エイズ発症阻止に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200643A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズ発症阻止に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 愛吉(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩田達雄(大阪大学)
  • 照沼 裕(山梨医科大学)
  • 横田恭子(国立感染症研究所)
  • 松下修三(熊本大学)
  • 田中勇悦(琉球大学)
  • 小柳津直樹(東京大学)
  • 志田壽利(北海道大学)
  • 山本典男(東京医科歯科大学)
  • 小柳義夫(東北大学)
  • 石坂幸人(国立国際医療センター)
  • 渡邉慎哉(東京大学)
  • 渡邉俊樹(東京大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
81,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
以下の4本の柱に沿ってエイズ発症阻止の研究を行った.(1) HIV感染症の病態に関与するヒトゲノム多型性の研究,(2) HIV感染症におけるウイルス特異的免疫応答と細胞死に関する研究,(3) HIV感染症に関わる新しい宿主因子の発見と新しい治療標的開発のための基礎研究,(4) HIV感染症に関わる新しい宿主因子解析のための新技術の開発とウイルスゲノム発現機構の解析.
研究方法
SNPsは末梢血DNAを用いてPCR-RFLPにより検討した.血漿中HIV-1 RNA量(Roche),血漿中逆転写酵素活性(旭化成),末梢血単核球(PBMC)中RNA-DNA hybrid量,PBMC中二重鎖DNA量の4種類についてウイルス量を測定した.末梢血から抗CD14標識磁気ビーズ分画された単球,GM-CSFとIL4の存在下に7?8日培養して樹状細胞(DC)を分化誘導した.
赤毛猿10頭に2回PMPA療法を行い,その間5頭に2回オーダーメイド・ライブラリーワクチンを接種した.HIVを感染させたPBMC-NOD-SCIDマウスにLPSを投与し,脳実質への細胞浸潤を誘導した.抗human TRAIL抗体 (clone RIK-2)とterminal deoxynucleotidyl transferase (TdT)-mediated dUTP nick-end labeling (TUNEL) 染色との二重染色により,アポトーシス細胞を解析した.
HIV慢性持続感染細胞株ACH2, OM10.1やHIV-transgenic mouseを用いて,メチル化HIVの再活性化の解析を行った.
(倫理面への配慮)
ヒトゲノム研究については,研究者の所属する施設において倫理審査委員会の承認を受けている.(1)東京大学医科学研究所:受付番号11-2「宿主および寄生体の両面から見たHIV感染症の研究」,(2)大阪大学:許可番号1「HIV感染症にかかわる宿主因子の研究」,(3)山梨医科大学:受付番号79「エイズ発症を阻止する要因に関する研究」.研究の対象となる患者には目的を十分に説明した上で,書面にてインフォームド・コンセントを得ている.(4)タイ国における研究では,書面でICの得られた感染者のみを研究対象とし,タイ国政府の倫理委員会から1999年12月に承認を得た.
結果と考察
4本の柱にしたがって記載する.(1)ヒトゲノム関連研究:(塩田)CCR2遺伝子からは,alternative splicingによってC末端の細胞質内領域のみが異なるCCR2A,CCR2Bの2種類が産生される.センダイウイルスベクターでCCR2 64Iの変異体を構築し解析した.CCR2Bの64番目のアミノ酸を(V)から(I)に置換してもコレセプター活性等に有意な変化はなかったが,CCR2A(I)よりCCR2A(V)の方が細胞内でより安定で,CCR2A(V)の方がCCR2A(I)よりもCCR5の細胞表面発現を強く阻害した.
タイ国ランパン県HIV-1感染者489名中,18名がCCR2 64Iのホモ接合,131名がヘテロ接合であり,残りの340名がCCR2 64Iを持っていなかった.CCR2 64Iを持つ感染者の平均血中ウイルス量が有意に低かった(P=0.01).治療をうけた群では,CCR2 64Iを持つ感染者の平均ウイルス量が有意に低下していた(P=0.002).CCR2 64Iは逆転写酵素阻害剤による治療効果に影響する可能性が考えられる.
(照沼・渡邉慎哉)
長期未発症者では,HIV-1 RNA量が比較的高かったが,RNA-DNA hybridが,ほとんどの症例で検出ができなかった.一方,PBMC中の二重鎖DNA量は高かった.長期未発症者4例を含む56検体の末梢単核細胞由来培養細胞の遺伝子発現プロファイルから,長期未発症者に特異的な発現パターンを示す可能性のある遺伝子候補を含む遺伝子群として58遺伝子を特定した.
