間脳下垂体機能障害に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200698A
報告書区分
総括
研究課題名
間脳下垂体機能障害に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
千原 和夫(神戸大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤 讓(島根医科大学)
  • 島津 章(国立京都病院)
  • 橋本浩三(高知医科大学)
  • 森 昌朋(群馬大学医学部)
  • 苛原 稔(徳島大学医学部)
  • 大磯ユタカ(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 寺本 明(日本医科大学)
  • 巽 圭太(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 須田俊宏(弘前大学医学部)
  • 肥塚直美(東京女子医科大学)平田結喜緒(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
  • 田中敏章(国立成育医療センター)
  • 長村義之(東海大学医学部)
  • 横山徹爾(国立保健医療科学院)
  • 清水 力(北海道大学医学部附属病院)
  • 菅原 明(東北大学医学部附属病院)
  • 柳瀬敏彦(九州大学大学院医学研究院)
  • 石川三衛(自治医科大学)
  • 岩崎泰正(名古屋大学医学部附属病院)
  • 置村康彦(神戸大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、様々な間脳下垂体機能障害による視床下部ホルモン・下垂体ホルモンの分泌異常症の病因、病態を把握し、有用な診断治療法を確立することである。間脳下垂体機能障害の診断・治療は進歩してきたものの、未だ十分とはいいがたい。例えば、次の点が課題として残されている。1)GH、ACTH産生異常症に対する新診断基準の確立、2)ADH分泌異常症とおよび類似する病態の診断基準、3)成人下垂体機能低下症の予後解析、4)先端巨大症に伴う悪性腫瘍の効率的なスクリーニング法の確立、5)自己免疫性視床下部下垂体炎の診断法、6)橋中心髄鞘崩壊の治療法、7)薬剤抵抗性プロラクチン産生下垂体腺腫の治療、8)成人下垂体機能低下症に対するGH補償を含めた総合的治療、9)低身長患児に対する治療体系の確立などである。これらの点に焦点をあわせることによって、間脳下垂体機能障害患者の予後、QOLは大きく改善するものと考えられる。本年度は、これらに焦点をあわせた研究がなされた。また、種々の間脳下垂体疾患の成因、病態を解明することは極めて重要であり、成因、病態の解明は、疾患診断、治療に結びつく。下垂体腫瘍のホルモン、転写因子発現や腫瘍形成の機構、下垂体腫瘍の生物学的特性、グレリン、オレキシン等新規ホルモンの下垂体ホルモン分泌における意義などが、いっそう明らかとなることが期待される。さらに、間脳下垂体機能障害患者の全国データベースを構築し、長期疫学調査の基盤づくりを開始することを本研究では計画している。このデータベースは、将来的に、間脳下垂体機能障害に対する現行の診断治療が長期的にみて真に有用であるか明らかにする貴重な資料になると考えている。
研究方法
研究方法は、大きく2つに分けられる。その1つは、1)多くの臨床例の解析から、疾患の特性を抽出しようとするものであり、間脳下垂体疾患の新たな診断の手引き作成の基礎となるものである(下記の(a)から(l)、および(u))。もう1つは、2)疾患の成因、病態を明確にしようとするものであり、臨床例の解析以外に、生化学的、免疫学的、分子生物学的手法を使用したin vivo, in vitro実験もふくまれる(下記の(m)から(t))。
結果と考察
(a)成人下垂体機能低下症患者のうち生命予後不良群(多種類のホルモン分泌低下を有する腫瘍性疾患、特に頭蓋咽頭腫を原疾患とするもの)があることが示唆された。今後、予後不良群に対して適切な対応が必要と考えられる。(b) 先端巨大症の診断に難渋した症例の検討から、先端巨大症の診断には、臨床症候、GH過剰分泌とIGF-1高値の証明および下垂体腺腫の画像所見が必須である。(c) low GH acromegalyの腺腫は小さく、またenclosed typeが大部分を占め、手術のみで完全緩解が得られることが多いが、中には長期にわたり病気が発見されず比較的臨床経過が長い症例も含まれている可能性が示唆され、早期診断および適切な治療が必要と思われた。(d)先端巨大症において大腸、甲状腺の腫瘍性疾患の合併が少なか
