神経皮膚症候群に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200722A
報告書区分
総括
研究課題名
神経皮膚症候群に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中山 樹一郎(福岡大学医学部皮膚科)
研究分担者(所属機関)
  • 板見智(大阪大学大学院医学研究科皮膚科)
  • 大塚藤男(筑波大学臨床医学系皮膚科)
  • 大野耕策(鳥取大学医学部神経生物学)
  • 佐谷秀行(熊本大学医学部腫瘍医学)
  • 土田哲也(埼玉医科大学皮膚科)
  • 中村耕三(東京大学大学院医学研究科整形外科)
  • 新村眞人(東京慈恵会医科大学皮膚科)
  • 樋野興夫(癌研究所実験病理部)
  • 水口雅(自治医科大学小児科)
  • 吉田純(名古屋大学大学院医学研究科脳神経外科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、神経皮膚症候群の治療指針作製を含めたこれまでの研究成果を基礎に、新治療法を開発・確立してその臨床応用を実現することである。平成14年度は、NF1の神経線維腫・色素斑に対する新治療法開発のための基礎研究、NF2に対する遺伝子治療の基礎的技術の確立、TSでは腫瘍抑制シグナルに関連して分子標的に基づいた治療法開発を主な目標とした。
研究方法
神経皮膚症候群の病態生理の解明と治療法開発に向けた基礎研究を行った。NF1,NF2,TSの病態発生予防、治療のための基礎的情報を得る目的で、それぞれの原因遺伝子とその蛋白の細胞内機能の解析をすすめた。当該年度において、NF1の研究ではNF1遺伝子ノックダウン法を確立し、細胞内シグナル・細胞骨格の変化を生化学・形態学的に解析した。神経線維腫の腫瘍増殖への血管新生因子などの増殖因子の関与を遺伝子発現レベルで解析した。インターフェロンの腫瘍増殖抑制効果については、血管新生因子抑制と腫瘍細胞の増殖抑制の両面から、マイクロアレイやRT-PCRを用いて遺伝子発現レベルを解析した。NF2研究では変異NF2蛋白の発現ベクターによる細胞内局在の変化確認、結合蛋白質に対する抗体による相互作用、結合部位の同定、相互作用する蛋白質の活性解析、過剰発現による細胞内局在の変化や細胞内転写活性への影響を調べ、明らかになった腫瘍抑制シグナル伝達経路上の分子標的に作用する薬剤等による新治療法を提唱した。NF2遺伝子治療の基礎研究として、シュワン細胞腫由来の初代培養細胞にマーカー遺伝子導入後にその発現を確認した。次年度以降、アデノウイルスベクターとリポソームの複合体や、アデノ随伴ウイルスベクターを包埋した多重膜リポソームなどのハイブリッドベクターを神経皮膚症候群に対する分子治療の可能性確認の為の基礎研究も予定されている。TSでは、TSC2蛋白の欠失変異体発現トランスジェニックラットやシグナル伝達系の各種解析、免疫染色による関連蛋白の発現状態についての検討を通して、新治療法開発のための分子標的の確認を進めている。本研究では神経皮膚症候群患者の病態を、全国規模の疫学・臨床統計および個々の医療施設における臨床症例検討により継続的に把握分析している。厚生労働省科学研究費補助金特定疾患対策研究事業の特定疾患の疫学に関する研究班と共同で、家族歴のない神経線維腫症1型の発症関連要因および予防要因を解明するための症例対照研究の準備も開始した。これまでに作製された本症の治療指針に沿った治療を行い、その治療効果を確認し、さらに必要があれば、個々の患者の重症度に応じて従来の治療法を組み合わせた治療を適応し、治療成績を解析し有用性について検討した。
結果と考察
神経皮膚症候群の病因、病態生理の解明と治療法開発に向けた基礎研究として、NF、TS蛋白の機能解析、新治療法の開発およびその作用機序の解明を試みた。NF1蛋白(neurofibromin)はRas抑制因子として、増殖因子により誘導される細胞骨格系の変化を調節し、正常な神経細胞の神経突起伸展形成に重要であることが明らかになった。NF1の神経線維腫において、血管増殖因子VEGF、bFGFが強発現している細胞が、S-100陽性であることを明らかにした。神経線維腫由来培養細胞では、VEGF subtypeのVEGF121の発現のみ
