難治性血管炎に伴う多臓器不全に係る病態の解明および治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200742A
報告書区分
総括
研究課題名
難治性血管炎に伴う多臓器不全に係る病態の解明および治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 和男(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 笹田昌孝(京都大学)
  • 木村暢宏(福岡大学)
  • 山本健二(国立国際医療センター研究所)
  • 岡田秀親(名古屋市立大学)
  • 田之倉優(東京大学)
  • 岩倉洋一郎(東京大学医科学研究所)
  • 山越智(国立感染症研究所)
  • 相澤義房(新潟大学)
  • 布井博幸(宮崎医科大学)
  • 関塚永一(国立埼玉病院)
  • 竹下誠一郎(防衛医科大学)
  • 高橋啓(東邦大学)
  • 亀岡洋祐(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
多臓器不全は、白血球の再活性化で急激に発症してくる病態であり致命的である。加齢だけでも全身的な臓器機能異常がもたらされ、多臓器不全の準備状態をきたし、若年者でも全身の血管炎やリウマチ・膠原病では同様な異常が想定できる。これらの難治性血管炎に関連した疾患が、腎、肺、肝機能不全の発症と好中球の活性化を契機に多臓器不全への進展すると推定される。この多臓器不全化を阻止する方法を確立するには、まず、難治性血管炎や多臓器不全に関連する疾患モデルの開発が必要である。また、これらの病態に関与するLECT2や、IL-Raなどのサイトカインや、補体関連分子の遺伝子のノックアウトマウスを作製することが重要である。また、これらの動物による病態の解明が不可欠である。さらに、これらの機能不全にかかわる遺伝子、免疫、補体、血球、凝固、循環にかかわる集学的な解明も必須である。
多臓器不全では肝臓の役割はきわめて大きく、劇症の肝傷害は、IFNγやIL-1、IL-6など炎症性サイトカイン、補体系、凝固線溶系、白血球の活性化を通して、血管、肺、腎、心臓などの多臓器を標的臓器として傷害をもたらす。そこで、主任研究者らが作製したLECT2ノックアウトマウスを初め、分担者らが開発した各種モデルマウスを利用して多臓器不全化機構について検討することが重要である。一方、主任者らが進めてきた難治性血管炎は、しばしば重篤な多臓器不全への移行がみられ、難治性血管炎からの移行の解析もきわめて重要な要因を占めている。
そこで、本研究の最終目的は、難治性血管炎と連動する多臓器不全の病態解析、遺伝的背景、新たな治療法の開発にある。多臓器不全のモデルを用いた病態解析や治療法の開発をめざし、白血球の活性化機能の解析や補体の活性化のかかわりなどを多面的から検討し、診断・治療に利用可能な診断プローブやイメージングを含めた解析法を開発することである。特に、われわれが開発中のin vivoイメージング法による生きた状態での多臓器不全への急激な移行過程を解析することも重要である。
研究方法
1. 発症機構解析解明:病態発症機構の分子的・遺伝的解析と測定方法
1)血管炎関連の多臓器不全の誘発モデルとin vivoイメージングによる血管傷害過程の解析
2)炎症におけるcarboxypeptidase R(CPR)の役割
3)好中球機能亢進と好中球アポトーシスの遅延
4)新規好中球遊走サイトカインLECT2の劇症肝炎へ関与
1-2.多臓器不全因子のヒトの遺伝的背景の解析
1)多臓器不全の発症機構におけるT細胞抗原受容体(TCR)多様性
2)ミエロペルオキシダーゼコード領域の日本人集団での変異
2.モデル動物・プローブの開発
1)多臓器不全に関するサイトカインモデルマウス
2)LECT2ノックアウトマウス
3)動脈炎惹起起因分子・染色体マッピング
4)ProCPR遺伝子ノックアウトマウス
5)ナノ粒子による多臓器不全の解析
6)多臓器不全因子の構造解析
