罹患組織における遺伝子発現プロファイル解析からの病因解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200731A
報告書区分
総括
研究課題名
罹患組織における遺伝子発現プロファイル解析からの病因解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
油谷 浩幸(東京大学国際・産学共同研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 井原茂男(東京大学先端科学技術研究センター)
  • 小室一成(千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学)
  • 戸田達史(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 古江増隆(九州大学大学院医学研究院皮膚科学)
  • 和田洋一郎(東京大学駒場オープンラボラトリー)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
希少性疾患は通常の遺伝解析のみによる病因解明が困難であるがゆえ、未だ原因不明であり、適切な治療法の開発も進められておらず、原因遺伝子が解明されても適当な治療標的分子の同定が必要となる。ヒトゲノム計画の進展は遺伝子塩基配列や発現情報などの網羅的データを基礎として新たな作業仮説を立て検証するという研究手法を可能とした。ヒト疾患は個体あるいは臓器というシステムの破綻であり、それは生体固有のフィードバック機構により必ずしやトランスクリプトーム(遺伝子転写の総体)に反映されていると推定される。罹患組織における多数の遺伝子の発現変動を同時に正確に捉えることによる病態解明、いわば「臨床ゲノム学(clinical genomics)」の樹立が肝要である。本研究班では、希少性疾患について罹患組織のトランスクリプトーム解析により、病態解明あるいは治療法開発のための標的遺伝子候補を探索すべく、発現プロファイルデータベースの拡充、データ交換システムの構築、微量組織からの高感度トランスクリプトーム解析技術の確立、希少性疾患解析への応用に関する研究を行った。
研究方法
(1)遺伝子発現プロファイルデータベースの拡充、データ交換
複数の研究機関の研究者の間で解析結果を共有するためにはwebベースの閲覧システムの開発が求められる。データベースの構造は様々なマイクロアレイの測定方式に対応可能であり、遺伝子情報の更新、ヒト正常組織における発現情報とのリンクを行えるように遺伝子発現プロファイルデータベースを構築した。遺伝子の生物医学的な意味つけを行なうために、自然言語処理技術を応用した文献情報検索を応用した遺伝子および蛋白質の相互作用探索を可能とする情報処理技術をPCクラスター11台(LINUX)を用いて開発した。
(2) 微量組織からの高感度トランスクリプトーム解析技術の確立
薄切操作、染色過程におけるRNA分解、染色溶液中におけるRnase、溶液中の浸透によるRNA流出、マイクロダイセクションにかかる時間がRNAの質にあたえる影響について検討した。
(3) 希少性疾患解析への応用
特発性心筋症の解析には左室縫縮術の際に切除されたヒト不全心筋を用いた。天疱瘡や類天疱瘡をはじめ、コントロールとして種々の難治性皮膚疾患(乾癬、皮膚炎、腫瘍など)の病変部および健常部組織の解析をGeneChipを用いて遺伝子発現パターンを比較した。神経筋疾患の解析にはヒト筋特異的DNAチップを作成し、福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)患者4人、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)患者の筋組織、正常筋組織からRNAを抽出し、DNAチップにハイブリダイズした。原発性高脂血症に関連する平滑筋細胞の脂質蓄積に関する研究には、ウサギ由来血管内皮細胞、平滑筋細胞を混合培養器を用いて共培養の系を構築し、脂肪蓄積を観察した。網羅的な遺伝子解析はGeneChipを用いて行った。
結果と考察
(1)発現プロファイルデータベースの拡充、データ交換
