文献情報
文献番号
200200776A
報告書区分
総括
研究課題名
トキシコゲノミクス手法を用いた医薬品安全性評価予測システムの構築とその基盤に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
長尾 拓(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
- 土井邦雄(東京大学大学院農学生命科学研究科)
- 遠藤 仁(杏林大学医学部)
- 若林敬二(国立がんセンター研究所)
- 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
690,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究では、網羅的遺伝子発現プロファイリングを基にした化学物質安全性データベースを構築することにより、インフォマティクス技術を活用した創薬過程における安全性の早期予測システムを構築することを目的とする。具体的な目標として、少数の小型実験動物(ラット)あるいは培養細胞系における遺伝子発現の網羅的なプロファイル生成により、被検物質の安全性を、従来の毒性試験よりも、正確に、かつ、詳細に予測するシステムの開発を目指す。そのために、国立医薬品食品衛生研究所(国立衛研)は、公募の手続きを経て、製薬企業17社と共同研究契約を結び厚生労働科学研究「トキシコゲノミクス手法を用いた医薬品安全性評価予測システムの構築とその基盤に関する研究 (課題番号:H14-トキシコ-001)」の一部として、平成14年度から5年計画の「トキシコゲノミクスプロジェクト」を開始した。これは、企業参加を得て、国立衛研を核とした、「産学官連携」の形態を取る大規模プロジェクト(プロジェクトリーダー:長尾)をなすものである。プロジェクトは、約150化合物を対象にラット、ラット初代肝細胞及びヒト培養肝細胞を用いた暴露実験を行い、肝臓・腎臓を主標的にマイクロアレーを用いて遺伝子発現変化を網羅的に解析する。さらに蓄積された遺伝子情報を基にデータベースを構築して、インフォマティクス技術を活用することにより、副作用発現分子メカニズムに基づいて、医薬品候補化合物の安全性を従来の毒性試験よりも早期に評価・予測するシステムを開発し、創薬研究の一助とする。
研究方法
本研究の目的のために選択された約150化学物質(合議により選択)を対象に、小型実験動物(ラットを主体とする)を用いた暴露実験を行い、肝・腎を主標的として、発現プロファイルを可能な限り多数の遺伝子について採取する。これらのデータを逐次、電子ファイリングし、遺伝子プロファイルデータベースを構築する。並行して、既存知識によるリレーショナルデータベースを構築する。これを基に、インフォマティクスを構築し、既知機能クラスターを基にした予測システムを形成する。ここで、得られたインフォマティクス情報から未知機能クラスターを抽出し、その機能解析を基盤研究(分担研究)として行い、既知機能クラスターに変換した上でリレーショナルデータベースに還元する。並行して試験管内暴露系(HepG2等)を構築する。
結果と考察
プロジェクト本体としては、国立衛研28号館3階に、トキシコゲノミクスプロジェクト研究室を設置し、RNA抽出装置、GeneChip遺伝子発現解析装置等の機器の調整と整備を行い、さらに実験器具・備品・試薬を整備した。また、実験手技を確立、種々の標準作業書を作成し、遺伝子発現データのバリデーションを行った。発現解析の実験操作を行う技術員7名の教育を実施し、実働体制の整備を完了し、実際の実験データの収集を開始した。
分担研究としては、以下の事項について、結果が得られた。
(1)薬物誘発ラット肝病変の発現機構と遺伝子発現プロファイルに関する研究(土井)
