心疾患及びがん疾患遺伝子のSNPs解析とECAチップによる遺伝子診断システムの確立                                    

文献情報

文献番号
200200764A
報告書区分
総括
研究課題名
心疾患及びがん疾患遺伝子のSNPs解析とECAチップによる遺伝子診断システムの確立                                    
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康行(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 落合 淳志(国立がんセンター研究所支所)
  • 竹永 啓三(千葉県がんセンター研究局)
  • 赤木 究(埼玉県立がんセンタ-研究室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、新しい電気化学的活性を持つDNA二本鎖特異的縫い込み型インタ-カレ-タ-(Ferrocenyl Naphthalene Diimide; FND)を用いるE CA(Electrochemical Array)チップを完成させるのに必須のソフトウエア、つまり診断にどのような遺伝子を候補とするかを、心疾患およびがん関連遺伝子群から選択し、選択した遺伝子の変異の同定または遺伝子発現を定量できる条件を決定し、ECAチップの実用化を目指すことである。心疾患関連遺伝子の場合、多種のLPL遺伝子変異を同時に検出できる測定条件の決定を目的とする。がん関連の場合は、CEA、K-ras等既知の遺伝子および新たに発見したがん関連遺伝子を用いて、がんの早期診断、転移の有無および治療効果の判定を可能にするECAチップの開発を目指すものである。
研究方法
心疾患関連遺伝子と解析方法: (1)心疾患関連遺伝子:動脈硬化惹起性高トリグリセリド血症の病因遺伝子であるLPL遺伝子を対象とする。LPL遺伝子エキソン5の818G(正常型)が818A(変異型)に1塩基置換した変異(188番目のGlyがGluに置換)とエキソン5の916G(正常型)の1塩基Gが欠失した変異(916G-del-変異型)、エキソン6の1065T(正常型)が1065G(変異型)に1塩基置換した変異(270番目のPheがLeuに置換)を対象とした。これらLPL変異は、LPL酵素機能を完全に失活させる。対象者から得たDNAを鋳型として、エキソン5および6をループを形成するプライマーを用いてPCR増幅し、検体として使用した。(2)ハイブリダイゼイションと電流測定:13から15塩基程度の818G-正常プローブ、818A-変異プロ-ブ、916G-正常プローブおよび916G-del-変異プローブをそれぞれ単電極ECAチップに結合させる。適当な条件下で、プロ-ブを結合した単電極ECAチップとLPL遺伝子エキソン5のPCR 産物とハイブリ後、インタ-カレ-タ-(FND)を含む緩衝液中で電流測定を行なう。
がん関連遺伝子候補選定のための基礎実験:(1)大腸がんの肝臓への転移に関与する遺伝子の検索方法:大腸がんの原発巣及び肝転移巣がペアでそろっている組織100mgより、タンパク質を抽出し、タンパク質の等電点電気泳動後、12% アクリルアミドゲルで2次元泳動、SYPRORUBYで染色した。転移巣と原発巣のサンプルで明らかに発現の差の認められたスポットを切り出し、エドマン法、MS-TOF法でアミノ酸配列を決定した。(2)ルイス肺がん細胞株およびヒト乳がん細胞株を用いての転移能に関与する遺伝子の検索方法:ルイス肺がん細胞の高転移性細胞株と低転移性細胞株を用いて、アポトーシス抵抗性遺伝子(Mcl-1)の関与を検討した。ヒト乳癌由来の低浸潤性細胞株(MCF7)および高浸潤性細胞株(MDA-MB-231)を用いて、浸潤転移に関与する遺伝子(ST2)の発現量をRT-PCR法およびマイクロアレイを用いて検討した。(3)ヒト乳がんセンチネルリンパ節を用いての転移能に関与する遺伝子の検索方法:ヒト乳がんセンチネルリンパ節29症例を対象として、がん 転移の有無を免疫染色法およびCK19, CEA, E-cadherin (E-cad), HER2, Muc1, βactinの遺伝子発現量を LightCyclerTMを用いた定量PCR法で解析し、転移陽性10症例と陰性19症例に分類し、遺伝子診断の開発用検体として用いた。
結果と考察
