エンドマイクロスコープを用いた癌の新しい診断についての研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200766A
報告書区分
総括
研究課題名
エンドマイクロスコープを用いた癌の新しい診断についての研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
工藤 進英(昭和大学横浜市北部病院 消化器センター長・教授)
研究分担者(所属機関)
  • 井上晴洋(昭和大学横浜市北部病院 消化器センター 助教授)
  • 塩川章(昭和大学横浜市北部病院 病理科 助教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)研究の必要性
急速な高齢化に伴い悪性新生物の罹患率が急増しており、総患者数は日本で約136万人(平成8年)と推定され、平成10年の死亡者数は約28万4千人、全死因の約30%を占めている。癌は早期発見、早期治療さえすれば、完治する可能性が高い。今日、癌の早期診断・治療において、低侵襲な内視鏡鏡検査は重要な役割を果たしている。しかし、内視鏡検査の後に病理検査による確定診断を行うためには、内視鏡検査時に組織を生検し、これを顕微鏡下で詳細に観察する必要があり、多くの時間と労力、コストがかかっている。 (2)研究の目的と期待される成果
エンドマイクロスコープを用いた方法では、内視鏡検査中に生検することなく組織病理学的な診断が即座に可能になり、内視鏡検査中に治療方針を決定し、引き続いて内視鏡を用いた治療を行うことができる。したがって、以下の具体的な効果が期待できる。
①検査・診断の低侵襲化と安全性向上
消化管の内視鏡検査において、生検をすると多少ながら出血があり、癌の一部を生検により生体内でかじりとる行為が妥当かどうかの懸念がある。また、生検した後に、生検部から大量出血をした例も報告されている。生検しないで組織病理学的な診断が可能になれば、検査・診断の低侵襲化と患者にとっての安全性向上が期待できる。
②内視鏡的粘膜切除術(以下EMRと略す)時の病変の遺残防止
消化管のEMR後に遺残再発をきたしたという報告がされている。エンドマイクロスコープにより、EMR前の病変部の同定や、EMR後に病変の取り残しを確認することにより、病変の遺残を防止でき、患者にとってより安心な医療技術の提供ができる。
③診断能力の飛躍的向上
内視鏡検査中にエンドマイクロスコープを用いれば、従来の内視鏡検査では得られなかった細胞レベルの画像が内視鏡検査中に得られる。したがって、内視鏡検査中に内視鏡画像と病理検査画像の両方の画像を見ることにより内視鏡診断と病理診断の2つの側面から総合的に診断することができ、診断能力の向上に寄与する。
④医療費の削減と検査・診断の迅速化
内視鏡下生検法は1年で推計約360万件(平成10年)実施され、病理組織顕微鏡検査は1年で推計約750万件(平成10年)実施されている。これらの医療行為に対して1年間に約800億円の費用が発生していると推測される。一方、消化管の診断においては良性と思われるが念のために生検するものが半分以上含まれているという報告がある。エンドマイクロスコープにより、生検及び生検組織標本の作成をしないで組織病理学的な診断が可能になれば、多くの時間と労力と費用を削減できる可能性がある。
⑤診断の定量化・客観化
LCMを用いた検討により、健常部では核が高輝度、細胞質が低輝度で描出されるのに対して、癌では核が低輝度、細胞質が高輝度で描出される現象が確認されている。この輝度の逆転現象を定量化することができれば、癌、非癌を客観的に診断できる可能性がある。
研究方法
(1)前年度までの研究状況
内視鏡の処置用チャンネルを挿通可能なエンドマイクロスコープの開発に先立ち、まず、基礎的な検討として、無固定無染色の新鮮な粘膜標本に対してLCMを用いた検討をオリンパスと共同で開始した。そして、平成9年11月にLCMで新鮮な食道粘膜及び胃粘膜で無固定無染色の細胞を画像化することに成功した。その後、人の食道、胃、大腸の新鮮標本において細胞膜と核が観察可能であること、食道、胃、大腸全てにおいて正常、癌共LCM画像とHE染色像が良く対応すること、LCM画像の対比により正常組織と癌組織の判別が典型例では可能であることが明らかになった。この結果に対して日本および欧米の病理医から十分診断可能であるとのコメントを頂いた。なお、さらに診断学として興味深いのは、食道、胃、大腸のいずれのLCM画像でも、健常部では核が高輝度、細胞質が低輝度で描出されるのに対して、癌では核が低輝度、細胞質が高輝度と輝度の逆転現象が見られたことである。この輝度の逆転現象を定量化することができれば、癌、非癌を客観的に診断できる可能性がある。
