クロマチン転写制御を目的とした人工酵素の開発 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200773A
報告書区分
総括
研究課題名
クロマチン転写制御を目的とした人工酵素の開発 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 亨(東京大学大学院 医学系研究科 特任教員)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、ヒトにおけるクロマチン状態からの遺伝子転写を制御することを可能にするための基盤情報の集積及び技術の開発であり、最終的にはナノ技術を応用したクロマチンからの転写の操作を可能にする新しい治療法を開発することである。転写因子をターゲットとする治療戦略の開発は受容体や酵素に比し、遅れている状況にある。その理由は、従来の転写研究は裸のDNAの状態を想定した研究が中心に発展したためと考えられる。すなわち、ヒトでは遺伝子転写を解明するうえで、クロマチン状態での制御の理解が不可欠であるが、過去の研究はin vitroでの裸のDNAの状態を対象としてきため、クロマチン状態からの転写を十分に説明できなかった。そのため、真核転写を対象とした治療戦略が発展しなかったと考えられる。しかしながら、遺伝子転写制御は病態をはじめ、あらゆる生命現象において中心的な役割を担っている。遺伝子転写制御を解明することは極めて重要な領域であり、クロマチンからの転写制御の理解が真核転写を理解する鍵になると考えられる。本計画で真核転写の基盤を明らかにし、真核細胞のクロマチンをターゲットとする遺伝子発現転写調節の新しい治療戦略を可能にすることが目的である。クロマチン構造変換酵素とDNA結合型転写因子の相互作用の制御は、細胞分化や癌化と密接に関わっていることは既に知られており、幅広く生命現象の制御に関わっている。この相互作用の制御が可能になれば、細胞分化誘導をはじめとする疾患(癌、臓器再生)の新しい治療法の開発につながると期待できる。このように、クロマチンレベルでの遺伝子発現転写調節を通した普遍的な治療法は、ナノマシンによるピンポイント・デリバリーとの併用により、癌から特定臓器疾患(心血管疾患など)等に幅広く応用できる新しい治療法の開発につながると期待できる。
研究方法
転写反応の特異性を決定する上でもっとも重要なDNA結合型転写因子との協調的な相互作用を通した制御機構に注目し、検討した。具体的には、次のような実験を行った。1。クロマチン構造変換酵素とDNA結合方転写因子の相互作用の単離・同定。相互作用因子単離同定法:細胞核抽出液からSp/KLF因子と相互作用する因子をHISエピトープに対するアフィニティ精製を用いて単離し、酵素消化後質量分析器(MALDI TOF-MS)にて質量パターンを解析し、さらにフィンガープリント法でアミノ酸配列を推定した。2。クロマチン構造変換酵素とDNA結合方転写因子の相互作用の機能的意義の解析。相互作用(in vitroプルダウン、in vivo免疫沈降)、DNA結合能(ゲルシフトアッセイ)、転写活性(レポーター・アッセイ)、アセチル化能、クロマチン構造変換能等を検討した。3。クロマチン構造変換酵素の結晶構造解析。結晶作製は、高純度のリコンビナントを大量精製後、基本的にはpH、塩、沈殿物の条件を中心に、結晶形成の条件をhanging drop法を用いて検討中である。
結果と考察
クロマチン構造を解除する機構を解明しない限り、真核生物における転写調節の制御機構論を理解することはできない。クロマチンの制御には3種類の酵素(化学修飾酵素、ATP非依存ならびに依存のクロマチン構造変換因子)が重要な役割を果たすことが近年明らかになった。クロマチン構造変換因子は化学修飾酵素及びATP依存とATP非依存のクロマチン構造変換因子の3群に大別されるが、これらの因子の酵素活性の機能ならびに構造は十分に明らかにされていない。しかしながら、酵素活性がクロマチン構造変換にとって必須であるため、活性制御がクロマチン構造変換の制御の鍵になると考えられる。そのため、酵素活性領の制御(増減
)を通したクロマチンへのアクセスの調節の視点からの研究を進めることは、真核転写を解明し、さらに調節を可能にするうえで重要と考えられる。本年度は、同DNA結合蛋白Sp/KLFファミリー因子間の相互作用因子を単離・同定し、ATP非依存のクロマチン構造変換因子との相互作用を明らかにした。その結果、世界ではじめてDNA結合蛋白ファミリー因子とATP非依存クロマチン構造変換因子間の相互作用に特異性があり、またその機能的な意義を示し、さらにDNA結合蛋白がATP非依存クロマチン構造変換因子の酵素活性を制御することを明らかにした。具体的には、Sp/KLFのリコンビナント蛋白質を用いて細胞核抽出液から相互作用因子をアフィニティ精製後、バンドをTOF-MS法にて同定した。今回は、ATP非依存のクロマチン構造変換因子TAF-Iの単離に成功した。Sp/KLF因子とTAF-Iの相互作用を確認するために、リコンビナント蛋白質を用いたin vitroでのGST pull-downアッセイで直接結合を確認後、抗体を用いた免疫沈降を施行し、実際に細胞内で相互作用することを確認した。次に、相互作用の機能的な意義を検討するために、Sp/KLF因子のDNA結合能ならびに転写活性化能への影響を検討した。ゲルシフトアッセイ、レポーター・後トランスフェクションアッセイを施行した結果、TAF-IはSp/KLF因子のDNA結合活性及び転写活性化能を抑制し、リプレッサーとして作用することを明らかにした。一方、Sp/KLF因子との相互作用のTAF-Iの活性への影響を検討するために、ヌクレオソーム形成活性への影響を検討した。プラスミド・スーパーコイリングアッセイの結果、Sp/KLF因子はTAF-Iのヌクレオソーム形成活性を促進することを明らかにした。DNA結合型転写因子が相互作用する因子の活性を制御する知見をはじめ、ヌクレオソーム形成活性を制御する世界はじめての例であった。DNA結合型転写因子Sp/KLFとクロマチン構造変換酵素TAF-Iの相互作用を制御し、最終的にはナノ治療法を開発するために、物理化学的な基盤を明らかにする目的で、TAF-IとSp/KLFの結晶構造を解析した。現時点では、TAF-Iの結晶が得られたが、まだ小さく、成長の条件を検討している。Sp/KLF因子については、すでに結晶構造が解かれている類縁因子があり、過去の例を参考に結晶作製を行っているが、一方でモデリングにて分子表面の性質について検討した。最終的には、複合体解析を行い、相互作用の作用点をピンポイントで制御するコンパウンドをデザインすることを考えている。 
結論
本計画の特徴は、クロマチン構造変換因子の酵素活性に着目した点にある。すなわち、クロマチン構造変換因子は化学修飾酵素及びATP依存とATP非依存のクロマチン構造変換因子の3群に大別されるが、これらの因子の酵素活性の機能ならびに構造は十分に明らかにされていない。しかしながら、酵素活性がクロマチン構造変換にとって必須であるため、活性制御がクロマチン構造変換の制御の鍵になると考えられる。そのため、酵素活性領域のマッピング、さらにその活性の制御(増減)を通したクロマチンへのアクセスの調節の視点からの研究を進めることは、真核転写を解明し、さらに調節を可能にするうえで重要と考えられる。

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