筋萎縮性側索硬化症の病因・病態に関わる新規治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200737A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の病因・病態に関わる新規治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
糸山 泰人(東北大学大学院医学系研究科神経科学講座神経内科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野栄之(慶應義塾大学医学部生理学)
  • 野本明男(東京大学大学院医学系研究科微生物学)
  • 祖父江 元(名古屋大学大学院医学系研究科神経内科)
  • 阿部康二(岡山大学大学院医歯学総合研究科神経病態内科学)
  • 船越 洋(大阪大学大学院医学系研究科分子組織再生分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は神経難病の中でも最も過酷な疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)の新規の治療薬や治療法を確立することが研究目的である。今までの本班の研究成果は、変異Cu/Zn superoxide dismutase(SOD)遺伝子導入ALSラットを世界に先駆けて開発し、ALSの病因・病態解明ならびに治療法の開発を進めてきている。また、本邦で発見され開発された肝細胞増殖因子(HGF)がALS Tgマウスにおいて遺伝子工学的に治療効果があることを確かめている。これらの研究成果をふまえて、新たな研究班では、以下の4つを主な目的にして研究を行う。・ALSの新規治療薬の候補として最も有力視されているHGFの有用性の確立と臨床への応用を検討する。・ALS患者の脊髄前角細胞に対して薬剤を有効に導入する遺伝子治療のためのポリオウイルスを中心としたベクター開発を行う。・将来的なALS治療において神経幹細胞の移植療法の可能性を検討する。・ALSのSOD病因仮説以外の観点からの新規治療薬と治療法を開発する。
研究方法
1. ALS治療へのHGFの応用:
HGFは遺伝子工学的にALS Tgマウスに対する効果が認められている。このHGFを新たに作製されたALS動物モデルであるTgラットに対し髄腔内投与を行い、その治療効果を臨床的および組織学的に確かめる。また、遺伝子操作によりHGFを筋肉に特異的に発現させるTgマウスを作製し、その発現がALSに対して治療効果を示すかをALS TgマウスとのダブルTgマウスモデルを作製して検討する。
2. 遺伝子治療に向けてのベクターの開発:
ALSの遺伝子治療の開発には候補治療薬が変性運動ニューロンに有効に到達することが重要である。これらの目的で運動ニューロンに特異的感染性をもつポリオウイルスをベクターとして用いる方法を検討している。導入する候補薬剤遺伝子のサイズによりどの程度ポリオウイルスゲノムを改変できるのかの点とポリオウイルス自体の持つ神経毒性をどの程度の減少が可能かを検討した。
3. ALS治療に対する神経幹細胞移植の可能性:
ALSの将来的な治療として胚性幹細胞(ES細胞)から運動ニューロンを誘導し細胞移植する可能性が考えられる。マウスのES細胞から胚様体を経て多能性神経幹細胞の集合であるニューロスフェアを形成させ運動ニューロンの誘導を検討した。
4. その他の新規治療の可能性:
ALSの病因論にはグルタミン酸毒性があるが、その病態としてはAMPA受容体のGluR2の編集率低下が考えられている。この病因仮説に従いGluR2を高発現させるTgマウスとALS TgマウスのダブルTgマウスを作成し、GluR2の運動ニューロン死の抑制効果を検討した。その他、神経保護作用を持つと考えられるvascular endothelial growth factor、カルニチン、ニコチン、フリーラジカルスカベンジャー(エダラボン)の変性運動ニューロンへの細胞保護効果を検索し、臨床応用の可能性を検討した。
結果と考察
1. HGFのALSへの治療応用:
TgラットにHGF高容量(200μg)の持続髄腔内投与を行った結果、PBSを投与したコントロール群に比べて発症が約10~30日間延長し、腰髄の運動ニューロン数はコントロール群に対してHGF群では容量依存的に神経細胞が保存されていた。ラットHGFが筋肉特異的に発現するTgマウスの作製においては、ラインを3系統確認した。現在この筋肉HGF TgマウスとALS Tgマウスとを交配させ、ダブルTgマウスを作成し、筋肉HGFのALSに対する臨床的効果と運動ニューロン保護効果を検討中である。
2. ポリオウイルスベクターの開発:
ポリオウイルスをALSの遺伝子治療のベクターとして用いるためにポリオウイルスゲノムはどこまで改変可能であるかを検討した。現在のところ約3kbの外来mRNAの挿入が可能であることが明らかになっており、新規神経栄養因子のHGFやXIAP(X-linked inhibitor of apoptosis factor)などは挿入の可能性は十分あるものと考えられた。
3. 神経幹細胞移植の可能性:
マウス胚性幹細胞からニューロスフェア形成過程においてレチノイン酸を作用させることにより、マウスES細胞から運動ニューロンやその前駆細胞のマーカーであるHB9陽性細胞を高率に誘導することができた。
4. その他の新規治療薬の開発
運動ニューロンにほぼ特異的にGluR2遺伝子を過剰発現するTgマウスとG93A SOD1 TgマウスのダブルTgマウスでは、ALSマウスに比べ発症時期で約19.3%、生存日数で約14.3%の遅延が認められた。また、ミトコンドリア膜保護作用を持つカルニチン酸をALS Tgマウスに経口投与(400mg/kg/day)するとコントロールに比較して約1ヶ月発症が遅延しその寿命も約1ヶ月延長した。またラット脊髄初代培養系を用いてグルタミン酸毒性による運動ニューロン死に対してニコチン酸を加えることにより濃度依存性に運動ニューロン死が抑制された。
結論
本研究班にて開発された大型ALS動物モデルであるTgラットにHGFの髄腔内投与を行ったところ、臨床的にALSの発症を遅らせることができ、かつ脊髄前角細胞の運動ニューロン死の抑制効果を認めた。このことは今後ALS治療の臨床応用の道を開くもので極めて重要と考える。将来的にALSの遺伝子導入治療には、効率的なベクターの開発が重要と考えられる。運動ニューロンに特異的に感染性をもつポリオウイルスを遺伝子ベクターとして用いる際の遺伝子改変の可能性を検討したところ、HGFの遺伝子導入に対しても十分その運動ニューロン特異感染性を発揮し、かつポリオウイルスの毒性を削除することが可能であることが明らかにされた。さらにもう一つのALSの将来的治療としては神経幹細胞移植が有力視されている。マウスのES細胞から運動ニューロンないしその前駆細胞の誘導が可能になり、ラットALS動物モデルにおける神経細胞移植によるALSの治療実験の展開が可能となった。

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