先天性水頭症に関する調査研究;分子遺伝子学アプローチによる診断基準・治療指針の策定と予防法・治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200707A
報告書区分
総括
研究課題名
先天性水頭症に関する調査研究;分子遺伝子学アプローチによる診断基準・治療指針の策定と予防法・治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 麻美(国立大阪病院)
研究分担者(所属機関)
  • 坂本博昭(大阪市立総合医療センター)
  • 師田信人(国立成育医療センター)
  • 岡本伸彦(大阪府立母子保健総合医療センター)
  • 上口裕之(理化学研究所)
  • 秦利之(香川医科大学母子科学講座周産(生)期学)
  • 佐藤博美(静岡県立こども病院)
  • 本山昇(国立長寿慰労研究センター)
  • 中村康寛(医療法人雪の聖母会聖マリア病院)
  • 中川義信(国立療養所香川小児病院)
  • 森竹浩三(島根医科大学脳神経外科)
  • 吉峰俊樹(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 白根礼造(東北大学大学院医学系研究科)
  • 伏木信次(京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター)
  • 金村米博(独立行政法人産業技術研究所関西センターティッシュエンジニアリング研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
先天性水頭症は、種々の原因による症候群というに相応しく、合併する病態により転帰は様々である。その、診断基準・治療指針は確固としたものが存在しない。平成11年度からの水頭症研究班において、分子遺伝子学的アプローチを取り入れることによって、予後不良因子である遺伝的素因や母親への葉酸投与による神経管閉鎖不全症の予防効果の検証、第3次全国疫学調査・水頭症症候群の多施設共同研究による予後調査を行ない、診断基準・治療指針策定に向けた方向性を一定明らかにしてきた。また水頭症を引き起こす遺伝子欠損動物を用い水頭症の分子遺伝子学的病態を明らかにしてきた。これらの知見をもとにして、さらにこれらを整理して①診断基準の作製②治療指針の策定③臨床病院を中心に全国ネットを形成し、診断基準と治療指針の検討④先天性水頭症の予防法の確立⑤遺伝子バンクにおける遺伝子解析⑥水頭症の画期的な治療法の開発に向けた基礎研究をおこなうことを目標に研究を開始した。
研究方法
①診断基準の作製;特定疾患の疫学に関する研究班と共同で実施した先天性水頭症第3次全国疫学調査の分析、これまでの他施設共同研究で実施した臨床データー(中脳水道狭窄症、ダンディウォーカー症候群、全前脳胞症、脊髄髄膜瘤、脳瘤)を広げ、胎児性脳腫瘍、胎児性血管障害・水無脳症、頭蓋縫合早期癒合症、胎児頭蓋内出血を含めた、再調査・分析を行う。②治療指針の策定;分析されたデータをもとに胎児性水頭症の治療指針を策定する。③先天性水頭症の予防法の確立;神経管癒合不全症における葉酸の予防効果の確立・全前脳胞症における低コレステロール血症などの危険因子について検証し有効な予防法を確立する。④遺伝子バンクにおける遺伝子解析;水頭症原因遺伝子検索をおこなう。脊髄髄膜瘤(MTHFR,ZIC2、PLL1)全前脳胞症(ZIC2,SHH)ダンディウォーカー症候群および小脳形成不全を伴うも(ZIC1,Engrailed2WNT1)頭蓋骨早期癒合症(FGFR)⑤水頭症の画期的な治療法の開発に向けた基礎研究;X連鎖性遺伝性水頭症の原因分子と同定されている神経接着因子L1CAMや遺伝子欠損マウスが水頭症を発症するmsi1、Nonmuscle  myosin heavy chain-B(NMHC-B)、DNA polymerase ? (?2)の遺伝子欠損マウスの解析し、神経幹細胞を用いて難治性水頭症の遺伝子治療への方向を模索する。(倫理面への配慮)この研究には、多施設からの患者DNAを中心とした生体資料を集積するバンクを形成すること・遺伝子解析を行うことなどいくつかの倫理的配慮を要する点が含まれている。前回の倫理委委員会承認後、平成13年3月29日の文部科学省・厚生労働省・経済産業省より施行された【ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針】を尊守し、平成14年4月6日国立大阪病院医学倫理委員会に「先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発」研究における倫理審査を申請し、平成14年12月承認された。
結果と考察
①原因解明・病態把握に分子遺伝子学的手法を