(2)HIV特異的免疫応答の研究では,岩本は,患者血漿中のHIVについて,HLA-A24によって拘束されるnef内のCTLエピトープ(nef138-10:RYPLTFGWCF)の解析を行った.HLA-A24陽性の血友病者及び性感染者(計25例)に野生型のnef138-10の配列を持つ患者はおらず,92%(23/25)の患者で2番目のYがFに変異していた(2F).一方, HLA-A24陰性の場合,血友病者に2Fの変異はなかった(0/12)が,性感染者の47%(8/17)に存在した.HLA-A24陰性の血友病者と性感染者を比較すると,有意差を持って性感染者に変異型が多かった.松下は,V3の立体構造を認識する単クローン抗体の一つ2442では,C3及びV3/C3のアミノ酸変化にて中和感受性が変わることを見出した.
(横田)病態の異なる患者群で,Gagに対するCD4陽性T細胞の反応が全く誘導されない患者はどの群にも存在したが,Gag/Pol特異的CD8は未治療者で特に高い傾向があった.(志田)オーダーメイド・ライブラリー・ワクチンはウイルスの増殖に関して有効ではなかった.ただし,リバウンド後のV1領域では,変異率がワクチン接種群において有意に増加していた.(田中)OX40LとTNFは,それぞれ単独ではOX40/OX40L反応を介して感染細胞からHIV産生を誘導するが,同時に作用させるとウイルス産生が抑制された.この二重刺激によってOX40発現細胞がウイルス産生以前に急速に(15時間以内でほぼ100% )アポトーシスに陥ることがわかった.(小柳)HIVを感染させたPBMC-NOD- SCIDマウスでは,マクロファージ指向性ウイルス (HIVJRFL株)のみが多数の神経細胞をアポトーシスさせ,HIV感染マクロファージの脳実質内への浸潤がHIV脳症に強く関与すると考えられた.マウスモデル,培養実験系,そして,実際のHIV脳症患者の脳組織の解析からHIV感染によりマクロファージ上に誘導されるTRAILが神経細胞死を誘導していることが強く示唆された.
(3)宿主因子と新たな治療標的の研究では,VPRがヒストンH3 のアセチル化を増強する,染色体機能と遺伝子発現調節の両方に関与することが知られているヘテロクロマチン蛋白質-1(HP-1)の細胞内局在を障害する,との結果を得た.山本は,新規低分子化合物T-1113がX4, R5 およびR5X4 HIV-1の増殖を阻害することを見出した.T-1113はCXCR4の第2,第3細胞外領域に対するモノクローナル抗体の結合,およびHIV-1持続感染細胞Molt-4/IIIB ?とMolt-4 細胞との混合培養による巨細胞の形成を顕著に抑制した.T-1113はCCR5 発現細胞へのMIP-1αの結合を阻害したが,他のCCR5 阻害剤TAK-779 と異なり,CCR5アンタゴニスト活性や第2細胞外領域に対するモノクローナル抗体の結合阻害活性は認められなかった.
小柳津は,HAART開始後1ヶ月で採取された非定型抗酸菌感染リンパ節を材料に,免疫再構築の観点から詳細な病理組織解析を加えた.その解析結果よりHAART開始後比較的早期に観察される免疫再構築の構成要素は1)HIVによる細胞死を免れた細胞群,2)増殖能力を保持しているメモリーT細胞分画の両者であった.
(4)新技術開発とウイルスゲノム発現機構の解析の研究では,渡邉慎哉は22,000遺伝子のトランスクリプトーム解析のできるDNAマイクロアレイを開発した.渡邊俊樹は,LTRのプロモーター活性がメチル化によって著明に抑制される;LTRのCpGメチル化は5'-LTRに選択的であり,3'-LTRは全くメチル化されていない;潜伏感染細胞およびHIVトランスジェニックマウスの何れにおいても,細胞外からの再活性化刺激によってLTRの脱メチル化が誘導される;この際のCpG脱メチル化は細胞周期依存性であり部位特異的である,ことを示した.
結論
(塩田)CCR2 64Iのエイズ病態遅延効果の分子機構が明らかになった.CCR2 64Iが逆転写酵素阻害剤による治療効果にも影響することが明らかになった.(照沼・渡邉慎哉)DNAマイクロアレイの結果から,長期未発症に関与する可能性の遺伝子候補が見つかってきた.(岩本)CTLのエスケープ変異体が日本国内で流行している可能性が示唆された.(松下)中和抗体の活性が中和エピトープ以外の変異によって減弱することを示した.これらはいずれもワクチンを考える上で重要な結果である.(田中)CX40-OX40Lを介した細胞シグナル伝達は,HIVの増殖に関して正負両面の作用がある.(小柳)HIV感染症における種々の細胞死においてTRAILの重要性を証明した.(山本)X4,R5,dual-tropicのどれにも抑制作用のある化合物T-1113が見つかった.

公開日・更新日

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