ヒト肝細胞キメラマウスを用いた医薬品の動態および安全性予測システムの構築(統括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200784A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト肝細胞キメラマウスを用いた医薬品の動態および安全性予測システムの構築(統括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
横井 毅(金沢大学薬学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中島美紀(金沢大学薬学部)
  • 吉里勝利(広島大学大学院理学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
892,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医薬品開発における薬物動態試験および安全性予測試験には、種差をはじめとする多くの問題があるため、ヒト由来組織とりわけヒト肝試料が頻用されている。我が国では現在、多量のヒトヘパトサイトや肝ミクロソームの凍結品や非凍結品を欧米からの輸入に頼っている。本研究では、吉里教授(分担研究者)によって開発されたヒト肝細胞キメラマウスを用いて、ヒトにおける薬物動態および安全性を予測するシステムを樹立することを最終目的とする。ヒト肝細胞キメラマウスは、肝障害を発症するアルブミンウロキナーゼプラスミノーゲンアクチベータートランスジェニックマウス(uPAマウス)と免疫不全の性質を持つSCIDマウスを交配して生じた免疫不全肝障害マウス(uPA/SCIDマウス)にヒト肝細胞を移植し作出する。マウス肝の80%以上がヒト肝に置き替わり、ドナーの肝細胞と同じヒト肝細胞を多量に作製することが可能である。キメラマウス肝臓で置換・増殖したヒト肝細胞はヒト型薬物代謝酵素などのヒト肝細胞機能を保持しているため、このキメラマウスは医薬品開発に重要なヒトにおける薬物動態および安全性を予測するシステムとして利用できると予想される。具体的には、このヒト肝細胞キメラマウスの適用により、(1) 同一のドナー由来のヒト肝細胞を大量に増やして得ることが出来るため、肝細胞の極めて有効な利用が可能になる。(2) 多種類の肝細胞のパネル化が容易になり、複数の研究機関におけるデータの比較検討が容易になる。(3) パネル化された肝細胞により、遺伝子多型と表現多型(特に薬物による酵素誘導)の対応付けが可能になる。(4) 医薬品開発のコストを削減できる。(5) 入手が困難な日本人由来の肝細胞を多量に得ることが可能になる。(6) 人種差の検討が容易になる。 (7) 我が国発信の技術である。(8)毒性発現の予測研究が飛躍的に進展するなど、この画期的なキメラマウスの使用により、我が国の医薬品開発に大きな利益をもたらすものと期待される。初年度は以下の5項目、(1)ヒト肝細胞キメラマウスの安定供給体制の確立、(2)効率の良いキメラマウス作成方法の検討、(3)ヒト肝細胞キメラマウスのヘパトサイトにおける薬物動態関連遺伝子のmRNAの発現プロファイルを測定し、キメラマウスにおけるヒト型遺伝子の発現について、ドナー肝と比較検討、(4)ヒト肝チトクロムP450(CYP)の主要な分子種であるCYP3A4,CYP1A1およびCYP1A2の誘導についてキメラマウスヘパトサイトで検討、(5)薬物代謝酵素CYPについて、タンパクレベルおよび酵素活性レベルで検討し、評価試験項目の選択と有用性評価の確立、(6)安全性研究へのヒト肝細胞キメラマウスの利用について、アセトアミノフェン(APAP)の毒性についてDNAチップを用いた検討、について研究を行った。
研究方法
(1) キメラマウス作成はuPA(+/+)SCIDマウスにヒト肝細胞を移植する。従って、多数のuPA(+/+)SCIDマウスの繁殖維持生産を日本チャールズリバー社に委託した。遺伝子判定等は全て大学で行った。 (2) 免疫不全肝障害マウスのホモ個体[uPA(+/+)SCID]はヘテロ個体[uPA(+/-)SCID]同士を交配することにより得ているが、ホモ個体は生まれた個体の4分の1しか得られない。そこで、より高効率にuPA(+/+)SCIDを得るために、uPA(+/+)SCIDマウスに正常マウス肝細胞を移植して繁殖に用いることを試みた。 (3) 136種類のヒト薬物動態関連酵素をTaqMan法により、mRNA量を測定する系を立ち上げ、ヒト肝細胞キメラマウスのヘパトサイトにおける薬物動態関連遺伝子のmRNAの発現プロファイルをドナー肝と
