硬膜移植後プリオン病に対する進行阻止法の開発に関する基礎研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200747A
報告書区分
総括
研究課題名
硬膜移植後プリオン病に対する進行阻止法の開発に関する基礎研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
金子 清俊(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 川原信隆(東京大学医学部附属病院)
  • 西島正弘(国立感染症研究所)
  • 武田伸一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
34,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プリオン病の原因であるプリオン蛋白質 (PrP)には正常型(PrPC)と異常感染型(PrPSc)とが存在し、両者のアミノ酸配列は相同だが立体構造は大きく異なる。ヒトのプリオン病であるCreutzfeldt- Jakob病(CJD)は、進行性痴呆や運動機能障害が急速に悪化して数ヶ月で無動無言状態となる致死性の疾患である。特に我が国では1973年から1997年3月までの脳外科手術において年間約2万枚の乾燥硬膜が使用され、この硬膜移植が原因と考えられる医原性CJDが大きな社会問題となっている。また平成13年9月に国内初のウシ海綿状脳症(BSE)が発見されて以来、プリオン病に対する社会的関心が非常に高まっている。我々は硬膜移植後プリオン病の進行阻止・治療法の開発のために,(1) 硬膜移植後プリオン病のマウスモデルの開発、さらに、(2) PrPSc複製の抑制を通じたプリオン病治療法の開発を目的としている。
研究方法
(1) 硬膜移植後プリオン病のマウスモデルの開発:
8週齢から13週齢の両性C57マウス(PrPC過発現トランスジェニック)一群5匹を用いた。マウスにハロセン吸入後、ケタミン0.3 mgを腹腔内投与し無痛、無動化の後、マウス用ステレオ固定器に固定し正中線に沿って1cmの切開をおいた。右側の頭蓋骨のBregmaとLambdaの間に一辺4mmの正方形の開窓をおき硬膜を切開、除去し、30ゲージ針にて2 mmの長さの皮質切開線を0.5 mm間隔にて3本作成後、ヒト脳神経外科手術の際用いられる止血用コラーゲンスポンジ(インスタット?)3 x 3 mm大を脳表に接着させ、PrPScを発症したマウス脳の10 % ホモジェネート溶液を5 ?l 滲みこませた後、創部を縫合した。倫理面への配慮として、本実験においては、予め実験動物倫理委員会に申請を行い審議の後、了承を受けた上で実施した。
(2) PrPSc複製の抑制を通じたプリオン病治療法の開発:
① ドミナントネガテイブ効果を有するMoPrP218Kの変異型プリオン蛋白質を高純度に得るために、大腸菌BL21株に発現させた後、回収された封入体を8M尿素で可溶化し、尿素存在下で陽イオン交換カラムとニッケルNTAカラムを用いて精製した画分を用いて、アルギニン存在下で蛋白質高次構造の再巻き戻しを行った。ここで得られた高純度のMoPrP218Kリコンビナントマウスプリオン蛋白質が、細胞外投与により感染型プリオンPrPSC生成抑制効果を持つかどうかを調べるために、昨年度構築したスクレイピー持続感染型マウス神経芽細胞腫由来N2a細胞(ScN2a)によるアッセイ系を用い、培地に添加して一定時間インキュベートした後に細胞を回収し、ウエスタンブロット法にて検出した。さらに、8週齢から10週齢の両性C57マウス(PrPC過発現トランスジェニック)を一群5匹として用い, 病原体単独あるいはrecPrPs(1及び10ug)と共に脳室内へ25ulを投与した。
② 我々は出芽酵母細胞内から新たに同定したアンフォルジンがプリオンをはじめとするベーターシート構造をもつ蛋白質をアンフォールドできるか否かをトリプシン感受性を用いたアッセイ系にかけ調べた。
③ 1.AAV-2およびAAV-5を用いた遺伝子導入法の検討
AAV-2および、AAV-5にLacZ遺伝子、およびDMDの治療遺伝子、マイクロジストロフィンを組み込んだベクターを構築した。挿入遺伝子の発現を制御するプロモーターとして、ubiquitousなCMVプロモーターと骨格筋組織特異的プロモーターMCKプロモーターおよび、その変異型CK-6を用いた。これらのウイルスベクターを、C57Bl/10マウス, C57Bl/10-mdxマウス、およびビーグル犬及び同腹の筋ジストロフィー犬に導入し、経時的にLacZおよびマイクロジストロフィンの発現と、筋変性に対する治療効果を検討した。
結果と考察
(1) 硬膜移植後プリオン病のマウスモデルの開発:
