重症型先天性表皮水疱症に対する自己培養皮膚移植法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200743A
報告書区分
総括
研究課題名
重症型先天性表皮水疱症に対する自己培養皮膚移植法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
清水 宏(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 澤村大輔(北海道大学)
  • 古市泰宏(株式会社ジーンケア研究所)
  • 増永卓司(株式会社コーセー研究本部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
表皮水疱症は軽微な外力により、皮膚に容易に水疱や潰瘍を生ずる疾患の総称である。近年の皮膚分子生物学の進歩により、ケラチン5、14、プレクチン、180kD類天疱瘡抗原、alpha 6 beta 4 integrin、ラミニン5、VII型コラーゲンなどの表皮真皮の結合に関与する構造蛋白をコードする遺伝子の変異により本症が発症することが明らかとなったが、現在までに根本的な治療法はない。それらの重症型では、以前には医療レベルが低く命を落とすような例もあったが、現在では対症療法の進歩から、水疱や潰瘍症状を持ったまま人生を全うすることが多く、患者のQOLは著しく障害される。患者から表皮角化細胞を採取し、その表皮角化細胞を培養し培養表皮シートを作成し、患者の病変部に移植する自己培養表皮移植療法が、当教室を含む2・3の施設で最近試みられ、ある程度の効果がみられている.しかし、自家組織の移植のため、原因遺伝子によりコードされているタンパクの発現は、やはり欠損しているままであることが問題点となっている。そこで、本研究では特にVII型コラーゲンやラミニン5β鎖が異常である重症型表皮水疱症に焦点を絞り、それらの疾患治療において、合成した正常の蛋白を外用してから自己培養表皮シートを移植する蛋白補充療法、さらにそれらの遺伝子を患者培養表皮角化細胞に導入し、その表皮角化細胞から作成した表皮シートを患者の潰瘍面に移植する遺伝子治療を併用した、自己培養皮膚移植法の開発と臨床応用が今回の研究の目的である。
研究方法
1)表皮水疱症患者の集積と診断の確定:患者の臨床症状や家族歴を詳しく聴取する。次に皮膚生検を行い、電顕、各種基底膜蛋白に対するモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学検索を行う。さらに、患者本人、ならびに家族からgenomic DNAを抽出し、PCR、 heteroduplex、 direct sequencing法などを用いてDNA解析を行なった。さらに、in vitro mutagenesisの技術を用いてケラチンK5遺伝子に患者の変異を導入した。さらに、その変異遺伝子を発現ベクターに挿入し、ケラチンK5蛋白の凝集の度合を確認した。2)VII型コラーゲンの生体表皮での発現:レポーター遺伝子としてGFPのcDNA遺伝子を、生体表皮細胞で挿入された遺伝子を強力に発現するベクターに組み込んだ。そのベクターをローダミンで標識した。その結果、遺伝子は赤色の蛍光で、遺伝子産物は緑色の蛍光で追跡することが可能になる。その遺伝子をnaked DNA投与法にてラットの表皮細胞に導入し、経時変化を観察した。3)表皮細胞への導入遺伝子の血中への分泌:IL-4,6,10,TGF-beta,MCAF,GMCSF,TNF-alpha,IFN-gammaの各遺伝子のcDNAをクローンニングして、発現ベクターに挿入した。次に、それらのプラスミドDNAをラット皮下に局注して、表皮細胞に遺伝を導入した。その後、血中のレベルをELISAにて経時的に測定した。4)表皮水疱症モデル作成:表皮水疱症の原因遺伝子の1つとして、180kD類天疱瘡抗原がしられている。今回、その遺伝子が欠損するモデル作成のため、本マウス遺伝子のクローニングを行い、相同組み換え用のコンストラクトを作成した。このコンストラクトはマウス180kD類天疱瘡抗原遺伝子のエクソン1から4を含み、ネオマイシン遺伝子によりエクソン1を破壊している。そのコンストラクトをES細胞に導入して、相同組み換えを起こしたES細胞を選択した。5)VII型コラーゲン蛋白補充療法:ヒトの表皮細胞株にVII型コラーゲンのcDNA発現ベクターをstableに導入し、VII型コラーゲン持続発現株を作成した。その細胞培養液には多量のVII型コラーゲンが含ま
