血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200641A
報告書区分
総括
研究課題名
血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
坂田 洋一(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小澤敬也(自治医科大学)
  • 吉岡章(奈良県立医科大学)
  • 長谷川護(株式会社ディナベック研究所)
  • 新井盛夫(東京医科大学)
  • 小林英司(自治医科大学)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
83,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血友病の出血に対しては、現在、凝固因子製剤を用いた補充療法によるcareを中心とした治療が行われている。しかしながら、これらの製剤の使用は未知のウイルスや、微量の夾雑物により思いもかけない副作用に見舞われる危険がある。また、突然の出血を予防するために製剤を連日投与することは経済的にも非現実的である。血漿中因子活性を正常の数%のレベルに維持すれば出血を予防できることから遺伝子治療はこの目的にかなってる。成功すれば、高価な因子製剤の使用量が減り経済的に社会に貢献できるのみならず、患者にcureを導き、生活の改善にもつながる。本年度は、血友病Aについては小動物を対象にレンチウイルスベクターとアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた治療レベルの第VIII因子の長期安定発現と安全な遺伝子治療法の開発に向けた基礎的検討をおこなった。また、正常肝細胞移植による第VIII因子遺伝子導入の展望についても検討した。血友病Bについては、AAVベクターの最適血清型の選択と、投与部位を含めて投与法をサルを用いて検討した。サルを用いた実験は前臨床試験と位置づけ、安全性の検討も進めた。血友病インヒビタ対策としては、血友病Aマウスを利用して、第VIII因子に対する免疫寛容誘導の可能性を検討した。
研究方法
血友病A: a. ex vivoで、病原性のみられないサル免疫不全ウイルス(SIV agmTYO-1株)を基本とした改変SIVベクターを利用して、ヒトB領域除去第VIII因子(BDDFVIII)遺伝子を臍帯血より分離したヒトCD34陽性細胞に導入した(GFP或いはLacZ遺伝子搭載ベクターも確認のため利用した)。これを、NOD/SCIDマウスに移植し、骨髄への生着をフローサイトメトリーにより、さらに発現をmRNAレベル測定と免疫学的手法により検討した。また、血中ヒト第VIII因子レベルを免疫学的に測定した。b.外科的に除去可能な脂肪細胞を遺伝子導入標的細胞に選び、上記SIVベクターをdb/dbマウスの脂肪組織へ投与し、第VIII因子の発現をaと同様の方法で検討した。c.第三世代ヒトレンチウイルスベクターを利用して、門脈内ルートより第VIII因子ノックアウト(KO)マウスに注入する方法も検討した。d.ヒトFVIIIの、重鎖および軽鎖を別々に発現するAAV-1ベクターを作製し、マウス骨格筋に同時に注入した。e.血友病イヌに対して同胞犬から自己肝保存生体部分肝移植を行ったイヌの移植肝の病理学的検討を施行した。血友病B: ヒト第IX因子発現AAVベクターを各血清型(1型、2型、5型)由来のキャプシドを用いて作製し、サル骨格筋に注入した(部位と発現確認のためLacZ遺伝子搭載ベクターも同時に投与した)。一定間隔で採血し、血中ヒト第IX因子レベルを免疫学的に、また骨格筋細胞への生着発現を、一部筋肉を生検し、第IX因子を免疫組織化学的に、及びLacZタンパク質をX-gal染色にて検討した。実験に際しては、サルの排出物検査を始め、血液一般検査も定期的に施行し、安全性の検討も行った。 遺伝子治療技術的検討: SIVベクターの安全性と、発現効率を上げるための検討を行った。また、naked DNAを高効率で、大動物へ導入するための方法を検討した。インヒビタ対策: 第VIII因子KOマウスを用いて、胎児期遺伝子導入法、新生児期第VIII因子製剤投与法により検討した。倫理面への配慮として、まず、本研究は、全体を通して、患者に対する治療の効率の探求とともに、安全性により重点を置いて進めている。遺伝子治療については、ヒトに対して病原性を持たない改変ウイルスベクターを利用して遺伝子導入法の開