比較検討した。 (4) キメラマウス由来ヘパトサイトを培養し、CYP3A4の誘導剤としてリファンピシンを、CYP1Aの誘導剤としてβ-ナフトフラボンを暴露し、それぞれのヒトCYP mRNAの発現変動を検討した。 (5) ヒト肝における主要な薬物代謝酵素CYP全てについて、タンパク発現量をウエスタンブロット法にて、肝ミクロソームにおける酵素活性をHPLCなどを用いて測定した。また、キメラマウスに誘導剤を投与することにより、タンパクレベルおよび酵素活性レベルでの定量について実験を行った。 (6) 安全性研究へのヒト肝細胞キメラマウスの利用について、肝毒性薬としてアセトアミノフェン(APAP)を取り上げ、DNAチップを用いた研究を行う予定であったが、キメラマウスの充分な匹数を準備することが出来なかった。そのため、ヒトヘパトサイトの凍結品および非凍結品を用いて予備検討を行った。
結果と考察
(1) 既に吉里らにより作出されているuPA(+/-)SCIDのオス個体32匹を日本チャールスリバーに搬送し、SCIDマウスのメス個体32匹と交配させた。日本チャールスリバーにおいてこれまでにこの操作を8回行った。この交配では、uPA(+/-)SCIDの個体が生じる確率は2分の1と予想された。生まれたマウスの尾は日本チャールスリバーにて切断され、広島大学に送付させた。当施設においてマウスの尾から調整したゲノムDNAを鋳型にしたPCRによりアルブミンウロキナーゼ遺伝子に連結しているヒト成長ホルモン遺伝子を特異的に増幅する解析方法で導入遺伝子の有無について解析を行った。これまでに(平成15年3月12日現在)7回目までの交配で生じた子マウス419個体について解析を行い、197個体のuPA(+/-)SCID(オス:98個体、メス:110個体)を得た。以上、現在も繁殖生産体制が維持されており、今後も問題なく継続される予定である。 (2) uPA(+/+)SCIDに正常マウス肝細胞は問題なく移植できた。これによりuPA(+/+)SCIDを繁殖に用いることができ、これまでの繁殖方法と比較して約4倍の効率でuPA(+/+)SCIDを得ることができる見通しができた。次年度は、この方法を併用してより効率のよいuPA(+/+)SCIDの作成を行う予定である。 (3) 136種類のヒト薬物動態関連酵素のうち、ドナー肝よりも高いmRNAの発現を示したものは9種類のみが発現量4倍以内であり、ほとんどはドナー肝mRNAの半分からほぼ等量の発現量を示した。このことよりキメラマウス肝は、ヒト型mRNA
発現からヒト肝として機能しているものと推定された。 (4) CYP1A1およびCYP1A2では通常のヒトヘパトサイトと比較して低い誘導率に留まった。これは凍結・解凍の技術が未熟であったため、細胞の生存率が少々低下したことに起因するかもしれないと考えられ、今後の検討課題である。一方、CYP3A4は通常のヒトヘパトサイトとほぼ同様の誘導率を示した。次年度には凍結・解凍の技術の改善とともに、さらなる例数の検討をする予定である。 (5) タンパク発現については、ウエスタンブロット分析を用いて、CYPの主要な分子種についてマウスには交差反応を示さず、ヒト特異的に検出する方法を確立し、良好な結果を得た。また、酵素活性レベルではCYP2C9が触媒するジクロフェナク4'-水酸化酵素活性とCYP2A6が触媒するクマリン7-水酸化酵素活性の測定が評価試験として有用であることを明らかにした。現在、さらに多くの分子種についての評価試験を検討している。また、酵素誘導の検討として、CYP3A4の誘導剤であるリファンピシンを投与したキメラマウスでヒトCYP3A4の誘導がタンパク発現および活性レベルで認められた。従って、薬物代謝酵素活性の観点からヒト肝細胞キメラマウスは、ヒトの誘導能を有することが示唆された。今後、さらに様々な誘導剤について検討し、キメラマウスの有用性について評価する予定である。 (6) ヒト薬物動態関連遺伝子(1258種類)を主として搭載したヒト薬物応答性DNAチップを用いて検討し、凍結ヘパトサイトと非凍結ヘパトサイトへの薬物(APAP)暴露による遺伝子変動において、ほとんど同じ傾向を示したことより、今後のヘパトサイトレベルでの検討はキメラマウスのヘパトサイトを凍結保存し、同じヘパトサイトを異なる研究機関で用いることによりデータの共有制を高めることができる可能性が明らかになった。
結論
本年度はヒト肝細胞キメラマウスの安定供給体制を立ち上げ、さらに、キメラマウスの効率的な作出法の検討を終えた。キメラマウスおよびそのヘパトサイトはヒト由来肝として酵素学的な活性および誘導能が充分に機能していることの基礎的な検討を行った。初年度の研究計画の項目である【ヒト肝細胞パネルの作成と凍結保存性の検討】については、凍結保存の技術が達成されておらず、次年度に速やかに行うものとする。【キメラマウス肝細胞の酵素活性の誘導能について】は2年目に予定していた項目であるが、本年度に先取りして検討を行うことができた。以上、初年度の申請計画はほぼ達成されたと考えられ、さらにマウスの供給体制ができたことより、次年度の研究も順調に遂行することができると考えられる。

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