涙腺の分化増殖機構の解明と再生医療への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200739A
報告書区分
総括
研究課題名
涙腺の分化増殖機構の解明と再生医療への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
坪田 一男(東京歯科大学市川総合病院)
研究分担者(所属機関)
  • 斎藤一郎(鶴見大学歯学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
スティーブンス・ジョンソン症候群やシェーグレン症候群などにより消失または著しく傷害された涙腺の機能を回復することが本研究の目的である。涙腺細胞に効率よく増殖・分化を誘導する因子を同定するとともに、同定された因子を用いてin vitroで幹細胞より分化誘導した涙腺の構成細胞を移入することによりその機能の回復をはかる。
研究方法
(1)プロラクチン発現トランスジェニックラット(PRL-TG)の作出。涙腺・唾液腺局所にプロラクチン遺伝子を発現させるため、parotid secretory proteinのプロモーターであるLama6 を用い、この下流にラットプロラクチン遺伝子をつなぎTGの遺伝子を構築した。(2) PRL-TGにおける涙線・唾液腺放射線障害後の修復能の検討。上記で作成したTGの涙腺・唾液腺に15Gyの放射線照射を行う。コントロールの放射線照射を行った正常ラットと比較検討を行う。(3) p53-/-マウスより涙腺細胞株(ML)および唾液腺細胞株(MSG)の樹立。p53-/-マウスより涙腺および唾液腺を採取し酵素処理により細胞を分散した後、EGFおよび下垂体ホルモンを含んだserum free keratinocyte mediumで培養し細胞株を樹立した。(4)涙腺特異的分化誘導因子の同定。p53欠損マウスより樹立された涙腺細胞(ML)における発現遺伝子プロファイルをserial analysis of gene expression (SAGE)法により作成する。さらに、このdataをすでにhomepage上で公開されているES細胞の発現遺伝子プロファイルと比較し、統計学的解析を行い、涙腺特異的に分化を誘導する候補遺伝子を選択する。また、これまで涙腺と唾液腺は発生学的あるいは組織学的に非常に類似した組織と考えられ特異的なマーカー分子の報告はない。そこで、p53-/-マウスの唾液腺から樹立された唾液腺細胞の発現遺伝子プロファイルを涙腺と同様な方法により作成し、涙腺細胞株の発現遺伝子プロファイルと比較することにより、涙腺特異的に発現している遺伝子を同定する。(5)組織幹細胞の同定。肝臓をはじめ多くの臓器で特異的マーカー分子を利用した幹細胞の単離が可能となったが、これまで涙腺特異的な幹細胞のマーカー分子に関する報告はなく、幹細胞の単離は困難と考えられていた。最近になりES細胞、造血幹細胞、組織幹細胞に共通してATP binding cassette (ABC) transporter の発現が報告され、幹細胞マーカーとして利用が可能と考えられる。ABC transporterを有する細胞は色素排除能を有しHoechst3342で処理しても染色されない細胞群(side population, SP細胞)として検出されることが報告されている。この方法は、涙腺にも応用が可能で、具体的には、マウスより採取した涙腺を酵素処理し細胞を分散した後Hoechst3342により染色し、FACS Vantage(自動細胞分離装置:フローサイトメトリー)によりHoechst3342(-)分画をsortingする。
結果と考察
(1)乳汁分泌促進をはじめ外分泌腺の分化・増殖に関連の深い因子の一つとして知られるプロラクチンを介した再生機構を解明するために、parotid secretory protein (PSP)のpromoterであるLama6の下流にプロラクチン遺伝子を結合したconstructionを作成し、涙腺・唾液腺特異的にプロラクチン(PRL)を発現するトランスジェニックラット(PRL-TG)を作出した。(2)PRL-TGは正常ラットと比較し涙液および唾液量が亢進していた。また、涙腺および唾液腺に放射線照射を行った後 唾液・涙液量を測定したところコントロールラットでは著しく減少していたが、PRL-TGでは32週で回復した。さらに、PRLのin vitroにおける機能を明らかにするため、ヒト唾液腺細胞株(HSY)をPRLで刺激するとアミラーゼの発現亢進と転写因子CREBのリン酸化が誘導された。(3)単一遺伝子の欠損
