特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200724A
報告書区分
総括
研究課題名
特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
高岡 邦夫(大阪市立大学大学院医学研究科整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 吉川 秀樹(大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学)
  • 長澤 浩平(佐賀医科大学内科)
  • 居石 克夫(九州大学大学院医学研究院病理病態学分野)
  • 松本 忠美(金沢医科大学整形外科)
  • 廣田 良夫(大阪市立大学大学院医学研究科公衆衛生学)
  • 神宮司 誠也(九州大学大学院医学研究院整形外科)
  • 久保 俊一(京都府立医科大学整形外科)
  • 津田 裕士(順天堂大学医学部膠原病内科)
  • 加藤 茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 中島 滋郎(大阪大学大学院医学系研究科小児発達医学)
  • 小林 千益(信州大学医学部整形外科)
  • 大橋 弘嗣(大阪市立大学大学院医学研究科整形外科)
  • 大園 健二(国立大阪病院整形外科)
  • 田中 良哉(産業医科大学内科)
  • 渥美 敬(昭和大学藤が丘病院整形外科)
  • 長谷川 幸治(名古屋大学大学院医学研究科運動形態外科学)
  • 佛淵 孝夫(佐賀医科大学整形外科)
  • 進藤 裕幸(長崎大学医学部整形外科)
  • 松野 丈夫(旭川医科大学整形外科)
  • 松本 俊夫(徳島大学医学部内科)
  • 谷口 俊一郎(信州大学医学部加齢適応研究センター)
  • 大橋 俊夫(信州大学医学部臓器移植細胞工学系専攻)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特発性大腿骨頭壊死症は壮年期成人に好発し、その罹患によって股関節が破壊され起立歩行障害によりQOLが著しく侵される疾患である。本研究班が行った全国調査によれば、本疾患の年間新規罹患者数は3000人と推計され、年々増加傾向にある。本疾患の病因は必ずしも明らかではないが、本疾患は年々増加傾向にある。特にステロイド剤使用後の本疾患患者が次第に増加し、大腿骨頭壊死症患者の半数を占めている現状は問題である。ステロイド剤が本疾患を誘発する機序は不明であり、したがって予防措置がとれないのが現状である。骨の微小循環障害に起因する阻血性骨壊死が本疾患の本態とされるが、ステロイド剤が骨微小循環にどのような機序で障害をきたすかがいまだに明解ではない。また、ステロイド剤の血液凝固能の亢進や脂質代謝異常の病態への関与も指摘されている。例えばSLE患者ではステロイド剤が投与された患者の10%前後に本疾患が発症する。これらの患者ではステロイドに対する感受性が亢進しているか、ステロイド剤の薬物代謝機能が低下している可能性がある。すなわちステロイド剤に対する反応の個体差または本疾患罹患素因が存在することが窺われる。また、最近、わが国でも移植医療が注目されるようになったが、臓器移植後に汎用されるステロイド剤による大腿骨頭壊死症の発生も危惧される。臓器移植にともなう本疾患の発症状況の監視と予防法の開発が急務である。そのため本研究班では、すでに普及している腎移植に限らず、骨髄移植、肝移植、心移植患者での本疾患の発生についても調査を要する。本疾患に罹患した患者については、正確に診断し有効かつ能率的に治療を進めるための診断基準、病型・病期分類と適切な治療指針が必要であり、その確立も本研究班の大きな使命である。このような現状認識のもとに、平成11年からの厚生省特定疾患対策研究事業―骨関節系調査研究班―特発性大腿骨頭壊死症調査研究分科会を新しく組織した。要約すると本研究班の目的は以下のごとくである。
A. わが国での特発性大腿骨頭壊死症発生状況の年次推移の調査監視
B. 診断基準、病期・病型分類の確立と普及
C. 合理的な治療指針の作成と治療法の普及
D. 本疾患の病態解明
E. 予防法の確立と普及
研究方法
具体的な研究課題に取り組むために、班に以下の5作業グループ(疫学調査、病態解析、治療指針・予防、遺伝子解析、臓器移植)を組織し共同研究を行った。
F. 疫学調査
班員が属する13医療施設での定点モニタリングを継続して行い、ステロイド剤投与に関連した患者数の動向を調査する。(担当:廣田)
G. 病態解析
病因病態解明のための研究は以下のB1~B3に細分して行う。
B1. 微小循環に対するステロイド剤の作用についての基礎および臨床研究
血管の運動機能(収縮、弛緩)へのステロイド剤の影響を動的に観察するために、実験動物の骨内微小血管の運動をex vivoで直接観察できる実験系を用いる。(担当:大橋)ステロイド剤の血管内皮機能障害の機序について基礎的、臨床的に検索をすすめる。(担当:進藤、長澤、松本、田中)ステロイド剤の骨髄内脂肪細胞への影響について調べる。(担当:佛淵)
B2. 血液凝固能抑制による大腿骨頭壊死症の予防効果についての臨床研究
ステロイド投与が必要なSLE患者にプロブコールやワーファリンを同時に投与し、非投与の対照群と本疾患の発生および発症頻度を比較した。(担当:神宮司)
B3. 脂質代謝異常の本症発生への関与に関する研究
ステロイド剤投与を行うSLE患者に高脂血症の治療として、スタチン系薬剤の投与および血漿交換療法の併用を行い、大腿骨頭壊死症の発症が抑制されるかを検討する。(担当:津田)
