、24時間後に低用量 OVA を吸入させると、至適用量OVA 吸入と同程度のTh2型気道炎症が誘導された。PGD2吸入後に気道上皮において著明なTh2 細胞特異的遊走ケモカインである MDC 発現がみられたことから、PGD2 は気道上皮からのMDC 遊離を惹起しTh2型気道炎症を増強すると考えられる。
2) CpGDNA-アレルゲン結合体によるアレルギー性気道炎症の制御法の開発
抗原 (OVA) 感作マウスの気道内抗原チャレンジによる喘息モデルに、OVAとCpGを同時に前投与すると気道の好酸球浸潤が有意に抑制された。OVAとCpGを含まないコントロールDNAを同時に前投与した群では影響がみられなかった。次にCpGによる好酸球性気道炎症の抑制には抗原との同時投与が重要であり、抗原特異的な抑制が考えられたため、CpGとOVAを化学的に結合させ、その効果を検討した。CpG 10μgとOVAの同時投与群では好酸球性気道炎症が抑制されたが、CpG 0.1μgとOVAの同時投与では抑制されなかった。しかし、その抑制しない量のCpG 0.1μgとOVAを結合体で投与すると好酸球性気道炎症が抑制された。そして、このCpG-OVA結合体投与の抑制効果は少なくとも8週間持続した。したがって、CpG-OVA結合体は同時投与に比べ、100倍少ないCpG量で好酸球性気道炎症を抑制することが示され、その有用性が期待される。
3) ステロイド抵抗性T細胞活性化の分子機構の解明
T細胞におけるGRαの発現は用量依存性にステロイド誘導アポトーシスを惹起したが、GRβの発現はアポトーシスを惹起せず、またGRαによるアポトーシスに対して阻害効果を発揮しなかった。したがって、GRαの量的、質的差異がステロイド抵抗性に関与している可能性がある。次にステロイド誘導アポトーシスに抵抗性である肥満細胞のcDNAライブラリーをT細胞に遺伝子発現させ、抗アポトーシス分子の同定を試みた。その結果、ステロイド誘導アポトーシス抵抗性の複数のクローンからBcl2が単離され、Bcl2がステロイド抵抗性に関与していると考えられた。
4) 気道リモデリングの発症機序の解明
気道上皮細胞におけるリン酸化 Smad2 の発現は正常人に比し喘息患者の方が有意に強かった。喘息群ではリン酸化 Smad2 は重症例ほど強く発現し上皮下線維増生層の厚さとの間に有意な正の相関が認められた。反対に Smad7 は軽症例ほど発現しておりその発現の強度は上皮下線維増生層の厚さと負の相関を示した。これらのことから、上皮下線維増生には TGF-βシグナルの活性化が関与すること、Smad7 分子はそれに対して拮抗的に作用し喘息における気道リモデリングを抑制する方向に働くことが示唆された。
5) Churg-Strauss syndrome (CSS)の発症機序の解明
CSS発症前の喘息重症度はStep4が14名/15名 (93.3%) と重症が多く、初診時の末梢血好酸球数が一般喘息と比較して有意に高値であった。しかしCSS発症前の気道過敏性は一般喘息のStep3, Step4と比較して軽度であった。CSS発症時には末梢血好酸球数およびCD69+CD9+の著明増加、さらにCD69+CD4+、CD69+CD8+の増加を認めた。このことからCSSではすでにCD4およびCD8 T細胞が活性化されており、その結果好酸球増多と活性化好酸球数の増加をきたしたと考えられた。以上から、一般喘息では重症度に比例して気道過敏性の亢進を認めるが、CSSの喘息の重症度は末梢血好酸球増多が示すように好酸球性炎症を主体とした過敏性で、喘息が血管炎の一症状である可能性を示唆すると考えられた。また血管炎発症前からCD69+CD9+の経過を追跡できた3症例については好酸球増多を来す前からCD69+CD9+が増加しておりCSS発症とともに著明に増加した。したがって、CD69抗原の発現はより鋭敏なマーカーであると考えられた。
結論
本年度の研究により、重症喘息の病因・病態の解明、治療法の開発に重要な多くの研究成果が得られた。1) アレルギー性気道炎症の制御機構について、Tyk2キナーゼはIL-12シグナルの構成因子としてアレルギー性気道炎症におけるTh2細胞活性化を抑制し、一方で、IL-13シグナルの構成因子として杯細胞分化及びムチン産生を増強することが明らかにされた。さらにIgE依存性肥満細胞活性化はPG産生を介して気道へCD4陽性T細胞を動員し、Th2細胞依存性好酸球浸潤を増強し、重症化に関与することが明らかにされた。2) アレルギー性気道炎症の新規免疫療法として、CpGDNA-アレルゲン結合体は気道炎症に対する抑制効果が著しく増強し、有望な抗原特異的な抗アレルギーDNAワクチン療法であることが示唆された。3) ステロイド抵抗性の分子機構について、GRαの減少とBcl2発現がステロイド抵抗性に関与することが明らかにされた。4) 気道リモデリングの発症機序について、上皮下線維増生に TGF-βシグナルの活性化が関与すること、Smad7 分子はそれに拮抗的に作用し喘息における気道リモデリングを抑制する方向に働くことが示唆された。5) 重症喘息であるCSSの早期診断には、好酸球とT細胞のCD69発現が指標になることが明らかにされた。
これらの成果から、重症喘息の気道炎症及び気道リモデリングの発症維持・重症化に関与する分子群をターゲットとする新しい治療薬開発の可能性が示唆される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-