ナノテクノロジーによる機能的・構造的生体代替デバイスの開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200752A
報告書区分
総括
研究課題名
ナノテクノロジーによる機能的・構造的生体代替デバイスの開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
砂川 賢二(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 杉町勝(国立循環器病センター研究所)
  • 高木洋(国立循環器病センター研究所)
  • 川田徹(国立循環器病センター研究所)
  • 佐藤隆幸(高知医科大学)
  • 河野隆二(横浜国立大学大学院)
  • 小久保優(日立製作所中央研究所)
  • 中山泰秀(国立循環器病センター研究所)
  • 妙中義之(国立循環器病センター研究所)
  • 絵野沢伸(国立成育医療センター研究所)
  • 久保井亮一(大阪大学大学院)
  • 大政健史(大阪大学大学院)
  • 藤村昭夫(自治医科大学)
  • 三枝順三(産業医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(ナノメディシン分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
161,875,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Ⅰ:バイオニックナノメディスンによる循環調節機能代替デバイスの開発研究
重篤な心疾患における病態の進行や生命予後に循環器系を制御する神経性・体液性調節系の破綻が深く関わっていることが知られている。申請者はこの点に注目し破綻した調節系を知的電子装置で置換する神経制御システムや生体論理により制御される人工臓器で心疾患を治療するバイオニック治療戦略を創出した。バイオニック治療装置は徐脈性不整脈、血圧失調などの動物モデルで劇的な治療効果を上げている。しかしながら、現在の装置は生体よりも大きく治療装置としての実用性に乏しい。近年急速な発展を遂げているナノテクノロジーを駆使することにより、バイオニック治療装置を超小型化し完全植え込み装置にすれば長期的治療が可能になり実用化の道が開ける。本研究はバイオニック治療を実用化するためにバイオニック装置を超小型化する基盤技術を開発することを目的とする。本研究はまた徐脈性不整脈患者の生活の質を大幅に向上させるのと同時に、心室収縮や興奮の同期性向上や低電力除細動にも応用可能な、超小型分散ペーシングシステムおよびその実現に必要な体内無線通信技術を開発することを目的とする。
Ⅱ:ナノ分子操作技術による血液界面代替デバイスの開発研究
1)界面でナノサイズの分子構造を自在に操作できるナノ分子アーキテクチャー技術を開発し循環器疾患克服のための血液界面代替デバイスを開発すること、および2)あらかじめ分子設計した抗血栓性のナノ分子ユニットを表面固定した血液接触デバイス(人工血管、カテーテル、人工弁、心肺補助装置)を開発することを目的とする。
Ⅲ:ナノ生化学系による非細胞性代謝機能代替デバイスの開発研究
限外濾過膜による分子サイズ依存的な毒性物質の除去を行う現在の血液浄化法を、酵素やトランスポーターといった機能性タンパクを組み込んだ人工膜により生理的解毒・排泄機構に近づけることを目的とする。
研究方法
Ⅰ:バイオニック治療戦略を臨床応用するためにバイオニック神経制御システムの基本構成を検討した。
治療論理の検討では、すでに有効であることが示されている「脳を聴く」戦略や「脳を創る」戦略に加えて「脳を超える」戦略(バイオニック心不全治療)が有効であるかどうか検討した。心不全では生体の調節系が存在するばかりに病態が維持されたり悪化することが知られている。したがって生体の調節系を逆に改変することにより病態の進行を阻止する可能性がある。心不全で病態の維持、悪化に関与している交感神経の活動亢進と迷走神経の活動低下を心拍数で評価し、その結果から必要な迷走神経の刺激強度を設定し電気刺激を行った。
また、超小型分散ペーシングシステムの新しい医学応用の可能性を開発するために、心筋細胞の電気的モデルに発生させた渦巻状興奮波に閾値下ペーシングを繰り返し行い渦巻状興奮波の停止が可能かシミュレーションで検討した。
さらに、超小型分散ペーシングシステムの各超小型ペーシング素子の内部の基本仕様を検討した。
体内通信に関しては、心臓内の血液中を各々の信号伝達手段(超音波・電波)が伝搬する際の減衰特性を理論式によって推定し、検証のための実験装置を設計し試作した。
Ⅱ:1)イニファタの光反応性を利用してビニルモノマーの表面重合を行い、XPS、QCM、 AFMで分析した。