1) T-2 toxin暴露による母体肝?胎盤?胎児肝における代謝系の変動:発現機構を遺伝子発現プロファイルの面から考察すると、T-2 toxinにより酸化ストレスが生じ、その結果DNA傷害、ミトコンドリア機能障害及び脂質過酸化を引き起こし、最終的に細胞増殖抑制やapoptosisの誘導に至るものと考えられた。2) 胎児中枢神経毒性:ENU及び5AzCは共に、胎児中枢神経組織にp53依存性の細胞周期停止とapoptosisを誘導した。しかしENUの場合は、S期に相当するDNA量を有していながらBrdUを取り込んでいない細胞が多数観察された。これらの結果から、ENUはDNA複製を開始後、DNA複製を抑制し、G2期に入る前にapoptosisを誘発するものと考えられた。一方、5AzCでは異常分裂像と、BrdUを取り込んだ神経上皮細胞の停滞が観察された。さらに細胞移動の遅延が認められたこと等から、細胞をM期で停滞させた後、分裂後のG1期の細胞にapoptosisを誘発することが示唆された。
(2)化学物質による腎臓発現遺伝子の制御と機能調節に関する研究(遠藤)
トランスポーター(輸送体)は、細胞膜あるいは細胞内膜系を介する物質の輸送を媒介する膜タンパク質であり、糖やアミノ酸等の栄養素や、アニオン性、カチオン性薬物及び外来性異物、あるいは薬物、外来性異物の代謝物等の親水性化合物の経細胞膜輸送にとって必須の分子である。トランスポーターと思われるタンパク質をコードする遺伝子は予想以上に多く、5~10%の疾患がトランスポーター異常を原因とすると推定されている。トランスポーターと病態との関わりは、二つの観点からの研究が必要とされる。第一は、トランスポーターの遺伝子異常あるいは遺伝子多型自体が疾患の誘因となる点であり、第二は、トランスポーターの機能自体が病態形成に積極的に関わる場合である。平成14年度は、腎における、細胞膜輸送体の分子同定を中心とした研究を行った。本年度は、機能発現クローニング及びゲノム情報のBLAST検索を行い、OATv1、LAT3、LAT4、URAT1の4種の新規トランスポーターを同定した。このうちOATv1、LAT4、及びURAT1の3種が、腎尿細管での薬物及び毒性化合物の輸送体として機能すると考えられる。OATv1のクローニングにより、有機アニオントランスポーターの実体が解明された。LAT3及びLAT4は、既知LAT1及びLAT2とともに新たなトランスポーターファミリー(SLC41: solute carrier family 41)を確立することができた。悪性腫瘍では、トランスポーターが細胞増殖の律速段階の一つとなっていることから、新しい抗腫瘍薬の標的としての可能性を有している。本研究では、アミノ酸取り込み抑制薬BCHによる遺伝子発現変動を解析し、細胞増殖制御に関わる遺伝子群に変動が観察された。
(3)大腸の前がん病変及び腫瘍における遺伝子変化の解析に関する研究(若林)
PhIPによる大腸発がん性の異なるF344とACIの2系統のラットでは、発現遺伝子の系統特異性が認められた。今後の検討で、大腸発がん感受性の予測に重要な遺伝子群(あるいは発現様式)を同定できる可能がある。AOMとPhIPによる大腸発がんは、組織学的性状や遺伝子変異において類似した点が多い。しかしながらACFの誘発性や誘導遺伝子の違いを考慮すると、その発がんプロセスは大きく異なる可能性がある。遺伝子発現から、相違点を解明する手掛かりが得られると期待される。PGE2受容体のノックアウトマウス及びアンタゴニストを用いた研究から、EP1及びEP4が大腸発がんの初期過程に関与することが分かっている。また、EP2も腸ポリープ形成に関与していることが報告されている。今回、EP1及びEP2の発現がAOM誘発大腸がんで上昇していることがわかった。
(4)恒常性維持機構を標的とした毒性に関する研究(菅野)
