cDNAアレイを用いた新しい乳癌治療体系の構築(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200781A
報告書区分
総括
研究課題名
cDNAアレイを用いた新しい乳癌治療体系の構築(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
藤原 康弘(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺亨(国立がんセンター中央病院)
  • 福富隆志(国立がんセンター中央病院)
  • 大橋靖雄(東京大学大学院医学系研究科)
  • 関島勝(三菱化学安全研究所鹿島研究所)
  • 西尾和人(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
54,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦女性における乳癌死亡者数は約9000人(2000年)であり、胃癌、大腸癌、肺癌、肝癌に次ぐ位置を占めている。さらに大阪府癌登録を例に人口10万あたりの罹患率をみると、乳癌のそれは胃癌を抜いて第1位であり、1960年代に比べて約4.5倍もの増加を示している。このような乳癌患者の増加傾傾向は世界的な現象であり、したがって乳癌治療体系の充実に対する社会的要請は高いものがある。一方、現在の乳癌治療は、H.E.染色(組織異型度の判定)と免疫染色(エストロゲン受容体、プロジェステロン受容体の発現の有無)を用いて病理組織検体を評価した結果と、腫瘍サイズ、患者の年齢あるいは閉経の有無等に関する情報で、その治療方針を決定している。しかしながら、効果・副作用予測を治療前には十分に行えていないのが現状である。すなわち癌遺伝子産物HER2が陽性の乳癌であっても、HER2に対するモノクロナール抗体であるトラスツズマブ治療が奏効しない症例やエストロゲン受容体が陽性であっても抗エストロゲン剤に耐性の症例、あるいは治療前の臓器機能が保たれ全身状態が良好であっても癌化学療法により重篤な副作用が発現する症例も稀ならず経験する。そこで本研究の目的は、乳癌の手術前治療のセッテイング(組織検体の採取が容易)において、治療前後の腫瘍組織及び正常組織(末梢血単核球あるいは手術時切除標本の正常組織部)における各種遺伝子発現量をcDNAアレイ等のファルマコゲノミクス解析の手法を用いて検討し、その結果を臨床経過及び前臨床試験成績と比較・考察することで、既存の効果・副作用予測因子を凌駕するマーカー遺伝子を同定することとした。
研究方法
I.原発性乳癌の術前療法における遺伝子発現解析により腫瘍縮小効果と副作用を予測することが可能なマーカー遺伝子の探索
1) 対象 
乳癌の術前療法において臨床第II相試験で治療を受ける患者のうち本研究への参加同意が得られたものとする。
2) 方法
① 検体採取方法と処置                                  
術前療法施行前、及び手術時(術前療法終了後1ヶ月以内)に静脈血(10 ml)、乳癌組織および正常乳腺組織(術前療法施行後は必須とはしない)を採取。検体(静脈血の場合は単核球分離後)はRNA保存液中で処理した後に-80℃で保存、約1週間以内にRNAを抽出、T7Basedの増幅法にて増幅、保管する。次いでRIラベルをおこない、カスタムフィルターにハイブリダイズさせる。遺伝子発現はイメージアナライザーで解析し、数値化した後、標準化、統計解析を実施する。得られた統計データと臨床像(治療効果、副作用、既存の予後因子)との相関性、意義付けに関しての考察をおこなう。
② 測定項目
癌および薬物に関連する約800の遺伝子の発現を解析する独自のcDNAアレイを用い、症例、検体間の発現の差異、および治療前後における遺伝子発現を比較検討する。
① 解析 
各遺伝子の発現量を数値化、標準化の後、多変量解析をベースにした統計学的手法(Q-Qプロット)、Bi-plot解析により、以下に示す臨床像を予測する遺伝子を選択する。また、探索的統計法としてクラスタリングを施行し、関連因子遺伝子群を抽出する。
II. 遺伝子発現解析を用いた毒性の解析
対象薬剤を、細胞株に接触あるいは担がんマウスモデルに全身的投与することにより、標的腫瘍組織および正常組織における遺伝子発現変動をcDNAアレイを用いて解析する。遺伝子発現解析は、cDNAフィルターアレイ、cDNAチップを用い、数千から数万の遺伝子の発現を接触前後で比較する。薬力学的効果を解析するために、濃度依存性変化を示す遺伝子を統計学的に選択するとともに、主成分解析により、特に大きく関与する遺伝子を特定する。選択された遺伝子発現により同製剤の評価が可能であることを、遺伝子発現レベル、蛋白質レベルで確認する。 同時に、臨床試験での発現解析との相関解析から、前臨床試験において、臨床での予測が可能な遺伝子を特定する。
結果と考察
