シングルセル発現プロフィール解析の毒性評価への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200780A
報告書区分
総括
研究課題名
シングルセル発現プロフィール解析の毒性評価への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 幸彦(京都大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 田中智之(京都大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
61,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、ゲノム発現情報の検出を、シングルセルの解像度で実践するシングルセル発現プロフィール解析法を実用化することである。ゲノム情報を活用して薬物の毒性評価を行う上で、網羅的なマイクロアレイ解析は有効なツールであるがマイクログラムオーダーのRNAを必要とし、従って臓器などヘテロな細胞集団を解析しているのが現状であり、有効な情報を得ることが困難であった。従って細胞レベルの解析を行うためには、培養細胞を用いるか、PCRや免疫組織によって特定の遺伝子発現を解析する他はなかった。しかしながら、例えば生殖機能や中枢機能の毒性評価に関しては、卵巣や線条体といった組織単位で解析するよりも、最終的に卵や卵母細胞、あるいは脳内のドパミン神経核といった細胞レベルでのゲノム発現情報が重要となることはいうまでもない。そこで本法を用いて主任研究者がアドバンテージを有しているプロスタノイド受容体欠損マウスにおける生殖などの障害の分子機作を捕えること、ならびに本法の特徴である組織切片からのシングルセルRNA増幅法を、種々の用途に応じて最適化することが今年度の到達目標である。本法により高解像度のトキシコジェノミクスが可能となり、医薬品の安全性向上に貢献するのみならず、新しい診断法としての応用も考えられる。
研究方法
シングルセルレベルでの解析が困難であったEP2欠損マウスの生殖障害、EP3欠損マウスの中枢性発熱応答の消失機構、さらにヒスタミン欠損マウスのマスト細胞異常を題材として、卵、中枢特定ニューロン、組織マスト細胞を標的細胞として発現解析を行い、解析系を軌道に乗せるとともに、各障害の分子機構を捉えることとした。具体的には、野生型とEP2受容体欠損マウスの受精直前の卵・卵丘複合体を回収し、卵と卵丘細胞を個々にシングルセル解析した。またPGE2刺激したラットより視床下部切片を調製し、EP3抗体で染色後、陽性ニューロンを回収してシングルセル解析した。さらに野生型ならびにヒスタミン欠損マウスより組織結合型のマスト細胞を回収し、シングルセル発現解析を行った。また平成15年度以降、受容体遮断薬による毒性評価の実践、病態モデル系でのシングルセル発現解析のために、方法全般について、切片調製、単離、RNA増幅の効率化・安定化に関する検討、T7 RNA polymeraseによる増幅時間と基質NTP濃度の設定、cDNAあるいはcRNAの濃縮法と回収法の効率化、種々の組織切片から得られる増幅RNAの算定と固定法の影響、各種染色法によるRNA増幅に対する影響、レーザーあるいはマニュアルマイクロダイセクション法の個々に関して検討を加え、最適化を図った。
結果と考察
EP2欠損マウスの生殖障害、EP3欠損マウスの中枢性発熱応答の消失機構、さらにヒスタミン欠損マウスのマスト細胞異常を題材として、卵、中枢特定ニューロン、組織マスト細胞を標的細胞とした発現解析の結果、それぞれ受精異常、発熱消失、マスト細胞の分化異常の表現型に見合った発現プロフィール変化が得られた。具体的には、先ず第一に、EP2欠損マウス卵丘細胞において亢進した遺伝子群から、卵丘細胞間、あるいは卵丘細胞-卵間の過剰な相互作用が受精を障害している可能性が示唆された。また、卵細胞における発現プロフィール変化も得られているが、その多くが機能未知遺伝子群であり、これらは分化初期段階における卵細胞解析の基礎データとして有用であるものと考えられる。第二に、ラット視床下部EP3発現ニューロンでのPGE2刺激の有無における発現変化を解析した。その結果、PGE2処理により多くの遺伝子発現が低下すること、
中でもGABA-A受容体の発現が顕著に低下した。また発現低下した遺伝子群には、低分子量Gタンパクなどの細胞内情報伝達因子が含まれた。PGE2の局所投与による発熱応答が、GABA-A受容体のアゴニストであるムシモールを投与すると抑制されることを考え合わせると、EP3ニューロンは、通常はGABAによる抑制性のシグナル支配を受けるが、PGE2-EP3シグナルの活性化により、GABA-A受容体発現低下によって抑制性シグナルが解除される分子機構が推察される。第三に、野生型ならびにヒスタミン欠損マウスの腹腔から組織結合型のマスト細胞を回収し、シングルセル発現解析を行った。その結果、野生型に比べて、欠損マウスでは、組織結合型マスト細胞の成熟に依存したマーカー遺伝子群の発現レベルが極端に低く、マスト細胞前駆細胞様の発現様式を示した。このことは、変異マウスのマスト細胞が未成熟であることを遺伝子発現レベルで裏付けるものであり、ヒスタミンがその分化成熟に関与する可能性を支持するものであった。また方法全般について、切片調製、単離、RNA増幅の効率化・安定化に関する検討を加え、原法に比べて、収量において5-6倍、安定性においては飛躍的に向上が見られ、さらに種々の調製による切片に対応できる基礎知見が集積した。
結論
シングルセルRNA増幅法は、シングルセルに由来するRNAでもμgオーダーのRNAにまで十分に増幅する系へと改善することが可能であり、トキシコゲノミクスの解析系として十分に使用に耐えるものと考えられた。また方法論に検討を加えた基礎データは、平成15年度以降の本トキシコゲノミクス研究分野プロジェクトの展開に有用な知見となることが期待される。しかしながら、同時に多検体の解析を可能にするハイスループット化については、卵丘細胞や卵細胞など、細胞(集団)によっては、レーザーキャプチャーマイクロダイセクションによる回収が利用可能であるが、マスト細胞や中枢の特定神経核に関しては、レーザーの解像度がシングルセルレベルに達していないことから改善の余地があり、平成15年度は、この点に重点をおいて引き続き方法論を最適化する必要がある。

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