運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200704A
報告書区分
総括
研究課題名
運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 佐々木秀直(北海道大学医学部)
  • 西澤正豊(国際医療福祉大学)
  • 金澤一郎(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 水澤英洋(東京医科歯科大学)
  • 納光弘(鹿児島大学医学部)
  • 垣塚彰(京都大学大学院)
  • 貫名信行(理化学研究所)
  • 山田光則(新潟大学脳研究所)
  • 小野寺理(新潟大学脳研究所)
  • 加知輝彦(国立療養所中部病院)
  • 川上秀史(広島大学医学部)
  • 神田武政(東京都立神経病院)
  • 黒岩義之(横浜市立大学医学部)
  • 久野貞子(国立療養所宇多野病院)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部)
  • 武田篤(東北大学医学部)
  • 永井義隆(大阪大学医学部)
  • 中島健二(鳥取大学医学部)
  • 中島孝(国立療養所犀潟病院)
  • 長谷川一子(国立相模原病院)
  • 服部孝道(千葉大学医学部)
  • 湯浅龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 吉田邦広(信州大学医学部)
  • 鈴木康之(岐阜大学医学部)
  • 古谷博和(九州大学医学部附属脳神経病研究施設)
  • 加藤俊一(東海大学医学部)
  • 今中常雄(富山医科薬科大学薬学部)
  • 加藤剛二(名古屋第一赤十字病院)
  • 加我牧子(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 橋本有弘(三菱化学生命科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
76,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
分子遺伝学の飛躍的な進歩により遺伝性脊髄小脳変性症(遺伝性SCD)の病因遺伝子、病態機序が解明がされつつあり、治療法開発が急務となっている。又、非遺伝性の疾患では病因解明が急務となっている。治療効果を評価するためには各臨床病型の自然歴との比較検討が必須である。このような背景から本研究では1.SCDの臨床像、疫学、自然歴を明らかにし、その評価方法を確立する2.遺伝子が未解明の遺伝性SCDについては病因遺伝子のポジショナルクローニングを行う3.非遺伝性のSCDの発症機序の解明に目指したアプローチを行う4.SCDの分子病態機序を解明し治療法開発の基盤を築く事を目的としている。
研究方法
運動失調症について;今年度は①臨床調査個人票を基盤とする前向き研究による自然歴の解析②有効性が示唆された薬剤について多施設協同の臨床治験の実施を検討③遺伝性SCDの病因遺伝子の同定のために家系集積の協力体制を構築④非遺伝性のSCDに関しては多系統萎縮症に焦点をあてα-synucleinの凝集機構に焦点をあてた研究、疾患感受性遺伝子の同定に向けた研究基盤の構築⑤失調症状の客観的評価法の標準化⑥病因解明のための基礎的研究の6項目を推進する。副腎白質ジストロフィー症について;①造血幹細胞移植の治療効果についての前向き研究②自然歴についての前向き研究③ロバスタチンのオープン試験の可能性についての検討④病態機序解明のための基礎研究の4項目を推進する。(倫理面への配慮)遺伝子解析を含む研究については3省庁合同のガイドラインに従い、又臨床研究についてはインフォームドコンセントのもとに常に最大の配慮を行う。
結果と考察