れることがウエスタンブロットで確認できた。そこで、ヘアレスラットに皮膚潰瘍を作成し、VII型コラーゲンを多量に含む上清と対照の上清を外用し、潰瘍の縮小を比較した。6)VII型コラーゲン遺伝子導入療法:作成したVII型コラーゲン導入表皮細胞株にて培養表皮シートを作成した。無免疫のヌードラットに皮膚潰瘍を作成し、培養表皮シート移植と同様にそれらの細胞で表皮シートを作成し、潰瘍部に移植し治療効果を判定した。
結果と考察
1)治療対象となる表皮水疱症患者の集積と診断の確定:今回臨床症状が異なる単純型表皮水疱症家系において始めて、その病態を分子レベルで解明した。従来、ダウリングメアラ、ケブネル、ウエーバーコッキーネ型単純型では常染色体性優性遺伝形式で発症し、ケラチン5や14遺伝子のドミナント・ネガテブ効果で起こることが知られていた。今回の研究では、優性と劣性の変異がヘテロに組み合わされることにより、発症した症例を報告し、さらに、その2つの変異により家系内の臨床症状の相違が生ずること示した。さらに、本研究では、細胞レベルの患者に起こっている病態を解明し得た。このような報告は過去にはなく、本症の病態を解明する上で、非常に有意義な結果といえる。日本人のHS-RDEBの新しい変異を確認し得た。既に170種以上の変異が確認されているVII型コラーゲンの変異でも,挿入変異は,まれで,10種類ほどの報告を見いだすのみである。4塩基挿入変異は, Whittockら(J Invest Dermatol. 113, 673, 1999)により1例報告されているのみで,調べ得た限り,本症例は,日本人の家系で初めての4塩基挿入変異である。RDEBの病因となるVII型コラーゲンをコードするCOL7A1は,9kbと大きい。従って変異の種類が多く,これまで,欠失,点変異,一塩基挿入など様々な変異が報告されているが,4塩基挿入という複数塩基の挿入が確認された変異は極めてまれである。本症例の変異は,2つのアレルとも翻訳途中で停止コドンが生じるため臨床的な重症度と相関した。2)VII型コラーゲンの生体表皮での発現:本研究では遺伝子にはローダミンによる赤色の蛍光、遺伝子産物はGFPによる緑色の蛍光で、それらの追跡が可能になっている。遺伝子導入後、プラスミドDNAは皮膚全体に分布するが、次第に表皮のみに限局するようになり、しだいに現弱していった。一方、緑色の蛍光は一部の表皮細胞のみに陽性であった。この結果は、真皮に導入されたDNAは、ほとんどの表皮細胞に取り込まれ、一部の細胞のみそれが最終的に蛋白に翻訳されると推測された。3)血中への分泌表皮細胞への導入遺伝子の血中への分泌:今回の研究では、表皮細胞に導入された遺伝子から産生される遺伝子産物でも、その種類によっては血中に分泌されることが明らかになり、将来表皮細胞にサイトカインやホルモン遺伝子を導入し、その遺伝子導入表皮細胞から全身にそれらの遺伝子産物を供給する治療の可能性が示唆された。4)表皮水疱症のモデルの作成:今回の研究で相同組み換えを起こしたES細胞が単離されたので、その細胞をブラストサイトにインジェクションし、キメラマウスを作成予定である。5)VII型コラーゲン蛋白補充療法:VII型コラーゲン自体の潰瘍治癒作用を確認するため、VII型コラーゲンを含む培養上清で潰瘍の治療を行った。その結果、対照と比較してVII型コラーゲン添加群では有意に治療効果が確認できた。この結果は、表皮水疱症患者の潰瘍面にVII型コラーゲン蛋白を外用したり、自己培養表皮シート移植の場合にVII型コラーゲンを添加してから表皮シートを移植する療法が有効である可能性が示唆された。6)VII型コラーゲン遺伝子導入療法:VII型コラーゲンの遺伝子を導入する遺伝子治療を鑑み、VII型コラーゲン遺伝子を導入した表皮細胞株から表皮シートを作成し、潰瘍面に移植したが、対照と比較して有意な差はなかった。今回の実験で用いたラットはVII型コラーゲンに関しては正常であるため、このような結果であったことが推測され、今後VII型コラーゲンノックアウトマウスを使用する実験を予定している。
結論
表皮水疱症患者の遺伝子変異と臨床症状の関連が明確にならない部分も多く、蛋白
補充療法や遺伝子治療に向けて、さらに多くの症例の解析が必要と思われる。本研究グループで作成したVII型コラーゲン遺伝子を用いて作成されたVII型コラーゲン蛋白の研究から、表皮水疱症患者の潰瘍面にVII型コラーゲン蛋白を外用したり、自己培養表皮シート移植の場合にVII型コラーゲンを添加してから表皮シートを移植する療法が有効である可能性が示唆された。今後さらに研究が継続されれば、補充療法や遺伝子治療の臨床応用に貢献すると考えられた。

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