花粉症のQOLからみた各種治療法評価と新しい治療法開発の基礎的研究(総括)

文献情報

文献番号
200200793A
報告書区分
総括
研究課題名
花粉症のQOLからみた各種治療法評価と新しい治療法開発の基礎的研究(総括)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
大久保 公裕(日本医科大学耳鼻咽喉科助教授)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野光博(岡山大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科講師)
  • 岡本美孝(千葉大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頚部腫瘍学教授)
  • 後藤穣(日本医科大学耳鼻咽喉科助手)
  • 寺田修久(千葉大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頚部腫瘍学講師)
  • 藤枝重治(福井医科大学耳鼻咽喉科教授)
  • 盛川宏(獨協医科大学耳鼻咽喉科講師)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1.花粉症のQOLによる治療法の評価A. 研究目的花粉症を含むアレルギー性鼻炎が慢性疾患の範疇から、生活に支障を及ぼす病気として「生活習慣病」の1つとして取り上げられるようになった。疾患により生活の質つまりQOL(Quality of Life)が障害を受ける疾患だからである。WHOではQOLを「一個人が生活する文化や価値観の中で目標や期待、基準、関心に関連した自分自身の人生の状況に関する認識」と定義している。このためQOLは人種や文化、生活環境などにより大きく差が出る指標ともなっている。現在、質問票によるQOL調査方法には全般的な健康状態をチェックする疾患非特異性なもの(SF-36など)と疾患に特異的なQOLを調査するものがある。アレルギー性鼻炎に対して特異的なものでは国際的なJuniperの質問票があるのみであり、欧米で評価が確立している。RQLQによる評価ではアレルギー性鼻炎患者の重症度とQOLスコアは相関すると報告されている。しかし生活様式の異なる日本ではJuniperのRQLQで日本人のアレルギー性鼻炎に関し適正であることを確認しないと日本では使用できない。このため、日本アレルギー協会が中心となり、日本独自の鼻アレルギーQOL質問票を作成し、標準化を行なった。この質問票を用いて、現在の花粉症の治療に対する評価を経年的に行なうことにより現在の治療の再評価が行なえると考えた。平成14年度の報告は2001年、2002年の日本医科大学での調査を中心に、平成15年度、2003年からは分担研究者の施設で多くのデータを集め、花粉症におけるQOLならびに治療(薬物療法、減感作(免疫)療法、手術療法)によるQOLの向上を明らかにしたい。もうひとつの研究の柱は、新しい治療法に関する基礎的な研究であり、その研究は免疫療法が中心となる。アレルギー疾患に対し、その原因抗原を使って治療する方法は1911年にNoonらによって始められた確立したアレルギー治療法では最も古いものである。また薬物療法とは異なり、定型的な方法が決められていない。花粉症を治癒の状態に持ち込める治療法は現在、この減感作(免疫)療法のみである。しかしその効果に関しては欧米では確立している一方、日本では疑問視される部分もある。これは欧米ではプラセボ対照のランダム化比較試験が花粉症でも通年性アレルギー性鼻炎でも報告されているが、日本では行なわれていないためでもある。治癒を望む減感作療法であるが、その効果は論文上ではプラセボと比較し、平均でその症状を半分から2/3にする程度のものと考えられ、より効果を高める方法論も検討されていない。また日本ではアレルギー疾患が専門家での治療よりプライマリーフィジシャンでの治療のほうが多い現状もあり、アナフィラキシーを中心とする副作用の問題は深刻である。これらの問題を解決するために花粉症に対する治癒を望める新しい免疫治療法(舌下・口腔内減感作療法、ペプチド減感作(免疫)療法、遊離型糖鎖免疫療法、Rasベクターによる好酸球制御法)に対する研究を行なう。花粉症対策の側面として罹患人口の増加があげられる。一方で、少ない症例ではあるが自然緩解があることが確認されている。スギ花粉症が増加した背景には環境汚染が大きく影響を及ぼしている。50年ほどの期間で遺伝子に変化が生じる可能性が低いことを考慮すると、遺伝子要因よりも環
境因子が最近のアレルギー疾患の増加にとって重要である。しかし、IgEの産生が遺伝子により制御されていることは種々の報告から明らかであり、IgE値を規定している遺伝子や遺伝子多型を研究することは新しい治療法の開発や予防医学の確立に貢献すると考えられるため、今回研究の3つ目の目標とした。
研究方法
B. 方法と結果
1. 花粉症のQOLについて(大久保)
