化学物質の胎盤ホルモン産生系・代謝系への影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200790A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の胎盤ホルモン産生系・代謝系への影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中西 剛(大阪大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医薬品や化学物資の次世代に対する安全性は、その化学物質に対する感受性が成体よりも遙かに高く、またその影響が不可逆的なものになる可能性が高いことから、慎重に行われなければならない。その例としては、1970年代初頭までのおよそ25年間にわたり米国や南米を中心に処方されてきた合成エストロジェンであるdiethylstilbestrol(DES)が挙げられる。DESは、流産防止から早産防止に至るまでほとんど万能薬として使用されてきたが、1970年代になって初めてDES投与妊婦から生まれ、思春期を迎えた女児から膣の明細胞腺癌が数例報告された。これ以降、DESを使用した妊婦から生まれた女児は、成人すると様々な生殖上の障害を示すことが最近明らかとなってきており、DESを投与された妊婦から得られたデータは、今日のヒトの発生段階における内分泌撹乱物質研究の重要な知見となっている。化学物質のin vivo生殖・発生毒性評価には、現在のところ、主に齧歯類を初めとする実験動物が用いられているが、化学物質が成体のみに作用する他の毒性試験とは異なり母児複合体に作用し、多様な作用部位が存在すると考えられるため、一般的に他の毒性試験よりもヒトへの外挿が困難である。その原因の一つとして、胎盤の種差が考えられる。胎盤は、母体から発育に必要な栄養素などを供給したり、外来異物に対する暴露を阻止するのみならず、外来異物の代謝や胎児の器官形成に必要不可欠な種々のホルモンを供給する第2の視床下部-下垂体-性腺複合体としての機能を有していることから、発生毒性における標的臓器となる可能性がある。しかしながら、ヒトの胎盤は、齧歯類などの実験動物とは構造、内分泌機能ともに大きく異なる。例えば、胎児循環血中の男性ホルモンを女性ホルモンに変換するアロマターゼ(CYP19)がヒト胎盤中には存在するが、齧歯類には存在しない。したがって、実験動物では毒性が認められなかったにも関わらず、ヒトにおいては毒性を示すような医薬品などの化学物質においては上記のことを考慮したうえでその毒性を再検討する必要があると考えられる。そこで本研究では、ヒトと齧歯類の胎盤由来細胞を用いてDESをはじめとする医薬品等のホルモン様化学物質が、ヒトとラットの胎盤ホルモン産生系および代謝酵素系に与える影響について検討し、胎盤の内分泌機能のなかでも、発生毒性に重要な候補を絞りこむことで、それがin vivoにどのように反映されるかについて考察する。
研究方法
実験には、主にラット絨毛細胞であるRcho-1細胞とヒト絨毛細胞であるJEG-3細胞を用いた。化学物質処理時においては、Rcho-1細胞は、20%活性炭処理FCSの培地で、その他の細胞については5%活性炭処理FCSの培地で、それぞれ培養を行った。また各化学物質の処理は、細胞毒性を与えない最大濃度で行い、作用時間は48時間に設定した。これらの細胞からTotal RNAを抽出し、以後の定量的PCRに用いた。混合oligo dT primerと逆転写酵素を用いて、single strand cDNAを合成した。このcDNA濃度を鋳型として、forward primer、reverce primerおよびQuantiTectTM SYBR Green PCR Master Mix(QIAGEN)を加え混和し、Light Cycler (Roche)を用いて、95℃で15分間熱変性させた後、95℃・15秒、最適アニーリング温度・30秒、72℃・最適時間を1サイクルとして、40-45サイクル行い、目的遺伝子の cDNAを増幅させ、定量した。また内部標準としてβ-actinを同様に定量し、補正を行った。またwestern Blot解析については、各細胞から回収した細胞溶解液を50μg / laneで 展開した10% acrylamide gelをnitro membreneにトランスファーし、メンブランを
抗ERα抗体、および抗ERβ抗体と反応させた。さらに、HRP標識抗ウサギ IgG抗体と1時間反応させ、ECL検出試薬を用いてX線フイルムに露光して検出した。
結果と考察
ステロイドホルモン合成・代謝系に対する影響を検討したところ、ラットおよびヒトの胎盤のP450sccに対しては、DESを始め、17βエストラジオール(E2)、エチニルエストラジオール(EE)において発現を上昇させることが明らかとなった。しかし3β-HSDについては、ヒトではDESで発現が上昇することが確認されたが、ラットでは特に影響が認められなかった。また、ラットおよびヒトにしか存在しないそれぞれの内分泌機能についても、各化学物質により影響が認められた。ヒトにおいては、E2、DES、EE、プロゲステロン(P4)によってアロマターゼの発現が顕著に上昇し、またDDTとオクチルフェノール(OP)によってもその発現が上昇した。ヒト胎盤から産生される性腺刺激ホルモンであるヒト絨毛性ゴナドトロピンについてもアロマターゼの場合と同様の傾向が認められた。ラット胎盤から産生される性腺刺激ホルモンであるプロラクチン様蛋白(PLP)についても検討を行ったところ、E2やEEでは発現は胎盤性ラクトーゲンIIとPLP-A上昇するが、DESでは影響が認められなかった。さらにラット胎盤の3β-HSDについても、E2やEEでは発現は上昇するが、DESでは影響が認められなかったり、CYP17についてはE2やEEでは発現は上昇するが、DESでは逆に抑制傾向が認められるなど、エストロジェンレセプター(ER)を介した作用が予想されるエストロジェン様化学物質についても、同じ細胞に対して作用が異なることが確認された。そこでラット絨毛細胞株とヒト絨毛細胞株のERの発現について蛋白レベルで検討を行ったところ、どちらの細胞ともERαおよびβを発現していたが、ラット絨毛細胞株のERαは、66kDaのfull-length typeであったのに対し、ヒト絨毛細胞株では、46kDaのtruncated typeが発現していた。ヒトとラットの胎盤において、種間で感受性に相違が認められたり、また同じ細胞でもエストロジェン様化学物質によって作用が異なるのは、これらのERの発現様式が関与しているのかもしれない。
結論
(1)DESをはじめとするエストロジェン様化学物質および、その他の化学物質により、ラットおよびヒトの絨毛細胞株の内分泌機能が修飾されることが明らかとなった。(2)ERを介した作用を示すと考えられるエストロジェン様化学物質においても、内分泌機能によっては全く逆の作用を示すものが存在した。(3)ヒトとラットの絨毛細胞株では、同じ内分泌機能でも化合物によっては種間で全く逆の作用を示したり、一方のみにしか作用が認められないものが存在した。(4)ヒトおよびラットの絨毛細胞株ともERαおよびβを有していた。したがってエストロジェン様化学物質間で作用が異なるのは、異なったホルモンレセプターを介した作用に起因する可能性が示唆された。(5)ヒトとラットの絨毛細胞株では、ERαのスプライシングアイソフォームの発現が異なっていた。したがって、ヒトとラットの絨毛細胞株間で同じ化学物質に対する感受性が異なるのは、ERαの発現様式に起因する可能性が示唆された。
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