らず認められ、先端巨大症と診断された際には下部消化管精査、甲状腺エコーによるスクリーニング検査を施行することが必要と考えられた。(e) 低身長思春期発来児の最終身長改善には、治療開始時から高用量のLHRHアナログで性腺機能を充分に抑制し、骨成熟を止めることが重要と推察された。しかし、LH値、FSH値から性腺機能を予測することは困難であると考えられた。(f) PC1/3と7B2に対する自己抗体は二次的に出現しやすいと考えられ、非機能性下垂体腺腫と自己免疫性視床下部下垂体炎の鑑別の一助になりうることが示唆された。(g)鉱質コルチコイド反応性低Na血症は、加齢による腎のNa保持能の減退に加え、レニン・アルドステロン系の作動低下が主な要因で、AVPの分泌亢進は二次的反応であり、相反する治療を要するSIADHとの鑑別は高齢者の生命予後上きわめて重要である。(h) 高血圧は伴うもののクッシング徴候を欠く症例のうち1例は0.5 mg dexamethasone (DEX) 抑制試験がきっかけとなり発見され、下垂体腺腫摘出後、0.5 mg DEX 抑制試験の正常化と高血圧の改善を認めた。この症例は下垂体機能を精査する機会がなければ臨床的には単純性肥満並びに本態性高血圧の範疇に入る症例であり、プレクリニカルクッシング病の病態の早期発見は臨床的にも重要と考えられた。(i)非機能性下垂体嫌色素性腺腫におけるsilent corticotroph adenomaの頻度は比較的多い(6/27例)。内分泌学的特徴としてACTHの基礎分泌は正常であったが、CRHに対する反応性は亢進している例が多かった(4/6例)。しかし、いずれもCushing徴候はなくpreclinical Cushing病との関連性については今後フォローアップが必要と考える。(j) 典型的なCushing病や先端巨大症の診断基準には当てはまらないが、部分的な身体所見と検査異常が証明され、それらのpre-又はsubclinicalな状態と思われる数例を経験し、Pre-又はsubclinicalなCushing病と先端巨大症という新しい疾患概念を提起した。これに関し、さらに今後、全国的に症例を集め、診断基準、長期経過や予後などについて検討していくことが必要と思われる。(k)局在診断の困難な異所性ACTH症候群に対しては、111Inオクトレオタイドスキャンは診断上非常に有効であると考えられた。(l)特発性下垂体性ゴナドトロピン単独欠損症の報告は稀であるが、その病因の主座が下垂体にあると考えられる症例が存在する。(m) aminoguanidine, cimetidine, indomethacin, dexamethasoneは橋中心髄鞘崩壊発症予防に有効であることが示唆された。今後、実際の臨床への応用が期待される。(n) 11_-HSDの阻害剤がクッシング病の内科的治療薬として有用である可能性がin vitro系で得られた。in vivo の系においても同様の成績が得られるのか興味深い。(o) グルコース濃度の上昇は、NF_Bなどのフリーラジカル反応性の転写因子を介しPOMC遺伝子の発現を促進することが示唆された。(p) 非機能性下垂体腺腫であっても、FHSβSU(44%)、LHβSU(18%)、α-SU(44%)の発現率が高く、一部はゴナドトロピンSUの細胞系譜への機能分化が示唆された。転写因子の検討では、複数の転写因子が高頻度で発現されており、非機能性腺腫の機能分化には、機能性腺腫で提唱されているような細胞系譜のみでは説明のつかない異なるメカニズムの存在を示唆させた。(q)ブロモクリプチンにより、Prolactin-releasing peptide受容体(PrRPR)遺伝子発現が抑制されること、さらにその作用機構が明らかとなった。今後、PrRPR遺伝子のブロモクリプチン応答責任領域に結合する約60kDaの未知の核蛋白質の同定が期待される。(r) 臨床例でみつかったPit-1変異の解析から、Pit-1によって発現が制御される遺伝子のcAMPによる転写促進機構にCBPが重要であることが明らかとなった。この機構は、一部のPit-1変異による複合下垂体ホルモン欠損症の一因と考えられる。 (s) 摂食制限で観察される慢性的な性機能抑制は、グレリンまたはオレキシンの単独作用では起こらず、複数の因子の総合的作用で発現するものと考えられた。(t)胃で産生され循環血液を介して下垂体に到達するグレリンがGHの脈動的分泌に関与してい
る可能性は小さい。一方、胃で産生されたグレリンが迷走神経を介してGH分泌を促進する可能性が指摘されているが、ヒトにおいて、そのような機構が存在するという根拠は得られなかった。(u) 間脳下垂体機能障害の新たな予後調査法が検討された。これにより得られた予後調査結果は、臨床医療および公衆衛生行政にとって重要な基礎資料となると考えられる。
結論
様々な間脳下垂体機能障害による視床下部ホルモン・下垂体ホルモンの分泌異常症の病因、病態を把握し、有用な診断治療法を確立することを目的として、蓄積された臨床例の解析から疾患の特性を抽出しようとする研究、および疾患の成因、病態を明確にしようとするin vivo, in vitro実験をも含む研究が平成14年度におこなわれ、数多くの成果が得られた。これらの成果は、間脳下垂体疾患の新たな診断法、治療法開発の基盤となる。さらに、これらの成果をもとに、研究班全体の事業として、先端巨大症、クッシング病、TSH産生下垂体腫瘍、下垂体前葉機能低下症の診断の手引き作成も行なわれた。

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