2)対象となる医療機器として人工肺を選び、抗血栓性の評価とともに、人工肺の重要な機能であるガス交換性能にこのナノテクノロジー技術が影響を与えるかどうかについて検討した。
Ⅲ:有機アニオントランスポーターヒトMDR1 をバキュロウィルス生産系にて大量生産し、リン脂質膜と融合させプロテオリポソームを形成し機能を評価した。ATP結合領域のホモロジー検索により新規トランスポーター遺伝子を探索した。グルタミン合成酵素増幅系を用いて薬物代謝酵素CYP3A4導入リコンビナントヒト細胞を作成した。人工膜の電子顕微鏡観察の為の固定化法を検討した。
結果と考察
Ⅰ:バイオニック神経制御システムの構成要素として、生体信号用差動増幅器、圧測定ブリッジ回路用増幅器、ゲイン可変汎用AD変換器、CPU、メモリ、AD・DA用入出力回路、ゲイン可変DA変換器、通信部が必須であることが明らかになった。
バイオニック心不全治療の結果、左室リモデリングが抑制され左室機能の低下が抑えられた。また、迷走神経刺激によるバイオニック心不全治療は、長期生存率を著明に改善した。
渦巻状興奮波の挙動をシミュレーションでは、ペーシングを加えると閾値下であるにもかかわらず興奮波の中心が移動して消失する場合、興奮波の中心が移動するものの消失しない場合、興奮波がかえって分裂する場合が観察された。フィードバックペーシングで局所電位とほぼ逆相にペーシングを行うことによって閾値下のわずかな強度のペーシングで除細動が可能であった。
超小型ペーシング素子は、刺激部、心臓刺激電極、心電図記録電極、心電図増幅部、A/D変換器、制御部など通常のペースメーカに備わっている機能単位に加え、外部プログラマによるソフトウェアの変更を可能とするための通信部、メモリ、生体内素子間通信を可能とする変調部、送信部、受信部、復調部、生体燃料電池により構成される電源を備えたものとした。これらを分散させたペーシングシステムの構成についても検討した。
体内通信に関しては、超音波(3~10MHz)は0.4~4dB/10cm、電波(2.5~7.5GHz)は54~80dB/10cmの減衰が理論上明らかになった。3~30MHzの超音波、2.45~7.35GHzおよび10~100kHzの電波について、液体中での基本伝搬特性を検証するための実験装置を試作した。
Ⅱ:1)グラフト重合は紫外光照射時のみ起こり、その量は照射エネルギーに伴ってほぼナノレベルで直線的に増加し、グラフト領域はミクロンレベルに限定できることを示した。デバイスの特定部位にナノメーターレベルの厚さの制御に成功し、グラフト重合膜厚がナノレベルでほぼ連続的に変化するナノ傾斜高分子表面の生成を実証できた。
2)新たな分子設計のヘパリン表面固定を用いた人工肺を成ヤギに装着し最長5ヶ月血栓なしに維持可能であった。本抗血栓性処理による明らかなガス交換性能低下の傾向は認められなかった。
Ⅲ:精製度90%以上のMDR1タンパクはATP存在下で放射性ジゴキシンと結合体を形成し、生理活性のあるタンパクが昆虫細胞生産系で大量に得られることがわかった。またリポソーム化後に全活性の86%のATP水解能が見られ、タンパクは内向きの配向性を示すことがわかった。即ち、本系により毒性物質をリポソーム内に輸送することが可能と考えられた。分子レベルの探索では、現状の血液浄化法で除去が難しいビリルビンに親和性を有するトランスポーターABCA8が得られた。薬物代謝酵素系の再構成では、ヒト分離肝細胞と同等以上の活性を有するリコンビナントヒト細胞が得られた。本系は同酵素のソースとなるばかりでなく、電子伝達系と共役するCYPの活性発現の微細環境の最適化の検討にも優れた系である。リポソームの電子顕微鏡による微細形態観察では、高濃度オスミウム酸の化学的固定と超低温瞬間凍結を併用する方法で支持体間隙に直径100ナノメートルの円形構造を確認できることがわかった。
結論
Ⅰ:バイオニック神経制御システムおよび超小型ペーシング素子の基本仕様と分散ペーシングシステムの構築方法を明らかにした。バイオニック心不全治療によって心室リモデリングの抑制、心機能低下の抑制、生存率の向上が認められた。また閾値下フィードバックペーシングによる低電力除細動の可能性を示した。
体内通信の候補には長波を含めた電波、超音波を検討する必要がある。
Ⅱ:1)本表面グラフト重合法はXY平面及びZ軸のナノメーター制御を可能にした世界で始めての方法であり、ナノ構造化表面を作成するための基盤プロセス技術としてナノ分子アーキテクチャー技術の一つであるOn Surfaceテクノロジーが開発できた。
2)新たな分子設計のヘパリン表面固定技術を施行することで、ガス交換性能、抗血栓性のいずれにおいても優れた人工肺の可能性を示した。
Ⅲ:非細胞系バイオ人工臓器の心臓部であるプロテオリポソームにおけるタンパク配向性の一方向性が確認された。薬物代謝面でもリポソーム化の為の基礎検討系が確立できた。

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