1)ヒトがん由来培養細胞株及びマウスの肝臓における遺伝子発現変動の網羅的解析: ヒトがん由来培養細胞株を用いた検討の結果、2,3,7,8-TCDD 非感受性2,3,7,8-TCDF感受性細胞株が観察された。ダイオキシン類の毒性等価係数(TEF)は2,3,7,8-TCDDが1、2,3,7,8-TCDFが0.1とされており、このように2,3,7,8-TCDFの方が強い毒性を示したことは、評価法により毒性の現れ方が異なる事を示している。ダイオキシン類による遺伝子発現変動の観察が可能であり、ダイオキシン類の核内受容体であるaryl hydrocarbon receptor誘導も確認され、このような系を用いて、各種の化合物の濃度依存的・時間依存的遺伝子発現変動をデータベース化し、安全性を評価する新手法の開発を進めていく。2)血管新生抑制物質の有効性や副作用を予測するin vitroシステムの構築に関する研究:今年度は、血管新生の際に生じる腫瘍細胞と血管内皮細胞間の相互作用をin vitroで再構築することを目的として、表現型の異なる腫瘍細胞とHUVECs(正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)の共培養系の確立と細胞間相互作用の評価系の確立に関する実験条件の整備を図った。
分担研究としては、以下の事項について、結果が得られた。
(1)薬物誘発ラット肝病変の発現機構と遺伝子発現プロファイルに関する研究(土井)
1) T-2 toxin暴露による母体肝?胎盤?胎児肝における代謝系の変動:発現機構を遺伝子発現プロファイルの面から考察すると、T-2 toxinにより酸化ストレスが生じ、その結果DNA傷害、ミトコンドリア機能障害及び脂質過酸化を引き起こし、最終的に細胞増殖抑制やapoptosisの誘導に至るものと考えられた。2) 胎児中枢神経毒性:ENU及び5AzCは共に、胎児中枢神経組織にp53依存性の細胞周期停止とapoptosisを誘導した。しかしENUの場合は、S期に相当するDNA量を有していながらBrdUを取り込んでいない細胞が多数観察された。これらの結果から、ENUはDNA複製を開始後、DNA複製を抑制し、G2期に入る前にapoptosisを誘発するものと考えられた。一方、5AzCでは異常分裂像と、BrdUを取り込んだ神経上皮細胞の停滞が観察された。さらに細胞移動の遅延が認められたこと等から、細胞をM期で停滞させた後、分裂後のG1期の細胞にapoptosisを誘発することが示唆された。
(2)化学物質による腎臓発現遺伝子の制御と機能調節に関する研究(遠藤)
トランスポーター(輸送体)は、細胞膜あるいは細胞内膜系を介する物質の輸送を媒介する膜タンパク質であり、糖やアミノ酸等の栄養素や、アニオン性、カチオン性薬物及び外来性異物、あるいは薬物、外来性異物の代謝物等の親水性化合物の経細胞膜輸送にとって必須の分子である。トランスポーターと思われるタンパク質をコードする遺伝子は予想以上に多く、5~10%の疾患がトランスポーター異常を原因とすると推定されている。トランスポーターと病態との関わりは、二つの観点からの研究が必要とされる。第一は、トランスポーターの遺伝子異常あるいは遺伝子多型自体が疾患の誘因となる点であり、第二は、トランスポーターの機能自体が病態形成に積極的に関わる場合である。平成14年度は、腎における、細胞膜輸送体の分子同定を中心とした研究を行った。本年度は、機能発現クローニング及びゲノム情報のBLAST検索を行い、OATv1、LAT3、LAT4、URAT1の4種の新規トランスポーターを同定した。このうちOATv1、LAT4、及びURAT1の3種が、腎尿細管での薬物及び毒性化合物の輸送体として機能すると考えられる。OATv1のクローニングにより、有機アニオントランスポーターの実体が解明された。LAT3及びLAT4は、既知LAT1及びLAT2とともに新たなトランスポーターファミリー(SLC41: solute carrier family 41)を確立することができた。悪性腫瘍では、トランスポーターが細胞増殖の律速段階の一つとなっていることから、新しい抗腫瘍薬の標的としての可能性を有している。本研究では、アミノ酸取り込み抑制薬BCHによる遺伝子発現変動を解析し、細胞増殖制御に関わる遺伝子群に変動が観察された。
(3)大腸の前がん病変及び腫瘍における遺伝子変化の解析に関する研究(若林)