が認められbFGFと共同して血管新生を行っていると考えられた。神経線維腫由来培養細胞にヒトγIFN遺伝子を導入するとγIFN自己分泌により増殖抑制され、遺伝子治療への応用が期待できる。cDNAマイクロアレイ解析をおこなったところ、γIFNによって多数のJak/Stat1依存性の遺伝子発現がみられ、cdc2発現が低下しており、IFNレセプター下流のJak/Stat1を介した細胞周期阻害が増殖抑制機序として示唆された。培養ヒトメラノサイトに対するビタミンD3の増殖抑制機序解明のためマイクロアレイにて遺伝子発現を解析し、ビタミンD3によるβcatenin/LEF-1シグナル伝達系の抑制がcyclin D1の発現を抑え、細胞増殖抑制を引き起こすと推測された。NF2蛋白は細胞内結合蛋白質群と協調して細胞接着、DNA修復/転写調節因子として、腫瘍抑制シグナルを伝達していることが示唆された。リポソームにマーカープラスミドDNAを包埋し、NF2患者の聴神経腫瘍(シュワン細胞腫)由来の初代培養細胞に遺伝子導入したところ、遺伝子発現が観察できた。アデノウイルスベクター・リポソーム複合体や、アデノ随伴ウイルスベクターを包埋した多重膜リポソームなどハイブリッドベクターでの、遺伝子発現効率の飛躍的向上が望め、NF2分子治療の有望な手段と考えられた。TSに関する研究では、Tuberinの欠失変異体発現トランスジェニックEkerラットによって、tuberinの腫瘍抑制領域を明らかにした。hamartinとtuberinがインシュリン・シグナル伝達系のS6キナーゼの上流かつAktキナーゼの下流で機能することが明らかになった。TSC シグナル伝達系の分子標的に基づく治療の実際を示した。TSC1遺伝子hamartinと結合する分子をyeast two hybrid法でスクリーニングし、神経細胞分化と細胞死に関与するNADE(p75NTR associated cell death executor)と細胞周期に関与するMAT1が結合することを明らかにした。Hamartinは細胞周期進行に関与する cyclin-dependent kinase (Cdk) 活性化リン酸化酵素(CAK)の構成蛋白質であるMAT1に結合し、細胞周期を制御している可能性があり、この機能の異常が過誤腫形成と関係している可能性が示された。Tuberin やhamartin による細胞周期調節分子発現への影響を調べたが免疫染色では発現変化は認められなかった。さらに、治療指針に基づき新たな治療法開発を目標として臨床研究を行った。NF1合併脊髄腫瘍は、術前の諸検査による責任病巣の限定により、低侵襲手術で高い患者の満足度が得られ、患者QOLの為の適時、必要最低限の手術には責任病巣の決定が重要と考えられた。βIFNの全身および局所投与をNF1患者に行い、エタノール局注射療法後の腫瘍再発期間の延長と比較的大型の腫瘍に対する増殖抑制効果が期待された。レーザー治療が無効であったカフェオレ斑にレーザー治療とビタミンD3の併用したところ、ビタミンD3単独より優れた相乗効果が認められた。孤発例NF1男児で生下時より右乳頭に皮膚神経線維腫の存在が確認された。若年者で皮膚分節に一致した限局性小褐色斑が見られる患者のなかに中年期以降に神経線維腫を多発する例があるが、これはRiccardi分類の神経線維腫V型と同一で、NF1遺伝子の体細胞突然変異によるモザイクと考えられた。平成11、12年の多施設調査の解析により、NF1の骨関節疾患合併症である先天性下腿偽関節症の治療法として、血管柄付き骨移植法とイリザロフ法による患肢の固定手術の併用が最も治療成績が良好で、この2つの治療法のいずれかを適用することによって術後の短縮、骨折、変形等の問題点が大きく改善することが示された。TSについて、TSの大脳病変形成を分子病理学的に解明するため、神経細胞移動を制御する蛋白fukutinの皮質結節における発現を検討した。正常脳のfukutin発現は出生後痕跡的となるのに対し、皮質結節では異常巨細胞の一部にfukutin免疫反応性が残存し、異常巨細胞における分化異常、移動障害を示す所見と考えられた。今後も、これらの結果のフィードバックが指針に反映され、より有効な治療法が確立されれば、実地診療において患者のニーズにより即したものとなり、QOL向上に役立つものになると予想される
結論
NF1,NF2,TSの細胞内における機能、すなわち関連する細胞内シグナル伝達機構の詳細な検討、神経線維腫症の関連遺伝子の突然変異等を起点とした腫瘍抑制シグナル伝達機構の解明、新しい分子標的に対する阻害薬や遺伝子導入・発現抑制等による治療の効果検討、サイトカイン等による細胞増殖抑制機序の解明が、神経線維腫症の病態を明らかにし、新しい治療法と発症予防薬等の開発における重要な基盤となると考えられる。

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