取り入れた。a.変異動物を用いた基礎研究;X連鎖性劣性遺伝性水頭症の原因遺伝子として同定された神経細胞接着分子L1の機能解析(Nakai Y, Kamiguchi H: J Cell Biol 159: 1097-1108, 2002)・中枢神経系未分化幹細胞に強く発現するm-Msi1の遺伝子欠損マウス(Sakakibara S,Okano H Proc Natl Acad Sci USA 12;99(23):15194-9,2002) ・NMHC-B欠損及び部分変異マウス(Hara, Y., Clinical Investigation 2000, 105 (5) 663-671)・DNA polymerase ? (?2) 遺伝子欠損マウス(Kobayashi Y,Motoyama N. Mol. Cell. Biol.22(8):2769-76,2002)における水頭症発症メカニズムの解析を行った。病理学的免疫組織学的検索:新しいRadial fiberのマーカーとして、Tubulin beta IIを認識しているモノクローナル抗体KNY-379、および Reelin receptorとして注目されているVLDL receptor (VLDLR) に対するモノクローナル抗体を作製し、正常胎児発育脳での免疫組織学的分布を検討した。(Nakamura Y, Brain Research 922: 209-215, 2001)b.遺伝子バンクを活用した水頭症の遺伝子解析;班会議の事務局である国立大阪病院の付属施設である臨床研究部に水頭症バンクを設立し、これまでに全国34施設より390検体を集積した。そのうち45家系にL1遺伝子解析をすすめ、24家系に新規のL1遺伝子異常を見いだした。検出率は53.3%で、わが国におけるL1遺伝子異常の83%を占める。この中にはL1遺伝子異常を示すMASA症候群のわが国での第1例目が含まれる。L1遺伝子異常を示すX染色体連鎖性遺伝性水頭症の病態・神経放射線学的所見について明らかにし、診断基準について提唱した。また遺伝型と臨床型の相関について検討し、臨床面から水頭症発症にかかわるL1の役割について明らかにした(投稿中) 。第1期で立ち上げた遺伝子バンクでは多くの成果を生み出したが、同時に結果説明などにおいて、臨床の現場で混乱を与えたことも事実である。遺伝子解析が臨床的意義をもつものとそうでないものとに区別をして、臨床的意義が明らかなものでのみ結果の開示が出来る点を考慮したインフォームドコンセントが必要であることまたさらに、個人情報の漏洩を防止する手立てをさらに厳重にすることなどをもりこんだ新たな説明文書と同意書を作製した。②予防法・診断法の開発を行なった。a.葉酸と神経管閉鎖障害発症リスクに関する研究;欧米では脊髄髄膜瘤など神経管癒合不全症の発生は、母親への葉酸の予防的投与によって70%減少すること・葉酸代謝酵素であるmethylene tetrahydrofolate reductase(MTHFR)の遺伝子の一塩基多型が、遺伝的危険因子とされている。本邦で初めてこれらのSNPについて検討し(坂本博昭ら 投稿中)、平成12年11月『妊娠の初期に葉酸を投与する事によって神経管閉鎖障害の発症リスクが低減すること』について厚生省大臣官房厚生科学課、厚生省健康危機管理調整官宛に健康危険情報通知を行った。③胎児水頭症の診断基準、治療指針の策定に関して;第1回班会議で診断基準の作成・治療指針の策定プロジェクトを結成することを提唱した。第2回班会議で体制を決め、役割分担と方向性を決めた。第2回運営会議で討議をした後、調査票の原案を作成した。原案を各担当者に意見を伺い各疾患に独自な内容を付け加え、最終的に共通項目と独自項目からなる調査票を作製した。調査票は各分担研究者ならびにそれ以外の症例の多いこども病院を中心に配布した。その際には調査のお願いと調査対象を付けた。現在までに約200例近い症例についてのアンケート結果を回収しており適宜分析を開始している。胎児超音波検査が、日常検査となって約20年になり、現在では先天性水頭症の約55%は胎内診断されている(中山登志子他;難治性水頭症調査研究班平成12年度報告書)が、先天性水頭症(胎児性水頭症)の、治療指針は確固としたものがなく、脳外科医・産科医・小児科医の個人の経験や判断に委ねられているのが現状である。正確な予後評価を含めたデーター(EBM)に基づく治療方針の作成は、急務である。根本的治療法が確立していないで、かつ希少性を有する難病疾患のひとつである先天性水頭症に関して、全国規模での
臨床解析調査は価値あるものである。さらに分子遺伝子学的手法により水頭症の発症機序を明らかにすること、発症リスクの同定・予防法を開発することは、先天性水頭症の臨床研究に新たな歴史を切り開くものである。
結論
予後の良い水頭症は適切に治療し、いかに治療しても予後不良の水頭症に関しては、正確な情報を提供すること、その予防法を確立すること、遺伝子治療などの治療法の開発を目指すことは、わが子が先天性水頭症と診断された両親や、治療者にとって大きな光明になる。

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