結果および考察=SCDについて:臨床調査個人票を基盤とした疫学調査:平成13-14年度に調査研究の同意が得られている臨床調査個人票の中で10,487件の解析を行った。孤発性SCDが67.2%、常染色体優性遺伝性SCDが27.0%、常染色体劣性遺伝性SCDが1.8%、痙性対麻痺が3.4%であった。遺伝性SCDでは、Machado-Joseph病(MJD)26.9%、SCA6 21.1%、DRPLA 9.7%となった。運動失調症の評価方法について:ICARSについて錐体外路系、自律神経系、ADL評価を加えた重症度評価尺度を作成する必要があることなどが指摘された。運動失調の評価法については、視覚始動性認知課題を用いて求めた反応時間とsagittalスライスでの小脳MRI容積比の間に有意な相関が得られた。SCDの治療研究:MJD患者に対するタルチレリン水和物の効果をICARSを用いて判定し有効性を確認した。又今後本症に対し塩酸メキシレチンの大規模臨床治験を行う予定であり、医師主導の治験についての問題点を検討した。遺伝性SCDの臨床像について:SCD6型
では、高頻度に下向き頭位変換眼振が認められた。脊髄小脳失調症7型について詳細な臨床像が報告された。第16番染色体長腕に連鎖する優性遺伝性皮質性萎縮症について、頻度が高いこと、発症年齢は平均61.2歳程度と既知病型の中でも最も高齢で発症し純粋小脳症状を特徴とする事を明らかにした。患者皮膚線維芽細胞にて1C2抗体陽性の新たな遺伝性SCD家系が報告された。又、眼瞼下垂・垂直性眼球運動障害、精神発達遅滞・知能低下、小脳失調を特徴とする常染色体優性遺伝の1家系が報告された。SCA1について詳細な病理学的所見の報告がなされその多様性が報告された。SCDの画像所見について:MJDについて18F-FDG 370MBqを用いて脳糖代謝変化を解析し、小脳虫部、小脳半球、橋、一次視覚野で著明な糖代謝の低下を認めた。又レンズ束変性がT2強調画像においてGPiと内包の境界部に線状の高信号域として描出されることを明らかにした。多系統萎縮症 (MSA) において1H-MRSでの橋と被殻のNAA/Cr比は対象に比べ有意に低下し特に橋では病型や症状の有無によらず低下し、早期診断に有用であると思われた。遺伝性SCDの分子遺伝学:振戦を伴う常染色体優性遺伝性SCDの2家系について疾患遺伝子の候補領域はD3S1620-D3S3691間の14.7cMと考えられた。この領域はSCA15の候補領域と一部重複を認め、本家系がallelic variantあるいは新たな疾患である可能性がある。常染色体劣性遺伝形式を示す軸索型ニューロパチーを伴う脊髄小脳失調症をSCAN1と名づけ、その原因遺伝子TDP1(tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1)を同定した。SCA8 CTA/CTGリピートの伸長の疾患への関与については、SCA患者群は正常コントロール群に比し有意にlargeなリピートが多く、又伸長の著しいリピートをホモ接合で有するのはSCA患者のみでありSCA8 CTA/CTGリピートのSCAの関与が確認された。SCDの基盤的研究:小脳プルキニエ細胞が特異的に変性する運動失調モデルマウスであるPCDマウスを用い発現変動遺伝子のスクリーニングを行い低分子量型G蛋白質Rho・Racの活性化因子であるTrioの新しいスプライシング産物を同定した。伸長ポリグルタミン鎖によってVCP蛋白質のATPase活性が低下し小胞体からの異常蛋白質の搬出・分解に障害がおこり小胞体の異常膨潤および小胞体ストレスが励起される事、そしてこのストレスシグナルをASK1蛋白質が仲介することを明らかにした。MJDの遺伝子産物ataxin-3についてmulti-coiled-coil領域がself-association 領域であること ataxin-3 は細胞内でcleavageされる可能性がある事、ataxin-3のC末がγ-synerginと結合する事、が見出された。MJDの神経細胞の胞体内に観察される顆粒状構造物がリソゾームの一部であり、この病態が神経細胞核の病変とほぼ同程度の頻度・領域に生じていることが明らかになった。MSAの病態解明のためα-synuclein過剰発現細胞を用いた凝集過程の解析を行い細胞内α-synuclein凝集体形成は微小管輸送を介した能動的プロセスであることが示唆された。動物モデルについては、オリゴデンドロサイトにα-synucleinの高発現するMSAモデルマウスの作製を行った。このマウスでリン酸化α-synucleinのオリゴデンドロサイト内での蓄積、小脳抽出液におけるSDS不溶性α-synucleinの存在が確認され、多系統萎縮症のモデル動物として有用である可能性が示された。