1)臨床的検討については、乳癌の術前化学療法による病理学的完全寛解及び重篤な副作用出現を予測する因子を同定するために、まず以下の3つの臨床試験(アレイ解析は附随研究)を計画し実行に移した。
① 原発性乳癌に対する5FU/エピルビシン/シクロフォスファミドに引き続くパクリタキセル週1回投与(±トラスツズマブ)併用による術前化学療法の第Ⅱ相試験(登録予定50例)平成14年11月27日に国立がんセンター倫理審査委員会承認を得て、平成14年12月1日より登録開始、平成15年3月31日現在で10例が登録され治療中である。
② ホルモン高感受性の閉経後乳癌に対するアナストロゾール投与による術前内分泌療法の第Ⅱ相試験(登録予定45例)平成14年11月27日に国立がんセンター倫理審査委員会承認を得て、平成14年12月1日より登録開始、平成15年3月31日現在で4例が登録され治療中である。
③ 高齢者の原発性乳癌に対するパクリタキセル週1回±トラスツズマブ投与による術前化学療法の第Ⅱ相試験(登録予定40例)平成15年1月31日に国立がんセンター倫理審査委員会承認を得て、平成15年2月1日より登録開始されたが、平成15年3月31日現在のところ登録例はない。これらの臨床試験において患者の末梢血単核球、乳癌組織を採取し、cDNAアレイによる遺伝子発現解析を開始した。良質のRNAを得るため、脂肪組織に富むことが多い乳癌組織からのRNA抽出法を決定した。この抽出方法を用いて現在までに12症例の癌組織、末梢血単核球検体からRNAを抽出し、ほぼ全例においてcDNAアレイ試行可能な良質のRNAが得られている。また遺伝子発現解析は、癌2検体、単核球2検体、計4検体のアレイ解析が終了している。予備的検討において乳癌と末梢血単核球の遺伝子発現プロファイルはクラスター解析により明確に区別され、両者間で発現に差のある27遺伝子を抽出した。今後臨床試験が進み、解析結果、効果、有害事象のデータが蓄積するにつれ、それぞれの効果などに関連する遺伝子の選択、薬物投与前後の比較による薬力学的評価が可能になると考えられる。
2)基礎的検討については、まず乳癌の術前化学療法による病理学的完全寛解を予測する因子を同定するために、ヒトの乳癌細胞株を用いた cDNAアレイによる遺伝子発現解析を開始した。エストロゲン受容体特異的に発現変動する遺伝子を解析するために、乳癌細胞株としてエストロゲン感受性のMCF-7とBT-474およびエストロゲン非感受性のSK-BR-3とMDA-MB-231を用いて、エストロゲン(E2)とアンタゴニストであるタモキシフェン(TM)の暴露濃度を決定した。現在4種の乳癌細胞について内因性エストロゲン除去した環境下にE2およびTMを単独または組み合わせて暴露し、計32条件の薬剤暴露の乳がん細胞からRNAを抽出してcDNAアレイ解析を実施している。MCF-7とSK-BR-3について遺伝子発現プロファイルのクラスター解析の結果、エストロゲン感受性の違いによる細胞特有の遺伝子が明確に区別され、両者間で発現に差のある56遺伝子を抽出した。また、これらの遺伝子情報を基に新たにホルモン剤感受性決定のためのcDNAアレイを設計した。今後乳癌のホルモン療法の臨床試験を進める中で、個々の効果などに関連する遺伝子の選択、薬剤投与前後の比較による薬力学的評価の指標として活用が可能になると考えられる。
3)バイオインフォーマテイクスに関する検討では、膨大で、かつノイズの多いcDNAアレイデータから、貴重な情報を正確に得るために妥当な検定方法の同定を試みた。検定の多重性を考慮する方法として、Fishers combined probability testを原法どおりχ2分布で行う方法とその検定統計量をpermutation testする方法とをαエラーと検出力の観点から比較した。結果、permutation testの方が妥当であることが示されたが、この方法に対しても問題は残り、さらに状況に応じた妥当な検定方法の必要性が示唆された。
結論
臨床検体を用いたcDNAアレイによる遺伝子発現の検討は臨床試験に進捗状況に依存するため、初年度においては未だ結論を導くだけのサンプルサイズでの検討を行い得ないものの、症例の集積状況は概ね良好であり、3年度には研究目的である「既存の効果・副作用予測因子を凌駕するマーカー遺伝子の同定」に到ると考えている。基礎的検討では、細胞株を用いた検討により新たにホルモン療法下で得られた検体を解析するカスタムアレイ作成が順調に進んでおり、2年度前半には完成する予定となった。さらに本研究の成否を左右する臨床検体からのRNA抽出について抽出方法を確立できたことは、次年度以降の研究遂行に大きな成果であると考えている。また同様に本研究の成否を左右するバイオインフォマテイクス解析に最適な手法の確立について、初年度同様に様々な新しい試みを続け、3年度の確立を目指したい

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-