網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究

文献情報

文献番号
200200709A
報告書区分
総括
研究課題名
網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
石橋 達朗(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 中江公裕(獨協大学)
  • 玉井 信(東北大学)
  • 田野保雄(大阪大学)
  • 新家 真(東京大学)
  • 小椋祐一郎(名古屋市立大学)
  • 吉村長久(信州大学)
  • 三宅養三(名古屋大学)
  • 中沢 満(弘前大学)
  • 白神史雄(香川医科大学)
  • 湯沢美都子(日本大学駿河台)
  • 坂本泰二(鹿児島大学)
  • 高橋政代(京都大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
46,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、難治性・進行性で予後不良な疾患である加齢黄斑変性、網膜色素変性に代表される遺伝性網脈絡膜変性、および視神経萎縮を主な対象とし、その病態解明と科学的根拠に基づいた有効な治療法確立を目的とする。加齢黄斑変性は、高齢化に伴い今後は中途失明原因の主因になると予測される。治療効果が強く期待される光線力学療法および経瞳孔的温熱療法であるが、日本人でのデータは決定的に不足している。そこで日本人患者に対する治療プロトコールを作成することが本研究目的の一つである。また加齢黄斑変性のさらなる病態解明を行い、病態に基づいた薬物治療の可能性を検討すると同時に、病変局所へ薬剤を到達させるためのドラッグデリバリーシステムの開発も行う。さらに現在行われている新生血管抜去術で避けがたい色素上皮障害の問題に対しては、細胞移植治療による視機能維持効果について検討する。網膜色素変性は遺伝性網膜変性疾患で、やはり視力予後が不良で今のところ有効な治療法はない。そこで原因遺伝子の解析データを更に蓄積して発症予測や早期診断を可能にするとともに、遺伝子治療へ向けてのデータベース化を行う。遺伝子治療に関しては、臨床応用へ向けてより優れた発現ベクターの開発を押し進める。さらに各種幹細胞を目的細胞へ分化誘導し、必要に応じて目的遺伝子を搭載させたうえでの細胞移植治療への応用についても検討する。また網膜色素変性症臨床調査個人票の作成に際し、更新の度に造影検査や網膜電図の検査を繰り返し行うことは患者にとって大きな苦痛であり、それに要する医療費も決して無視できない。患者の精神的・肉体的苦痛の軽減と医療費削減を目的として、アンケート調査を行い、新たな調査票の作成を試みる。病態解明や治療法開発が困難な分野である視神経萎縮についても、ミトコンドリア遺伝子異常の解析や、神経節細胞に特異的に発現する遺伝子異常の有無検索を継続して行う一方で、視神経移植についても基礎研究を継続する。さらに半導体素子や培養神経幹細胞を利用した人工網膜の開発・臨床応用を目指す。
研究方法
加齢黄斑変性患者に対する、光線力学療法ならびに経瞳孔的温熱療法の国内多施設による治験をすでに行っている。今後、長期の経過観察によって、日本人患者に適した治療プロトコールを完成させる。動物モデルについては現在のところ、強レーザー光凝固を行いて新生血管を誘導する創傷治癒モデルを用いているが、より病態に即した加齢黄斑変性の実験モデル確立も試みる。これら動物モデルにおける、サイトカインの発現変化とともに、マクロファージを中心とした細胞動態について解析し、治療における分子標的を明確にする。また脈絡膜新生血管に対して、高分子を用いたドラッグデリバリーシステムを応用し、血管新生阻害剤を効率的に目的部位へターゲティングできる方法を開発し、実験動物でその効果を判定する。またこれら動物モデルにおける光線力学療法や経瞳孔的温熱療法などの有効性を確認するとともに、複数の治療を組み合わせることによって、より効果的に新生血管の増殖を抑制するための複合治療の可能性を検討する。網膜色素変性症に関しては、今後も網膜特異的に発現している遺伝子を候補遺伝子として、遺伝性網膜変性症の原因遺伝子解析を継続していく。明らかにされた遺伝子については、それらの遺伝子改変動物を
作成し、それぞれに対して薬物治療、網膜移植、色素上皮細胞移植、遺伝子導入などの各種治療法の効果を評価し、臨床的な有効性を検討する。遺伝子導入については、発現量や発現期間の問題を解決すべく、Simian Immunodeficiency Virus(SIV)-based lentivirus vectorを用いてラット網膜色素上皮細胞に安定した長期の遺伝子発現について検討する。今後、神経保護因子(色素上皮由来因子、グリア細胞由来神経成長因子、線維芽細胞増殖因子など)を網膜に導入・発現させ、既存の、あるいは今後作成する網膜色素変性症モデルで、視細胞変性に対する抑制効果を検討する。視神経萎縮については、病態解明のためにミトコンドリア遺伝子のみでなく、神経節細胞に特異的に発現する遺伝子の異常の有無も検索していく。視神経萎縮はモデル動物がなく、視神経切断後の網膜神経節細胞死のメカニズムやアポトーシスのメカニズムを通して、その抑制療法の研究を行う。人工視覚(網膜)システムの開発は、視細胞が障害されて著しく視機能が低下していても、神経節細胞は残存しているような病態に対して、まずは指数弁の視力が得られるシステムの開発を目標とする。そのための電極および挿入術式の開発、電極の生体適合性評価、移植した電極による視覚誘発電位誘導の有無などを電気生理学的に機能評価するとともに、神経保護療法の確立を目指す。