3.臨床研究班
1)多臓器不全に伴う心筋炎、動脈炎、不整脈の解析:キメラ動物の利用
2)周産期・新生児での低酸素性虚血性脳症における治療法の開発
3)川崎病における血管炎の病態解明に関する研究と治療法の検討
結果と考察
本年度は、昨年度の成果をさらに進展させ、「発症機構の基礎研究」―「モデル動物解析」―「病態解析」―「治療の検討」とが緊密に連携して成果が得られた。また、難治性血管炎から多臓器不全にいたる病態解析とその評価方法の確立の基礎ができた。
1.病態と治療
1)多臓器不全を伴う心筋炎、動脈炎、不整脈の解析
2)インフルエンザ脳炎脳症の血中チトクロームcの意義とシクロスポリンの治療効果
3)家族性血球貪食症候群のTCRの多様性とクローンT細胞の関与
4)Myelopeoxidase(MPO)コード領域の日本人集団での変異
5) 川崎病の血管炎における好中球の役割解明
2.機構解析モデル動物と網羅的遺伝子の解析
1)川崎病モデルマウスによる血管傷害遺伝子の染色体マッピング
2)肝炎、関節炎・血管炎の発症機転をLECT2やIL-1Raのノックアウトマウスによる解析
3)多臓器不全に関わる補体C5a のCPRによる制御の重要性
4)末梢好中球機能とアポト-シスの関連の解析
3.プローブ開発と立体構造解析
1)ナノ微粒子プローブの開発と細胞の標識の実用化
2)超高速度高感度ビデオカメラシステムを用いた微小循環観察系確立
3)LECT2の結晶化の成功
具体的な成果として、
1.発症機構解析班
1-1.病態発症機構の分子的・遺伝的解析と測定方法
1)血管炎関連の多臓器不全の誘発モデルとin vivoイメージングによる血管傷害過程の解析:血管傷害過程と血管内皮細胞の異常反応を解析することを目的とした。本年度は、昨年度に開発した真菌C.andidaに由来する分子CAWSによって誘導される血管炎モデルマウスを用いて、イメージング技術の開発をめざした。また、新たに、血管内皮細胞のapoptosisにかかわる細胞内情報伝達カスケードを調べた。血管炎発症機構を解明する新たなイメージング技術として「in vivoイメージング」法をほぼ確立できた。腎臓の血管傷害の誘導状態をin vivoイメージングにより、マウスが生きた状態で、血流速度の低下、血流停止、逆流を観察し、腎表面血流の停止や血管内皮への白血球の接着を観察できた。
2)炎症におけるcarboxypeptidase R(CPR)の役割に関する研究:C5aの活性を阻害する相補性ペプチドの設計し、ペプチドを合成して阻害活性について検討した結果、低濃度で、C5aによるカルシュウムインフラックス惹起活性を阻害するペプチド創生することができた。一方、線溶反応を阻害するカルボキシペプチダーゼR(CPR)の前駆体のProCPRがThrombinで活性化される反応を防ぐ相補性ペプチドも作成できた。同様に、Thrombinの作用を高める反応を阻害する相補性ペプチドも創生し、CPRの活性を阻害するペプチドも創生できた。
3)好中球機能亢進と好中球アポトーシスの遅延に関する研究:炎症性サイトカインであるGM-CSFは好中球においてcaspase 8の活性化を抑制し、その下流のcaspase 3およびDNA断片化を抑制した。GM-CSFはPKCを介してDISCの形成を阻害し、この結果として好中球アポトーシスを抑制すると考えられた。
4)新規好中球遊走サイトカインLECT2の劇症肝炎への関連についての研究:LECT2の臨床的に肝疾患との関連についてさまざまな症例のLECT2値を測定し、LECT2が肝炎症反応を抑えさらには回復に関与している可能性、またアルコールを摂取後にLECT2値が上昇することを明らかにした。特に劇症肝炎の症例において値は0まで低下しており、多臓器不全にいたる劇症化予測のよいメルクマールとなり得る可能性が示唆された。
1-2.多臓器不全因子のヒトの遺伝的背景の解析
