難治性膵疾患に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200718A
報告書区分
総括
研究課題名
難治性膵疾患に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
大槻 眞(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 黒田嘉和(神戸大学大学院医学系研究科消化器外科学)
  • 税所宏光(千葉大学大学院医学研究院腫瘍内科)
  • 下瀬川徹(東北大学大学院医学系研究科消化器病態学)
  • 成瀬 達(名古屋大学大学院医学研究科病態修復内科)
  • 西森 功(高知医科大学第一内科)
  • 広田昌彦(熊本大学医学部第二外科)
  • 松野正紀(東北大学大学院医学系研究科消化器外科学)
  • 丸山勝也(国立療養所久里浜病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、難治性膵疾患として、重症急性膵炎、慢性膵炎、膵嚢胞線維症を対象として、その実態を疫学的に調査し、成因や病態を解明し、転帰調査を行い、難治性膵疾患患者が合理的かつ効率的で、均質な診療を享受するための適切な診断と治療指針を確立することを目的とした。
研究方法
重症急性膵炎、慢性膵炎、膵嚢胞線維症を対象とし、成因、病態、治療に関する共同研究と各個研究を行った。重症急性膵炎では、①腹痛患者に占める急性膵炎患者数調査、②特定疾患治療研究事業における重症急性膵炎に対する新規医療費受給者数と更新受給者数の全国47都道府県へのアンケート調査をおこなった。さらに、③「急性膵炎の症例調査」で、入院時軽症あるいは中等症で死亡した症例の成因、治療内容を詳細に検討し、病態と原因の解明を行い、④日本腹部救急医学会・日本膵臓学会が合同で数回の会議を開催して「急性膵炎の診療ガイドライン」の作成を進めた。慢性膵炎では、①慢性膵炎早期像の解析、②アルコール性膵炎の原因遺伝子解析の検体収集、③膵分泌性トリプシンインヒビター(PSTI/SPINK1)の遺伝子変異と膵炎発症の関係の検討、④自己免疫性膵炎診断基準の検証と改訂を検討するために全国調査も開始した。さらに、⑤慢性膵炎診断における超音波内視鏡検査(EUS)の有用性と、⑥膵石症に対する体外衝撃波結石破砕療法(ESWL)や主膵管狭窄に対する膵管ステント治療の適応を検討した。膵嚢胞線維症(CF)では、①生体肺移植を受けた重症の日本人CF患者におけるCFTR遺伝子変異の解析と、②CFの診断のため、汗中Cl-濃度の簡便な測定法を開発した。
結果と考察
【1. 重症急性膵炎】腹痛を主訴に受診した患者の4.9% が急性膵炎で、腹痛の原因疾患の第8位を占めた。腹痛を訴える患者を診察した際には、常に急性膵炎を念頭に置いて鑑別診断を行わねばならないと言える。特定疾患治療研究事業による重症急性膵炎患者の平成13年度の新規医療費受給者数は1,104例で、重症急性膵炎の年間推定受療患者数4,900人に比べて少なかった。このような乖離がある理由として、①本制度が未だ患者および医師に充分周知されていないこと、②本制度では申請後の医療費のみしか給付されないことから早期死亡例では申請されないこと、さらには、③生活保護などで医療保険が無い場合には適応されないことなどが挙げられる。一方、重症急性膵炎は急性疾患であるにも関わらず更新例が278例と多いことから、今回更新が可能な症例の具体的基準例を挙げた更新申請用の臨床調査個人票を新しく作成した。本事業による重症急性膵炎の救命率がどの程度なのかを明らかにしなければならない。さらに、新規発症の重症急性膵炎患者を登録し、合併症と社会復帰状態を明らかにすることによって、特定疾患治療研究事業の成果を示したい。急性膵炎の全国調査では、入院時に急性膵炎の重症度判定を間違って、重症例を軽症・中等症と判定して治療を開始された結果、膵炎が重症化していた。現在作成中の「急性膵炎の診療ガイドライン」を普及させ、急性膵炎を早期に診断し、直ちに適切な治療を開始するよう啓蒙活動をする必要がある。現在の急性膵炎重症度判定基準では、①白血球数やCRP、IL-6等炎症に対する評価が含まれていないこと、②膵炎発症時年齢とSIRSは他の徴候や検査結果から重症急性膵