を有するp53-/-マウスより涙腺(MLGG)・唾液腺細胞株(MSG)を樹立した。(4)MLGぉよびMSGではアンドロジェン添加マトリジェル上で培養するとbranchingが促進された。このbranchingはMEKインヒビターにより部分的に抑制され、PKAインヒビターにより完全に抑制された。次にcAMPを介してPKAを活性化するforskolin刺激によりリン酸化CREBが検出された。そのリン酸化はPKAインヒビターで抑制され、 MEKインヒビターでは抑制されなかった。以上の所見より涙腺・唾液腺の分化にCREBの関与が示唆された。(5)MLGにおける遺伝子発現プロファイルをserial analysis of gene expression (SAGE)法により作成し胚性幹細胞(ES細胞)の遺伝子発現プロファイルと比較することにより涙腺特異的に分化を誘導する遺伝子を統計学的に解析しその候補遺伝子の同定を行った。(6)SAGE法により作成されたMLGにおける遺伝子発現プロファイルとMSGにおける遺伝子発現プロファイルを比較し、涙腺特異的に発現する遺伝子を統計学的に解析した。(7) FACS(自動細胞分離装置:フローサイトメーター)を用いてマウス涙腺組織より組織幹細胞として知られるside population cell(SP細胞)を採取し、in vitro で培養可能なことを確認した。本研究ではPRL-TGおよびp53-/-マウスより樹立された細胞株(ML、MSG)を用いた解析により、プロラクチンやアンドロジェンが涙腺の分化増殖を誘導可能な因子であることが明らかとなった。また、これらの因子の下流にはcyclicAMP-PKA-CREBを介した経路が存在していることが示唆された。これまでの報告によりcyclic AMP (cAMP) を介する細胞内情報伝達経路は、細胞外シグナルに呼応した涙液の分泌調節機構として知られている。各種ホルモン (プロラクチン、エストロジェン、ACTH など) の腺上皮細胞における分化・増殖促進作用も 同様にcAMP を介して行われ、cAMPは重要なセカンドメッセンジャーであると考えられており、腺組織の分化・増殖機構に重要な役割を担っている可能性が大きい。今後、これらの経路を詳細に検討することにより涙腺組織再生のメカニズムを把握する予定である。これらの解析により得られた知見は、本研究の最終的な目的である涙液の分泌障害を有する患者の治療へ応用することが可能である。すなわち、これらの知見を用いて、患者本人の涙腺より得られた幹細胞あるいはES細胞よりin vitroで涙腺細胞を分化誘導し、患者の涙腺組織に移入する。また、現在解析が継続されているSAGE法により得られた情報を応用することによりES細胞より涙腺細胞を分化させることが可能であり、発生学的にも多くの知見を得ることが可能と考えられる。しかしながら、臨床応用を考えて場合拒絶反応の克服や倫理的な問題を残している。一方、今回、我々が、涙腺組織幹細胞として同定したSP細胞はこれまで骨髄、筋肉、肝臓および中枢神経で分離されており、特に骨髄のSP細胞は造血細胞に分化するのみならず、骨格筋、心筋、血管内皮への分化能を有していることが報告されている。組織幹細胞を用いる利点としては患者本人より採取することが可能で、in vitroで増殖分化誘導後、患者本人に移入することで、拒絶反応や倫理的な問題を回避することができる。しかしながら、in vitroで組織幹細胞に効率的に増殖を誘導する方法は確立されておらず、さらに検討が必要である。本研究は、再生医療により涙腺機能障害を持つ患者の治療のみならずin vitroで作製された涙腺細胞は生理的条件に近い人工涙液の供給源として応用が可能である。
結論
本研究により、プロラクチンおよびアンドロジェンが細胞内のcAMP-PKA-CREBを介し涙腺の組織再生に関与していることが明らかとなった。また、涙腺組織幹細胞としてSP細胞の存在が確認された。

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