1)多臓器不全の発症機構におけるT細胞抗原受容体(TCR)多様性からのT細胞の分子生物学的検討:多臓器不全に関わる病態をT細胞の免疫機能不全・本来もつTCRの多様性から検討した。多臓器不全で死亡したEB-VAHSでは、広範なTCR多様性欠如・オリゴT細胞クローンを認めたが、NKT細胞は存在した。一方、多臓器不全で死亡したパーフオリン遺伝子異常FHLでは、剖検時肝臓・脾臓にオリゴクローンCD8+T細胞がいて、NKT細胞は感度以下であつた。また、肝炎後再貧症例における骨髄NKT細胞の検討で、重症肝障害とNKT消失とに相関が見られた。今後、多臓器不全の準備状況とされるSIRS,インフルエンザウイルス脳炎脳症、 重症複合免疫不全症(SCID)、ウイルス関連血球貪食症候群(VAHS), 慢性活性EBV感染症などの症例に広げて検討する。
2)ミエロペルオキシダーゼ(MPO)コード領域の日本人集団での変異に関する研究:MPOは、血管炎発症のトリガーとなる分子と考えられ、MPOの日本人集団における変異の頻度を明らかにする。MPO遺伝子コード領域を解析し、MPOの機能に重要なエキソン9における変異頻度は、比較的高い頻度で観察された、血管炎およびその他の炎症性疾患の背景として考慮されなければならない要因であることが示唆された。
2.モデル動物・プローブの開発
1)多臓器不全に関するサイトカインモデルマウス:IL-1Ra遺伝子を欠損させたマウスは自己免疫を発症する。自己免疫によって発症する関節炎とは対応が見られず、また、抗CD40L、あるいは抗OX40L抗体によっても症状の改善が認められなかった。この血管炎はTNFαを欠損させることにより発症が完全に抑制されることから、過剰IL-1シグナルにより発現誘導されたTNFαによる炎症反応であることが示唆された。
2)肝機能不全症解析―LECT2ノックアウトマウス:LECT2 は主に肝細胞で産生される血清蛋白質である。生物種をこえ魚からヒトまでに広くその存在が確認されており、線虫でもこのタンパクと相同性を示す遺伝子がコードされている。LECT2ノックアウトマウスにおいてconcanavalin A誘導肝炎が重篤になり、その原因の一つとして肝臓NKT細胞量の増加であることが判明した。
3)川崎病類似マウス系統的動脈炎惹起モデルにおける動脈炎起因分子の検討と遺伝子の染色体マッピング: Candida Albicans(C.albicans)アルカリ抽出物誘導の血管炎の起炎物質がマンナン以外に、β1,6-グルカンや蛋白も関与している可能性が示唆された。また、本誘導に関わる染色体マップの網羅的解析から炎症性サイトカイン群の遺伝子の関与が浮かび上がった。
4)ProCPR遺伝子ノックアウトマウスの創生:多臓器不全に関わる病態におけるCPRの役割を解析する動物モデルとして、ProCPR遺伝子をノックアウトしたマウスを創生することができた。
5)ナノ粒子プローブによる多臓器不全の解析:多臓器不全のメカニズムを解明するため蛍光ナノプローブを用いて生体内動態を解析する。5nmのCd/Seの半導体ナノ粒子(量子ドット)を利用し、蛍光顕微鏡を用いそのプローブの細胞内動態評価手法確立し、そのin vitroの有用性を確認した。
6)多臓器不全因子(LECT2)の構造解析:本研究では、サイトカインLECT2の高次構造解析を、核磁共鳴スペクトル(NMR)とX線結晶構造解析を用いて行った。慢性関節リュウマチ患者においては、LECT2の58番目のVal残基がIle残基に置換されている患者ほど、疾病の重篤度が高いことが明らかになっており、NMR測定とスペクトルの解析を行い、二次構造情報まで得られている。X線結晶構造解析については、大きく良質な結晶を得ることに成功した。
3.臨床研究班
1)多臓器不全に伴う心筋炎、動脈炎、不整脈の解析:重症心筋炎は劇症型で発症し多臓器不全を経て早期に死亡するものや、比較的緩慢に経過し拡張型心筋症の様相をきたしやがて心不全に陥る例がある。当研究班で確立したラット自己免疫性心筋炎モデルを用い、CTLA-4 IgGキメラ遺伝子を導入しT細胞の副シグナルを抑制すると、血行動態、炎症像と心筋のリモデリングに改善を認めた。また、SLPIの腹腔への投与では無効であったが、遺伝子を組み込んだプラスミドベクターの遺伝子導入で有用な効果が認められた。
