難治性炎症性腸管障害に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200746A
報告書区分
総括
研究課題名
難治性炎症性腸管障害に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
日比 紀文(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 棟方昭博(弘前大学)
  • 藤山佳秀(滋賀医科大学)
  • 飯田三雄(九州大学)
  • 佐々木 巖(東北大学)
  • 味岡洋一(新潟大学)
  • 櫻井俊弘(福岡大学)
  • 福田能啓(兵庫医科大学)
  • 高後 裕(旭川医科大学)
  • 千葉 勉(京都大学)
  • 松本誉之(大阪市立大学)
  • 木内喜孝(東北大学)
  • 武林 亨(慶應義塾大学)
  • 名川弘一(東京大学)
  • 杉田 昭(横浜市立大学)
  • 古野純典(九州大学)
  • 土肥多恵子(国立国際医療センター研究所)
  • 岡野栄之(慶應義塾大学)
  • 坪内博仁(宮崎医科大学)
  • 今井浩三(札幌医科大学)
  • 鈴木健司(新潟大学)
  • 渡辺 守(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
58,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究の対象を炎症性腸疾患(IBD)の潰瘍性大腸炎(UC)とクロ-ン病(CD)の2疾患に絞り、両疾患の現状・実態を調査し、病因や増悪につながる因子を明らかにする。さらに遺伝学的・免疫学的な基礎研究を通じて病因・病態の解明をすすめ、新しい治療法の開発、予防法の確立をはかる。また、現行の診断基準、治療指針の整備をさらに進め、正しい医療情報の伝達・普及により、本症患者のQOL向上に努める。病因・増悪因子を詳らかにし、適切な診断基準のもとに新治療法を確立することを目的とした。
研究方法
以下のプロジェクト(p) を設け、研究者同士が密接な連絡を保ちつつ、より充実した調査研究の進展を目指した。
p-1: 内科的治療法の確立と工夫。p-2: 外科的治療法の確立と工夫。p-3: QOLの評価と改善。p-4: データベースの拡充・活用と疫学的解析。p-5: 新治療法の開発。p-6: 癌化のサーベイランスと機序追究。p-7: 疾患関連遺伝子の追究。p-8: 腸内細菌の関与(病態、治療への応用)。p-9: 病態の追究(病因解明に向けて、治療への応用)。p-10: 広報活動・情報企画。分科会:粘膜再生治療
(倫理面への配慮)これら11項目のプロジェクト遂行にあたっては、患者の立場を十分に尊重し、プライバシ-を厳重に守る。インフォ-ムドコンセントを得るための説明は、患者が理解できるように分り易く説明し、常に文書で同意を得るものとした。また、協力を拒否しても不利益を受けないことを説明した。個人調査票の電子化は、現在検討されている「個人情報の保護に関する法律」に抵触しないように配慮した。新治療法など治験を行うに当たっては、各参加施設の倫理委員会の承認を得た。遺伝子の研究においては、平成12年6月の科学技術会議生命倫理委員会「ヒトゲノム研究に関する基本原則」と平成13年3月の三省合同「ヒトゲノム・遺伝子解析に関する倫理指針」に沿って行った。
動物実験においては動物愛護精神に則り動物を扱った。
結果と考察
プロジェクト研究ごとに記載する。
p-1:UCにおいては共同研究施設に対してアンケート調査を行い、UCの難治例の定義はステロイド療法を中心に考え、ステロイド抵抗例とステロイド依存例を区別して定義した。また、本研究班において新たに小児潰瘍性大腸炎治療指針案を作成した。CDにおいては、抗TNF-?抗体の使用状況と治療効果について全国多施設アンケート調査を行った。
p-2:CDの術後緩解維持のための栄養療法の有用性を検討するために、栄養療法群と対照群を比較するプロトコールを作成し開始した。UCの術後pouchitisの診断基準作成、治療指針の確立を目的とし、実態調査を開始した。また、UC術後の長期経過を、術後5年以上経過例を対象として、排便機能・術後合併症の有無・QOLなどを中心とした検討を開始した。
p-3:QOL 班と協力して作成した日本語版IBDQを用いてCD患者のQOLの推移を入院時・退院時・退院後1年にわたり観察測定した。QOLは入院時に比較し退院時には社会的機能を除きすべてのスコアで改善し、1年後までほぼ横ばいで推移していた。
p-4:平成13年度より開始された全国統一の臨床個人調査票は煩雑であり、疫学的推計が難しいことより、記載欄の簡略化と疫学的観点からの変更を行い、最終案とした。全国統一の臨床個人調査票のデータ入力により、UCおよびCDの疾患統計がより正確なものとなると考えられる。