発とその応用を目指したものであり、周辺環境及び実験従事者の安全性に関して倫理的な問題が生ずることは基本的にないと考えている。生体部分肝移植を利用した治療は、当面血友病Aイヌに限定した試みであり、以下の遺伝子治療と共通の倫理的配慮で十分と考える。各種動物を用いた動物実験は、動物倫理面(動物愛護上の配慮など)を含めて各大学の動物実験指針規定に沿って行う。筑波霊長類センターとの共同研究として厚生労働省霊長類共同利用施設で実施する予定のサルの実験では、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」及び筑波霊長類センター「サル類での実験遂行方針」を遵守して行う。
結果と考察
血友病A: a.改変SIVベクターを利用してヒトBDDFVIII遺伝子を導入したCD34陽性細胞移植60日後に、マウス骨髄におけるヒト由来細胞の割合が約30%に達し、mRNAおよび蛋白レベルで骨髄細胞がヒト第VIII因子を発現していることが確認できた。第VIII因子血中レベルは60日後も2%以上であった。見かけは2%と最低治療域レベルしか得られていない。しかし、hBDDFVIIIのマウス血中内半減期は1時間以内であり、ヒトでの半減期12-18時間を考慮すると、十分治療レベルに達しているものと思われる。動物実験では、異種細胞を移植するために、マウスに十分な免疫抑制処置が必要であった。しかし、実際のヒトへの応用の際には、採取した自己血液幹細胞へ第VIII因子遺伝子を導入し、本人に戻すために免疫抑制は不要であり、患者の負担は少ないと思われる。遺伝子は染色体にインテグレーションされるが、第VIII因子は他の因子や細胞の産生・増殖刺激活性を持たないため、危険性は少なく、自己血液幹細胞移植の手技での治療法は十分臨床応用可能と考える。b.同様に遺伝子導入されたマウス脂肪細胞で、ヒト第VIII因子を発現していることが確認された。血中レベルも2-3%に達したがインヒビタ産生のため、速やかに低下した。分裂が抑制されている終末細胞の一つである脂肪細胞はこれまで遺伝子治療に利用されたことはないが、分離除去可能な遺伝子治療標的細胞として魅力的である。c.ヒトレンチウイルスベクターをKOマウスの門脈内に投与した実験でも、第VIII因子レベルは約60日後に1%であった。d.第VIII因子の重鎖・軽鎖遺伝子を別々に搭載したベクターを用いた実験は現在解析中である。e.イヌ移植実験の移植肝には組織学的に問題のないことが明らかとなった。血友病B: AAV-1型が高効率にサル骨格筋細胞で第IX因子を産生分泌(血中レベル5%)していることが確認された。導入ベクター量を2倍にすると発現量も2倍に上昇した。しかし、インヒビタ産生のために効果は一時的であった。現在、免疫抑制剤、及び、サイクロスポリンAの前投与の効果を検討中である。前臨床試験として、排泄物を始め全ての臨床データも集積中である。これまでのところ、安全性に問題になるようなデータは得られていない。分子サイズから胎盤通過性を考えると、第IX因子のインヒビタに関してはヒトでは少ないことが期待されるが、サル第IX因子と98.7%相同性のあるヒト第IX因子に対する抗体が高率に産生されたことより、インヒビタ対策は遺伝子治療においても重要な課題であることが示唆される。我々の確立した新生児免疫寛容誘導法は、遺伝子治療の基礎的検討において重要であるのみならず、血友病の可能性のある男児新生児に対するインヒビタ予防治療として極めて有望であることが期待される。技術的には 改変SIVベクターは第三世代ベクターと改善され、発現効率も増強され、ベクターの性能は10倍近く上昇した。また、遺伝子導入法に関しても、例えば肝臓の限局した区域の細胞へ導入する技術が確立しつつある。インヒビタ対策: 出産1日以内に第VIII因子製剤を頚静脈より投与することで、免疫寛容が誘導されることが、種々の方法で確認された。胎児への遺伝子注入による寛容誘導法も現在基礎的検討が進行中である。
結論
これまでの研究成果により、血友病AではSIVベクターの有効性が確認できた。また、血友病BにおいてはAAV-1ベクターを用いた骨格筋細胞を標的とした遺伝子導入でサルにおいても治療域に達する第
IX因子の発現が確認できた。安全性を目指した遺伝子投与法の検討、及び長期発現に重要な意味を持つインヒビタ対策に関しても知見が集積しつつある。今後は、臨床研究への準備として、大動物を対象に安全性の確認を第一に、免疫反応に対する対策、長期発現などを検討していく必要がある。

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