2)周産期・新生児での低酸素性虚血性脳症における治療法の開発:これまで、新生児の低酸素性脳症患者で血中cytochrome cの上昇を認め、低酸素性虚血性脳症動物モデルでも、髄液および血中cytochrome cの上昇を確認した。このことから、低酸素性脳症患者の治療へこの動物モデルが応用できると考え、シクロスポリンの抗アポトーシス効果を新生ラットで低酸素性虚血性脳症動物モデルを用いて検討した。その結果21生日ラットでは明らかなシクロスポリンの効果が得られたが、7生日ラットでは効果を認められなかった。生後の日数における成熟の過程に疾患感受性の差の原因があるのではないかと考えられた。
3)川崎病における血管炎の病態解明に関する研究と治療法の検討:血管内皮細胞に対するmonoclonal抗体(clone P1H12)と骨髄由来の内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells)に対するmonoclonal抗体(clone AC133)を用いた免疫組織学的方法によって、KD20例におけるCEC及びEPC数を測定した。急性期から亜急性期における平均CEC数は、回復期や健常児に比較して有意に(P<0.05)増加していた。CAL有り群(6例)における平均CEC数は、CAL無し群(14例)に比較して有意に(P<0.05)増加していた。全CEC数中のEPCの割合は、4.4±1.2%(0~18%)であった。CAL有り群の亜急性期における平均EPC数は、CAL無し群に比較して有意に(P<0.05)増加していた。本検討より、血管炎に伴ってCECは増加することが判明し、CEC数やEPC数の増加はKDの血管内皮細胞障害を反映すると考えられた。これらは、多臓器不全のマーカにもなる可能性が示唆された。
結論
血管炎に連動した多臓器不全の劇症化と修復の分子機構を明らかにすることは、早期診断と治療成績向上に極めて重要である。肝臓など重要臓器の傷害や心血管系と好中球をはじめとする炎症細胞や炎症性サイトカインの活性化状態の解明が不可欠である。そこで、遺伝子異常の解析および、遺伝子改変による病態モデルの作製により、劇症化機転・修飾因子の解明と治療法の開発をめざした。
1)多機能不全因子の特定、2)疾患モデルマウス作製、3)治療法開発、の3プロジェクトから検討した。まず、1)病態と治療:多臓器不全に伴う疾患として、心筋炎、動脈炎、不整脈、インフルエンザ脳炎脳症、家族性血球貪食症候群、MPO欠損症、川崎病について解析した。2)機構解析・病態評価モデル動物の創生:肝炎、関節炎・血管炎の発症機転をLECT2、IL-1Ra、proCPRのノックアウトマウス、川崎病モデルマウス、およびCTLA-4 IgGキメラ遺伝子導入ラットを作製した。これら疾患モデル動物により、多臓器不全に関わる血管炎、肝炎、心筋炎に、川崎病の治癒機転ついて解析した。一方、多臓器不全に関わる補体C5a のCPRによる制御の重要性や、末梢好中球機能亢進とアポト-シスの遅延、川崎病モデルマウスによる血管傷害遺伝子の染色体をマッピング、血管炎における好中球の役割、脳症における血中チトクロームcの意義、TCRと多臓器不全への関与について解析し、主要なマーカ、遺伝子が浮かびあがった。3)プローブ開発と立体構造解析:ナノ微粒子の開発と、in vivoイメージング法をほぼ確立し、新規性の高い評価法を確立した。また、LECT2の結晶化によりX線結晶構造解析を行い、近々、その三次構造が明らかになる。
今後は、これら成果をベースに、1)難治性血管炎から多臓器不全化機構の解明とマーカの選定、2)血管炎の多様性と多臓器不全への移行との関連、3)感染により誘発される血管炎・多臓器不全と病態、4)発症・病態関連遺伝子網羅的解析とその特定、5)サイトカイン・免疫系のかく乱機構、6)評価法と診断と治療法確立、を計画している。これにより、モデルマウスの解析結果を発展させ、具体的な治療法の開発をめざす。

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