表皮自然免疫機構の解明とその皮膚アレルギー治療への応用

文献情報

文献番号
200200797A
報告書区分
総括
研究課題名
表皮自然免疫機構の解明とその皮膚アレルギー治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
佐山 浩二
研究分担者(所属機関)
  • 一條秀憲(東京大学)
  • 菅井基行(広島大学)
  • 橋本公二(愛媛大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
表皮角化細胞は分化することにより、多層構造をもつ表皮を形成する。分化機構は、構造的な分化を制御すると同時に自然免疫をも制御していると考えられる。アトピー性皮膚炎を代表とする皮膚アレルギー疾患の研究はリンパ球を中心とした免疫学的研究が中心であったが、分化異常があると考えられるアトピー性皮膚炎の病態のなかで、表皮角化細胞の免疫機能への関与はあまり検討されることはなかった。しかし、我々は炎症の場そのものである表皮角化細胞の分化機構が免疫機構に関わっていることをすでに明らかにしてきており、アトピー性皮膚炎では分化異常があることから、免疫異常と分化異常との関連を明らかにし、分化異常に基づく新たな治療方法を開発する必要がある。そこで、アトピー性皮膚炎における局所免疫異常に ASK1が関わっているかどうか検討し、これに基づき新たなアトピー性皮膚炎の治療薬開発を目指すことを目的とする。MAPKKKファミリーに属するASK1 (apotosis signal-regulating kinase 1)は表皮細胞内の重要な分化誘導因子であるが、我々はすでに、ASK1を中心とした表皮の分化機構が皮膚におけるMIP3-α、β-defensinの産生を制御し、獲得免疫、自然免疫の制御に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。すなわち、従来別個と考えられてきた表皮のバリア形成と免疫機能(自然・獲得)の獲得は、いずれも同じ分化機構が制御することが明らかとなった。アトピー性皮膚炎では表皮バリア障害が見られるが、その原因になっている表皮細胞の分化制御機構の異常が、表皮におけるアレルギー炎症の発症にも関与する可能性がある。さらに、アトピー性皮膚炎はTh2優位のアレルギー疾患として知られているが、その研究の中心はリンパ球を中心とする免疫系であり、表皮角化細胞の関与はほとんど検討されていない。
そのために、1) ASK1の皮膚での発現、2) 角化細胞からのTh2細胞に対するケモカインの産生にASK1が関わっているかどうか 3) ASK1の活性化機構の解明 4) 抗菌ペプチドの作用機序、以上の4点を明らかにする。
研究方法
1)分化・重層化した角化細胞への遺伝子導入法を検討する。そのため、まず気相下培養法を用いて重層化角化細胞の培養法を確立する。またCre/loxPシステムを用いた、アデノウイルスベクターの作成法、293細胞を用いた大量培養法を確立し、さらに重層化角化細胞への遺伝子導入法を確立する。
2) Thr843, Thr845, Thr847, Thr849をAlanineに置換したASK1の変異体を作成し、細胞に導入し細胞内におけるASK1の活性化機構を解明する。ASK1の活性は IVKにて測定する。
3)アトピー性皮膚炎患者病変部におけるASK1の発現を検討するために、患者より得た病変部皮膚を免疫組織染色する。さらに、角化細胞からのTh1細胞に対するケモカインの産生をASK1が制御しているかどうか検討するために、活性型の ASK1を組み込んだアデノウイルスベクターを作成し、角化細胞でASK1を発現させ、ケモカインの産生を ribonuclease protection assay法、Western blot法、 ELISA法にて検討する。
4) hBD-1、2、3およびCAP18の合成ペプチドを作製し、黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用を検討した。電子顕微鏡による細菌の超微細形態の観察、種々の抗菌ペプチドの併用効果の検討、β?ラクタム剤併用による抗菌効果の検討を行った。
結果と考察
平成14年度の研究によって得られた結果は以下のごとくである。
1) まず、角化細胞を効率よく分化・重層化させ培養する方法を確立した。つぎに三次元培養皮膚への遺伝子導入について検討した。まず、コラーゲンゲル上に角化細胞を播種する直前にアデノウィルスベクターを感染させ空気暴露により重層化させたところ、EGFPの発現は角層に限局し、基底細胞での発現はほとんど認められなかった。そこで、重層化後7日目の角層が完成した後、一時的に表皮と真皮を剥離し、直接アデノウィルスベクターを感染させたところ、EGFPは基底層と傍基底層に強く発現していた。Cre/loxP系アデノウイルスベクターを用いた重層化角化細胞への遺伝子導入法は、ASK1の発現、角化細胞の分化モデルシステムとして最適であると考えられる。
