トキシコプロテオミクス:ABCトランスポーターの遺伝子発現と薬物相互作用の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200777A
報告書区分
総括
研究課題名
トキシコプロテオミクス:ABCトランスポーターの遺伝子発現と薬物相互作用の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
石川 智久(東京工業大学)
研究分担者(所属機関)
  • 石川智久(東京工業大学)
  • 油谷浩幸(東京大学)
  • 中田琴子(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
54,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物代謝物を迅速に細胞外へ排泄することは、薬物の副作用を低下させる上で非常に重要である。またさらに薬物輸送過程での薬物相互作用や薬物による遺伝子発現誘導を回避する分子デザインも創薬戦略の1つであると考えられる。近年になって、数多くの薬物トランスポーターが小腸や腎臓の上皮細胞、肝細胞、脳血管内皮細胞に発現し、薬物の輸送に関与していることが明らかになってきた。薬物トランスポーターの基質特異性とその薬物動態上の意義を定量的に解析する事は、ポストゲノム時代における合理的な創薬分子設計戦略と副作用の低下(安全性の向上)に大きく貢献するものと考えられる。本研究プロジェクトは、薬物トランスポーターの観点から薬物の副作用を予測する技術を開発することに目標をおく。具体的には:(1)薬物輸送に関与するヒトABCトランスポーターの基質特異性スクリーニングに基づき、ヒト組織における薬物相互作用を予測する。(2)ヒト組織に特異的に発現する薬物トランスポーターの発現プロファイリングを行う。またヒトゲノムデータに基づきABCトランスポーター遺伝子の5'-プロモーター領域の解析を行い、転写制御因子を予測する。(3)既存の医薬品および化学物質に対する薬物トランスポーターの基質特異性をデータベース化し、薬物相互作用の予測プログラムを開発する。
研究方法
薬物トランスポーターの薬物相互作用スクリーニング(石川分担) 薬物トランスポーターの発現細胞系をつくる一方、基質特異性を解析する高速スクリーニング系を構築する。ABCトランスポーター cDNAをBAC-TO-BACバキュロウイルス発現系を用いて、それぞれ昆虫細胞に発現させる。cDNAをpFASTBACに組み込み、DH10Bacへ導入して組み換えBacmid DNAを作成する。Sf9昆虫細胞にそのBacmid DNAを導入して、それぞれのcDNAを含むバキュロウイルスを誘導し、Sf9細胞に感染させる。発現したSf9細胞の形質膜を用いて、基質スクリーニングを行う。また一方、pcDNA3.1ベクターを用いて、HEK293等の哺乳類細胞にもABCトランスポーター cDNAを発現させて、昆虫細胞で得られた結果と比較検討する。またヒトゲノムデータに基づきABCトランスポーター遺伝子の5'-プロモーター領域の解析を行う。
薬物トランスポーター発現解析用マイクロアレイ(油谷分担) トランスポーター遺伝子の臓器特異的な発現プロファイルおよび薬剤投与時や種々の病態に際しての発現の変動をモニタリングするために、高感度な三次元マイクロアレイシステムを用いてDNAチップの作成を行う。選択的スプライシング産物についても特異的なプローブ配列をデザインすることにより検出が可能である。アレイを用いて輸送蛋白遺伝子以外に代謝酵素などの薬物動態関連遺伝子についても解析する。
既存の医薬品および化学物質に対する基質特異性および薬物相互作用データベースの作成(中田分担) 医薬品や毒性研究の情報基盤整備のために、医薬品や内分泌かく乱化学物質等の体内標的として酵素やトランスポーターに関する種々のデータを収集整理してデータベース化している。それをさらに発展させて、医薬品/化学物質と体内標的の構造データ、結合親和性、細胞内信号伝達情報、SNP情報等含め、体内標的と薬物相互作用解析の基礎データを提供する。
結果と考察