p-5:新規治療薬として現在、FK-506など4種類の薬剤が臨床治験施行中であり、情報の公開および試験実施の促進を図っている。さらに、今後行われる研究者主導の臨床試験についても、その実施をサポートしていくこととした。また、病態解明により得られた知見にもとづいて、サイトカインやサイトカイン受容体、接着分子、costimulatory moleculeを標的とした治療法やT細胞を標的とした新規の免疫抑制剤について、動物を用いた炎症性腸疾患モデルでその有用性を検討している。
p-6:欧米で行われているサーベイランスに対して、より効率的な本邦独自のサーベイランスプロトコールの確立を目的として、内視鏡的有所見部の狙撃生検を併用した色素散布内視鏡によるプロトコールを策定し、多施設の共同研究を開始した。UC癌化の機序に関しては、大腸癌合併粘膜と非合併粘膜で胃型細胞形質の発現パターンが異なることが明らかとなった。
p-7:欧米でCDの疾患感受性遺伝子と報告されたNOD2は、本邦のCD、UC及び健常人においては全く変異をみとめず、疾患感受性遺伝子に人種差のあることが示唆された。また、HLA-DQB1/DRB1遺伝子多型とCDの病型の関連を検討したところ、HLA-DQB1*04/DRB1*04と小腸型に強い相関をみとめた。より詳細な疾患関連遺伝子の探索のために、transmission disequilibrium testを用いた多施設共同のプロトコールを作成し、各施設での倫理委員会に申請中である。
p-8:腸内細菌叢を正しく評価できる培養によらない新しい腸内細菌叢同定法・定量法を開発し、炎症性腸疾患患者で解析したところ、Bacteroides属が減少していた。今後、症例数を増やして検討する予定である。UC術後回腸嚢炎を発症した症例の腸内細菌叢の検討では、回腸嚢炎群で嫌気性菌の減少、特にBacteroides属およびBifidobaciterium属が有意に減少しており、回腸嚢炎の発症と関連があると考えられた。
p-9:UCでは直腸粘膜組織においてメモリーTh2細胞の浸潤が増加していることが明らかとなった。また、腸間膜リンパ節細胞の解析によりUCおよびCDにおいて活性化樹状細胞が増加し、CDではTh1細胞が増加していることが示された。Mycobacterium paratuberculosis (MPT)特異的なELISAの系を確立し、CD患者において高率にMPT抗体が陽性であり、MPTがCDの病態に関与していることが示唆された。
p-10:以上の研究成果および疾患に関する正しい情報を本研究班の情報企画委員より難病医学研究財団のホームページ上に、また、主任研究者・分担研究者。研究協力者による市民公開講座、患者の会などを通じて国民に広報している。
再生分科会:腸管陰窩に幹細胞の特徴のひとつであるside population細胞の存在が示唆された。また、動物モデルを用いて、組換え肝細胞増殖因子の投与が粘膜上皮を再生することにより腸炎の治療に有効であることが示され、ヒトを対象とした臨床試験へ向けて準備中である。
結論
疫学: 臨床調査個人票を改訂したことにより、本邦のUC・CD患者の実態を正確に把握することが可能となる。これに理論疫学的な解析を加えることにより、本邦における炎症性腸疾患の実態、および急速な増加の要因、さらに病因および増悪に関わる因子の絞り込みが可能になる。病因・増悪因子:遺伝子および免疫・サイトカインの検討では種々な異常が認められ、多因子が発病・増悪に関与していることが明らかになった。CDにおけるNOD2遺伝子の検討より欧米とは異なる疾患感受性遺伝子が存在し、本邦独自の検討が必要である。診断・治療:UCにおいてステロイド療法を中心に考えた難治例の定義を行い、顆粒球除去療法などの血球成分除去療法とサイクロスポリンAを組み込んだ新しい治療指針において、より明確な治療法の選択が可能となった。また、新たに小児潰瘍性大腸炎治療指針案を作成したことにより、成人とは臨床的特徴が異なる小児のUCに対しても適切な治療を行うことが可能となった。CDにおいては、抗TNF-?抗体治療の効果の限界や有効症例が明らかとなり、抗TNF-?抗体治療をより効果的に使用することができるようになった。肝細胞増殖因子の腸炎治癒に対する有効性が明らかとなり、粘膜再生を目指した新しい治療法としてとして大きく期待できる。平成14年度の研究により、あらたに臨床研究のプロトコールが開始され、次年度以降に継続して行い、結果の解析を行いたい。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-