2) 2) ASK1の変異体を用いてASK1の活性化機構を調べた。IVK でASK1の活性を測定したところ、Thr843, Thr845, Thr847, Thr849すべてを置換したASK1変異体では、活性は見られなくなった。さらに、Thr845あるいはThr849 のみを置換した変異体でも ASK1の活性は見られなくなったが、Thr847あるいはThr843を置換した変異体では、活性の低下は認められなかった。さらに、H2O2による細胞ストレスにより、ASK1のThr845のリン酸化が起こり、IVKにより測定したASK1の活性と平行していた。
3) 表皮における、ASK1および抗菌ペプチドの発現を検討した。正常ヒト表皮では、表皮上層でASK1の発現が見られたが、アトピー性皮膚炎患者の病変部表皮では、表皮上層での発現が低下していた。
4) ASK1による角化細胞からの、Th1細胞に対するケモカイン産生の検討。アデノウイルスベクターを用いた角化細胞への活性型ASK1遺伝子導入により、12時間で、MIP1α、MIP1βmRNAの著しい発現が認められた。また、ELISA法でもタンパクの産生が確認できた。
5) 抗菌ペプチドを黄色ブドウ球菌に作用させ電顕的に観察した。細胞壁にランダムに穿孔を生じ細胞質内容物の漏出が認められた。しかし、抗菌ペプチドの種類により惹起される形態変化に大きな違いは認められなかった。
6) 黄色ブドウ球菌に対する抗菌ペプチドの作用機序を検討した。異なるβ?ディフェンシン間の併用では相加的効果のみ認められたが、β?ディフェンシンとCAP18を併用することで相乗的効果が認められた。メチシリンを作用させ3時間培養した菌は未処理菌に比べ、すべての抗菌ペプチドに対して感受性が上昇した。MRSAを含む臨床分離株15株について同様の方法で検討した結果、その効果に株間で差は認められるものの全ての株についてsub-MICのメチシリン処理により感受性が上昇した。 ASK1は分担研究者である一條がapoptosisを誘導するkinaseとして発見・同定したMAPKKKであり、さまざまなストレス、TNF-α、IL-1などにより活性化される。我々はASK1が生理学的な条件下では表皮細胞の分化誘導因子として作用するのではないかと考え、アデノウイルスベクターを用いてヒト培養表皮細胞へASK1を遺伝子導入し、ASK1が表皮角化細胞の分化を誘導することを明らかにした。また、我々は、MIP-3α産生が分化した表皮細胞で高い産生能を持つことから、ASK1との関連を検討したところ、ASK1がMIP-3αの強力な産生誘導能をもつことを明らかにした。一方、MIP-3αと同様に、ASK1がβ-defensin 1-3 の強力な産生誘導能をもつことも明らかにした。さらに、細菌感染によるアトピー性皮膚炎増悪の最も多い原因菌である黄色ブドウ球菌に対する抗菌機序を合成抗菌ペプチドを用いて明らかにしてきた。 そこで、アトピー性皮膚炎における分化異常には、ASK1の発現低下が関与しているのではないかと考え、病変部の皮膚で免疫染色を行ったところ、表皮上層での発現が低下していた。すなわち、アトピー性皮膚炎における分化異常には ASK1の発現低下が関与している可能性が考えられる。さらに、抗菌ペプチドも表皮上層での発現が低下しており、アトピー性皮膚炎患者の病変部皮膚における易感染性は抗菌ペプチドの減少が原因である可能性がある。ASK1は抗菌ペプチドの産生を制御することから、ASK1の発現低下により抗菌ペプチドの産生が低下し、易感染性を来している可能性が考えられる。さらに、アトピー性皮膚炎はTh2優位の疾患として知られているが、角化細胞はASK1による分化誘導に伴い、Th1に対するケモカインであるMIP1α、MIP1βを産生することが明らかになったことから、皮膚ではTh1/Th2バランスは表皮の分化により制御されている可能性が示唆された。 これまでに抗菌ペプチド単独での黄色ブドウ球菌に対する抗菌効果について報告してきたが、本研究では抗菌ペプチド間およびメチシリンとの併用による相乗効果が認められた。すなわち、これらの抗菌ペプチドが従来型の化学療法を相補する薬剤となりうることが示された。
結論
ASK1の活性化に関しては、Thr845のリン酸化が重要な役割を果たしていることが明らかとなり、ケモカイン、デフェンシンの産生においても、ASK1 のThr845のリン酸化が重要な役割を果たしている可能性がある。この機構を明らかにすれば、角化細胞からのケモカイン、デフェンシンの産生を制御できる可能性があり、治療薬開発につながる可能性が示唆された。

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