急性高度難聴に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200711A
報告書区分
総括
研究課題名
急性高度難聴に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
喜多村 健(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 福田諭(北海道大学)
  • 村井和夫(岩手医科大学)
  • 岡本牧人(北里大学)
  • 宇佐美真一(信州大学)
  • 暁清文(愛媛大学)
  • 中島務(名古屋大学)
  • 福島邦博(岡山大学)
  • 星野知之(浜松医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
突発性難聴の病因・病態の解明はいまだなされておらず、標準的な治療方針も定まっていない。本研究では、難聴発症メカニズムの解明を第一の目標として、急性高度難聴の病態解明を行う。難聴は両耳に発症すると、重篤なコミュニケーション障害を来たす。しかし、このハンディキャップが適切に克服されれば、多くの難聴者は全身疾患を伴っていないため、通常の社会生活に復帰可能である。従って、国民の保健・医療・福祉の観点からも、その病態解明は重要な研究テーマのひとつである。突発性難聴とならんで急性発症する難聴で、頻度が多い疾患が急性低音障害型感音難聴である。本研究では、これらの疾患を対象として、その疫学、発症機構、診断、治療について研究を行う。一方、難聴を主徴とし、難病に指定されている特発性両側性感音難聴は、急性発症を呈することは少ないが、難聴の原因となる難聴遺伝子の変異が多数同定されている。したがって、これらの難聴遺伝子の研究にもよって、聴覚の生理学的機構ならびに、難聴発症のメカニズムが解明され、急性に発症する難聴の病態解明に寄与すると予想される。
研究方法
突発性難聴とムンプス難聴の疫学研究として、疫学調査研究班と協力して4回目の突発性難聴の全国調査を施行し、全国の耳鼻咽喉科から無作為抽出した838病院を対象として2001年の突発性難聴とムンプス難聴の全国疫学調査を行った。急性低音障害型感音難聴の疫学調査は、本研究班に所属する施設を対象にして、診断基準に合致する典型例と合致しない非典型例の比較検討を行った。さらに、急性低音障害型感音難聴再発例の全国個人調査票を作成し、平成12年度、13年度の症例を収集し解析した。集積された感音難聴症例の遺伝子解析を行い、新たな難聴遺伝子の同定を行い、本年度は高頻度にみられる難聴遺伝子であるGJB2遺伝子変異、ミトコンドリア遺伝子変異の解析を行った。老齢マウスではミトコンドリア遺伝子変異の有無を検討した。循環障害は、突発性難聴等の急性高度難聴の原因と想定されている。実験動物モデルを用いて、フリーラジカルスカベンジャーあるいは神経幹細胞が虚血により生じた内耳障害を予防する可能性について検討した。
結果と考察
2001年の突発性難聴とムンプス難聴の全国疫学調査を行った。1次調査より突発性難聴は403施設より12,468人の患者が、ムンプス難聴では415施設より294人の患者が報告された。2001年の全国推定受療患者数は、突発性難聴35,000人(95%信頼区間32,000~38,000人)、ムンプス難聴650人(95%信頼区間540~760人)であった。人口100万対の受療率は突発性難聴275.0、ムンプス難聴5.1と推定された。全国推定受療患者数は1987年の調査では、突発性難聴16,750人(13,900~19,600人)、ムンプス難聴300人(200~400人)、1993年の調査では突発性難聴24,000人(21,000~27,000人)、ムンプス難聴400人(300~500人)であり、両疾患とも増加していることが示された。突発性難聴の難聴発症メカニズムは明らかにされなかったが、2001年の全国疫学調査から、依然として症例数の増大が認められた。突発性難聴の人口100万対の受療率は、1987年で64、1993年で192と推定されている。ここ14年で、受療率は4倍以上になったことになる。この症例数の増大が、どんな要因によるものか、症例対照研究を含めた今までの本研究班の検討では明らかにされていないが,病因解明の手がかり、ならびに今後の国民の厚生行政を考慮する上で重要となる。ムンプス難聴の増大は、ワクチン接種率の減少と密接に関連し