PhIPによる大腸発がん性の異なるF344とACIの2系統のラットでは、発現遺伝子の系統特異性が認められた。今後の検討で、大腸発がん感受性の予測に重要な遺伝子群(あるいは発現様式)を同定できる可能がある。AOMとPhIPによる大腸発がんは、組織学的性状や遺伝子変異において類似した点が多い。しかしながらACFの誘発性や誘導遺伝子の違いを考慮すると、その発がんプロセスは大きく異なる可能性がある。遺伝子発現から、相違点を解明する手掛かりが得られると期待される。PGE2受容体のノックアウトマウス及びアンタゴニストを用いた研究から、EP1及びEP4が大腸発がんの初期過程に関与することが分かっている。また、EP2も腸ポリープ形成に関与していることが報告されている。今回、EP1及びEP2の発現がAOM誘発大腸がんで上昇していることがわかった。
(4)恒常性維持機構を標的とした毒性に関する研究(菅野)
1)ヒトがん由来培養細胞株及びマウスの肝臓における遺伝子発現変動の網羅的解析: ヒトがん由来培養細胞株を用いた検討の結果、2,3,7,8-TCDD 非感受性2,3,7,8-TCDF感受性細胞株が観察された。ダイオキシン類の毒性等価係数(TEF)は2,3,7,8-TCDDが1、2,3,7,8-TCDFが0.1とされており、このように2,3,7,8-TCDFの方が強い毒性を示したことは、評価法により毒性の現れ方が異なる事を示している。ダイオキシン類による遺伝子発現変動の観察が可能であり、ダイオキシン類の核内受容体であるaryl hydrocarbon receptor誘導も確認され、このような系を用いて、各種の化合物の濃度依存的・時間依存的遺伝子発現変動をデータベース化し、安全性を評価する新手法の開発を進めていく。2)血管新生抑制物質の有効性や副作用を予測するin vitroシステムの構築に関する研究:今年度は、血管新生の際に生じる腫瘍細胞と血管内皮細胞間の相互作用をin vitroで再構築することを目的として、表現型の異なる腫瘍細胞とHUVECs(正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)の共培養系の確立と細胞間相互作用の評価系の確立に関する実験条件の整備を図った。
結論
プロジェクト本体としては、データ生成に必要な部門の立ち上げを完了し、初期予定3化合物(Acetoaminophen、Phenobarbital、Carbon tetrachloride)の暴露実験を実施し、GeneChipデータの集積を開始した。今後、「5年間150物質」のデータベース構築の目標達成に向けて、データ生成部門の安定運用の上にデータ解析、データベース作製の進展を図り、以て予測システムの実現を目指す。また、インフォマティクスの質的向上のために、基盤的分担研究(肝毒性(土井)、腎毒性(遠藤)、発がん性(若林)、および恒常性維持機構を標的とした毒性(菅野))による当プロジェクトの強化を図り、各々成果を得た。今後計画に従って研究を進め、網羅的な遺伝子発現プロファイリングを約150種類の化学物質について蓄積する際に「開発段階では検出されなかった毒性がヒトに投与して初めて顕在化した」為に「開発中止、あるいは販売中止となった医薬品・医薬品候補物質」、副作用情報が公示されている医薬品等(約40)を含めて検討することによって、創薬過程における安全性の早期予測システムの構築を目指す。尚、精度向上研究の一環として、強力な標準化戦略の実施が挙げられる。これは、従来の「発現比」に依らず、細胞当たりの絶対値測定を目指した「絶対化戦略」のための「標準スパイクRNAセットの供給」、異なるプラットフォーム間、あるいはマイクロアレーの新旧バージョン間のデータ互換性を確保するための「橋渡し戦略」のための「共通標準サンプルの供給」、及び基盤研究から得られる「Null発現系」情報などからなる。これらにより、遺伝子発現量の定量的解析が飛躍的に進み、データベースの著しい精度向上が期待される。
公開日・更新日
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