心疾患遺伝子の多電極ECAチップによる遺伝子診断システムの確立(池田):本年度、動脈硬化惹起性高トリグリセリド血症の病因遺伝子であるLPLの変異を高トリグリセリド血症患者から新に1種類検出し、合計22種類のLPL変異集積を完了している。これら22種類の内、G188E、916Gの1塩基欠失の変異、F270L変異を多電極ECAチップを用いて検出する条件設定を試みた。818G-正常型プローブ、818A-変異型プロ-ブ、916G-正常型プローブ、916G-del-変異型プローブ、1065T-正常プローブおよび1065G-変異型プローブを貼り付けたECAチップに、ループ形成プライマーでPCR増幅したLPLエキソン5および6のDNAを0.25xSSC緩衝液中で25度、1時間ハイブリ後、ライゲーション反応を行い、未反応のDNAを洗浄し、0.05mMのFNDを含む35度に設定した酢酸緩衝液中で電流測定を行った。これらの最適条件下で、818G-正常/818G-正常型ホモ、818G-正常/818A-変異型ヘテロおよび818A-変異/818A-変異型ホモ接合体、916G-正常/916G-正常型ホモ、916F-正常/916G-del-変異型ヘテロおよび916G-del-変異/916G-del-変異型ホモ接合体、1065T-正常/1065T-正常型ホモ、1065T-正常/1065G-変異型ヘテロおよび1065G-変異/1065G-変異型のホモの区別が可能であった。LPL遺伝子ヘテロ接合体検出に関して、プローブDNAがサンプルと2本鎖を形成するかどうかは、パーフェクトマッチなら2本鎖を維持できるものの、ミスマッチを含んでいれば2本鎖を維持できないという条件を選ぶことで対応した。つまり、正常型プローブから応答があればそのサンプルは正常配列を含んでいて、変異型プローブから応答があれば変異配列を含んでいるという結論に到達する。もちろん両方のプローブから電気的応答が得られれば、そのサンプルはヘテロ型となる。ヘテロ型を鑑別診断できる技術は本研究の特徴のひとつと言える。多電極ECAチップでの3種類のLPL変異の検出条件を基にすることで、残り19種類のLPL変異の検出条件の設定が容易になり、将来のECAチップによるLPL変異診断システムの確立を可能にするものと思われる。
ECAチップによる遺伝子診断システムの確立に必要ながん転移に関与する遺伝子の検索とがん転移能予測診断法の確立(竹永、落合、赤木): (1)大腸がんの肝臓への転移を予測可能にする遺伝子の検索(赤木):大腸がんの原発巣及び肝転移巣がペアでそろっている組織100mgより、タンパク質を抽出し、二次元電気泳動を用いて、両者を比較検討した結果、apolipoprotein A1蛋白が、がんの転移巣のみならず、原発巣の深部先端のがん細胞で強く発現していた。このことは悪性度を増した転移しやすい癌細胞においてapolipoprotein A1の発現が亢進しているものと思われ、転移を予測するのによいマーカー遺伝子の一つと考えられた。(2)ルイス肺がんおよびヒト乳がんにおける浸潤・転移の予測を可能にする遺伝子マーカーの探索(竹永):ルイス肺がん細胞の高転移性細胞株と低転移性細胞株を用いて、アポトーシス抵抗性遺伝子(Mcl-1)の関与を検討した結果、Mcl-1遺伝子が高転移性細胞で、高発現していることが判明した。がんの浸潤・転移に関連する新たな遺伝子を検索し、低転移性細胞株で発現の高い遺伝子としてnm23-M2、PEDF、ST2、eIF4Bおよび Col3A1を見出している。今回、機能が未知のST2 遺伝子に関して、ヒト乳がん由来の低浸潤性細胞株(MCF7)および高浸潤性細胞株(MDA-MB-231)を用いて、比較検討した結果、ST2は、MCF7細胞で高発現していることが判明した。このことは、ST2遺伝子の発現が種々の高転移性あるいは高浸潤性細胞で共通に減少していることを示し、ST2が浸潤転移を抑制する機能を有している可能性を示唆している。(3)ヒト乳がんセンチネルリンパ節を用いてのがん転移能に関与する遺伝子の検索(落合):ヒト乳がんセンチネルリンパ節29症例を転移陽性10症例と陰性19症例に分類し、両群のがん転移に関与する遺伝子CEA, CK19, E-cad, HER2, Muc1の5種について比較検討した結果、CEA、CK19およびMuc1遺伝子発現は転移陽性群で有意に高値を示した。これら3種の遺伝子をマーカーとして、病理組織学的診断との比較により、2種類以上の遺伝子発現が高値を示した症例においては組織学的にがん細胞を認めたことより、2種類以上の組み合わせ陽性症例を遺伝子診断陽性症例と判断した場合、病理診断陽性10症例中、9症例のがん転移を認識することが可能であった。
結論
心疾患関連:多電極ECAチップを用いて、3種類のLPL遺伝子変異(818A-変異型、916G-del-変異型、1065G-変異型)の遺伝型、つまり変異LPL /変異LPLのホモ接合型、正常LPL/変異LPLのヘテロ接合型および正常LPL/正常LPLのホモ接合体の検出が可能となった。
がん関連:(1)大腸がんの悪性度、転移能を知る上で、apolipoprotein A1は有効なマーカーであることが示唆された。(2)ルイス肺がんおよびヒト乳がん細胞株を用いての検討により、Mcl-1とST2遺伝子ががん転移に深く関連している可能性が示唆された。 (3)CK19, CEA, Muc1,の遺伝子の発現を感度よく測定することによりヒト乳がん症例におけるセンチネルリンパ節へのがん転移の有無を測定することが可能になると考えられた。

公開日・更新日

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