HIV等のレトロウイルスによる痴呆や神経障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200640A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV等のレトロウイルスによる痴呆や神経障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
出雲 周二(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 田平 武(国立中部病院・長寿医療研究センター)
  • 岸田修二(東京都立駒込病院)
  • 馬場昌範(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
  • 納 光弘(鹿児島大学医学部)
  • 宇宿功市郎(鹿児島大学医学部)
  • 斉藤邦明(岐阜大学医学部)
  • 高宗暢暁(熊本大学薬学部)
  • 木戸 博(徳島大学分子酵素学研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
29,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
HAARTによりHIV感染症は長期間コントロールしうる慢性疾患へと変貌したが、本邦では感染者は増加傾向で、長期慢性化とともにHIV脳症があらたな問題となることが想定される。本研究の目的は、HAMとHIV脳症の病態を比較しながら解析することにより、レトロウイルスが引き起こす神経傷害機構を明らかにするとともに、本邦におけるエイズ脳症の実態、特にHAART導入後の病態の変貌を早期に的確に把握し、その対策の方略を探り、発症病態に則した治療法の開発をめざした。
研究方法
出雲らはサルエイズモデルを用いた病理組織学的に解析をすすめ、これまでにエイズ脳症の病態として、大脳皮質の変性病変と、エイズ発症とは独立して生じる白質炎症性病変の2つの病態が存在し、ウイルスの細胞指向性がこの2つの病態を振り分けていることを示した。今年度は皮質病変について、MAP2、シナプトフィジン、calbindinなどの神経細胞特異的蛋白発現の異常、ミクログリアやマクロファージの動態、ウイルス感染細胞の分布との関連について、免疫組織化学や電顕を用いて詳細に検討した。
岸田らはエイズ治療拠点病院363施設に対して1997-2001年を対象として全国疫学調査を行い、また、駒込病院で剖検された症例をHAART導入前の1985年~1996年の68例、導入後1997年~2001年の27例の2群に分け、合併する神経病理所見についてその頻度、程度を比較し、本邦におけるエイズ脳症のHAART導入後の動向を検討した。
斉藤らはマウスエイズ脳症モデルを用いた行動薬理学的試験により、エイズ脳症発症にTNF-αが関与していることを明らかにした。本年度は骨髄移植によりTNF-α欠損骨髄キメラマウスを作成し、ウイルスを感染させ、行動薬理試験、および脳内TNF発現量を解析した。また、マウス胎児神経初代培養細胞にグリア系の細胞を供培養、あるいはHIV感染させたヒト血中モノサイト/マクロファージ培養上清を用いる系をもちいて、エイズ脳症へのTNF-αの関与を検討した。
木戸らはHIV-1感染による中枢神経障害の判定方法として、髄液中の14-3-3蛋白質測定の意義と有用性について解析してきた。本年度は14-3-3蛋白質の分子シャぺロン機能を中心に、RNAiによる検討を行なった。斉藤らは使い捨てカラムを用いた高感度測定系で簡易なキノリン酸測定法を開発し、エイズ患者の髄液を測定し、脳症の診断指標としての有用性を検討した。
高宗らは昨年度まで構築したin vivoでのHIV-1ウイルス粒子の直接刺激によって誘導される神経細胞死の系について、この細胞死と関連するタンパク質の探索するために、神経細胞のプロテオーム解析を行った。
HAM発症にPBMC中の高HTLV-1プロウイルス量が深く関与しており、HTLV-Iの阻害を目的とした薬剤の開発が望まれる。馬場らはこれまでに手がけた多数の抗HIV-1薬剤についてHTLV-1増殖抑制効果の有無を検討した。
納、宇宿らはHAM患者、無症候性キャリアーの遺伝子多型頻度を比較し、HAM発症に関わるHLA領域の遺伝的背景とその修飾因子を明らかにしてきた。今年度はさらに、non-HLA因子の63部位91多型の解析を行なった。また、神経線維の支持組織としての細胞外基質のうち脊髄に豊富なaggrecanの遺伝子多型と血清・髄液中の抗原値の検討を行なった。
HIV脳症、HAM/TSPではサイトカインが病態形成に関与すると考えられ、田平らはルミネックスを用いて同じ検体で多数のサイトカインを同時に測定し、それぞれの病態に特徴的なサイトカインパターンを解析した。
結果と考察
全国疫学調査の回答は209施設から得た。HIV感染者数は1820名、エイズ発症者数は635名。HIV感染による神経障害を有する患者数は101名(15.9%)、7.5%は神経障害を初発としてエイズを発症していた。1997年度の中川らの報告28.8%に比しHAART導入による神経合併症の頻度は有意に減少し、HIV脳症も減少していた。神経症状は殆どが抗ウイルス剤未治療の患者にみられたが、HIV脳症、PML、脳原発悪性リンパ腫などではHAART療法中の患者でも発症していた。HIV脳症はHAARTによりCD4+リンパ球数が増加した状態でも発症しており、HIV脳症が免疫不全の進行とは独立して生じる傾向がみられた。剖検例の神経病理所見のHAART導入前後での比較では、神経合併症の発症率は統計学的には各項目間に有意差はみられなかった。臨床的に明らかに減少しているエイズ脳症についても、「多核巨細胞を伴うミクログリア結節」というHIV脳炎の出現頻度に有意な変化はみられなかった。以上の臨床的、病理組織学的検討により、HAART導入以後、臨床的に亜急性痴呆性疾患としてのHIV脳症は減少しているかに見えるが、剖検解析では減少は有意ではなく、HAART療法下での発症する可能性があることを考慮すると、HIV脳症は今後もHIV感染症における重要な病態と考えられる。
