特定疾患の生活の質(Quality of Life,QOL)の向上に資するケアの在り方に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200733A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患の生活の質(Quality of Life,QOL)の向上に資するケアの在り方に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中島 孝(国立療養所犀潟病院)
研究分担者(所属機関)
  • 石上節子(東北大学医学部附属病院)
  • 伊藤道哉(東北大学大学院)
  • 今井尚志(国立療養所千葉東病院)
  • 牛込三和子(群馬大学)
  • 小倉朗子(東京都神経科学総合研究所)
  • 川村佐和子(東京都立保健科学大学)
  • 久野貞子(国立療養所宇多野病院)
  • 熊本俊秀(大分医科大学)
  • 後藤清恵(新潟青陵女子短期大学)
  • 小森哲夫(東京都立神経病院)
  • 近藤清彦(公立八鹿病院)
  • 齋藤有紀子(北里大学)
  • 清水哲郎(東北大学大学院)
  • 難波玲子(国立療養所南岡山病院)
  • 福永秀敏(国立療養所南九州病院)
  • 福原信義(国立療養所犀潟病院)
  • 藤井直樹(国立療養所筑後病院)
  • 堀川楊(医療法人朋有会堀川内科・神経内科医院)
  • 水島洋(国立がんセンター研究所)
  • 宮坂道夫(新潟大学)
  • 山内豊明(名古屋大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特定疾患のなかで、神経難病に代表される重篤で難治性の疾患群は、遺伝子異常などの病態の解明以上に、患者の闘病意欲をあげ、QOL(Quality of life,生活の質)の改善を図り自立度を向上させるための方策、緩和ケア技術を検討する必要がある。このために、保健・医療・福祉にかかわる多職種の活動を連携・効率化し、患者のQOLを最大限に向上する方法論を確立する必要がある。また、難病の早期診断技術、遺伝子診断技術の発展・普及の一方で、治療不可能な難病患者に対するインフォームドコンセントと心理カウンセリングの不足が臨床現場で問題となっており、難病患者のQOLの向上のため方法の標準化が必要となった。治療不能な疾患に対する体系的なケアである緩和ケアは、その国の文化や医療制度と密接な関連を持っているために、諸外国の方法をそのまま導入できないが、わが国で遅れている難病分野での緩和ケアの導入を行う準備が必要である。本研究では以下の4つの項目について検討をおこなった。1.難病の緩和ケアに関する研究およびインフォームドコンセント、遺伝子診断、心理カウンセリングの方法についての研究。がん、AIDS領域の緩和ケアとの比較、国際比較も含む。2.難病患者の診療・看護・介護のクリティカルパスについての研究およびQOL改善技術の研究。ALSの在宅療養のQOL向上を含む。 3.神経難病のケアにおける情報システムの利用に関する研究。意思伝達装置の研究も含む。4.難病のグループセラピーの方法の検討とセルフグループの育成についての研究。この4項目について、難病の診療現場で必要な臨床研究や事例研究、比較研究をおこない、文献的な考察と学際的な考察を通して、実際に利用可能で普遍的なQOL向上を目的とした難病ケアモデルの構築を目指した。
研究方法
研究対象としては筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症、パーキンソン病、ハンチントン病、などの神経難病患者および家族、その疾患に携わる保健・医療・福祉従事者を対象とした。また類似の遺伝性難治疾患として家族性大腸腺腫症をモデル疾患とした。方法論としては診療・在宅をめぐる患者の事例研究。事例研究の一部として、患者家族が起こした刑事事件の供述書などの検討もおこなった。神経患者および家族に対する面接調査およびアンケート調査、死亡した神経難病患者の家族に対するアンケート調査、神経難病病棟看護師に対するアンケート調査、パーキンソン病治療および筋萎縮性側索硬化症の在宅における経済分析、評価尺度研究としてはALSFRS-Rと独自のパーキンソン病評価尺度による評価をおこなった。精神分析手法をハンチントン病家族の心理過程の分析に利用した。文献研究はnarrative based medicine、各国のALS医療における緩和医療などについておこなった。次に、神経難病のクリニカルパスをモデルとして作成するために、同時にその背景となる療養工程モデルをALSを対象に検討した。実践的研究方法
もこの研究班ではおこない、難病リハビリテーション技術(難病デイケア)を開発研究した。また、身体障害がある難病患者が広く研究会や班会議に参加してもらえる技術としてインターネット中継技術の検討を班会議のなかでおこなった。またALS等の患者に対する意志伝達装置の開発研究を電子文字盤の開発としておこない臨床的な評価をおこなった。
結果と考察
