モヤモヤ病(ウイリス動脈輪閉塞症)に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200708A
報告書区分
総括
研究課題名
モヤモヤ病(ウイリス動脈輪閉塞症)に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉本 高志(東北大学)
研究分担者(所属機関)
  • 福内靖男(慶應義塾大学医学部神経内科)
  • 辻 一郎(東北大学大学院医学研究科公衆衛生学)
  • 宝金清博(札幌医科大学脳神経外科)
  • 中川原譲二(中村記念病院脳神経外科)
  • 宮本 享(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座脳神経外科)
  • 藤井清孝(北里大学医学部脳神経外科)
  • 山田和雄(名古屋市立大学医学部脳神経外科)
  • 永廣信治(徳島大学脳神経外科)
  • 池田秀敏(東北大学医学部脳神経外科)
  • 黒田 敏(北海道大学医学部脳神経外科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
29,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病態解明のため患者予後調査・発症状況調査と患者調査様式の見直し。患者の負担軽減と医療費給付削減を目的に、診断機器の有効利用と、検査機器の進歩に即した診断基準の見直し、本疾患で最も重篤な脳出血発症型の病態解明と治療方針確立を目的とする。病因遺伝子解明研究では、家族例における責任遺伝子解明研究、弧発例での遺伝子解析着手と、血液データ(DNA)バンクの継続、発展を行う。その他の病因・病態解明研究として、モヤモヤ現象を示す類似疾患の病因・病態研究などにより、モヤモヤ病の病因・病態解明へアプローチする。
研究方法
疫学調査では、新規登録および登録患者の研究班全国追跡調査を本年度も継続した。また、平成10年度の厚生労働省の特定疾患医療受給者の臨床調査個人表を集計し、受給率の都道府県格差を引き起こしている要因を検討した。片側モヤモヤ病の病態解明も重要と考え、臨床像、血液学的、脳血行力学的特徴について検討した。医療の進歩に即した本研究班の調査研究班臨床個人調査カードの調査項目改訂に向け、コンピュータ入力形式に向けてのデータベース改変研究を行った。診断基準の見直し研究では、非侵襲的な検査方法としてのMRAにおいて、TOF_MRAにおける内頸動脈、中大脳動脈、前大脳動脈、後大脳動脈の変化を点数化し、総計点をスコア化して分類する方法を試みた。また、臨床所見、重症度に相関し、外科治療の適応を考慮する上でも重要な、脳循環代謝を基準とする分類方法を継続研究し、モヤモヤ病の脳血流SPECTに対する3D _ SSP 解析と重症度評価基準の作成を進めた。脳出血発症患者の治療方法研究では、バイパス術の再出血予防効果を明らかにすべく、2001年1月から開始された全国規模での前向き無作為振り分け試験研究Japan Adult Moyamoya Trial を継続し、より適切な研究システム構築のため、若干の protocol変更と症例登録施設の追加を行った。さらに、全国の日本脳神経外科学会指定訓練施設A項C項施設への協力を依頼した。またJAM trial から exclusion された成人発症出血例の重症例を follow upすべく、JAM (supplement)およびnon-randomized data base の登録を開始した。
病因遺伝子解明研究では、班研究実績より、第3、6、17番染色体での連鎖領域の存在、8q, 12p に連鎖を示唆する領域が検出されており、第8染色体のモヤモヤ病連鎖領域について連鎖不平衡を手がかりに病因遺伝子の位置をより狭める研究を行った。また、家族性モヤモヤ病のルーツについて、民族進化の歴史と家族性モヤモヤ病の地誌的分布とに共通項があるか否かを遺伝子解析により検証した。また、家族性患者の病因遺伝子:3番染色体短腕(3p24-26)にマップされている部位に含まれるNgly1 遺伝子の変異の有無を、家族性モヤモヤ病患者において検討した。また、これまでにCAGリピート伸長が、家族性のみにおいて認められ、弧発例では認められないことを示したが、今回、家族性モヤモヤ病家系内のCAGリピート伸長を認めた5例の3番染色体短腕上の遺伝子について検討した。
