中枢性摂食異常症に関する調査研究

文献情報

文献番号
200200700A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢性摂食異常症に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
芝崎 保(日本医科大学生理学第二)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾一和(京都大学大学院医学研究科内分泌・代謝内科学)
  • 桜井武(筑波大学基礎医学系薬理学)
  • 久保木富房(東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学)
  • 鈴木眞理(政策研究大学院大学保健管理センター)
  • 中井義勝(京都大学医療技術短期大学部)
  • 久保千春(九州大学大学院医学研究院心身医学)
  • 坂田利家(中村学園大学大学院栄養科学研究科)
  • 児島将康(久留米大学分子生命科学研究所遺伝情報研究部門)
  • 野添新一(鹿児島大学医学部付属病院心身医療科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の文化、社会構造の変化は中枢性摂食異常症の病像にも深刻な影響を与え、患者数の増加、重症化、発症の低年齢化をもたらしており、本症の有効な治療法や予防法の早急な開発が望まれる。本研究の目的は中枢性摂食異常症の病因、病態を解明することにより、有効な治療及び予防法を開発することであり、このために前研究班の成果を発展させ、分子生物学的、発生工学的研究手法による中枢性摂食調節機構と本症の病因、病態の生物学的因子の解明と、本症患者の病像解析のための実態調査を行う。
研究方法
基礎的研究として、グレリンとニューロメジンU(NMU)のノックアウトマウスの作成、オレキシンニューロンに特異的にEGFPを発現するトランスジェニックマウスの作成、脂肪萎縮性糖尿病マウスとレプチン過剰発現トランスジェニックマウスの交配種マウスの作成、ストレスによる摂食抑制の雌雄ラットでの比較、メラニン凝集ホルモン(MCH)の脳室内投与ラットの行動解析、ヒスタミン及びアディポネクチンのエネルギー消費作用のラットでの比較検討等を行った。臨床的研究として、本症の病態・病型とグレリンの血中レベルとの関係の解析、および女子大学生を対象とした過去20年間の摂食障害の変遷の実態解明を行った。
結果と考察
摂食促進ペプチドであるグレリンのノックアウトは組み換えES細胞が得られず、グレリンがES細胞の分化増殖に必要である可能性が示唆された。摂食抑制ペプチドであるNMUのホモ欠損マウスの作成は成功し、同マウスが生後1ヶ月から摂食量の増加、肥満、運動量低下を示すことが判明し、NMUがエネルギー蓄積に抑制的に作用していることが明らかにされた。(児島)
オレキシンニューロンに特異的にEGFPを発現するトランスジェニックマウスから単離したオレキシンニューロンの電気生理学的な検討で、同ニューロンはドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンにより抑制され、アセチルコリンにより活性化されることが明らかになった。オレキンシン変性マウスでは絶食負荷時の覚醒レベルの上昇が欠落していたことより、オレキシンニューロンはエネルギー摂取状態に応じ、摂食行動のみならず覚醒レベルの調節にも関与していると考えられた。(桜井)
脂肪萎縮性糖尿病マウスとレプチン過剰発現トランスジェニックマウスの交配種マウスでは耐糖能異常は改善し、その耐糖能はプロプラノロールにより悪化し、ブナゾシンでは影響を受けなかった。脂肪萎縮性糖尿病マウスでは著明なコルチコステロン産生亢進が認められ、両側副腎摘出により耐糖能は改善した。以上から、脂肪萎縮性糖尿病マウスの耐糖能異常の一部には低レプチン血症による糖質コルチコイド産生亢進が関与し、レプチンの糖代謝改善作用の一部はβ交感神経活動亢進を介していることが示唆された。(中尾)
拘束、フットショックによる摂食抑制は雌雄ラット間で差が認められなかったが、コミュニケーションボックスを用いた心理ストレスによる摂食抑制は雌ラットで有意に強く認められた。同心理ストレスによる摂食抑制は、血中エストロジェン値が最も高値を示す発情前期雌ラットで最も強く認められ、この抑制は両側卵巣摘除により減弱し、エストロジェンの補充で回復した。心理ストレスがその病態に関与していると考えられている神経性食欲不振症が女性に多く発症する機序にはエストロジェンが関与していると考えられた。(芝崎)