難病の緩和ケアについてはわが国では体系的な研究がなされず、緩和ケアの概念は癌、AIDSなどの領域で検討されてきた。欧米においては、当初より神経難病は緩和ケアの対象疾患とされているが、神経難病における緩和ケアについて概念検討し現在日本で行われている神経難病ケアと比較検討し、同時に、身体管理、看護、リハビリテーション、介護法のみならず、インフォームドコンセントや心理的アプローチについての方法論的検討をおこなった。緩和ケアは、その国の文化や医療制度と密接な関連を持つために、諸外国の方法をそのまま導入できず、医療、心理、倫理学的な比較分析研究が重要である。まず、初年度には神経難病領域の緩和ケアの国際比較を目的に、国際的な名著である「Palliative Care in Amyotrophic Lateral Sclerosis, Oxford University Press 2000」を班員共同で翻訳(出版は2003年中に予定)し、用語や概念を確定した。また、音楽療法や事前指示書(advance directives)についての研究をおこなった。神経難病ケアにおけるわが国での緩和ケアの導入の問題点として、緩和ケアの本質として、患者のautonomyの回復におかず、euthansia(安楽死)を緩和ケアと勘違いしている場合が多いことがわかった。難病患者のQOL向上のための遺伝子診断と心理サポートのあり方に関してはハンチントン病をモデルに検討した。他国における各種の遺伝子診断ガイドラインも参考にしてQOL向上のために、実際の心理過程の分析をおこなうと同時に遺伝性神経疾患においておきる生命保険の引き受けの問題を家族性腫瘍との対比でおこなった。難病患者の診療・看護・介護の標準マニュアル(クリティカルパス)についての研究グループは療養工程モデルを参考に、多職種が参加し、利用する標準的マニュアル(クリティカルパス)の作成を開始した。神経難病における在宅に向けてのリハビリテーションは病院によって著しく異なりレベルの差が多く、難病患者・家族に対するQOL改善のためのケア技術、効果的なケア体制についての研究を身体障害、栄養、呼吸などの領域で研究した。難病における心理カウンセリング・セルフグループの育成についての研究グループは神経難病患者の心理的な自立により積極的な社会参加が行えるようなカウンセリング技術を研究した。上越保健所をモデルとして実践した「心理的支援の介入モデル」の研究をさらに進め、患者・家族の心理援助のための技術を普及するためのマニュアル「神経難病患者におけるサポートマニュアル-心理サポートと集団リハビリテーション」を利用し、初年度に保健師、看護師を対象とした全国研修会を開催した。神経難病のケアにおける情報システムの応用に関する研究グループではQOLを向上するために診療・福祉連携における情報システムの利用研究及び患者、家族および保健・福祉担当者に対する情報の提供手段としてのインターネットなどの利用について情報保護も考慮し研究した。初年度は班会議を患者、家族、保健医療福祉従事者、市民むけにインターネット中継する方法の研究をおこなった。難病病棟での患者向けインターネットサービスの研究を行った。難病患者の意志伝達は十分なインフォームドコンセントのために必要であり、情報・人間工学を利用し意志伝達装置の検討をおこなった。初年度は高価ではない四肢麻痺患者用の携帯用意志伝達装置の開発研究をおこなった。また今後、視線入力装置の改良研究をさらに進め、重症患者にも利用可能な意思伝達装置の利用開発研究を行う予定である。
結論
緩和ケアは、その国の文化や医療制度と密接な関連を持つために、諸外国の方法をそのまま導入できない。わが国で遅れている難病分野での緩和ケアの導入においても同様で、医療、心理、倫理
学的な比較分析研究をとおし、用語や概念を確定し、神経難病領域の緩和ケアの実際についての検討をおこなった。わが国の緩和ケアには欧米と比較し患者のautonomyの回復の視点がとぼしく、euthanasia(安楽死)との区別が不明な部分があり、神経難病領域に導入する際に大きな問題があることがわかった。また欧米では緩和ケア自体は病初期からあらゆる病末期まで対応すべき方法論であるが、わが国の緩和ケア概念では病末期の痛みのコントロールのための対応技術を緩和ケアということがおおく、今後、難病における緩和ケアを導入する際には再定義が必要であると考えられた。次に、QOL研究は医療資源の再分配を目的とした費用対効果(効用値)のために必要という議論があるが、難病領域ではこの目的にあきらかに利用できるQOL評価尺度が現時点ではないことがわり、根本的な治療が不能な難病患者のQOLを真に反映させるためのQOL尺度を開発することができるかどうかの検討が今後必要である。また、情報ネットワーク技術の利用・活用は難病領域できわめて重要であることがわかり、研究班会議のインターネット中継も大変有用であった。また、班会議で作成したマニュアル類のPDF版などでの提供も有用だった。(申請者のグループが開始したhttp://www.saigata-nh.go.jp/nanbyo/index.htmを参照)。このような情報技術により差、地域差や病院差に関わらず、共通で普遍的な援助介入モデルを実務者に対して提示し、国民すべてが享受できる一定の援助技術の水準を上げることが可能と思われた。神経難病患者のコミュニケーションサポートをおこなうために、心理的なサポートと意志伝達装置の実際の開発研究が必要であることを示した。ヒトゲノム計画にともないあらゆる人間がなんらかの遺伝子変異を持つが、それ自体の治療は開発されていない時代であり、今後、今までの健康・病気の遺伝概念とは異なる倫理の再構築をおこなう必要性があると考えられた。

公開日・更新日

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