SCDの治療法開発研究:異常伸長polyQ鎖選択的に結合するペプチドQBP1が、ショウジョウバエ複眼にてpolyQ蛋白質の凝集体形成・複眼変性を著明に抑制する事を見いだしポリグルタミン病治療へ可能性が示された。副腎白質ジストロフィー症について;造血幹細胞移植の治療効果に関する検討:本邦における小児大脳型ALDでの造血幹細胞移植後のMRI変化についてcentralized reviewを行った。Loes score上の悪化はHSCT後1.5年以降はほぼ停止する。臨床指標として考案した本邦における検査バッテリーを用いHSCT前又は後の継時的検査可能であった症例を中心に検討した。視覚・視空間認知、記憶、前頭葉機能、聴覚認知などの障害が抽出され、MRI所見から推測されるより広範囲な認知障害が確認された。非血縁者間臍帯血
移植について:国内では本症例7例に対して9回の移植がなされ、内4例に生着がみられた。移植前処置は様々であるが、血清学的HLA適合度は6/6,5/6,4/6がそれぞれ1,5,3例であった。本疾患に対しては早期の造血幹細胞移植が望ましく非血縁者間臍帯血移植に対する期待は大きいが、移植前処置や移植後の合併症対策等多くの課題が残されている。副腎白質ジストロフィーの臨床像の検討:血漿極長鎖脂肪酸値が正常で赤血球膜極長鎖脂肪酸値が高値であった白質ジストロフィーが疑われ、ALD-P遺伝子のエクソン10領域にアミノ酸置換を認めた2症例が報告された。本アミノ酸置換は遺伝子多型の可能性もあり検討が必要である。出生直後から呼吸障害、顔貌異常、黄疸、肝腫大などZellweger症候群様の臨床像を呈し、既存の新生児型ALDやペルオキシソームβ酸化酵素単独欠損症でない症例が報告された。ALD gene全体を含むlarge deletionが存在することが明らかとなった。極長鎖脂肪酸代謝に関する生化学的研究:ALD治療薬開発を目的として、約100種の生薬成分についてALD患者繊維芽細胞の極長鎖脂肪酸β酸化活性を正常化させる化合物の検索が行われ、複数のフラボノイドが見出された。特にbaicalein-5, 6, 7-trimetylether (BTM)は、細胞の増殖には影響を与えず、極長鎖脂肪酸β酸化活性を濃度依存的に回復させた。又、各種フラボノイドを含む漢方方剤エキスの中にも、ALD患者線維芽細胞の極長鎖脂肪酸β酸化活性を回復させるものが見出された。長鎖脂肪酸アシルCoシンターゼ活性を有するタンパク質であるリピドーシン(lpd) はX-ALDにおいて障害を受ける組織で特異的に発現することから、ALDにおける組織特異的障害発症機序に関わる介在因子の可能性が示唆されている。免疫染電子顕微鏡による観察から、Lpdは特定の細胞小器官に局在することはなく、細胞質中に広く分布している事、毛細血管との接触部位及びシナプス近傍の突起部分にはLpdが密に分布しており、血液-脳関門およびシナプスの機能とLpdの機能との関連性が考えられた。
結論
本研究班では、臨床個人調査票を基盤とした前向きのSCDの疫学調査を目標の一つに位置づけている。本年度1万件を超える症例の分析を開始し、SCDの各病型の自然歴について、重要な疫学データが得られつつある。この成果は、現状を把握すること、患者へのフィードバックという点で重要であり、さらに近い将来、治療研究が開始された際の基礎データとして極めて重要なものとなる。SCDの病態機序解析、治療法開発研究についても、着実な成果が得られており、今後、臨床応用可能な治療法確立への発展が期待される。副腎白質ジストロフィーについては、造血幹細胞移植例の治療効果についてMRI画像所見のcentralized reviewシステム、小児神経心理学の評価体制が構築された。これらの体制を活用して、本疾患の治療法として、造血幹細胞移植をどのように位置づけるべきか、という臨床上極めて重要な課題に対して一定の結論が得られる予定である。また極長鎖脂肪酸のβ酸化活性を亢進させる生薬成分が見出されており、臨床応用が実現することが期待される。

公開日・更新日

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