文献情報
文献番号
200200786A
報告書区分
総括
研究課題名
個々人におけるモルヒネ作用強度のゲノム解析による予測(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
池田 和隆(財団法人東京都医学研究機構)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
疼痛は医療現場で極めて頻繁に見られる深刻な病態であるとともに、広く国民のQOLを低下させる重大な要因である。激烈な疼痛に対する鎮痛薬としてはモルヒネに代表されるオピオイド類が主に用いられており、ペインコントロールの重要性が認知されてきた最近ではモルヒネ使用量は急激に増加している。それにも関わらず、我が国の医療におけるモルヒネ使用量は欧米諸国の7分の1に過ぎないことから、日本国民はいまだに耐え難い苦痛にさらされながら生き、また死を迎えているといえる。従って、モルヒネ治療を緊急に普及させる必要がある。しかし、モルヒネに精神依存、身体依存、便秘、悪心、呼吸抑制などの深刻な副作用があること、およびモルヒネ作用強度に大きな個人差があることが、臨床上、効果的な疼痛治療を妨げている。本研究では、ゲノム科学の急速な進展を踏まえ、モルヒネ作用における個人差の遺伝子メカニズムを解明し、個々人に合ったモルヒネ治療を迅速・効率的に行うための基盤技術の確立を目的とする。
研究方法
マウスゲノム解析および行動薬理学的解析の結果および出願中の特許をもとに、μオピオイド受容体(μOR)遺伝子の多型、特に非翻訳領域の多様性が、モルヒネ作用強度と関連するという作業仮説を立てて研究を進めた。本研究では、個々人に合ったモルヒネ処方へ道を拓くために、次の4つの具体的な目標を定めており、平成14年度は項目1と項目2を行った。
1) μOR遺伝子の塩基配列における個人間での多様性を解明する。
2) モルヒネ鎮痛効果と副作用強度を簡便かつ定量的に評価するシステムを構築する。
3) μOR遺伝子塩基配列多様性とモルヒネ作用強度との相関を明らかにする。
4) テーラーメイドモルヒネ処方を可能とする遺伝子検査キットの開発準備を行う。
<項目1>ヒトμOR遺伝子は、パブリックデータベース上に公表されたラフドラフト塩基配列および申請者が既に明らかにしているマウスμOR遺伝子塩基配列を参考にして、塩基配列の解析を完了させる。完成したヒトμOR遺伝子塩基配列情報を基に、健常人ボランティア約10名のμOR遺伝子塩基配列を解析し、既知の多型の確認とともに新規多型を同定する。塩基配列の解析は、現有の温度勾配対応型PCR機3台および16本キャピラリー式全自動シークエンサーを用いる。
<項目2>東京大学医学部麻酔科、国立がんセンター中央病院疼痛治療・緩和ケアなどの、第一線で疼痛治療を行っている研究協力者の協力を得て、モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムを構築する。特に、痛み自体の差異が少ない状況で解析を行う必要があるので、胃切除や肝切除などの術後痛に注目してシステム作りを行う。
1) μOR遺伝子の塩基配列における個人間での多様性を解明する。
2) モルヒネ鎮痛効果と副作用強度を簡便かつ定量的に評価するシステムを構築する。
3) μOR遺伝子塩基配列多様性とモルヒネ作用強度との相関を明らかにする。
4) テーラーメイドモルヒネ処方を可能とする遺伝子検査キットの開発準備を行う。
<項目1>ヒトμOR遺伝子は、パブリックデータベース上に公表されたラフドラフト塩基配列および申請者が既に明らかにしているマウスμOR遺伝子塩基配列を参考にして、塩基配列の解析を完了させる。完成したヒトμOR遺伝子塩基配列情報を基に、健常人ボランティア約10名のμOR遺伝子塩基配列を解析し、既知の多型の確認とともに新規多型を同定する。塩基配列の解析は、現有の温度勾配対応型PCR機3台および16本キャピラリー式全自動シークエンサーを用いる。