ている。厚生労働省薬務局のムンプスワクチン供給数は、1989年から1993年までNMRワクチンとして接種された時期は、54万人から165万人分であったのに対し、2001年には52万人分となっている。ムンプス難聴は早期治療により聴力改善する症例もみられるが、多くの症例は高度難聴を呈する。ワクチン接種でこの高度難聴の予防効果は明らかであり、今後の大きな検討課題である。さらに、本研究班で提唱した診断基準の見直しも今後検討する必要がある。急性低音障害型感音難聴の診断基準試案を満たす一側性典型例298例と高音域の基準を満たさない一側性非典型例76例の疫学的特徴を比較検討した。非典型例76例の平均年齢は、56歳と典型例298例の37.9歳に比べ高く、高音域の聴力障害は主に加齢による影響と考えられた。典型例は、非典型例に比べ有意に予後良好で、両群の年齢差が一因と推測された。両群とも・女性に多い、・発症時期は春~夏に多い、・低音3周波数の聴力悪化レベルに差はない、・初診時聴力レベルは予後と相関する、など共通した疫学的特徴が認められた。一方、典型例では年齢および発症から受診までの日数と予後との間に相関が認められたが、非典型例では相関がなく異なる点も認められた。急性低音障害型感音難聴は、新たに本研究班で診断基準を提唱した疾患である。加齢に伴う高音障害を有するため、診断基準試案を満たさない非典型例の検討から、典型例との大きな差はみられなかった。今後、さらに診断基準の訂正が必要か否かについて検討を進める。急性低音障害型感音難聴再発例の全国個人調査票を作成し、平成12年度、13年度の症例を収集し解析した。2年間に96例101耳の症例を得た。再発例では、年齢、再発時聴力レベル、再発の期間で予後に差はなかった。しかし、早期受診例は予後良好で、再発後初診までの日数を、8日以後と7日以内とすると、7日以内に受診した群は有意に予後良好であった。再発例の特徴として、再発時も急性低音障害型の診断規準に合致するものは再発例の約60%に過ぎなかった。GJB2遺伝子変異では、日本人を始めとするアジア系民族には235delC が高頻度で見出されることが報告されている。今回、日本人難聴患者1227名におけるGJB2変異を検討するとともに日本人難聴患者に高頻度に見出される235delC変異に関してGJB2の近傍のSNPs (single nucleotide polymorphisms)を用いた解析によりfounder effectの有無を検討した。その結果、日本人の変異部位は欧米人に見出された変異部位と大きく異っていることが明らかとなった。また、SNPs解析により235delCが高頻度で見出されるのはfounder effectによるものであることが示唆された。さらに、GJB2遺伝子に対するsiRNAを設計し、ヒト腎由来の培養細胞293細胞でのGJB2発現抑制効率について検討した。その結果、最大で80%の遺伝子発現が抑制され、この方法がGJB2のin-vitro機能解析の手段として有用であることが示された。現在までに数種類のミトコンドリア遺伝子変異が難聴と関連を持っていることが知られているが、その中でもミトコンドリアDNAの塩基番号3243位と1555位におけるアデニン(A)→グアニン(G)点突然変異は比較的高頻度に認められ、特発性両側性感音難聴の原因のひとつとしても注目されている。本研究でも、3243変異と1555変異を同定した。老化とミトコンドリア遺伝子変異の関連性が示唆されている。本研究では、正常老齢マウスの臓器よりミトコンドリアDNAを抽出し、ミトコンドリア遺伝子の4236、3867、3723、3660bp欠失を認めた。虚血性内耳障害の動物モデルを用いて、虚血性内耳障害後の進行性内有毛細胞脱落に対するフリーラジカルスカベンジャーの効果を検討した。15分間の内耳虚血負荷1時間後にフリーラジカルスカベンジャーであるエダラボンを静脈内投与し、コントロール群と比較した。その結果、エダラボンによる虚血7日後のABR閾値上昇・有毛細胞脱落割合の抑制効果が有意に認められた。虚血性内耳障害の動物モデルを用いて、蝸牛内に投与した神経幹細胞がコルチ器へ移行し有毛細胞に分化する、内耳における再生治療の可能性についても検討を行った。その
結果、内耳虚血翌日に神経幹細胞を蝸牛内に投与すると、虚血4日目のコルチ器において脱落した内有毛細胞の部位に、幼弱な神経細胞のマーカーであるネスチン陽性の細胞の存在が確認された。すなわち、虚血性内耳障害に対し、神経幹細胞は脱落した有毛細胞として再生する可能性があることが証明された。循環障害は、突発性難聴の原因と想定されている。今回の研究成果から、今後のさらなる解析ならびに臨床応用が課題となる。
結論
突発性難聴、ムンプス難聴罹患数の増大が同定された。高音障害をも示す急性低音障害型感音難聴症例は、高音障害を伴わない典型例と、本質的には臨床特徴に大きな差は認めなかった。急性低音障害型感音難聴の再発例は、診断基準に合致しない例が多い。原因不明の両側性感音難聴の原因としては、GJB2遺伝子変異が最多である。内耳虚血動物モデルにおいては、フリーラジカルスカベンジャーが虚血障害の抑制効果を示した。

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