(倫理面への配慮)対象とする遺伝性変性疾患の遺伝子診断を行う場合は、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(平成13年3月29日文部科学省・経済産業省告示第1号)を遵守する。対象者に対する不利益・危険性を除去し、インフォームドコンセントを得た上で検体を採取し、結果に関しては本人の知る権利および知らない権利を尊重する。個人のプライバシーは厳守するとともに、本人の自主性を尊重し、治験の途中であっても本人の申し出により中止の希望があればそれ以上の継続はしない。また細胞移植による治療に関しては当該施設の倫理委員会の許可のもとに行う。動物実験時にはAssociation for Research in Vision and Ophthalmologyの定めた動物実験のためのガイドラインを厳守し、動物愛護上の配慮を十分に行う。
結果と考察
加齢黄斑変性に対する光線力学療法については、既に国内多施設による臨床治験が終了している。米国ではあまり視力改善効果が期待できないと考えられていたが、日本人患者に対しては同等もしくはより有効である結果が得られた。既に厚生労働省へ認可申請中であり、黄斑変性患者が増加し続ける社会背景にあって、不可欠な治療選択肢の一つになるものと予測される。経瞳孔温熱療法については現在臨床治験を進行中である。ヒト網膜における加齢に伴った遺伝子レベルの発現変化について、マイクロアレイを用いて解析し、神経伝達やストレス反応の変化が網膜の加齢と密接に関連している可能性を示した。また疫学調査から、高血圧が危険因子の一つであることも明らかにした。脈絡膜新生血管の形成には局所炎症の関与が考えられているが、実験的脈絡膜血管新生モデルにおいてマクロファージやTNF-α, IL-8, MCP1などの催炎物質が関与することを確認した。これらの根拠に基づき、ドラッグデリバリーシステムに関しては、ステロイド徐放剤を強膜内にインプラントすることを試み、網脈絡膜組織内において4週間後でも薬物有効濃度を維持することが可能であった。また実験的脈絡膜血管新生モデルにおいて、ステロイド剤の後部テノン嚢下注射が新生血管膜の形成を有意に抑制することも確認した。網膜色素変性の原因遺伝子として、日本人固有の遺伝子変異を数多く報告してきたが、今回さらに常染色体優性遺伝性網膜色素変性患者において、GCAP-2およびIMPDH1遺伝子の解析を日本人に対して行ったところ、欧米人とは異なる新規変異が確認された。あらめて遺伝子異常の人種差が大きいことが確認され、日本人における遺伝子異常の解析を更に進めていく意義があると考えられた。網膜色素変性や加齢黄斑変性に対して、患者虹彩よりあらかじめ色素上皮細胞を分離培養し、この細胞にBDNF, GDNFやPEDFといった神経保護因子の遺伝子を導入し、その後に網膜下へ再移植する治療法の可能性を示した。加えて、胚性幹細胞や網膜幹細胞から各種網膜細胞へと分化誘導出来る可能性について示した。また遺伝子を直接導入する戦略として、長期発現型のウイルスベクターであるサル由来レンチウイルスベクターを独自に開発し、その網膜への遺伝子導入特性を明らかにした。さらに、網膜色素変性モデルであるRCSラットの網膜に神経保護因子であるPEDF遺伝子を導入することによって、その視細胞変性を抑制可能であることを明らかにした。今後は霊長類を対象として安全性を含めた検討を進め、ヒトへの臨床応用へ向けて大いに発展性が期待できる。一方で、視神経萎縮については未だモデル動物がなくその病態解明は容易ではない。主に、網膜細胞死のメカニズム解明やそれをいかに防ぐかという防ぐ方向性で研究を進めている。網膜細胞のアポトーシスを抑制すべく、カルシウムチャンネルブロッカーや各種の神経保護因子を用いた研究を進めている。また高度に視力が障害された患者の視機能評価や、薬剤による治療効果を正しく評価することは、現在行われている視力検査では判定困難である。そこで光覚測定装置であるLow Vision Evaluator (LoVE)を用いた評価の妥当性を検討したところ、少なくとも小学生以上であれば信頼性があることを確認した。また、失明者に対する視覚補助具
として人工網膜の開発を進めており、より少ない侵襲で網膜上に電極を設置する方法などについて検討中である。網膜色素変性症臨床調査個人票の作成に関し、新規の場合は不可欠の検査としても、更新の場合も全く同様の検査を行っている。しかし疾患の性質上、少なくとも現時点では病態の改善は望みにくい。ならば一旦診断のついた者に対し、更新の度に造影検査や網膜電図の検査を繰り返し行うことは患者にとって大きな苦痛であり、それに要する医療費も決して無視できない。患者の精神的・肉体的苦痛の軽減と医療費削減を目的として、アンケート調査を行い、新たな調査票を作成中である。
結論
日常生活を営む上で、その大半を依存する視覚情報を人生の途中で失う苦痛は計り知れない。国際保険機関と国際失明予防機構は、世界の予防・治療可能な失明者を根絶することを目的として、1999年にVISION2020を立ち上げ、厚生労働省、日本眼科学会、日本眼科医会もこれに署名している。現時点では、糖尿病網膜症や緑内障がその主な対象になると考えられる。本研究班が対象とする進行性・難治性疾患は、治療はおろか病態の解明すら未だ不明な部分が多い。それでも本報告でわかるように、徐々にではあるが病態の本質が明らかにされつつあり、治療に関してもまんざら夢物語ではなくなってきている。今後、ヒトゲノムの機能解析が急速に進むものと予測される。例えば網膜各種細胞への分化誘導因子もゲノム解析の面から明らかになってくる可能性があり、それを本研究で行っている細胞移植治療や遺伝子治療へ応用することが、今後の失明予防戦略の一つの軸になるものと考えられる。現在対象としている難治性疾患が、近い将来にその一部でも治療可能な疾患として、本研究班の対象外疾患となることを目標として、さらに研究を発展させていきたい。

公開日・更新日

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