<項目2>東京大学医学部麻酔科、国立がんセンター中央病院疼痛治療・緩和ケアなどの、第一線で疼痛治療を行っている研究協力者の協力を得て、モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムを構築する。特に、痛み自体の差異が少ない状況で解析を行う必要があるので、胃切除や肝切除などの術後痛に注目してシステム作りを行う。
結果と考察
項目1:μOR遺伝子は4つのエクソンよりなるがこれら全てのエクソンにおける翻訳領域の塩基配列、および非翻訳領域や推定されるプロモーター領域を含む開始コドンより5'上流側約5.5kbpと終止コドンより3'下流側14kbpの塩基配列を解析した。解析領域の中に100箇所以上の多型を見出し、特に3'非翻訳領域には約100箇所の新規多型を同定した。興味深いことに、3'非翻訳領域における多型の多くは広い領域にわたり連鎖不平衡であった。また、モルヒネ鎮痛が減弱していることで知られるCXBKマウスではμOR遺伝子の非翻訳領域に塩基配列の挿入があることを以前申請者は報告したが、その挿入箇所に対応するヒトμOR遺伝子部位の近傍に塩基配列の挿入例があることがわかった。
第1エクソンに含まれるアミノ酸置換(アスパラギンからアスパラギン酸への置換)を伴う遺伝子多型(A118G)によって、μORのアミノ末端領域の糖鎖修飾が起こらなくなり内在性オピオイドリガンドに対する親和性が変化することが知られているが、この多型は欧米人や中国人で報告されているだけであり、日本人での多型に関する報告はない。今回健常人213例に関してこの多型を解析したところ、166例において多型が認められ、allelic frequencyは45.3%であった。欧米人でのallelic frequencyは10%程度であることから、日本人においては有意に高頻度で多型があることが明らかになった。この多型は今後モルヒネ作用強度との相関関係を調べる際に、最も優先して解析すべき多型であると考えられた。
さらに、A118G多型と類似した多型をマウスにおいて見出した。マウス系統間の表現型の差を生み出す遺伝子メカニズムはヒト個人差の遺伝子メカニズムを調べる上で極めて有効であることから、国立遺伝学研究所との共同研究により世界各国から集められた野生由来マウス系統のμOR遺伝子塩基配列の差異を解析した。その結果、台湾で捕獲された野生由来マウスであるHMIマウス系統は、μORのアミノ末端領域にアミノ酸置換(セリンからアスパラギンへの置換)を有することが明らかになった。このアミノ酸置換により、μORは新たに糖鎖修飾を受けてリガンド親和性が変化すると考えられ、ヒトにおけるA118G多型の動物モデルとして有用であると考えられた。
項目2:モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムの構築を行った。当初はがん性疼痛を対象とする計画であったが、がん種、がんの進行度、骨浸潤の有無などにより痛み自体が大きく違ってしまうという問題点が明らかとなった。そこで、胃切除、大腸切除、肝切除などの術後痛に注目して研究を進めることとした。この場合、それぞれで術式はほぼ同じであり、同じ術式であれば切除臓器量によらずほぼ術後痛は同程度と考えられる。予備検討の結果、患者への危険性増加が全く無く、かつモルヒネ作用強度を的確に評価することができるプロトコールが以下の通り確立した。外科開腹術における麻酔を統一の全身麻酔と胸部硬膜外麻酔とし、術後鎮痛法をモルヒネの持続硬膜外投与とする。鎮痛不足時はペンタゾシンを適量投与する。術後2時間後、第1病日朝、および術後24時間後に、Visual Analog Scales (VASs)を用いてモルヒネ鎮痛効果の評価を行うと共に、嘔気、眠気、呼吸抑制などのオピオイドの副作用の重度を調査する。また、手術終了後24時間内のペンタゾシン必要量を調査する。このプロトコールを用いることで患者への負担および医療関係者への過度の負担をさけることができ、効率的かつ的確にモルヒネ作用強度を評価するシステムが確立した。