今後のマイクロアレイ解析結果の公表に際してはMIAME (Minimum information about a microarray experiment)に準拠したデータ様式が必須とされるので、次年度以降に開発を進める予定である。希少性疾患の場合その数が極めて少ないことが予想される。全ての遺伝子を特徴として学習を行なうと、分類に不要な遺伝子がノイズになり、分類のときの精度が落ちてしまう。また決定すべきパラメータ、つまり各特徴にかかる重みの数(約40,000)に対してサンプル数が極端に少なくなり分類誤差が極めて大きくなり、結果に意味がなくなるというオーバーフィッティング現象がおきる。RFE(Recursive Feature Elimination)では評価関数を導入し、それにより遺伝子の重要度を決定する。線形SVMでは分離面における各遺伝子の重みがそのまま遺伝子の重要度となる。この手法の利点は学習アルゴリズムをそのままランク付けに用いることにより、分類に必要な特徴をうまく抽出できる点である。非線形分離にも拡張が容易であるので、我々はRFEを用いたSVMを開発することにした。一方、相互作用探索システムでは、ユーザビリティの向上を考慮して以下の情報処理技術を開発・改良した。
(2)微量組織からの高感度トランスクリプトーム解析技術の確立
マイクロダイセクションよりとられた、微量検体からのRNA増幅過程において、最終産物の量、qualityに重量な影響を及ぼす要因がいくつか判明した。そのうちいくつかはコントロール可能なものであり、特にアルコール性の染色液を用いて染色と固定を同時に行うことにより、大きな改善が見られた。100ngおよび1?gを用いた実験間のシグナル値の相関係数は0.97であり、2倍以上のシグナル値の差があったものは全体の5.86% 、5倍以上の差を示したものは0.5%であり、100ngのRNA試料により通常とほぼ同様な解析結果が得られることが認められた。
(3)希少性疾患解析への応用
病因の異なる不全心筋において共通して変化する遺伝子群が存在することが明らかとなりこの中に心不全への進行に重要な役割を担っている遺伝子が存在する可能性があると考えられる。AIF (apotosis-inducing factor) は正常状態ではミトコンドリアに局在し、何らかの刺激により核に移行するとアポトーシスを誘導する。不全心筋でAIF遺伝子の発現が亢進し、かつ核にその局在を認めたことより、心不全の進行にAIFによる心筋細胞アポトーシスが重要であると考えられる。また、今回の研究によってCSX/NKX2-5が不全心筋で発現が低下していたことより、ヒトにおいても成体心におけるその機能と形態の維持にCSX/NKX2-5が重要な役割を担っていると考えられた。
FCMDは筋線維の壊死・再生とは無関係に、生直後より線維化が高度に起こり、病状が不変で進行の緩除な筋線維化病であることが示された。筋細胞もしくは間質の線維芽細胞が、基底膜の脆弱性に対し修復機構として細胞外マトリックス成分を過剰産生していることが線維化の原因である可能性があり、基底膜機能の破綻により細胞外マトリックス成分から筋細胞への分化シグナル伝達の異常が起こっている可能性が示唆された。
難治性皮膚疾患を対象として、天疱瘡2例、類天疱瘡5例、そして疾患コントロールとして多形紅斑1例、黒色腫1例、パジェット病2例の病変部よりmRNAを採取した。
原発性高脂血症では動脈硬化症の進展が臨床的な問題となるが、IL-6、IL-8 の誘導が低酸素下のLDL負荷において認められたことから,白血球の動員を促進することによる動脈硬化病変の形成やリンパ球の分化促進作用によって局所での免疫作用を増強していることが推測された。生体内の現象を解析する上で有効であると思われた。
結論
大量の発現プロファイルデータを共同研究者間で共有し解析を進めるためのデータサーバシステムの構築を行った。SVM(Support Vector Machines)、文献情報検索を多用した遺伝子および蛋白質の相互作用探索システムともに、プロトタイプを開発し、当初の目標を達成することができた。微量検体からの解析については、新たな増幅プロトコールの確立により100ngからでもほぼ通常と同様の解析結果が得られた。
病因の異なる不全心筋を用いて、DNAチップ解析を行ったところ、正常心筋と比較し、数百の遺伝子の発現の変化を認め、不全心の遺伝子変化を包括的に検討するのにDNAチップは有用であると考えられた。FCMDでは、原因遺伝子フクチンのコードするフクチン蛋白の機能喪失により、筋細胞膜のαジストログリカンが糖鎖修飾をうけず、そのため筋基底膜成分のラミニンとの結合が弱くなるため、筋基底膜の破綻が生じる。その結果、筋細胞自体の分化異常と、線維産生過剰とが相俟ってFCMDの病態を作り出していると考えられた。混合培養系から、低酸素下 LDL を添加することによって、平滑筋細胞への脂質蓄積現象が観察され、脂質代謝や免疫応答に関与する遺伝子の発現変動が認められた。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)