つづいて、オリンパスと共同で、外径3.4mmのエンドマイクロスコープ机上実験プローブ(以下プローブ)を開発した。このプローブを用いて、ホルマリン固定・無染色の食道正常粘膜標本において、平成12年1月に細胞膜と核を画像化することに成功した。この研究により、人の食道のホルマリン固定・無染色標本において細胞膜と核の観察が可能であること、LCM画像とHE染色画像と対応する画像が得られることが明らかになった。平成13年度は、生検鉗子孔には挿通できないが、生体に使用可能な外径5.2mmの「15cmプローブプロトタイプ」を用いて、ヒトの口腔粘膜を観察した。
(2)今年度(平成14年度)の研究経過
仮想生検の研究として、外径3.4mmで、生体適合性のあるチューブを外装とした、消化管に挿入可能なカテーテル型プローブを実現し、in vivoでの消化管(食道・胃・大腸)の細胞レベルの画像を取得した。仮想病理の研究として、LCMを用いて、ヒトの食道、胃、大腸の切除標本と生検標本から、無薄切り・無染色で、細胞画像を取得して、病態による画像的特徴の抽出を試みた。また、輝度の逆転現象についても定量的に評価した。(倫理面への配慮)
カテーテル型プローブの使用にあたり、機器の安全性を十分に確認した後、本院の倫理規定にのっとり、共同研究者であるオリンパスのボランティアの消化管を観察した。また、全例インフォームドコンセントを得た手術・生検材料を使用した。
結果と考察
結果
仮想生検を実現させるための研究では、内視鏡チャネルに挿通可能な生体適合性のチューブを外装とした外径3.4mmのカテーテル型のプローブを用いてヒトの食道、胃、大腸をin vivoで観察した。食道においては核と細胞膜、胃においては腺管を観察することができた。一方で、この消化管粘膜観察の結果、生体内で画像を安定的に得るには画像のフレームレートを上げる必要があることがわかった。仮想病理の研究では、LCMを使用し、内視鏡検査時の生検材料において仮想病理像とHE染色による病理組織像を比較検討し、癌においてはスイスチーズ状、またはドーナツ状、非癌においてはハニカム状、という特徴的な所見を認めた。さらに、正常細胞と癌細胞で輝度の逆転現象について反射輝度を定量的に評価し、反射輝度比の差が統計的に有意であることが示された。
考察
仮想生検の研究では、φ3.4mmカテーテル型プローブで、胃では腺管を観察することができたが、食道では安定して画像を得る事ができなかった。これは、観察倍率が非常に高い上に、拍動の影響で観察対象が動くため、今回のカテーテル型プローブのフレームレートでは画像が流れてしまうためである。従ってフレームレートを上げる必要がある。仮想病理の研究では、正常、良性腫瘍、線種、癌によってLCM画像の特徴の違いが認められるが、これは、病態による細胞密度、細胞の大きさ、N/C比の変化によるものである。また、正常細胞と癌細胞で輝度の逆転現象は、実際に細胞からの光の反射率変化によっていることが分かった。今後は、これらの画像的特徴による正診率を数を増して確認していくことが、仮想生検実現のために必要である。
結論
内視鏡チャネルに挿通可能な外径3.4mmのカテーテル型プローブでヒトの消化管のin vivoでの細胞レベルの観察をすることができた。この結果から、エンドマイクロスコープにより仮想生検を実現できる可能性を示すことができた。
また、仮想病理像により、正常、良性腫瘍、線種、癌を、ハニカム状、スイスチーズ状といった特徴、核と細胞質の反射輝度比、等によって鑑別できる可能性を示した。最終年度はプローブの性能向上、仮想病理像を用いた正診率の検討を行い、最終目標である「エンドマイクロスコープを用いて内視鏡検査中に生検することなく組織病理学的な診断を即座に可能にし、内視鏡検査中に治療方針を決定し引き続いて内視鏡を用いた治療を行うことができる」ことの実現に近づけたい。

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