石川グループは薬物トランスポーターの基質特異性を解析する高速スクリーニング系のプロトタイプを構築した。これは、96wellプレートを用いたATPase活性測定の高速スクリーニング系である。ABCトランスポーターの基質特異性解析のハイスループット化をめざす上で、非常に重要な第一歩である。医薬品約50種類に関してABCB1 (P-糖蛋白質)の基質特異性のプロファイリングをおこなった。今後、試験する医薬品の種類を増やして、基質特異性に関する構造活性相関(SAR)の情報を獲得する計画である。ABCG2をHEK293細胞(ヒト胎児腎臓細胞)とSf9昆虫細胞に発現させて機能を比較した結果、機能上の違いは認められなかった。したがって、昆虫細胞にABCトランスポーターを発現させて機能を解析することが妥当であるという確証を得た。昆虫細胞は増殖速度が大きいため、機能解析するために細胞膜画分を大量に調製することが可能になった。一方、機能解析スクリーニングによって、基質特異性に影響するABCG2の遺伝子多型を同定した。またヒトゲノムデータに基づきABCトランスポーター遺伝子49種類の5'-プロモーター領域の解析を行った。今後、その結果を遺伝子発現プロファイルとリンクさせる計画である。一方、油谷グループは、薬剤に反応して発現が変化する遺伝子の時系列情報をラットの遺伝子発現プロファイル情報からBL-SOMを用いて分類した。注目する遺伝子に類似する動きをする遺伝子群の抽出が可能であることが判明した。今後は、遺伝子の持つオントロジー情報を付加することと、薬剤の種類を増やすことによってより多くの遺伝子クラスターの抽出が可能と考えられた。しかし、薬剤の種類が増え、遺伝子、時間と多次元のデータを処理するには、新しいアルゴリズムの開発が必要とされる。それは、初期状態で配置される遺伝子クラスターが薬の種類で異なる位置に置かれるためである。このことから、新規アルゴリズム開発を引き続き行っていく。加えて、よりヒトに近縁であるカニクイザルアレイの開発を進める。アレイの信頼性確認の実証実験を行うほか、続いてカニクイザル由来の肝細胞に薬物を加えて時系列の遺伝子発現プロファイルを得る。上記データとラットのデータを比較し、トランスポーター遺伝子を含めた薬剤応答性に関連した遺伝子発現について、霊長類とげっ歯類の異同について検討を進める予定である。中田研究グループでは、数年前から医薬品や毒性研究のための基盤を整備してきている。医薬品データベースのデジタル化(Japanese Accepted Names for Pharmaceuticals:http://moldb.nihs.go.jp/jan/Default.htm)や内分泌かく乱物質構造データベース開発、受容体データベース(RDB: http://impact.nihs.go.jp/RDB.html)や細胞内信号伝達データベース(CSNDB)、内分泌かく乱物質のための結合親和性データベース(BADB: http://moldb.nihs.go.jp/eddb/afdb/)の開発、また薬物代謝酵素チトクロームP450関連知識ベース(P450 Database for Drug Interactions: http://moldb.nihs.go.jp/p450/ p450db.html) を開発し公開している。本研究ではチトクロームP450に加えてパラダイマティックな酵素について、代謝マップ、構造データ、信号伝達に関するデータを収集整理した。またトランスポーターデータベースとしては種々のABCトランスポーターについて、構造データやSNP情報、薬との相互作用データを収集整理した。標的とリガンドの結合親和性についてはパラダイマティックな標的とリガンドを選択してデータ収集中である。異なる論文中の生物実験データの比較においては実験条件等種々の条件の違いを考慮して相対結合値(Relative Binding Affinity)やKi値を用いた。コンピュータを用いたフラグメントMO法による計算値についても一部の核内受容体以外は、今後の結果が待たれるところである。ただし、現在トランスポータータンパク質の3次元構造データの不足等もあり、薬との相互作用解析は、機能解析データに基づいて今後大きく展開するものと期待される。
結論
本年度において、薬物トランスポーターの基質スクリーニング系の構築、薬物トランスポーターおよび薬物代謝酵素等の遺伝子発現解析用マイクロアレイの準備、既存の医薬品および化学物質に対する基質特異性および薬物相互作用データベースの作成準備が整った。次年度は、それらの基盤技術に基づいて、薬物相互作用の系統だった解析を行う予定である。

公開日・更新日

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