摂食促進作用を示すMCHをラット側脳室内へ投与して行動解析を行った。MCHはオープンフィールドでの移動行動の減少と行動を開始するまでの時間の延長を示し、運動抑制作用と不安惹起作用を有すると考えられた。Flinch-vocal testではMCHによる感受性の変化は認められず、Fear conditioningでは記憶障害作用を示唆する結果が得られた。中枢性摂食異常症の過食状態における病態解明に繋がる可能性が示唆された。(久保木)
ヒスタミン及びアディポネクチンを肥満マウス(obese yellow (Ay/a) mice)に7日間それぞれを脳室内ないし腹腔内投与した結果、ヒスタミンでは摂食量、体重、内臓脂肪量の減少と、BAT UCP1発現量の増加が認められた。アディポネクチンの末梢投与では体重増加の抑制、内臓脂肪および肝臓脂肪沈着の減少、BAT UCP1の発現亢進が認められたが摂食量には影響がなかった。アディポネクチンの中枢内投与では変化が認められなかった。ヒスタミンとアディポネクチンは共に抗肥満作用を示すが、作用が一部異なることが明らかになった。(坂田)
40名の神経性食欲不振症患者、31名の神経性過食症患者、15名の健常者を対象にグレリンを測定した。血漿グレリン値はBMIや体脂肪と有意な負の相関を示し、過食嘔吐の指標とされる血清アミラーゼと有意な正の相関を示した。排出型のグレリン値はBMIに有意差の無い非排出型と健常者より高値を示し、BMIに有意差のある制限型、無茶喰い/排出型と有意差が無かった。習慣性の過食嘔吐が認められた無茶喰い/排出型と排出型において血漿グレリン値は過食嘔吐回数や血清アミラーゼと正の相関を示した。これらの結果は血漿グレリン値が栄養状態のみならず過食・嘔吐の頻度等によっても影響されることが示唆された。(野添)
20名の神経性食欲不振症患者の血漿グレリンとGHを始めとする幾つかのホルモンを測定した。入院時血漿グレリン値は血漿GHと正の相関を認め、GH分泌に最も独立して影響を与える因子はグレリンであった。体重回復期にはグレリンとGHとの関連性は認められなかった。従って本症患者の低体重時に上昇したグレリンがGH分泌に寄与した可能性が考えられた。血漿グレリンとGHとの相関関係は制限型で強く、無茶喰い/排出型ではみられなかったことから、過食嘔吐が相関関係に影響を与えることが明らかになった。(久保)
神経性食欲不振症患者の血漿インタクトグレリン、N端側グレリン、C端側グレリンをそれぞれを認識する抗体を用いて測定した。血漿インタクトグレリン値は健常者と比較して低下ないし同レベルであり、N端側およびC端側フラグメントは高値を示したことから、本症患者のグレリンの代謝は健常者と異なっていると考えられた。血漿インタクトグレリン値はGHやIGF-I値とは有意な相関を示さず、消化器症状を強く訴える患者で低い傾向があり、胃粘膜病変により分泌が低下している可能性が示唆された。糖負荷に対するインタクトグレリンの反応性は健常者と同様に保たれていた。(鈴木)
京都府下の女子大学生を対象にした体重、体型に関する自己意識、食行動の実態調査の結果、低BMI群(18.5 kg/m2以下)の比率が2002年には17.7%で1982年の11.7%、1992年の9.6%に比し多く、低BMI群で自己の体重が多いと認識している割合は2002年で増加し、同群の理想とする体重は1982年での45.8 kg、1992年での45.4 kgに比し、2002年には43.0 kgと減少していた。病的な食事制限は2002年に著増していた。神経性食欲不振症の推定頻度は1982年は0.1 %、1992年は0.15 %、2002年は0.3 %、神経性大食症のそれは1992年は0.5 %、2002年は1.9 %、非定型の摂食障害は1992年は4.6 %、2002年は10.5 %であった。摂食障害の推定頻度はこの20年間で著増していた。やせ志向と低BMIにも関わらずさらなる食事制限がその一因であることが明らかになった。(中井)
結論
本年度の研究により、中枢性摂食調節機構におけるオレキシン、レプチン、NMU、MCH、ヒスタミン、アディポネクチンの役割の理解が深まり、本症が女性に多く認められる機序へのエストロジェンの関与、神経性食欲不振症の病態・病型とグレリンの分泌や代謝との関係を新たに明らかにすることができた。さらに本症患者がこの20年間に著増している深刻な実態が改めて明らかになった。

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