H. 治療指針・予防
治療指針・予防のための研究は以下のC1、C2に細分して行う。
C1. 診断基準、病型分類、病期分類の確立
本疾患の診断基準、病型分類、病期分類についてその妥当性を検討する。(担当:神宮司)壊死領域の三次元的評価をMRIを用いて行う。(担当:吉川、菅野)
C2. 診断治療ガイドラインの確立
病期・病型分類に基づいた外科的治療の適応、治療成績をEBMの観点から調査する。(担当:大園、松野、長谷川、渥美、小林)
I. 遺伝子解析
本疾患罹患素因の同定のためにステロイド感受性に関係する遺伝子であるとされている11beta-hydroxysteroid dehydrogenase type 2遺伝子やCYP3A4遺伝子の遺伝子多型について検索する。(担当:久保、中島)ステロイド感受性の個体差を調べるためにCYP3A4の活性及び発現量を測定する。(担当:高岡)
J. 臓器移植
腎移植患者のグルココルチコイド受容体や、CYP3A4、11beta-hydroxysteroid dehydrogenase遺伝子の遺伝子多型について調べる。(担当:久保、中島)
結果と考察
K. 疫学調査
1997年から実施している定点モニタリングの結果、特に背景因子の分布においてステロイド性の割合が増加してきた。多部位の骨壊死の合併は、骨シンチが施行された症例のうちの16.6%に認められ、ステロイド全身投与歴のある女性に優位に多かった。
L. 病態解析
B1. 微小循環に対するステロイド剤の作用についての基礎および臨床研究
日本白色家兎の骨内微小血管の運動をex vivoで直接観察した結果、COX阻害薬のステロイド剤投与家兎への投与は、同家兎から摘出した骨髄内抵抗血管のアラキドン酸誘発性拡張反応を有意に減弱することが判明した。NOや可溶性プロテインC、糖化最終産物(advanced glycation end products)が血管内皮細胞の障害に関与し、これらと骨頭壊死症発症との関連が示唆された。骨髄内脂肪細胞を観察すると、培養条件下ではステロイド剤投与により骨髄内脂肪細胞径は1.2倍弱に増大することを確認した。
B2. 血液凝固能抑制による大腿骨頭壊死症の予防効果についての臨床研究
ステロイド誘発骨壊死モデルを用いた実験において、抗高脂血症剤であるプロブコールを予防的に投与することにより、骨壊死発生率が70%から38%へと有意に低下し、さらにプロブコールと抗凝固薬であるワーファリンを併用投与した結果、骨壊死発生率は8%へと有意に低下した。
B3. 脂質代謝異常の本症発生への関与に関する研究
高脂血症を認めるSLE患者2例に対し血漿交換療法(LDL吸着療法)を施行して血清総コレステロール値を低下させた結果、1例は大腿骨頭壊死症の発症はみられていないが、1例は6ヶ月後にMRIにて大腿骨頭壊死が確認された。
M. 治療指針・予防
C1. 診断基準、病型分類、病期分類の確立
本疾患の診断基準についてその妥当性を検討した。病型をより正確に評価するために3D-MRIを用いて壊死域の評価を行った。本症患者を経時的に観察することにより、病型分類の妥当性について検討した。
C2. 診断治療ガイドラインの確立
治療ガイドライン作成のために彎曲内反骨切り術、大腿骨頭後方回転骨切り術、人工骨頭・人工関節置換術の治療成績を病期・病型分類に基づいて調べた。
N. 遺伝子解析
ステロイド代謝酵素であるCYP450のSNPと大腿骨頭壊死症発生の関連は認められなかった。輸送蛋白P-glycoproteinをコードするMDR1について調べた結果、MDR13435TTの遺伝子型で統計学的有意に大腿骨頭壊死症発生のオッズ比の低下を認めた。グルココルチコイド代謝に関係するCYP3A4活性を調べる方法を確立し、大腿骨頭壊死症の発生と個体間のCYP3A4活性との関連性が示唆された。グルココルチコイドと同じ核内受容体スーパーファミリーに属するandrogen receptor (AR) のノックアウトマウスと、グルココルチコイド受容体の転写制御に必須の転写共役因子であるsteroid receptor coactivator-1 (SRC-1)のノックアウトマウスの骨代謝について調べた結果、ARKO雄マウスは高回転型の骨量減少を呈し、SRC-1 KO雌マウスでは脂肪増加を伴う骨量減少を呈した。組換えセンダイウイルスベクター(recombinant Sendai virus: SeV)を用い、ラット関節滑膜に血管新生因子fibroblast growth factor-2 (FGF-2)を遺伝子導入したところ、関節炎および骨破壊が増悪したことから、炎症の遺伝子制御が大腿骨頭壊死症における関節破壊に対して有効な治療法となる可能性が示唆された。
O. 臓器移植
グルココルチコイド受容体の遺伝子多型(JST6606、32069)を調べた結果、JST32069多型のTアレルを有する患者で大腿骨頭壊死症発症が少ない傾向があった。
結論
本疾患の発生状況を把握し罹患危険因子を同定するために行った疫学調査では、ステロイド性の割合が増加し、本疾患の約半数を占めていた。本疾患の診断基準・病型分類・病期分類の妥当性を証明した。本疾患の病因病態は未だ不明であるが、その解明のために多岐にわたる研究を行った。その主なものは、骨微小循環に対するステロイド剤の血管内皮細胞障害と血管運動系の両面からの関与がし示唆された。本疾患発生の予見のためにステロイド感受性の個体差の診断が有力な方法になうると考えられた。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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