アレルギー協会アレルギー性鼻炎QOL委員会によって作成されたQOL質問票は日常生活能力、社会生活、精神情緒、知的機能、身体機能、生活満足度の6つの因子から構成されている。この質問票を日本医科大学耳鼻咽喉科をはじめとした医療機関に受診した花粉症患者228名を対象に調査を実施した。平均年齢は40.2±15.2歳であった。症状では水っぱな、くしゃみ、目のかゆみが90%以上陽性であった。鼻づまりは88%、鼻のかゆみは72%、涙目は73%の有症率であった。鼻眼の症状のスコアと各項目スコアとの相関性はいずれも有意で、相関係数は水っぽな、くしゃみ、鼻づまり、鼻のかゆみ、目のかゆみ、涙目とはそれぞれ0.44、0.41、0.51、0.50、0.37、0.44であった。それぞれの症状と項目ごとの相関係数では鼻のかゆみ、涙目を除いて鼻眼症状とQOL質問項目スコアは相関した。花粉数との関連性を考え、2月、3月初旬?中旬、3月中旬?下旬、4月以降と分けると、QOL合計スコアはそれぞれ13.00±3.95、20.38±1.53、25.91±2.11、18.75±4.73で花粉飛散のピークを過ぎた直後の3月中旬?下旬にQOLスコアは上昇し、直接飛散花粉数と相関は認められなかった。またこのQOL合計スコアは種々の花粉症治療により減少していた。
2. 新しい免疫療法について
① 舌下減感作(免疫)療法について(後藤、大久保)
スギ花粉症ボランティア6症例を対象とし舌下免疫療法(SIT)の臨床的な検討を行った。標準化エキスに主要抗原量としては近似したHollister-Stier社製のスギ花粉抗原(1:20)を用いて、治療開始濃度は1:50,000とし、3段階10倍希釈の増量法で行った。維持量として1:500、20滴を1週間2日投与し、最終的に1週間に1回の投与とした。
2002年の花粉飛散季節中の症状について、 SIT治療群と薬物療法群との比較を行った。鼻症状の評価は、鼻アレルギーの重症度の定義により症状点数Symptom Score(SS)を算出し、花粉飛散季節中の推移を検討した。スギ花粉数が定常的に多い3月1日から3月31日まで、全症例のSSの平均値を比較した。SIT治療群はSS平均1.72、薬物治療群はSS平均2.42であり、花粉飛散の最盛期にSIT群は薬物療法より有意に症状スコア(SS)を低下させることが判明した。併用薬剤についてもSIT治療群で少ないことが分かった。
② ペプチド減感作(免疫)療法とスギ花粉口内錠減感作(免疫)療法について(盛川)
スギ花粉の主要抗原であるCry j1、Cry j2の7個のT細胞エピトープを連結させたハイブリッドペプチドを作成した。ペプチド療法の安全性確認のため、花粉症患者10名の血清中のハイブリッドペプチドに対するIgE抗体を測定し、陰性であることを確認した。またこの有効性確認のため、同じ症例の末梢血単核球を分離し、ペプチドに対する末梢血単核球の細胞増殖能、サイトカイン産性能について検討し、Cry j1, Cry j2と同等であることを確認し、ペプチド免疫療法の現実的な可能性を明らかにした。
スギ花粉抗原の口中錠を用いた舌下嚥下免疫療法(OIT)をスギ花粉症有症者9名(実薬5症例、非投与4症例)OIT治療群については、野外曝露試験の約3週間前よりスギ花粉口中錠を内服させた。試験当日朝9時から1時間ごとにくしゃみ、鼻汁、鼻閉の各症状をスコアカードに記載させ、野外比較試験(single blind)を開始した。16時に終了した。記載されたスコアをもとに、症状抑制の有無を検討した。くしゃみ、鼻かみ回数は、ともにOIT治療群では、試験中を通じて抑制されていたが、非投与群では飛散花粉数が増加した13時以降、くしゃみ発作回数が増加した。鼻閉は、OIT治療群では、非投与群に比べスコアは試験中通じて低い傾向にあったが、花粉数の増加と共に両群で鼻閉スコアは増悪した。
③ 遊離型糖鎖による免疫療法の検討(岡野)
パームヤシ花粉より抽出した粗抗原から糖鎖を切り出し分離した。この方法によりCry j 1を構成するメジャーな糖鎖であるGN2M3FX、コア糖鎖であるM3FX、およびCry j 1に含まれない対照糖鎖であるM9Aを精製した。スギ花粉症患者45症例の血清中Cry j 1特異的IgEを測定し、Cry j 1特異的IgEが検出された症例に対し、さらに遊離型糖鎖による抑制ELISAを行った。遊離型糖鎖のうちM9Aを添加した場合と比較して、M3FX、GN2M3FXの添加はCry j 1とIgEとの結合を有意に抑制しなかった。しかし全体の22.5%においてはCry j 1構成糖鎖の添加で20%以上のIgE-Cry j 1結合抑制がみられた。
7名のスギ花粉症患者よりCry j1特異的T細胞株を樹立した。これらのT細胞を種々の濃度の遊離型糖鎖にて刺激し、増殖応答およびサイトカイン産生などのT細胞反応性を検討した。T細胞をM3FXにて刺激しても増殖応答およびサイトカイン産生は誘導されなかった。一方、特異的T細胞応答の際にM3FXを添加した場合に増殖応答およびIL-4産生の有意な抑制が認められた。
④ 鼻線維芽細胞におけるRANTES・EOTAXIN産生シグナル制御の検討(藤枝)