第1エクソンに含まれるアミノ酸置換(アスパラギンからアスパラギン酸への置換)を伴う遺伝子多型(A118G)によって、μORのアミノ末端領域の糖鎖修飾が起こらなくなり内在性オピオイドリガンドに対する親和性が変化することが知られているが、この多型は欧米人や中国人で報告されているだけであり、日本人での多型に関する報告はない。今回健常人213例に関してこの多型を解析したところ、166例において多型が認められ、allelic frequencyは45.3%であった。欧米人でのallelic frequencyは10%程度であることから、日本人においては有意に高頻度で多型があることが明らかになった。この多型は今後モルヒネ作用強度との相関関係を調べる際に、最も優先して解析すべき多型であると考えられた。
さらに、A118G多型と類似した多型をマウスにおいて見出した。マウス系統間の表現型の差を生み出す遺伝子メカニズムはヒト個人差の遺伝子メカニズムを調べる上で極めて有効であることから、国立遺伝学研究所との共同研究により世界各国から集められた野生由来マウス系統のμOR遺伝子塩基配列の差異を解析した。その結果、台湾で捕獲された野生由来マウスであるHMIマウス系統は、μORのアミノ末端領域にアミノ酸置換(セリンからアスパラギンへの置換)を有することが明らかになった。このアミノ酸置換により、μORは新たに糖鎖修飾を受けてリガンド親和性が変化すると考えられ、ヒトにおけるA118G多型の動物モデルとして有用であると考えられた。
項目2:モルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムの構築を行った。当初はがん性疼痛を対象とする計画であったが、がん種、がんの進行度、骨浸潤の有無などにより痛み自体が大きく違ってしまうという問題点が明らかとなった。そこで、胃切除、大腸切除、肝切除などの術後痛に注目して研究を進めることとした。この場合、それぞれで術式はほぼ同じであり、同じ術式であれば切除臓器量によらずほぼ術後痛は同程度と考えられる。予備検討の結果、患者への危険性増加が全く無く、かつモルヒネ作用強度を的確に評価することができるプロトコールが以下の通り確立した。外科開腹術における麻酔を統一の全身麻酔と胸部硬膜外麻酔とし、術後鎮痛法をモルヒネの持続硬膜外投与とする。鎮痛不足時はペンタゾシンを適量投与する。術後2時間後、第1病日朝、および術後24時間後に、Visual Analog Scales (VASs)を用いてモルヒネ鎮痛効果の評価を行うと共に、嘔気、眠気、呼吸抑制などのオピオイドの副作用の重度を調査する。また、手術終了後24時間内のペンタゾシン必要量を調査する。このプロトコールを用いることで患者への負担および医療関係者への過度の負担をさけることができ、効率的かつ的確にモルヒネ作用強度を評価するシステムが確立した。
結論
当該年度は、3年間の1年目として、当初の計画通り、ヒトμOR遺伝子塩基配列解析と新規多型の同定、および疼痛患者におけるモルヒネ鎮痛効果・副作用の臨床評価システムの確立を行った。μOR遺伝子の翻訳領域、非翻訳領域、推定プロモーター領域の塩基配列を解析して100箇所以上の多型を見出し、特に3'非翻訳領域には約100箇所の新規多型を同定した。これらの多型情報は本研究を進める上で必須であると共に、他の研究にも応用できる極めて貴重なデータである。また、ヒトμOR遺伝子多型のモデル動物となりうるマウス系統の発見は、今後大いに活用されるものと推察される。モルヒネ作用強度評価システムの確立は、本研究および他の疼痛に関する臨床研究を行う上で極めて有用である。従って、テーラーメイドモルヒネ治療に向けて計画通り着実に研究が進んでいる。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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