炎と判定された場合にのみ重症度評価に加えることになっているなどの問題があり再検討する必要がある。重症急性膵炎の臨床調査票には記載不完全な症例が多数見られたことより、次年度には前向き研究を行い、より正確に急性膵炎の病態と急性膵炎重症化の背景因子を解明し、重症化の予知と予防・治療法を開発して、急性膵炎の重症化を阻止し、重症急性膵炎医療費を節減出来るようにしたい。さらに、1987年度に行われた中等症・重症急性膵炎の全国調査症例を対象として2003年度に転帰調査を行う準備を進めている。【2. 慢性膵炎】急性膵炎を発症した患者の3-5%、男性の飲酒家で急性膵炎を繰り返す症例では30%が慢性膵炎へ進展したことから、急性膵炎として複数回受療した症例は早期の慢性膵炎と考えられる。一方、ERCPで診断できない慢性膵炎をEUSで診断出来る可能性が得られたので、今後EUSを用いた膵の観察方法の標準化を図り、用語と所見の記載方法を整理することにした。今回得られた結果は、慢性膵炎の発症、進展を阻止するには、先ず急性膵炎から慢性膵炎へ移行させないこと、すなわち急性膵炎が再発しないように、生活指導と成因の究明が重要であることを示している。さらに、慢性膵炎の発症・進展機序と発症予防法を解明するために、アルコール性膵炎の原因遺伝子を検討することにした。一方、PSTI/SPINK1のN34S変異の頻度(アレル頻度)は、非膵炎発症者では0.7% (32/4,876)であるが、膵炎発症者では10.6% (348/3,294)と多く、PSTI/SPINK1遺伝子変異が膵炎の発症に強く関与していることを明らかにした。自己免疫性膵炎では、CD4ないしCD8陽性のTリンパ球とIgG4陽性の形質細胞の密な浸潤を伴う線維化を膵、膵周囲組織、胆道系、唾液腺にも認め、膵には閉塞性静脈炎が多発しており、本症と多臓器に線維化を生じるmultifocal fibrosclerosisとの強い関連性が考えられた。今年度は、自己免疫性膵炎の病態と臨床像の一部を明らかにしたが、自己免疫性膵炎は新しい疾患概念であり、その病態・臨床経過については未だ不明な点が多く、適切な診断と治療のガイドラインを作成することにした。慢性膵炎の合併症に対するステントとESWL治療の有用性を確認したが、本治療法の適応や有用性に関しては未だ一定の結論が得られていないことから、これらの治療法の実施状況と長期転帰調査を行い、これらの治療法の適応を明らかにする。2002年に受療した慢性膵炎患者、自己免疫性膵炎患者の全国調査を開始した。さらに、アルコール依存症者における膵炎罹患率も調査を行っているので、平成15年度には、これらの結果を報告出来ると考えている。転帰・予後調査に関しては、1994年に実施した慢性膵炎調査症例と、今回の調査で得られる慢性膵炎患者を対象に、転帰調査を行い、慢性膵炎の合併症、膵癌の頻度、社会復帰状態を明らかにする。【3. 膵嚢胞線維症】厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班による全国調査ではCF確診例は29例のみであるが、文献的には約120例のCF臨床診断例が報告されていることから、発症頻度も出生35万人あたり1人程度と推定される。これはハワイ在住の東洋人でのCF発症頻度(出生9万人以上あたり1人)と概ね矛盾しないため、これらを勘案すると、およそ出生10万人あたり1人程度の発症率と考えられる。CF患者におけるCFTR遺伝子変異解析は、_F508など欧米で頻度の高い数種の変異検索が検討されたのみであり、我が国のCF患者のCFTR遺伝子変異は、欧米人の変異スペクトラムとは異なっており、従来の遺伝子変異検索方法では有意なCFTR遺伝子異常は確認されていない。生体肺移植を受けた日本人の重症CF患者におけるCFTR遺伝子変異はこれまで報告のないE267V、T663P変異の複合ヘテロ接合体であった。このような変異は欧米のスクリ-ニング体系では検出不可能であり、独自のCFTR遺伝子変異スクリ-ニング体制を確立して、我が国におけるCF患者数を正確に把握する必要がある。今回、技術的に簡単で再現性も良く、被験者の負担が少ない汗中Cl-濃度の簡便な測定法を開発したので、次年度からは、特発性膵炎患者や、飲酒量の少ないアルコール性膵炎患者の汗
中Cl-濃度の測定とCFTR遺伝子変異を検索していく予定である。
結論
本年度は以下のような結論に達した。①腹痛患者の中には急性膵炎が多い。②急性膵炎の正確な重症度判定と、適切な治療が重要である。③特定疾患治療研究事業の普及と、不必要な更新を無くする必要がある。④急性膵炎の一部の症例は早期の慢性膵炎と考えられる。⑤EUSによる慢性膵炎診断の特異度は高く、ERCPで診断できない慢性膵炎をEUSで診断出来る可能性もある。⑥自己免疫性膵炎では、線維化が膵だけではなく、膵周囲組織、胆道系、唾液腺にも認められ、multifocal fibrosclerosisとの関連性が推察される。⑦慢性膵炎の合併症に対するステントとESWL治療の有用性を確認した。⑧我が国で初めて生体肺移植を受けたCF患者のCFTR遺伝子は、今までに報告されていないE267V、T663P変異の複合ヘテロ接合体であった。

公開日・更新日

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