その他の病態研究では、患者血清中に認められたα-fodrinに対する自己抗体に関する検討、患者髄液中のサイトカイン測定の基礎研究を行った。臨床研究としては一般に予後不良と捉えられている3歳以下発症患者の臨床像について、調査班データ中の176例で検討した。また、単一施設における成人モヤモヤ病21例の脳血管撮影所見を出血型と虚血型とで比較し、病態研究を施行した。
結果と考察
全国患者登録調査において、2002年度は新規登録患者86例を加え、本症登録患者総数は合計1,339例となった。特定疾患受給者数の研究では、受給率は最大で新潟県8.97(対10万人)、最小で石川県0.51と10倍以上の差があった。種々の要因で検討結果、医師や患者および家族の特定疾患受給申請に対する姿勢の違いによる可能性を示した。片側例の病態研究では初発時年齢が高く、梗塞型が多い傾向にあり、脳血管写像では基底核モヤモヤ血管の増生が少ないことを示した。また、安静時局所脳血流量(LCBF)が基底核部、得に尾状核頭部で健常人、モヤモヤ病症例に比して有意に低下していることを示した(p<0.05)。交感神経刺激に対する感受性亢進作用により内頸動脈終末部の狭窄を増強する可能性が指摘されている甲状腺ホルモンや抗リン脂質症候群(APS)を含む血栓前駆状態との関連など、血液学的パラメーターと本疾患との関連調査の必要性を提示した。以上の後方視的疫学調査過程において、患者個人調査表の見直しを検討し、調査項目の改訂案を策定した。後方視的疫学調査に必須の項目に整理し、内容を診断機器・方法の発達に即したものに改変した。また、データ整理の促進のため、手書きの記入方式から、コンピュータ上での入力方式への変更を提案し、新たなデータファイルを試作し得た。
TOF_MRAにおける脳内主幹動脈の変化を点数化し、総計点をスコア化して分類する方法は非侵襲的で有用な手法であること、さらに撮像機器間の差異を極力排除しうる特徴を有するものであることを示した。脳循環代謝を分類基準とした分類方法について検討し、小児例における重症度分類を策定した。脳血流SPECTによる重症度分類・手術適応領域検出の研究では、3-dimensional stereotactic surface projection (3D-SSP) 解析法を用いた血行力学的脳虚血の重症度スクリーニング判定の作成をすすめ、健常若年成人脳表血流データベースを用いること、規定値として全脳を用いるべきであることを提示した。
出血型病態研究では、多施設間共同臨床試験として登録5年、追跡5年の prospective randomized trial「出血発症成人もやもや病の治療指針に関する研究─Japan Adult Moyamoya (JAM) Trial─」による全国規模の前向き無作為振り分け試験研究を平成13年1月から開始してきた。約2年間による登録状況の分析結果より、全国に分散している少ない症例を集積しうるシステムの構築が必要と考えられ、若干のprotocol変更と症例登録施設の追加を行い、全国の日本脳神経外科学会指定訓練施設A項C項施設への協力を依頼した。またJAM trial から exclusion された成人発症出血例の重症例を follow upすべく、JAM (supplement)およびnon-randomized data base の登録を開始した。登録参加施設は開始時期の11施設から21施設へと増加している。JAM trial 登録症例数は平成15年2月1日現在29例となっており、順調に進行していることを示した。
遺伝子解析では、第8染色体のモヤモヤ病連鎖領域について連鎖不平衡を手がかりに病因遺伝子の位置をより狭める研究を行い、家族性のモヤモヤ病の発端者23人を対象に8q22の7.7Mb の間に存在する31遺伝子について各遺伝子につき1~5個の SNP、計41のSNPをJSNPおよびdbSNPより選び、遺伝子型を決定した。その結果、MATN2遺伝子、PABPC1遺伝子、YWHAZ遺伝子に存在する遺伝子において関連が示唆された。さらにこの領域において広範囲の連鎖不平衡が検出され、家族性のモヤモヤ病の祖先遺伝子の存在が示唆された。家族性モヤモヤ病のルーツについて、民族進化の歴史と家族性モヤモヤ病の地誌的分布(モンゴロイドに多い)とに共通項があるか否かを遺伝子解析により検証してきたが、今年度さらに4家計8症例を加えて拡大統合検討を行い、Y染色体の集積性、ミトコンドリアDNAのaverage sequence divergence (ASD) のコントロールに比して有意に小さい点は、症例を追加しても揺らぐことがない事実であることを再確証し、家族性モヤモヤ病集団は日本人祖先集団より約1,200年新しい集団と推定されることを示した。