エイズ動物モデルの病態解析では、エイズ発症サルの皮質病変を詳細に観察し、グリオーシスとともに、ニューロピルにマクロファージ/ミクログリアが増加し、一部は神経細胞と密接したサテライトーシスの所見を呈していた。また、シナプス終末蛋白シナプトフィジンや樹状突起構成蛋白MAP-2の免疫組織化学ではそれらの発現低下は見られず、一方、GABA作動性神経細胞のマーカーであるCalbindinの免疫染色ではT細胞指向性ウイルス感染サルでその発現が低下し、介在ニューロンの機能異常が生じている可能性が示唆された。局所にウイルス感染細胞は認められず、エイズ末期の高ウイルス血症やサイトカインの異常などを介した間接的な神経障害機構の関与が示唆される。
マウスの系では、TNF-α欠損骨髄キメラマウスではwild-typeマウスと同様に記憶障害が認められた。ウイルス感染による脳のTNF-αの合成亢進はTNF-α欠損骨髄キメラマウスでもwild-typeと同様に認められた。また、マウス胎児より単離した初代神経細胞に、活性化ヒトモノサイト/マクロファージの培養上清添加で神経細胞生存率の低下が認められ、NMDAレセプターアンタゴニスト、TNF-α抗体の添加で改善された。これらは「2つの独立した病態」のうち、エイズ末期におこる大脳皮質の変性病変と対応し、ウイルス感染により活性化された脳内ミクログリアや浸潤細胞が産生するTNF-αが痴呆の発症に深く関係していることを示している。
診断法の開発に関して、14-3-3蛋白質の機能解析により、14-3-3蛋白質は転写調節領域にheat responsive elementを持つ分子シャぺロンで、抗アポトーシス機能を示すことが示唆された。キノリン酸の測定では、健常人の髄液中キノリン酸濃度は、22.6±7.1nMで、HIV患者では、脳症発症者の髄液キノリン酸濃度は、脳症の進行と伴に上昇しており、後期ではコントロールの100倍以上の値を示すケースが多く認められた。さらに、脳症発症者の値は、未発症患者の値に比べて有意に高かった。髄液14-3-3蛋白質はエイズ末期の神経細胞変性の、髄液キノリン酸は免疫不全とは独立した炎症病態の指標として、それぞれ別々の病態を反映する検査法と考えられ、臨床的に2つの病態を区別して評価することが可能となることが期待される。
神経細胞傷害機構について、HIV-1ウイルス粒子の直接刺激によって誘導される神経細胞死の系で、細胞死と関連するタンパク質のプロテオーム解析を行い、その一つがMn- SODであることを質量分析学的及び免疫学的手法により同定した。また、TNF-?処理神経細胞においてMn-SODの発現亢進が確認された。Mn-SODがエイズ脳症の治療薬開発におけるターゲットの一つと成り得ることが明らかとなった。
抗HIV薬開発を応用した抗HTLV-I薬の探索では、調べた薬剤の中で、フルオロキノリン誘導体K-37と、土壌細菌由来のStreptomyces属から分離された物質EM2487が、HTLV-1持続感染細胞株およびHAM/TSP患者PBMCで選択的にHTLV-1の増殖を抑制した。2つの薬剤はウイルス遺伝子の転写を抑制していた。K-37はTax依存性のレポーター遺伝子の発現を抑制し、さらに感染細胞内の内因性Taxの産生を減少させたが、EM2487にはこのような効果は認められなかった。以上のことから、今後これらの物質の標的分子を同定するとともに、HAM/TSP治療薬の候補者になると思われた。
HAM発症に関与する遺伝的背景、修飾因子の解析では、今回non-HLA因子に関してMMP-9 promoter d(CA)n repeat の延長、aggrecan VNTR 1630bpアリル、TNF-α-863A多型がHAM発症の危険率を上げ、SDF-1-801A 3'UTR、IL-10-592A、vitamin D receptor exon 9 ApaI多型がHAM発症の危険率を下げることが示された。aggrecan分子の髄液流出の検討では、髄液中aggrecanはHAM急速進行例で緩徐進行例に比し有意に検出された。1630bpアリルに相関は見られなかった。髄液中のaggrecan値の上昇は脊髄組織からの流出したaggrecanと考えられ、感染細胞浸潤やそれに伴う種々の炎症性サイトカインによる基質障害を反映していると考えられる。
HIV脳症、HAM/TSP患者髄液のサイトカインの測定では、HAMではIL-10の特異的増加が見られた。HIV感染者ではHIV脳症合併者と合併のない群とでMIP-1α、MIP-1β、RANTESに差を認めなかった。今後さらに多くのサイトカインについて検討し、HIV脳症に特異的なパターンを見いだしていく。
エイズ脳症の重要性の社会的啓蒙と研究の公開に関する取り組みとして、今年度、日本エイズ学会で「エイズ脳症の新しい展開」と題したサテライトシンポジウムを開催、また、鹿児島で公開研究発表会を開催した。HAART導入後のHIV感染症においてエイズ脳症が社会的に重要となることを示す活動の第一歩として意義あったと考えたい。
結論
HIV脳症はHIV感染症における、免疫不全とは独立したもう一つの病態として、HAART導入後ますますその臨床的重要性増すことが予想され、病態の解明、治療・予防法の開発が必要である。

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