病原体を脳(室)内に接種したものに比べて約20日の遅れ、即ち120日前後で全てのマウスが発症、死亡した。ウエスタンブロット法により、異常型プリオンタンパク質の脳への蓄積は接種後90日以降で顕著に認められる様になり、瀕死あるいは、死亡したマウス脳にはPrPScの強度の蓄積が免疫染色法によっても確認された。マウス脳の海綿状態及びPrPScが強く免疫染色される部位はPrPScを接触させた脳表面と、同側の視床および反則の小脳であった。これらのことから、PrPScの感染経路は脳表からの経神経線維性による伝播の可能性が高く、本法により発症せしめたマウスはヒト硬膜移植によるプリオン病の発症モデル動物となりうると考えられる。
(2) PrPSc複製の抑制を通じたプリオン病治療法の開発:
① ドミナントネガテイブ効果を有するMoPrP218Kの変異型プリオン蛋白質を、全長のプリオン蛋白質としては初めて可溶性モノマーとして収率約60%で回収することが可能となった。得られたMoPrP218Kの変異型プリオン蛋白質を用いてPrPSc生成抑制効果を調べたところ、ScN2a細胞培養液中5μg/ml, 10μg/ml、15μg/ml, 20μg/mlの各濃度にて3日間添加、培養することによって、それぞれ約15%, 70%, 90%, ~100%の効率で正常プリオン蛋白質の異常感染型への構造変換を阻止することに成功した。また、プリオン病に有効であるとの報告があるといういくつかの薬剤(キナクリン等)と併用することでさらに相乗効果があるものと考えられる。
マウスを用いた実験では、病原体と1または10ugのrecPrP 218Kを同時に接種した場合には生存日数が約10日延伸した。Wild type recPrPでは1ugでPrP 218Kと同様の生存日数の延伸がみとめられ、10ugの投与ではコントロール群に比べて約20日の生存日数の延伸がみとめられた。なお、病原体と10ugのrecPrP 218Kを同時接種して40日経過後に10ugのrecPrP 219Kを脳室内に追加投与したが、さらなる延伸効果は認められなかった。本実験ではrecPrPが脳室内に投与されているために、一過性の投与ではrecPrPが脳脊髄液で希釈され充分な治療・遅延効果が得られなかった可能性がある。今後、マイクロポンプを用いてより高濃度のrecPrPを連続投与することによりrecPrPの治療・発症予防効果をより確実なものにしたいと考えている。
② プリオン蛋白質、アミロイドβペプチド(1-42)、α-synucleinを基質として、アンフォルジンが試験管内でこれら病因分子の立体構造をunfoldできるか否かをトリプシン感受性を用いたアッセイ系で確認した。ATP存在下においてアンフォルジンはこれら基質の高次構造をunfoldし、トリプシン感受性をあげる事ができた。アンフォルジンには試験管内での基質特異性が認められない。この特徴を利用してプリオン病をはじめとする蛋白質凝集病への治療への応用が考えられる。
③ AAV-2ベクターは、分裂後の筋細胞に導入効率が高く、安定した導入遺伝子の発現が可能であった。また、組織特異的プロモーターと組み合わせることで、ホストの免疫反応を惹起することが阻害されるため、より長期間の発現が可能になった。現在AAVの血清型(2型と5型)による遺伝子導入効率の比較検討を行っている。センダイウイルスベクターに導入したマイクロジストロフィンは、現在mdxマウスに導入中である。中枢神経系や骨格筋に治療用遺伝子を導入するためには、1)長期間発現可能で細胞毒性が少ないAAVベクターが有効であると考えられるが、2)CJDの進行を阻止する目的では、高い発現レベルが可能なセンダイウイルスが有効かも知れない。また、投与ルートや組織へのtargetingのストラテジーを検討することが今後必要である。今後は、その細胞毒性や安全性を考慮しながら、中枢神経系へ導入実験を行っていきたい。
結論
(1) 硬膜移植後プリオン病のマウスモデルを開発した。(2) PrPSc複製の抑制を通じたプリオン病治療法の開発として、高純度に精製したドミナントネガテイブ効果を有するMoPrP218Kの変異型プリオン蛋白質を細胞外から投与することでPrPSc生成抑制効果を得られた。MoPrP218Kの変異型プリオン蛋白質はプリオン病の進行阻止・治療開発に応用できる可能性が十分にあると考えられる。また、アンフォルジンはプリオン蛋白質、アミロイドβペプチド(1-42)、α-synucleinの高次構造を試験管内でunfoldし、トリプシン感受性をあげる事ができた。アンフォルジンに特異性を付加する事によって、所謂蛋白質凝集病の治療法への可能性が示唆された。中枢神経系の細胞に効率よく遺伝子を導入発現させる目的で、ウイルスベクターを用いた検討を行い、骨格筋細胞においてはAAVベクターにより、高い導入・発現効率を得た。

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