家族性患者におけるNgly1における変異の有無を検討では、新規アリルを捕らえることに成功し、さらなる研究の必要性を示した。また、これまでにCAGリピート伸長が、家族性のみにおいて認められ、弧発例では認められないことを示したが、今回、家族性モヤモヤ病家系内のCAGリピート伸長を認めた5例の3番染色体短腕上の遺伝子について検討したが、伸長部位は認められず、CAGリピートの伸長は発症の直接的因子とは考えにくいことを示した。
病態研究では、α-fodrin に対する自己抗体に関する検討において、モヤモヤ病患者血清は無刺激のヒト臍帯静脈内皮細胞:HUVECに対しては高い抗体価を示さないが、apoptotic HUVEC に対しては健常者と比較して有意に高い抗体価を示すことを報告、もやもや病患者血清中、apoptosisをおこした血管内皮細胞に対する自己抗体の存在、その対応抗原は apoptosisに伴って分断化されたα-fodrinである可能性を示した。
患者髄液中サイトカインの測定研究では、basic Fibroblast Growth Factor (b-FGF) が高い値で存在していることが確実な事実として再確認し得た。Vascular Endothelial Growth Factor (VEGF)、Hepatic Growth Factor (HGF)の上昇は認められなかった。以上より、本症では血管新生に関与しているサイトカインが全て高いわけではないが、b-FGFは高値であることを明らかにした。3歳以下発症患者の臨床像研究では、調査班データ中の176例で検討し、発症型はTIAが多く、9割近くが血行再建術を受けており、術後発作は有意に減少していることを示し、MRI/MRAによる早期発見効果、手術および周術期管理の向上を原因として示した。長期予後では、予後不良群は18%と従来の報告よりも少なく、予後不良因子として脳硬塞の有無、痙攣発作の有無を示した。
単一施設における、成人モヤモヤ病21例の脳血管撮影所見研究では、出血型と虚血型とで比較し、basal moyamoya の増生と出血発症は相関せず、前脈絡叢動脈、後交通動脈の発達は出血例に良く見られる傾向にあることを示した。
結論
罹患患者数が少なく、また発症地域が世界でもアジア、特に本国に有意に多い、特殊な病態であるモヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)において、班研究の長い歴史において蓄積された全国患者登録情報の分析と、手法を変えた詳細な追跡調査、前向き統計調査とを駆使することにより、病態解明の新たな方向性と展望が本年度も得られた。医療技術の発展にともなう診断・病態評価方法の進歩を示し、患者負担軽減に反映すべく、新たな病態評価分類を策定し得た。治療効果が虚血発症型では明らかとなったが、出血発症型では未だ予測の域であり、後方視的、前方視的な研究により、明確な治療指針を提示することが長期的な本疾患研究班の課題であり、新たに開始されたJapan Adult Moyamoya Trialは、参加施設、登録症例数が増加し、研究が進んでいる。遺伝子解析による病因解明研究は施設の枠を越えて症例数を確保した共同研究が着実に実績を示しており、研究の継続による新たな発見が蓄積されてきており、更なる飛躍が期待される。また、モヤモヤ現象を示す類似疾患の責任遺伝子研究により、効率よく病因遺伝子研究が進行する可能性もあり、片側モヤモヤ病研究など、多方面からのアプローチが必要であると考えられる。主要研究項目以外の基礎的/臨床的病態研究も成果を上げている。

公開日・更新日

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