下鼻甲介粘膜から線維芽細胞を分離し培養した。低分子量GTP結合蛋白であるRasの関与を検討するためにRasの変異常時活性型発現ベクターを用いた。野生型ではエフェクタードメインが12番G(グリシン)、35番T(スレオニン)、37番E(グルタミン酸)、40番T(チロシン)であるが、それを12番V(バリン)、35番S(セリン)、37番G(グリシン)、40番C(システイン)に置換したものをRas12V35S、Ras12V37G、Ras12V40Cとして使用した。一般的変異活性型としてRas12Vを用いた。これらの発現ベクターを線維芽細胞に遺伝子導入した。Ras変異常時活性型発現ベクターを導入すると、IL-1βやTNF-α刺激などの刺激なしに2000から8000 pg/mlの大量のRANTESが産生された。Ras12V40CのRANTES産生が最も高く、Ras12V37Gが最も低かった。線維芽細胞の増殖をMTT assayにて検討すると、逆にRas12V37Gで最も増殖能が高かった。以上のことはRANTES産生と線維芽細胞増殖経路が異なることが判明し、好酸球遊走に影響を及ぼすと考えられた。一方、Eotaxin産生は、Ras変異常時活性型発現ベクターを導入しても認められなかった。
⑤ サイトカイン制御による新しい免疫療法の基礎的研究(岡本)
卵白アルブミン(OVA)を抗原とし、実験的鼻アレルギーモデルマウスを作製した。この感作マウスに、IFN‐γ,あるいは抗IFN-γ中和抗体を投与し、その後のOVAによる誘発試験による鼻症状,好酸球浸潤について検討した。OVA感作マウスへのIFN‐γの投与は、誘発症状には、対照群と比較して影響は明らかではなかった。鼻粘膜組織中の好酸球数は、IFN‐γ投与群で有意な増加がみられた。感作マウスへの抗IFN‐γの投与は、誘発症状,鼻粘膜中の好酸球浸潤に影響は明らかではなかった。
3. 花粉症の自然緩解と予防医学について(岡本、寺田)
千葉県下の住民検診を行った。そこで、3年以上スギ花粉症症状が出現していない自然寛解の症例について、継時的なIgE抗体の変動や種々のパラメーターについて検討した。スギ花粉症の自然寛解は、40才台以降の中・高年者では約20%にみられた。自然寛解例のretrospectiveな検討で、特異的IgE値の減少は必ずしも認めなかった。IL-4Rαの遺伝子的な検討として細胞外領域に存在する50番目のアミノ酸がバリンからイソロイシンに置換される遺伝子多型(IL-4RαIIe50Val)および、細胞内領域に存在する551番目のアミノ酸がグルタミンからアルギニンに置換される遺伝子多型(IL-4RαArg551Gln)を解析したが花粉症患者は健常人と比較して有意な差は認められなかった。しかし、50番目のアミノ酸がイソロイシンホモ型を示す患者は他の発現型を示す患者と比較してIgE値が高値で、20歳までに74%が発症していた。4年前にスギ花粉CAP-RASTスコア2以上で未発症の症例を対象として、その後の発症の有無についてアンケート調査した。未発症であった145人中38人が発症していた。遺伝子多型別の発症率では、イソロイシンホモ型で高率に発症が認められた。
結果と考察
考察と結論
QOL質問票での花粉症患者のQOL評価は適切に行うことができた。そのQOLスコアは飛散花粉量や治療により増減し、今後の花粉症治療評価に繋がると考えられた。今後、薬物療法、減感作療法、手術療法などでQOLスコアの変動にどう影響を与えるか、他施設で調査を行える次年度からの課題としたい。
免疫療法では舌下減感作(免疫)療法、口腔内減感作(免疫)療法とも効果を示した。方法論が異なるため、優位性は示すことができないが、舌下減感作(免疫)療法では薬物療法より高い効果を示したことは今までの報告に勝る結果と考えられ、今後の方法論の統一などを考え、臨床的な検討を続けて行く。ペプチド免疫療法もin vitroで効果があることが確認されたが、今後、実際の効果検討の段階に入る準備が必要である。アレルギー疾患に対する全く新しい概念として遊離型糖鎖、Rasベクターによる治療がin vitroにおいてアレルギーに対し、効果のあることが確認された。花粉症におけるアレルギー反応において前者はT細胞を、後者は好酸球を抑制する可能性を示し、臨床的に使用可能かどうか、in vivoにおける今後の研究を課題としたい。Th1、Th2の概念からの抗IFN‐γの動物実験in vivoにおける投与であったが、効果は認められなかった。サイトカインを治療法にどう応用して行くかは今後の課題であり、種々のサイトカインで検討されなければならない。
発症と自然治癒の検討では高年齢での発症がキーポイントになり、遺伝的にはIL-4RαIIe50Valのイソロイシンホモ型が発症に影響を及ぼすことが示唆され、今後実際の臨床の場で確認しなければならない。
結論

公開日・更新日

公開日
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更新日
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